表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/54

【第五回・禄 】白い天使に懐かれた

ちょっとあったかいとある日に栄之神社にやってきたのは

小さな天使だった

12月だというのに今年は暖かく今日に限っては雨という天気で緊那羅きんならが久々に早く布団から出て新聞を取りに玄関に降り立った

玄関を開けると雨の日特有の匂いがする

昨日まで真っ白だった栄野家の前はコンクリートの地面や土がところどころ顔を覗かせていた

「…このままの気温でずっといてくれればいいのに…」

雨の中を小走りで新聞の差し込んである郵便受けに取りに行く

はみ出ていた部分が少し雨で濡れている新聞を取って緊那羅きんならが振りかえるとそこには傘を差し大きな荷物を持った一人の若い女性が立っていた

「…お…おはようございますっ;」

参拝客だと思い緊那羅きんならが頭を下げるとその女性が近づいてきた

「すいません…参拝の間この荷物預かっていてくれませんか?」

そう言って大きな荷物を緊那羅きんならに差し出した

「あ…はい…」

両手で緊那羅きんならが荷物を受け取ると女性が境内に向かって歩いていった

小脇に挟んでいた新聞を玄関の中に入れて荷物を玄関の床に置くと緊那羅きんならもその場にしゃがんで女性を待つ

「うぇ…ふぇっ」

「……?」

微かに何か泣き声のような声が聞えた

「ふえっふぇっ」

今度はハッキリと泣き声が聞えた

「荷物…からきこえるっちゃ…」

女性から預かった荷物から聞える泣き声

脚からの預かり物ということと開けるのが少し怖いということで開けるのを躊躇っていた緊那羅きんならが荷物のファスナーを動かすと

「ふぇぇえ!! ふぇえええ!!」

泣き声が玄関中に響いた

「…あ…赤ちゃん!?;」

小さな手袋をはめた手で懸命に宙を掻き何かを探して泣いている

顔が赤いのは泣いているせいか息苦しかったせいか

「は…ハルミママさん!; は…もう境内…にいってる時間だっちゃ…; …京助--ッ!;」

「ふぇえええええええ!!」

緊那羅きんならが京助を大声で呼ぶと赤ちゃんがそれに驚いたのか一層大きな泣き声をあげる

「どっ…どうしよう;」

オロオロと赤ちゃんの入った大きな鞄と家の奥を交互に見る

「…とりあえず…ここから出して…;」

泣き喚く赤ちゃんの背中に手を入れてゆっくりと鞄から出すと危なっかしい手つきで背中を軽く叩きながらリズムを取ると泣き声が止んだ

「…泣き止んだ…;」

緊那羅きんならが安堵の息を吐く

静かになった玄関には雨の音しか聞こえず

誰かがやってくる足音いはいっこうにしない

「…まさかとおもうけど;」

緊那羅きんならは最悪の予想を頭の中で考えていた


「……」

休日なのに緊那羅きんならの声で起された京助が数回瞬きをして目をこすり脇腹を掻いた後に目を細めて緊那羅きんならの腕の中をじっと見る

「……赤ちゃんくらいで起すなよ…」

でっかい欠伸をして緊那羅きんならに背を向けて歩き出そうとして京助が止まった

「…お前が産んだとか?」

「ちがうっちゃッ!;」

「ふぇえええ!!」

緊那羅きんならが京助の言葉に怒鳴り返した声に驚いたのか赤ちゃんが泣き出した

「うぁああ!!; よしよし」

慌てて緊那羅きんならがあやす

「…お前妙に似合ってるぞソレ」

必死で泣き止ませようとしている緊那羅きんならに京助が口の端をあげて笑いながら言った

「どれ、かしてミソ」

一向に泣き止まない赤ちゃんを緊那羅きんならから受け取ると京助が手馴れた手つきで背中を軽く叩きならが体を揺らし始める

「…あ…泣き止んだっちゃ…」

まだフンフン鼻は鳴っているものの泣き止んだ赤ちゃんに緊那羅きんならが微笑む

「ほれ」

泣き止んだ赤ちゃんを再び緊那羅きんならに返すと京助が寝癖のついた頭を掻きながら赤ちゃんの頬をつついた

「で…コレはどうしたんよ?」

やっと本題に入るらしく京助が聞いてきた

「あ…んと…さっき新聞取りに行ったら参拝の間預かってくれって言って渡された荷物の中に入ってたんだちゃ」

緊那羅きんならが赤ちゃんの入っていた鞄に目をやった

「…その参拝客コウノトリだったりしてな」

京助が笑いながら赤ちゃんの入っていた鞄の中を見て鞄の中に手を入れる

「…紙おむつ…粉ミルクの缶 (携帯サイズ)…哺乳瓶に…」

次々に鞄の中身を出していく京助の傍に緊那羅が座って一緒に鞄の中を見る

「…手紙」

最後にタオルの下にあった手紙を京助が取り出した

「…京助…私さっきから凄く嫌な予感するんだっちゃ;」

緊那羅きんならの言う【嫌な予感】というのは緊那羅きんならの髪を口に含んで吸っている赤ちゃんのことではないと思われる

「…俺もです緊那羅きんならさん…」

京助も遠くを見つめながら手紙を開いた


「…京助…緊ちゃん赤ちゃん産んだの?」

茶の間に入ってきた京助に悠助が真顔で聞いてきた

「産んでないっちゃっ!!;…っと;」

悠助の言葉に再び大声をあげた緊那羅きんならが慌てて赤ちゃんを見ると緊那羅きんならの髪を吸いながら寝息を立てていた

沙織さおり嬢というらしい」

一通り手紙を読んだ京助がちゃぶ台の前に胡坐をかいて座る

「悠、ちょっくら社務所に電話して母さん呼んでくれ; マジでこれ捨て子だ;」

京助が大きく溜息をついて手紙をちゃぶ台に乗せた

「捨て子?」

電話の子機を手に持ったまま悠助が言う

「…捨て子って…」

緊那羅きんならが自分の腕の中で眠っている沙織という名前の赤ちゃんを見た

「…育児に疲れましたとさ…緊那羅きんならその女の人何歳くらいに見えた? 若くなかったか?」

京助が言うと緊那羅きんならが頷いた

「…若い女の人だったっちゃ」

鞄を開けたとき小さな手が必死で探していたのはきっと母親だったのだろうと緊那羅きんならは思った

「…ぅ~…;」

緊那羅きんならが沙織という赤ちゃんを抱きしめて俯いた

「ハイそこ泣かない;」

「泣いてないっちゃッ;」

京助に軽く頭を叩かれた緊那羅きんならがやや小さな怒鳴り声を上げながら上げた顔は半べそだった

スパーン!!!

