【第五回・伍】スノー・スマイル
雪が積もった街中で必死に南が探すのは
不思議の国から届いた可愛いラブレター
意外と広い街の中ではたして手紙は見つかるのか
「走れソリよ~道の上を~♪ ほーれ! 頑張れ~!!」
「るっさいッ!;」
ズズズズ…と音を立てて白く積もった雪の上に三本の線が残る
「いやぁ悪いねぇ京助君! 君のじゃんけんの弱さに乾杯で完敗だよ」
南がケラケラと笑うと京助が足を止めて溜息をついた
ソリの上には10キロの米とその他イロイロなモノが積んである
袋から飛び出している長ネギにはうっすらと雪が積もっていた
「俺か弱いからぁ」
ソリを引っ張る京助の隣を歩きながら南が言う
「ニボシ (自転車)はもう冬眠させちゃったしさぁ…助かったぜ本当」
南の長い睫毛にも雪が積もっていた
「まさか米頼まれるとは思わなくて一言二言で返事したのはいいんだけどさ;」
南が鼻を啜りながら笑う
「力尽きてあそこにいたわけか;」
京助は母ハルミの (半ば強制的な)頼みごとで郵便局に行った帰りポストの傍で休んでいた買い物帰りの南に遭遇しじゃんけんで負けた為に南の家まで配達員をするハメになったらしい
「あ、上がっていけよ。なんか出すから」
米以外の入った長ネギの飛び出した袋を手に南が自宅の引き戸を開けた
「んじゃお言葉に甘えて」
米を肩に担いだ京助が南の開けている戸から南家の中に入る
「お…林檎のにおいか」
玄関に置いてある芳香剤を見て京助が何故かにやついて言った
中戸を開けて南が袋を置いた
「部屋チョ汚ねぇけどいいか? それとも母さんいるけどあっちにするか?」
南が親指で茶の間の方を指差した
【解説しよう。【チョ汚い】とは【小汚い】の進化系で意味としては凄く汚いということである】
「部屋でいいぞ? 俺の部屋とドッコイドッコイだろ」
京助が上着についていた雪を払い靴を脱いだ
「んじゃ先行ってろや。何か持っていくからさ」
そう言うと南は袋を持って茶の間に入っていく
「誰か来たの?」
「京助。コレとか米運ぶの手伝ってくれたんだ」
南と母親の会話が聞えてくる
微妙に螺旋を描いている階段を登ると部屋が3つ
その左側のドアを開けて京助が中に入った
「…冗談抜きでチョ汚ねぇ…;」
ミシンの周りには布やら糸が散乱していてエライことになってる
床は床で型紙やら本が広げられていて足の踏み場が本当になかった
ベッドには網かけなのか毛糸が編み棒についたまま放置されている
「だからチョ汚ねぇったろ?」
戸口に立ったままだった京助に南が言った
「適当に自分の場所確保しろや」
京助を押しのけて南は部屋に入ると足でテーブルの上の本と型紙を床に落としてそこに持ってきたお盆を乗せると机の椅子に腰掛けた
京助も辛うじて居座れると判断したベッドに腰掛けた
「何だか久々にお前ん家来たナァ…」
京助がお盆の上から湯気立つココアの入ったカップを取り口をつける
「まぁいっつもお前ん家にたかってたらな」
南が足で暖房のスイッチを入れた
「しっかしお前器用だよナァ…」
ベッドの上の編みかけの編み物を手にとって京助が感心して言う
「俺これっきゃとりえねぇし…好きだしな」
南が背中を反らせると椅子がギイィと音を立てた
「体力ないわ頭悪ぃわ一般人だわで」
ケラケラと南が笑う
「俺だってそうだぞ?」
京助がココアを飲み干して言った
「お前体育得意じゃん足速いし運動神経いいし」
南が軽くゲップをする
「お前のコレだって生まれ持った才能だろうが一緒じゃん」
床に落とされた本を手にとって京助が言った
「…お前ってさぁ…」
少し黙った後南が苦笑いを浮かべた
「何だよ」
そんな南の顔を見て京助がきょとんとした顔をする
「お前ってたまにスッゲェクッサイ台詞言うよな」