「緊ちゃんが赤ちゃん持ってきたってどういうこと!?」

「っふぇえええ!! ふぇぇえええ!!!」

勢いよく開けられた茶の間の戸

息を切らせている母ハルミ

泣き出した沙織という赤ちゃん

「…母さんや母さんや…;」

京助がジト目で母ハルミを見た


「ええ…はい…は? …構いませんが…」

母ハルミが警察に電話をしている後ろで京助が沙織という赤ちゃんに哺乳瓶でミルクをやっている

「…上手いっちゃね京助」

慣れた手つきで哺乳瓶の角度を変えて飲みやすいように調節している京助を見て緊那羅きんならが感心する

「まぁなー…悠の面倒とかしょっちゅう見てたし…やってみるか?」

京助が緊那羅きんならに聞く

「僕やってみたい!!」

悠助が手を上げた

「ホレ、ゆっくり…そうそう」

京助から沙織を受け取り危なっかしい手つきで抱くと哺乳瓶の先を口につけた

「ぷ…ふぇ…」

沙織の顔が歪んだ

「ふぇえええ!! ふえぇえええ!!」

「えっ!; きょ…京助~!!;」

いきなり泣き出した沙織に悠助が困って京助を見た

「…ご指名有難う御座います;」

悠助の手から沙織を抱き上げて軽く数回ポンポンとおしめのしてある尻を叩くと沙織が泣き止んだ

「何で僕だと泣くのに京助だと泣かないのかなぁ…」

悠助が哺乳瓶を持ったまま頬を膨らませる

「…はいよろしくおねがいします」

電話を切った母ハルミが近づいてきた

「もしかしたら母親が戻ってくる可能性もあるから今日と明日ウチで預かってそれで来ないなら警察の方で迎えに来るって」

母ハルミが溜息混じりに言った

「ということでよろしくね京助。緊ちゃんと悠ちゃんも」

「はぁッ!?; 俺主体ッ!?;」

哺乳瓶を傾げつつ京助が反論的返事した

「沙織ちゃんも京助に懐いているしいいじゃない? じゃ母さん戻るから」

京助の反論を耳に入れてもすぐ反対から出したように母ハルミが茶の間から出て行った

「…マジかよ;」

空になりつつある哺乳瓶をほぼ垂直にさせて京助が肩を落とした


「…休みの日くらい休みてぇ…;」

雨が湿った雪に変わった頃正月スーパーの赤ちゃんコーナーに京助がいた

「京助~お菓子買っていい?」

悠助がポッキーをもってやってきた

「200円以内な」

紙おむつをカゴの中に放り込みながら京助が言うと悠助がポッキーをカゴに入れた

「…緊ちゃんは?」

姿が見えない緊那羅きんならを悠助が探す

「あそこ」

京助が指差した方向はレジ会計の向こう側で商品を袋につめかえる台の傍

そこに緊那羅きんならが立っていた

「…何してるのかな」

悠助が小走りで緊那羅きんならの傍に駆け寄る

「緊ちゃん!!」

緊那羅きんならの腰に抱きついて緊那羅きんならを見上げたが顔が見えない

「悠助?」

少し顔を横に逸らすと緊那羅きんならの顔が見えた

「緊ちゃんお母さんみたいだね」

「…嬉しくないっちゃ;」

沙織を背負い紐で前に固定している緊那羅きんならが苦笑いを浮かべた

「意味なく似合ってるよな」

会計を済ませた京助が袋を持ってやってきた

「寒くないかー?」

京助が沙織を覗き込んで頬をつつくと沙織がわかったのかわかっていないのか手をバタバタ動かしてヨダレをたらした

「…ヨダレ…」

緊那羅きんならと京助が同時に言った

「…京助ポッキー」

悠助が何だか面白くなさそうに言う

「あ? 家帰ってからにしろ」

京助が言うと悠助が頬を膨らませた


「おかしいなぁ…さっきまで…」

暗くもなく明るくもないそんな雰囲気の長い廊下で呟いた言葉が妙に響いた

「お二人ならあそこだよ」

その呟き声に対しての答えが聞えた

「ばか…」

「上の名前を抜かすな!!折角親切に答えてやったのにッ!!」

【ばか】というのが下の名前だという声の主が怒鳴る

「またあそこに?」

下の名前が【ばか】ではない声の主が下の名前が【ばか】という声の主に聞き返す

「そうついさっきね…」

下の名前が【ばか】という声の主が答えた

「…最近よくあそこに行かれるようになったよね…俺だけの方達のだったのに…よく話に出てくる悠助とかって俺より可愛いのかな」

下の名前が【ばか】ではない声の主がどこか悔しそうに言った

「誰がお前のだよお二人は…ってオイっ!!」

薄紫色の布が風を切って下の名前が【ばか】という声の主の前を通り過ぎて行った

「…本当 慧喜えきは嫉妬深いんだから困るよ」

下の名前が【ばか】という声の主が溜息混じりに呟いた


「……どっちに似てるんだ?」

そう言って京助と緊那羅きんならと沙織を見比べた中島を京助がパンパース (30枚入り)でどついた

「可愛いねぇ女の子?」

蜜柑が沙織の頬を撫でて微笑んだ

「沙織っていうらしいっちゃ」

京助達はスーパーから出ようとして偶然にも中島姉弟に遭遇した

「やーん笑ったー可愛い~」

蜜柑が顔を思いっきり緩ませて声を上げる

「ミカ姉…;」

顔が緩みきっている蜜柑を見て中島が苦笑いを浮かべた

「…京助」

悠助が京助の上着の端を引っ張った

「どうした? 悠」

中島が悠助に声を掛けると悠助が俯いた後に首を振って

「何でもない…」

そう呟いて京助の上着から手を離した

「……そっか?」

中島が首をかしげて悠助の頭を撫でた

「早く帰らないと沙織ちゃん風邪ひいちゃうね~…またね?」

蜜柑が沙織の頬に軽く口付けてスーパーの中に入って行くと中島も蜜柑について中に入って行った

「……僕先に行くね」

悠助が小走りで駆け出した

「走ると転ぶぞ悠ー!」

京助が叫んだが悠助は振り向きもせずに信号が点滅している道路を渡って行った

「…悠助…?」

いつもと様子が違う悠助の姿を緊那羅きんならは見えなくなるまで見ていた

「便所か?」

歩き出した京助にあわせて緊那羅きんならも歩き出す

「…何だか嫌な予感がするっちゃ」

緊那羅きんならが呟いた


「嫌な予感的中か?」

母ハルミが詩織のおしめを手際よく替えている横で緊那羅きんならが苦笑いをしている

どうやら詩織が緊那羅きんならに抱かれたまま大きい方をしたと思われる

「はい!! すっきりしましたね~」

おしめを替え終わった母ハルミが詩織を抱き上げて頬擦りした

「…悠は?」

先に帰るといって駆け出した悠助をまだ見かけていなかった京助が母ハルミに聞いた

「悠ちゃん? まだよ?」

詩織を座布団の上に寝かせて母ハルミが答えた

「まだ…って…」

緊那羅きんならと京助が同時に壁にかけてある時計に目を向けた

「…いくらなんでも…もういていい時間だろ…」

京助と緊那羅きんならが家に着いたのが今から約30分前

その間に悠助の帰って来たような気配はない

そして玄関に入った時悠助の靴はなかった

「…嫌な予感…的中ですか…?;」

京助が言うと緊那羅きんならが頷いた


白く積もった道に足跡が続き転んだと思われる跡の傍からまた足跡が続いている

「…京助も緊ちゃんもハルミママも詩織ちゃんばっかり…」

何だか自分が要らないような気がして悠助の顔が歪む

「僕…」

悠助の眉毛が下がり視界がぼやけた

「…っ…」


真っ白な迷い込めば自分が何処にいるのか見失いそうな音もない真っ白な空間

そこにだたぽつんと精巧な人形の様にも見える人物が一人膝を抱えて浮かんでいた

薄青の長い髪で顔は見えない

身にまとっている物は今のものではない

膝を抱えたその人物の周りには無数の玉が浮かんでいた


白い息を吐きながら泣く悠助

その悠助が呟いた言葉にあわせるかのように白い空間の人物の膝を抱えていた手の指がピクッと動いた




       

         「沙織ちゃんなんかいなくなっちゃえばいいのに…っ」





「ふぇぇえええ!! ふぇええええ!!」

一向に泣き止まない沙織を交代であやす緊那羅きんならと京助そして母ハルミ

「おしめは替えたしミルクもやった…ぬゎぜ泣く;」

疲れきった表情で母ハルミに抱かれて大泣きする沙織に京助が言った

「お母さんが恋しいのかもね…」

母ハルミが体を揺らして沙織をあやす

「いくらなんでも泣きすぎだろ; 血管切れるぞ?;」

京助が母ハルミから沙織を受け取った

「ふぇぇええええ!!! ふぇ…ふぇぇえええ!!」

顔を真っ赤にして泣く沙織をみて京助が溜息をつく

「…脅えてるっちゃ…」

京助に抱かれた沙織を見て緊那羅きんならが呟いた

「は? 脅えてるって…俺に?;」

京助が聞くと緊那羅きんならが首を横に振った

「違うっちゃ。京助じゃなく…もっと違う何か…」

緊那羅きんならが沙織の頬に手を当てると沙織がすがるように緊那羅きんならの手を小さな手で掴もうとする

「赤ちゃんは敏感だから…何か見えているのかもしれないわね」

母ハルミが石炭をくべながら言った

「…悠ちゃんもアンタもよく天井とか指差して泣いたりしてたわ」

笑いながらストーブの蓋を閉めた母ハルミが京助の頭を軽く叩いた

「おもしろいのよー悠ちゃんてばどんなに泣いていても京助がヘッタクソな子守唄歌うとすぐ泣き止むの」

母ハルミが思い出話を話し始めた

「…子守唄…?」

緊那羅きんならが呟くと京助が緊那羅きんならを見た

「なぁ…前歌ってたアレ子守唄か?」

京助が緊那羅きんならに聞く

「前?」

緊那羅きんならが首をかしげた

「ホラ! かなり前に縁側で……悠が寝ちまった時の」

京助が言うとしばらく考え込んだ後緊那羅きんならが口を開いた

「…この歌…どこかで…」

母ハルミが目を閉じた

日本語なのかそれともどこかの言葉なのかそれすらわからない言葉がメロディーを刻み茶の間に響き渡る

そんなに大きな声で歌っていないにもかかわらず部屋全体を包み込む緊那羅きんならの声

歌い終わる頃には沙織に小さな寝息が聞えていた


白い白い場所

でもその白さは雪じゃないくでもその場所は全てが白かった

「…誰…?」

自分の目の前に膝を抱えて浮かんでいる人物に悠助が声を掛ける

『来ては駄目…』

頭に直接聞えた言葉に悠助が周りを見渡す

周りはただ白く何もない見えるものは白

「…ここどこ?」

悠助が目の前にいる人物に再び聞く

『戻って…戻って…来ては駄目…ッ!』

だんだんと大きくなるその声に悠助は耳を塞いで目を閉じた

声が聞えなくなり悠助はうっすらと目を開けた


辺りは白かった

比較的近くで犬が吠える声がする

結構遠くでバイクの走る音が聞こえる

それは雪の白さでまわりは見たことのある景色

「…あれ…?」

振り返ると一人のおばさんが足早にやってきて悠助の横を通り過ぎていく

空を見ると灰色の雲から白い雪がゆっくり降ってきている

前を見てもさっきまでいた膝を抱えて浮かんでいる人物の姿はなくあるのは電信柱と道とその上に残るさっき通っていたおばさんの足跡

「…なんだったんだろ…」

悠助が白い息を吐きながら呟いた

公園に続く秘密の抜け道も雪で埋まって何処にあるかわからなくなっている

「…はぁ…」

帰りたいけど帰りたくないそんか気持ちで悠助は抜け道を後にする

特に行く宛てもなく…というか行き場所がないらしい暗くなりつつある雪道に残る足跡を雪が埋めていった


「遅いッ!!;」

京助がいきなり言った

「…うん…遅すぎだっちゃ」

沙織を抱いたまま緊那羅きんならも言った

「誘拐か?;」

「物騒なこと言わないで頂戴ッ!」

呟いた京助に母ハルミが投げた蜜柑が直撃する

「俺探してくるわ」

京助が立ち上がると緊那羅きんならに抱かれていた沙織が顔をゆがめた

「っふ…ふぇ…」

「……;」

京助が無言でまた座ると沙織の顔が元に戻る

「じゃぁ私が…」

今度は緊那羅きんならが母ハルミに沙織を渡そうとするとまた沙織の顔が歪んだ

「……;」

緊那羅きんならが無言で沙織を抱きなおすと何事もなかったかのように沙織が手を緊那羅きんならに向かって伸ばし嬉しそうな顔をする

「…困ったわねぇ;」

母ハルミが苦笑いを浮かべた

「しゃぁない…捜査員に踊っていただくか…」

京助が手を伸ばして電話の子機を取った


「その代わり今度なんかおごれよ?」

掃除機の音が響く部屋の隅で中島は電話を切った

「誰から?」

口に飴玉を入れながら林檎が聞いて来た

「京助。ちょっと現場に行って来る」

中島が立ち上がり戸に向かって歩き出すと掃除機の音が止まった

「ゆーちゃん出かけるの? 今から?」

髪を一本にまとめた蜜柑が中島に近づいて聞いた

「あぁ悠助がまだ戻らないんだとさ。で京助も緊那羅きんならも家から出られないから」

ジャケットを羽織ながら中島が説明する

「悠助ちゃんが? あれからずいぶんたってるよ? アタシも探そうか?」

蜜柑が捲くっていた袖を下ろして髪も解いた

「何? 悠助帰らないの? ってか京助はなんで家から出られないのさ」

林檎も話しに入ってくる

「子守」

マフラーを二回首に巻いて中島が答える

「は? 子守? 誰の」

林檎が再度中島に聞く

「お客さんがね置いていった赤ちゃん…沙織ちゃんって言うんだけどめちゃくちゃ可愛くってっ」

蜜柑が顔を緩ませて林檎に言う

「…はぁ~ん…そっかそっか」

蜜柑の言葉に林檎が頷きながら笑った

「…りん姉?」

そんな林檎に中島が声を掛ける

「柚汰京助ン家の電話番号何番?」

林檎が受話器を手に取った


ツー…ツー…という回線が切れた音しかしない電話の子機を持ったまま京助は何かを考え込んでいた

「京助?」

緊那羅きんならが声を掛けるとゆっくりと子機を充電器に戻す

「怒られた;」

京助ははぁと溜息をついて肩を落とすと立ち上がって緊那羅きんならを見下ろした

「俺が一番分かってることだろって言われた;」

「京助が?」

緊那羅きんならが聞き返すと京助が戸に向かって歩き出した

「ふぇ…」

途端に沙織の顔が歪みはじめる

「悪りぃ緊那羅きんなら;」

京助が苦笑いを緊那羅きんならに向けて部屋から出て戸を閉めると途端に響く沙織の泣き声と混ざって聞え始めた緊那羅きんならの歌声を背に京助は玄関に向かった

緊那羅きんならしかいないの?」

靴を履こうと身をかがめた京助に聞き覚えのない声がかけられた

「…誰よ;」

目の前には少し赤くなった太腿

徐々に視線を上に向けていくと明らかになってくる摩訶不思議な格好

「アンタが悠助?」

京助より10cmくらい背の低い薄青銀色の髪に二つの玉のついた被り物をした人物がにっこりと笑っている

「馬鹿っぽい顔…俺の方が格好いいし可愛いし性格もよさそうなのに…」

京助の全身を見ながらその人物はかなり大きな独り言を言った

「どうしてこんなヤツがお気に入りなんだろうお二方は」

はぁと溜息をついて考え込んだ人物を京助が黙って見る

「…まぁいっか…とにかくアンタを何とかすればお二方はまた俺だけのものになるんだから」

一人で納得したその人物は京助に向かって満面の笑みを向けた

「【時】がどうのとか言っていたけど俺は知ったこっちゃないし? いなくなればそのうちお二方もアンタなんかすぐ忘れるだろうしね」

微笑むその人物の左手の中指についている玉が明るく光る

その光を見ていた京助の体が動かなくなった

目はどこかを見たままうつろで手は靴を履こうと踵に指を差し込んだまま動かない

そして京助を見下ろしていたその人物の左手の中指の玉からどうやって収納していたのか大きな三又のかぎが現れたがあまりの大きさに玄関の天井にぶつかって消えた

狭いなぁ」

天井を見上げてその人物が笑う

「一瞬でなくしちゃおうと思ったのに仕方ないか…狭い自分の家を恨んで?」

そう言いながら京助の首にゆっくりと手を伸ばしてきたその人物の顔は無邪気な子供の笑顔だった

「これでお二方は俺の元に返ってくるんだ」

「京助!!」

ダブルスピーカーで響いた自分を呼ぶ声と首根っこを思い切り引っ張る力で京助は我に変えった

ゴン!!