南がそう言いながらカップを机に置いた
「はぁ?; 俺はただ思ったことまんま言ってるだけだしよ;」
「それがクッサイんだってば」
京助の言葉に南が笑いながら突っ込んだ
「お前はクサさの塊だなサンキュ」
南が何処となく照れくさそうに言った
「昼飯食ってきゃいいのに」
玄関で靴を履く京助に南が声を掛けた
「長居したから母さんにどやされるしよ; また今度食いに来る」
靴を履きつま先をトントンと鳴らして履き加減を調節しながら京助が言った
「食いに来るだけかよ」
玄関の戸に手をかけた京助を見送ろうと南も靴を履く
引き戸を開けるとバイクの音がして郵便配達員が南の家の前で止まった
「手紙きたぞ南」
京助が体を避けて南に言う
「あーハイハイっと」
京助が体を避けた間を南が通って外に出る
「ちわー…」
配達員に軽く挨拶をして手紙を受け…取ろうとした時
「あ」
南と京助そして配達員が同時に声を上げた
ピンクの封筒が配達員の手から離れ宙に舞い上がりそのまま落ちることなく飛んでいく
「あ~ぁ…飛んでいっちゃった」
南がのほほんと他人事のように飛んでいく手紙を見送る
「いいのかよ; 追わなくて」
京助が戸口から言った
「いいのいいのどうせ母さん宛てのダイレクトメールとかそのへんだろうし?」
「お前なぁ;」
京助が呆れ顔で戸を閉めた
「あれどう見てもダイレクトメールとかの封筒じゃなかったぞ?」
手渡された残りの郵便物を見ている南に京助が言う
「ピンクで可愛らしいウサギのシールついてたし」
京助の言葉に南が止まった
「…何?」
そしてゆっくりと京助に聞き返す
「何って?」
京助も聞き返した
「今お前なんつった?」
南が顔を近づけて再び京助に聞く
「いや…だからピンクで可愛らしいウサさんのシールついてるダイレクトメールなんて無いかと…;」
「郵便屋さんッ! アレ! アレ誰宛!!?」
京助を押しのけて3軒隣に郵便物を届けていた配達員に南が大声で聞く
「す…すいません; 名前まではちょっと…;」
配達員の言葉がまだ続いてるにもかかわらず手に持っていた手紙類をその場に放り投げて南が走り出した
「おい! 南!?;」
放り投げられた手紙を拾って郵便受けに入れた後京助も南の後を追いかける
走り行く二人の少年の後姿を配達員が黙って見送っていた
ジャクジャクと音を立てて半分濡れた雪を後ろに蹴り上げて南が周りをキョロキョロ何かを探しながら走る
その後ろには京助
「こっちに飛んできたよな!? な!?」
南が走りながら振り返り京助に聞く
「あ…あぁ」
京助も走りながら応えた
行き交う人は何事かと二人の少年の走りを見ている
「なぁ…探してるのってアノピンクの封筒だろ? 飛んでいったヤツ」
少し速度を上げて南に並んだ京助が言う
「そ…うだよ! アレたぶんありすからの…っ;」
息一つ切れてない京助に対しもはや限界が近しい南が苦しそうにでも走るのはやめないままで言った
「ありすって…あの入院してた?」
京助が思い出して言うと南が頷いた
「…栄野と南だ」
「え?」
ローソンで雑誌を読んでいた本間がボソッと言うと隣にいた阿部が顔を上げて外を見た
「何してんのアレ; 雪中マラソン大会?」
雑誌を適当なところに押し込んで本間が外にでるとそれに阿部も続いた
「…ついていってみよ」
阿部が走り出した
「アンタ昼から塾じゃなかったっけ?」
本間も小走りで阿部に追いつくと一緒になって南と京助の後姿を追いかける
「いいのっ!」
阿部がどことなく嬉しそうに本間に言った
「京助ー!! 南ーー!!」
名前を呼ばれて京助が振り返る
南にはもうそんな余裕はないのかただひたすら周りを見ながら走っている
「何してんの?」
本間が京助に追いついて聞いた