「っだッ!!!;」

後頭部を思い切り玄関に叩き付け京助が声をあげる

「何なんだやな!! お前!」

「誰なんだやな!! お前!」

ゼンゴが犬の姿のまま京助を庇うようにその人物の前に立ちはだかった

「きょう…」

騒ぎに気づいた緊那羅きんならが沙織を抱えたままやって来た

慧喜(えき…!」

そしてその人物を見るなり口にしたその人物の名前と思われる言葉

「あいかわらず綺麗な声してるね俺には負けるけど」

慧喜えき】と呼ばれたその人物は緊那羅きんならを見るとそう言った

「京助になにしてるっちゃ!! 京助は…っ」

「知ってるよ? 【時】が来るまで何もあっちゃいけないヤツだってコトくらい。でも俺には関係ないんだ俺はお二方が俺の側にいてくださればそれでいい…って京助? 悠助じゃないのアンタ」

緊那羅きんならの言葉を止めて話していた慧喜えきが京助に聞いた

「コイツは京助なんだやな」

「悠助はまだ帰ってきてないんだやな」

ゼンゴが慧喜えきに言った

「悠助はもっと可愛い顔してるんだやな」

ゼンが言うとゴが頷いた

「…可愛い…ふぅん…可愛いんだ悠助」

慧喜えきが小さく呟いた


バス停の小さな掘建て小屋の中で悠助はしゃがんでボーっと外を見ていた

たまに通る車と人とカラス

近づいてくる足音を耳にすると迎えに来てくれたのかという期待が高まりそれが外れるとがっかりするのだけどどこか安心するそんな気持ちのまま悠助はかれこれ一時間そのバス停にいた

「やっぱり沙織ちゃんのほうがいいんだ…」

前ならこんな風に帰りが遅かったり家を飛び出したりしたら必ず京助や母ハルミ、3馬鹿が探し出してくれた

それなのに今回はいつもの倍待っているのに誰も来てくれない

「僕はもう…いらなくなったのかな」

掘建て小屋の隙間から入ってきて少し積もった雪で小さな雪玉を作るとそれを外に向かって放り投げた

バスン

「…?」

何かに雪球が当たって砕ける音がして悠助が顔を上げた


「…じゃあ俺と悠助どっちが可愛い?」

真顔でゼンゴに向かって慧喜えきが聞く

「悠助」

ゼンゴがハモって言った

「ふぅん…そう…じゃぁ尚更」

慧喜えきが京助達に背を向けて玄関から外に出た

慧喜えき!」

緊那羅きんならが裸足のまま慧喜えきを追いかけて外に出る

「サザエさんじゃないんだからよ;」

そばにあったサンダルを手に京助も緊那羅きんならに続いて外に出た

慧喜えきが左手を上げるとさっきは天井にぶつかって消えた三又の大きな鈎が現れた

「悠助に何する気だっちゃ」

京助が沙織を抱いたままの緊那羅きんならの足元にサンダルを置くと緊那羅きんならがそれを履く

「さっき言った【時】なんて知ったこっちゃない…あの方達は俺のものなんだ」

三又の鈎を手にして慧喜えきがにっこり笑う

「俺以外のヤツに目を…興味を向けているなんて嫌なんだよ」

口元は笑っていても目は笑っていない慧喜えきを見て緊那羅きんならが沙織を片手に抱き直す

「京助沙織ちゃん抱いてて欲しいっちゃ」

緊那羅きんならが慧喜を睨んだまま京助に言った

「俺と戦う気? 宝珠もないのに?」

慧喜えきが笑いながら三又の鈎を緊那羅きんならに向ける

沙織を京助に渡すと緊那羅きんならの両手に武器笛が現れた

「私は京助と悠助を守るんだっちゃ」

一瞬にして摩訶不思議服になった緊那羅きんならの髪の飾りが風に靡く

「ゼン等も栄野を守るんだやなッ!!」

その緊那羅きんならの両脇にいつの間にか人型になったゼンゴが駆けつけた

「お前等…どうやって…鳥類いるのか?」

いつもなら迦楼羅かるらの力を借りて (吸って?)人型になっているゼンゴに京助が聞く

「ヒマワリのところの宝珠の力をちょびっと借りたんだやな」

ゴが京助に言った

ゴが言う【ヒマワリ】とはおそらく…いや確実にあの【ヒマ子さん】の事だと思われる

ヒマ子さんの鉢の中には迦楼羅かるらの宝珠が一つ埋まっていてそれがヒマ子さんを動かしている

「…非常食…」

京助がボソッと呟いた

「なんだか知らないけど邪魔するなら容赦しないよ?」

慧喜えきが三又の鈎を振るとフォンと風が起こりそれが緊那羅きんならやゼンゴの元にも届いた

「来るっちゃよ二人とも」

緊那羅きんならが構えるとゼンゴもいつもは滅多に見せない真顔で構えた

「ゴ! 簡易結界その三やるんだやな!!」

ゼンが京助の左側に立つ

「了解なんだやな!」

そしてゴは京助の右側に

「何だ…?;」

沙織を抱いたままゼンゴを交互に見て京助が言った

「ヨッ!!」

京助の頭上を飛び越えてゼンゴが場所を入れ替わると京助を中心に直径1メートルくらいの壁らしきものが京助を囲んだ

「やー!! 久々にやったからチョコッと不安なんだやな」

ゼンがその壁を軽く小突く

「大丈夫なんだやな! できたんだやな!!」

ゴもその壁を小突いて笑った

「じゃぁ今度は…」

ゼンが真顔に戻って緊那羅きんならと対峙している慧喜えきを見た

「アイツなんだやな」

ゴも同じく慧喜えきを見る

自分の身長よりはるかに大きく重そうな三又鈎を片手で持ち慧喜えきは微笑んだ

緊那羅きんならの両脇にゼンゴが構える

「…ゼンとゴはさがってて欲しいっちゃ」

緊那羅きんなら慧喜えきから目を逸らさずセンゴに言う

「何でなんだやな!」

ゴが緊那羅きんならに返す

「今私に何かあった時京助を守れるのはゼンゴしかいないんだっちゃ」

緊那羅きんならが一歩前に出た

「…ね?」

軽く振り向いてゼンゴに笑顔を向けた緊那羅きんならが再び慧喜えきの方に顔を向ける

「そこの二人の助けは借りないんだ?」

慧喜えきが三又鈎を構えた

「見くびられたもんだね俺も」

慧喜えきの口元が笑った

「私は京助と悠助を守るって決めたんだっちゃッ!!」

緊那羅きんならの手首についていた腕輪が光った


「阿部…ちゃん?」

悠助が見上げた顔は不思議そうにでも微笑んでいる阿部の顔

「なにしてんの?」

声をかけられて安心したのか阿部の顔が滲んでいった

「や…やだ!; 何!? どうしたの!?」