「簡単単刀直入に言いますと飛んでった宝探し」
「はぁ?」
京助が言うと阿部がわけわかんないというような声を返した
「南の大事な人からの手紙が飛んでいって…それを追ってるんだ」
京助が訂正して説明する
「大変じゃないそれ! アタシ達も手伝うよ!!」
阿部が走る速度を上げて南に並んで何か言っている
「…【アタシ達】ねぇ…」
本間が溜息混じりに言った
「なぁアレ…」
「あん?」
浜本がハルの腕を引っ張って道路の反対側を指差した
「あれって…」
ハルを風除けにしてバスを待っていたミヨコが一歩前に出て
「おーーーーぃッ!!」
と大声で叫んだ
その声が聞えたのか聞えなかったのか見間違いかそうでないのかはわからないが道路の反対側を走っている四人は間違いなく同じ学校、しかも同じ学年で同級生…先頭を走るのは隣のクラスのヤツだということはわかった
「なにしてんだ?」
浜本が解けたマフラーを巻きなおして駆け出した
「…どうする?」
ハルがちらっとミヨコを見て言った
「…邪魔者が走り去ったのはいいけど…私も気になるッ!!」
そう言ってミヨコも駆け出すとハルも笑いながら駆け出した
分かれ道に差し掛かると南が足を止めて息を切らせ風向きを見てまた走り出す
「おい! 南!;」
走り出した南の肩を京助が掴んで止めた
「大丈夫かよお前;」
もはや息をするたびに喉がヒューヒュー音を立てている南の背中をさすりながら京助が言った
「…い…じょうぶ…ッ;」
そう言って笑ったのはいいがその後南が激しく咳き込んだ
「やだちょっと!; しっかりしてよ南!!;」
阿部も京助と同じように南の背中をさすった
「走るの嫌いな南がここまでになるまで追いかける…何追いかけてるんだ?」
後からついてきていた浜本、ハルとミヨコが追いついた
「手紙。ピンクでウサギのついたラヴレター」
京助が答えた
「ラヴレター!? 誰!誰からのさ!」
ミヨコがハルを押しのけて京助に聞く
「不思議の国のありすからの」
「はぁ?」
京助がニッと笑いながら言うと一同が【なにそれ】的声を上げた
「嘘じゃないぞ? いっとくけど。な? 南?」
京助が南の背中を軽くポンポンと叩くと南が頷いた
「そ…ありすからの…大事な手紙なんだ…さ」
胸をパスパスと叩いて呼吸を整えると南が小走りで走り出した
「…ピンクでウサギがついてるんだよね? …ハル! 私達はこっちいこ!」
ミヨコが南とは反対方向の道にハルを引っ張って行った
「手分けした方早く見つかるでしょッ!」
徐々に駆け足になりながらミヨコが叫んだ
「頼んだぞーッ!!」
浜本がマフラーを振り回して二人を見送る
「じゃ俺らは南について行くか」
京助が南を追いかけると阿部と本間、浜本も走り出す
雪が静かにゆっくり降り落ちてきた
ガコン
黒い車が横付けしてある【BOSS】と白く書かれた自動販売機からジョージアのブルーマウンテン (HOT)を取り出して振り返った柴田がタブを起そうとしていた手を止めた
「…あれ? 京助君…に南君に…」
「ちわーッ!」
「ども」
「こんにちは」
「じゃっ」
声を掛けた柴田に対し京助、阿部、本間、浜本が単発で挨拶して通り過ぎる
「…はぁ…;」
タブに手をかけたまま走り去る少年少女の後姿を眺めていた柴田の携帯が鳴った
「…もしもし? …あぁ若…ええ…今ですか?」
どうやら相手は坂田らしくジョージアを片手に話し始めた
「組長が? …はい…はい…わかりました。あ、それでですね…今…」
柴田が黒い車に乗り込み戸を閉めた
積もった雪に足を取られて転びそうになりながらも南は足を止めずに周りを見ながら走っている
「ねぇ…っありすちゃんて…どこの子?」
少し息の切れてきた阿部が京助の上着を掴んで走りながら聞く