しゃがんで悠助の頭を撫でながら阿部が慌てる

「京助になんかされたの? 誰かにいじめられたの?」

悠助の頭を自分の胸に抱えて阿部が聞く

「いらなくな…っ…さおっ…」

阿部が嗚咽で上手く話せない悠助の背中と頭を撫でる

「ね…とにかくアタシん家いこ? ね? 寒いし…」

悠助に優しく阿部が言うと悠助が軽く頷いた

丁度その時バスのクラクションが聞えた


「…驚いた…いつ授かったのさそれ」

うっすらとでもまだ透明に近い緑色になった腕輪の宝珠をみて慧喜えきが目を丸くする

「…まぁいいや…まだ完全な宝珠じゃないしね」

ブンッと三又鈎を振って慧喜えきが言う

「じゃぁ…いくよ?」

慧喜えきのその言葉で両者が同時に後ろに飛んだ

「…家は壊すなよ…?;」

ゼンゴのはった結界の中で沙織を抱いた京助が呟く

お互いの武器をそれぞれ自分の武器で弾く音が何度も聞こえ風が起き積もった雪が舞い上がる

緊那羅きんなら--!! 頑張るんだやな--ッ!!」

ゼンゴがハモって緊那羅きんならにエ-ルを送った

「…お前等に聞いてもわからんと思うんだけどさ…」

結界の中 緊那羅きんなら慧喜えきの戦いを見ていた京助がゼンゴに言う

「…俺ってなんなわけ? 何で必死こいて守ってくれてるわけ?」

京助の言葉にゼンゴが顔を見合わせてそして笑い出した

「京助は京助なんだやな!」

ゼンが笑顔で言った

「そうなんだやな!! 京助は京助!! なんなわけとか言われても京助は京助なんだから京助なんだやな」

ゴも笑顔で言う

「悠助でも緊那羅きんならでもばかでっかい力のヤツでも青いのでもなくて京助は京助なんだやな」

ゼンが言う

緊那羅きんならもゴ等も京助を守りたいから京助を守るんだやな。悠助を守りたいから悠助を守るんだやな。当たり前なんだやな」

ゴが頷いて言う

「そんなこともわからないんだから京助はやっぱり立派な馬鹿なんだやな」

そして最後の台詞は二人ハモって笑って言う

「そっか…でも最後は少々ムカつきましたな」

京助が口の端を上げて言った

地面に付いた手に反動をつけバク宙をして後ろに着地した慧喜えきが三又鈎を構え直した

「…助けは要らないって言っただけのことはあるね」

頬にできた擦り傷を撫でながら慧喜えきが微笑む

「今日のところはここまでにしておくよ。この傷跡が残ったら嫌だしね」

慧喜えきがそう言いながら三又鈎を振るとアラ不思議フッとあの大きな三又鈎が跡形も無く消えた

慧喜えき!」

緊那羅きんなら慧喜えきを呼んだ

「…何?」

眼光鋭くしかし口元は微笑んでいる慧喜えき緊那羅きんならを振り返る

「京助と悠助…は…」

「…あの方達の興味を惹くのは俺だけでいいんだよ…あの方達は俺だけ見ててくれればいいんだ…【時】も【栄野】もなくなればいい…」

慧喜がゆっくりと緊那羅きんならに近づいてきた

「…【時】なんか来ないほうがいいと思わない?」

緊那羅きんならの顔に慧喜えきの顔が思い切り近づいた

「あ」

京助とゼンゴが同時に声をあげ京助が沙織の目を手で隠した

「…ちゅーしてるんだやな…」

ゼンが呟いた

「チッスと言えなんだやな」

ゴがゼンに突っ込んだ

「接吻ともいうんだやな」

京助がゼンゴの話し方で言った

固まったままの緊那羅きんならの両手から武器笛が落ちた

「…ごちそうさま」

目を大きく見開いたまま立ち尽くしている緊那羅きんならの髪飾りにも口付けて慧喜えきが笑う

「最近のお子様は進んでるんだやな」

ゴが腕組をして頷くと京助とゼンも頷いた

「少なくともアンタよりは年上だよ」

はっとして顔を上げた京助の目の前には慧喜の顔

「やっぱり久々にやっただけのことはあるんだやな。カンッペキ失敗だったんだやな」

ゼンゴが揃って頷いた

「な…おま…ふぐっ!?;」

失敗作の結界の中にいた京助にも慧喜えきは口付けてきた

京助の手からずり落ちてきた沙織をゼンがキャッチすると途端にゆがみ始める沙織の顔

「ふぇぇえええええ!!!」

沙織の上げた大きな泣き声に緊那羅きんならが我に返って振り向きそしてまた固まった

「…緊那羅きんならとしたときより長いんだやな」

ゴが耳を塞ぎながら言った

慧喜えき!! 京助から離れるっちゃッ!!」

「何してんのよッ!!!」

「ふぇぇええええええ!!!」

3つの声が重なって響き京助の頭に雪球が直撃する

「…あ…阿部さん…?;」

雪球が飛んできた方向に緊那羅きんならが目を向けると石段の一番上から少し下がった所に顔を真っ赤にして息を切らせた阿部が両手を握り締めたまま慧喜えきと京助を睨んでいた

阿部はそのまま足早に京助を慧喜えきに近づくと思い切り二人を押した

「っ最ッ低!!!」

倒れた京助の胸倉を掴んで阿部が怒鳴る

「何で俺が怒鳴られないとあかんねんッ!!; 被害者だろ俺はッ!!;」

「ならすぐ離れればよかったじゃないッ!! 何長々やってたのさッ! 馬鹿ッ!!!」

パーンッ というなんとも軽快な音が京助の右頬から発せられた

「痛てぇッ!!;」

右頬を押さえて京助が声を上げる

「…修羅場なんだやな…」

「ふぇェええ!!」

「大混乱なんだやな」

「ふぇぇええええええ!!!」

ゼンゴが沙織をあやしながら大きく溜息をついた沙織の泣き声と阿部と京助の怒鳴り声が響く少し暗くなってきた栄之神社の広場

「だからって何でお前にビンタされなアカンねんッ!!;」

京助が阿部に怒鳴る

「っそれは…そもそも! ああいうことは外で!! しかも彼女の前で他の人とすること自体最低ッ!!」

「どこに彼女がいるっつーんだ! どこにッ!!;」

「ふぇぇえええ!!」

京助が怒鳴ると沙織の鳴き声が一層大きくなる

「小さい子だっている前でッ!!」

阿部がゼンゴと沙織を指差して怒鳴り返す

「あ…阿部さん…あの…;」

「何ッ!!」

阿部と京助を落ち着かせようとして恐る恐る声を掛けた緊那羅きんならが手を引っ込めた

緊那羅きんなら~赤んボ泣き止まないんだやな;」

ゼンゴが緊那羅きんならに泣き止まない沙織を押し付けた

「ふぇええええええ!!」

顔を真っ赤にして手をばたつかせて泣きまくる沙織を受け取ると緊那羅きんならが一呼吸置いて歌いだした

「…いい歌なんだやな」

ゼンが尻尾をパタパタと振った

「和む歌なんだやな」

ゴも同じく尻尾を振る

決して大きな声で歌っているわけではないのに怒鳴っている声より泣き喚いている声より緊那羅きんならの声は耳に届く

「さすが」

阿部に胸倉をつかまれたまま京助が言った

その京助の胸倉をつかんでいた阿部の手から力が抜ける

「…いい声してるだろ」

京助が言うと阿部が無言のまま頷いた

沙織の鳴き声もだんだんくすぶったような泣き方になりそして完全に泣き止んだ

「タンポポなんだやな!!;」

いきなりゴが足元を見て声を上げた

「コッチにはツクシが生えてるんだやなッ!!;」

ゼンも足元を指差して言った

「え…」

そして京助の視界を横切った薄い桜色の花弁

「桜…咲いてる…」

鳥居から境内までの通り道に植えられている桜の樹が花を開いている

「…うそ…」

阿部がフラフラと立ち上がって桜の樹に近づく

「…造化じゃない…よコレ…本当に咲いて…」

舞い落ちてくる花弁を手に受けて阿部が信じられないというように京助を振り返る

「…緊那羅きんならさん?;」

京助が歌い終わった緊那羅きんならを呼んだ

まるで栄之神社にだけ春が来た様に花が咲き緑が芽吹いている

「どういうことナンデショ?;」

立ち上がった京助が緊那羅きんならの肩を叩くが緊那羅きんなら本人も驚いているらしく呆然としている

緊那羅に抱かれた沙織が笑い声を上げて緊那羅の髪飾りにじゃれている

「私…にもわからないっちゃ…;ただいつも通りに歌を…」

呆然と一点を見据えたまま緊那羅きんならが呟いた

「これって…宝珠の…力?」

緊那羅きんならが自分の腕についているほんのり緑色になった宝珠を見た

「ふぃ~だ~…ぷぷぅ」

おそらく赤ちゃん同士でも理解できないであろう意味不明な言葉を発しながら沙織が笑う

「お~ぉ笑ってる笑ってる」

沙織の頬を指でつつきながら京助も笑う

「…言っちゃなんなんだけど…」

「夫婦みたいなんだやな。両方オスだけど」

ゼンゴが緊那羅きんならと京助を見て言った

「…なんだか……!?;」

背後にただならぬ気を感じたゴが振り向いて言葉を失った

そこにいたのは阿部郁恵

片手を桜の樹について握り締めた片手をフルフルと震わせて黙って緊那羅きんならと京助を見て (睨んで?)いた

「こ…怖いんだやな;」

ゼンが身震いした

「ズェラシーメラメラなんだやな;」

ゴも身震いする

「ちょっとッ!!」

「ハィイッ!?;」

阿部が唐突にゼンゴに向かって声を掛けた

「悠今日はウチに泊めるって京助に言っといてくれるッ!?」

「いえっさーッ!!;」

阿部の言葉にゼンゴがシャキーンと背筋を伸ばして敬礼し返事を返す

「阿部さんっ」

大股で石段の方に歩き出した阿部に緊那羅きんならが気づき呼び止める

「…何?」

精一杯の笑顔で振り返った阿部に緊那羅きんならが沙織を抱いたまま小走りで近づいた

「ありがとだっちゃ」

そして満面の笑みでお礼を言う

「…え…?」

何に対してのお礼なのかわからず阿部が疑問形の返事をした

「さっき京助を助けてくれて本当にありがとだっちゃ。あのままだったら…」

そう言って緊那羅きんならが唇を噛み締めた

「…別に…あれは…ただ…」

阿部も自分の行動を思い出して赤くなり俯く

「ぷぷぅ~…」

ヨダレまみれの手が阿部の前に現れた