「あー…んと夏くらいにさ南が病院で仲良くなった子で…悠よか少し下くらいで今は福島だか福岡だか京都だかにいるらしいんだけどさ」
京助が答える
「ふぅん…そうなんだ…」
阿部の長い睫毛に雪が積もって白くなっている
「そのありすちゃんて南にとって大事な子なんだね…名前からして可愛いし」
阿部が瞬きをすると積もっていた雪が落ちて黒い睫毛になった
「お前だって可愛いじゃん」
「な…ッ」
京助が笑って言うと阿部が目を大きくして足を止めた
「…阿部?」
本間が声を掛けると阿部がマフラーで顔を隠した
「痛てッ!; 冷てッ!!;」
後頭部に【痛い】と【冷たい】という感覚がいきなりした京助が振り返ると阿部が腕の中に雪玉を数個抱えてそれを京助めがけて投げつけようとしていた
「なぁッ!; 何してんだお前はッ!!;」
飛んできた雪玉を走りながら避けて京助が怒鳴る
「るっさいッ!! 馬鹿ッ!!」
それに負けじと少し巻き舌が入った大声で怒鳴りながら阿部が雪玉を投げつける
「う~ん…白い冬なのに青い春か…」
本間がそれを見てほくそ笑みながら呟いた
ボスッ
「あ」
京助が避けた雪球が南に直撃して南が滑って転んだ
「なーー!!; ごめ…大丈夫南!?;」
雪玉を下に落としてコケた南に阿部が駆け寄る
「あ~ららこ~ら~ら~い~けないんだいけないんだ~♪ せぇ~んせいにいってやろ~♪」
浜本と京助が歌いながらコケた南を引っ張り起した
「ごめんー; 本当ごめん;」
阿部が南の服に付いた雪を払って謝る
「や…べ…つに…」
ゼーゼーという低音の音とヒューヒューという高音の音が入り混じった息をして【大丈夫】と南がヒラヒラと手を振った
「何してるの? こんなに雪つけて…雪合戦?」
ガサガサという音とどこかでい聞いた声に一同が体ごと声の方向に向く
「蜜柑さん…?」
【正月スーパー】の袋を手袋をはめた手で持った蜜柑が近づいて南の服の雪を払い始める
「いや…雪合戦じゃなく宝探しとかけっこの併用ってカンジですかこの場合」
京助が浜本に同意を求めて目を向けると浜本が頷いた
「…宝探し…とかけっこ?」
蜜柑が首をかしげる
「そ…だッ!! 蜜柑さんッ!! 封筒見なかった!? ピンクのッ!!」
だいぶ息が落ち着いた南がやたら大声で蜜柑に聞いた
「ふう…とう? …ごめんアタシ周り見てこなかったから…; それが宝探しなの?」
蜜柑が申し訳なさそうに言うと南が軽く頷いて周りを見る
歩道に一定間隔で植えられた街路樹には雪と赤いナナカマドの実しかなく道路もただ所々黒くなっている他は一面真っ白でどこにもピンクの物体は見えない
「…だーーーーッ!! もう!! ちっくしょー…!!」
いきなり南が大声を上げて走り出した
「ごめん蜜柑さん!;」
京助が走り出した南を追いかける
「見つけたら拾っておいてください」
本間が蜜柑に一礼をして走り出す
遠ざかる5人の背中を見送りながら
「…ゆーちゃんに言った方…いいよね」
小走りで蜜柑も駆け出した
「ヘイ! タクシー!!」
片手を上げて待っていた坂田の手に南が走りながらタッチすると坂田も走り出す
「何してたんだこんなトコで;」
京助が坂田に聞く
「好きだぁ~ったのよあ~なた~♪」
「待ち伏せですな」
坂田の歌に浜本が突っ込む
「ピンポォン」
坂田が浜本を指差して笑った
「柴田さんから情報がいったと思われますが」
京助が走りながら言う
「そっちもピンポン!! で? 何がどうで必死こいて走ってるわけ? 体力向上ならこの後寒風摩擦でもするのか? 女子も含めて」
坂田が阿部と本間に手を振る
「いや…お前ありすちゃんって覚えてるか?」
京助が聞くと坂田が頷いた
「その子からの手紙が風にさらわれてしまいましてそれを探してるんで御座います」