「…可愛いね」

その手を優しく掴んで阿部が笑う

「ねぇ…ラムちゃん…貴方たちって一体…何者?」

阿部が静かに緊那羅きんならに問いかけた

「いきなり消えたり周りを春にしたり飛んだり…そんな格好してるからはじめは本当サーカスか何かの人かと思ってたけど…いくらなんでもこんなこと人間じゃできないってアタシでもわかる」

手は沙織の小さな手を包んだまま顔は緊那羅きんならに向けて阿部が言う

「ねぇ…一体何者? なんで…」

阿部の問いに緊那羅きんならが俯く

「いいじゃん何者だろうと」

ひょいっと京助が犬に戻ったゼンゴ (コマイヌ)を抱えて話題に入ってきた

「エイリアンだろうとスライムだろうとダンビラムーチョだろうと俺は俺で阿部は阿部ってカンジにコイツはきんな…ラム子なんだからさ」

そう言った京助に緊那羅きんならが軽い肘鉄を食らわせた

「京助…アンタ今DQしてるでしょ」

阿部が言うと京助が親指を立てた

「そう…だよね…ごめんねラムちゃん変なこと聞いて」

阿部が緊那羅きんならに笑顔を向けた

「いや…あの私の名前は…;」

「アナタが何者でも負けないんだから」

本当の名前を言おうとした緊那羅きんならの言葉に阿部の言葉がかぶさった

「さって…悠でも迎えに行くか…そういや慧喜とかってヤツ…は?」

コマとイヌを下に降ろして京助が伸びをして辺りを見渡した

「…帰ったっぽいっちゃ」

緊那羅きんならも辺りを見渡して言う

「だぁぷぅい~」

沙織が緊那羅きんならの髪飾りをヨダレでぬらしていった


コーッ という暖房の音が足元から聞えてくる

羽根布団の柔らかさが心地いいのかもぞもぞ動いてまた動かなくなる

「…あれ…?」

そしてふと自分の家の匂いとは違う家の匂いで目が覚める

「僕…」

泣いたせいで目が痛くあまり擦れない

しょぼしょぼする目を開けて周りを見渡して悠助は考えた

薄紫色に白いチェックの入ったベッドカバー、所々に飾ってあるガラス細工、壁にかけられた制服は女子の物

「そっか…阿部ちゃんの家なんだっけ…」

ゆっくりと体を起して伸びをする

「…すけ…」

声が聞えた様な気がした

「…緊ちゃん…?」

悠助の頭に緊那羅きんならの顔が浮かんだ

「悠助」

今度ははっきりと聞こえた緊那羅きんならの声

「緊ちゃん…迎えに来てくれたんだ」

笑顔で部屋を出てすぐの階段を駆け下りて悠助は揃えてあった自分の靴を履いた

「…待ってたよ…悠助」

ガチャリと玄関の戸が開いて悠助が顔を出した


「沙織!!」

着替えた緊那羅きんならに抱きついてきた少し太めの女性

「うわっ!;」

突然のことで後ろに倒れそうになった緊那羅きんならを阿部が支えた

その女性の後ろには警察の制服を着たおっさんと母ハルミそして若い女性が立っていた

「母さん…?」

「…貴方は…今朝の…」

緊那羅きんならと京助がほぼ同時に言った

「畑福さんよ」

にっこりと笑って母ハルミが言うとやっと女性が緊那羅きんならから離れた

「もしかして…沙織ちゃんのお母さん…だっちゃ?」

緊那羅きんならが言うと女性が何度も首を縦に振り泣き出した

「じゃぁ…あの…あっちの…」

緊那羅きんならが警察の横に俯いて立っている高校の制服を着た女性に視線を向けた

「私の娘です…このたびはとんだご迷惑を…」

太めの女性が涙を拭って緊那羅きんならに頭を下げた

「義理のね」

若い女性がキツイ口調で言った

緊那羅きんならが太めの女性…畑福さんに沙織を手渡すと女子高生はフィっと背を向けた

「朝起きるとこの子がいなくて…あの子に聞くと捨ててきたなんていうものですから…よかった…」

眠っている沙織を抱きしめて畑福さんが笑みを浮かべる

「…なんだかなぁ…同じなんだなぁ…いくつになっても」

京助がボソッと呟いた

「…京助?」

阿部が京助を見る

「わかってなかったのかね…わかってたはずなのに…まだまだだなぁ俺も」

一人で言って一人で納得している京助を見て阿部が眉を下げて笑う

「…高校生でコレだけなんだから…小学生の悠は…もっとだったんだろうな」

京助が言うと阿部が京助の背中を軽く叩いた

「悠待ってるよ? 早く行こ?」

そして先頭を切って阿部が歩き出す

「あ…阿部さん!! 京助!;」

畑福さんに掴まっていた緊那羅きんならも小走りで後を追いかける

「…あんまり怒らないでやってってあのおばさんに言っといて? 誰だって構って欲しいのは同じだと思うし?」

京助が母ハルミにそう告げて阿部と緊那羅きんならと共に石段を駆け下りていく

「…伝えておくわ」

フフッと笑って母ハルミが三人を見送った


「待っていたよ? 悠助」

緊那羅きんならの声から聞いたことのない声にグラデーションのように変わっていく声

「…誰?」

阿部家の戸を閉めた悠助がきょとんとして立ち尽くす

「知りたい?」

口元だけがゆっくりと微笑んだ


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