京助に言われて坂田が南の背中を見た
「それであんなに必死こいてるわけか…体力ねぇのに無理してんなぁ…」
「ここはアレやるしかなかとでしょ」
やけに聞いたことのある声に振り向くとソコには中島
「…いつからいたよお前;」
浜本が阿部たちに並んで走っていた中島に聞いた
「本当影薄いよなお前…忍者になれるぞ忍者!」
坂田が笑いながら言うと中島が坂田の後ろ髪を引っ張った
「メンバーも揃いましたし…いっちょアレ、やっちゃますか…このまんまじゃ南がヤバイしな…おーぃッ!! 南ストーップ!!」
京助が南に向かって叫ぶと南が足を止めて振り返った
「ジャジャンジャン! ジャジャンジャン! チャラッチャッチャチャラチャラチャララン♪」
浜本の手作り即席BGMはマジンガーZのOP
「今こそ蘇れ!! 伝説の14.5人抜きを決めた我等が英雄たち!!」
正面に中島、右には京助、左は坂田そしてその上には南
「…騎馬戦じゃん」
本間がボソッと呟いた
「去年三年生をも打ち破った最強馬ここに復活!!」
坂田が言う
「…コケたら全員コケるよね」
またも本間がボソッと言う
「とりあえずリズムとスピードは【お猿のカゴ屋】でいきますか」
京助が言うと中島と坂田が頷いた
「では~…え~っさえ~っさえさほいさっさッ!!」
浜本が【お猿のカゴ屋】のリズムを歌い始めるとそれにあわせて小走りで走り始める
「ねぇ…アンタら恥ずかしくないの?」
阿部が京助に並んで聞いた
「何で恥ずかしいよ?」
京助が聞き返す
「だって街中でこんな…」
街中で騎馬戦の格好をして更にはBGMは【お猿のカゴ屋】
これで人の視線を集めないわけはない
通り過ぎる人も車も目を向けていた
「俺らは別に間違ったことしてるワケじゃねぇし? 恥ずかしいなら少し離れてろ」
京助が言うと阿部が足を止めて少し俯いた
騎馬の上に乗ったおかげで前より視界が広くなった南がピンクの封筒を探す
走っていたときには見えなかった低い塀の内側や街路樹の枝の間も見えるようになっていたがそれでも見つからない
「…空でも飛べたらなぁ…」
南がボソッと言うと京助がいきなり足を止めた
「だッ!!;」
「のッ!!;」
そのせいで中島が前につんのめり馬が崩れた
「何してんの」
本間が少し息を切らせながら崩れた馬に向かって突っ込む
「空…! 空だ空!」
京助が【空】を連呼する
「…空がどうした?」
あまりにも京助が【空】を連呼するので一同が空を見上げる
今日の空は薄曇で雪が静かに降りてくるそんな空
「空から探せればいいんだろ?」
京助がニッと笑う
「…ヘリでもチャーターするのか?;」
浜本がマフラーを巻きなおしながら言った
「そんな金はないが竜田揚げ作る程度の金ならある」
京助が言うと3馬鹿が顔を見合わせて笑った
「…竜田揚げとヘリコプターって何か繋がりあるの?」
阿部が聞くと3馬鹿と京助がニカッと笑ってそろって親指を立てた
「まずは直談判だな…俺ちょっくら家に戻るからお前等は引き続き捜索してろ。浜本バトンタッチな」
京助が浜本の肩を叩いてそのまま自宅方向に走り出す
「…直談判って…竜田揚げって…一体何?」
阿部が坂田に聞く
「見た目はちっこいが態度はでかいお茶目な鳥さんが来てくれることを祈りつつ俺らは捜索いたしましょ」
坂田が言うと中島が再び騎馬を作る体勢になりそれに南が掴まると坂田と浜本もそれぞれ南を支える
「わかるように説明してよね…まったく」
本間が溜息をついた
「なぁ…俺もよくわからないのですが;」
浜本も一体何がどうなのってヘリコプターが竜田揚げなのかわからないらしく3馬鹿に聞く
「まぁ…とりあえず心の準備と消火活動の心構えだけしておけ」
南が笑いながら言った
ガラッ!
ガタン!! ドン!!!
ドタドタドタドタドタ…
「…もう少し静かに帰ってこれないの?」
開けようと手をかけた茶の間の戸が勝手に開いて目の前には母ハルミの呆れ顔があった
「遅かったじゃないお昼片付けちゃったわよ? お茶漬けで我慢してくれる?」
京助を押しのけて母ハルミが廊下に出る
「そんな暇ねぇんだ! 腹は減ってるけど…ッ;」
京助がそう言って茶の間の中を見渡す
「悠は? 緊那羅は?」
TVがつけっぱなしの茶の間には誰もいなかった
「アンタが遅いからって迎えにいったわよ? 会わなかったみたいだけど…寒いから閉めて頂戴」
京助が昼飯はいらないという返事をしたので母ハルミが茶の間に戻る
「迦楼羅とか来てねぇ?」
茶の間の戸を閉めて京助が隣の和室を覗きながら母ハルミに聞いた
「かるらん君? 来てないわよ」
母ハルミがTVを消して壁にかけてあった上着を羽織った
「母さん仕事に戻るから家出るとき石炭くべていってね?」
そう言って母ハルミは茶の間を出て行った
「…いらねぇ時に来ててどうしてこう必要な時に限って来てないかねあの鳥類は…」
ガシガシと頭を掻いて京助はストーブの傍い置いてある石炭をストーブにくべはじめた
「あれ…キンナラムちゃんじゃないか?」
軽やかな【お猿のカゴ屋】ステップで捜索していた騎馬の上から南が言った
「悠もいる…けど京助はいないぞ? ついでに最終兵器鳥類も」
南が言うと騎馬隊が足を止めて南を降ろす
「どうしたの? あったの?」
少し離れてついてきていた阿部と本間が追いついて聞く
「いや…ないけど…」
それに浜本が返す
「じゃぁなん…」
阿部が再び聞き返そうとして緊那羅に気づいたらしく言葉を切った
「よっす緊那羅! 悠!」
坂田が緊那羅に手を上げる
「京助はー?」
「京助…はいないみたいだっちゃね…」
ぐるりと面子を見て緊那羅が言う
「京助なら竜田揚げがどうのこうの言って家に戻ったよ?」
阿部が言う
「竜田揚げ…?;」
緊那羅が首をかしげた
「竜田揚げってかるらんの好きなものだよね?」
悠が言うと緊那羅が頷いた
「いや実はサァ…」
南が苦笑いで話し始めた
「…それで遅かったんだっちゃね。あんまり遅いから心配してたんだっちゃ…そっか…よかったっちゃ」
緊那羅が笑顔で言った
「んもう!! 羊子ったら心配性なんだから」
南が腰で緊那羅を押した
「かっわいぃなぁ金髪かァ…変な話し方だけど」
イマイチ3馬鹿と緊那羅の話題についていけない浜本がぼそっと呟いた
「羊子ちゃんって言うんだって」
阿部が浜本に言った
「だから【ラムちゃん】なのかな? それとも話し方? あの髪地毛?」
浜本が阿部に聞き返す
「んなこと知らないわよッ!!」
阿部が大声をあげると全員の視線が阿部に集まる
「…阿部?;」
坂田が恐る恐る声を掛けると阿部が本間の後ろに隠れた
「手紙探さないの?」
しばらくの沈黙の後悠が中島のジャケットを引っ張って言った
「探すには探すんだけど…最終兵器がまだこないからナァ…」
坂田が悠助の頭をポフポフと軽く叩きながら苦笑いをした
「最終兵器…ってまさか;」
緊那羅が3馬鹿を見ると揃ってニカッと笑った
「なになに~? 何が?」
悠助が中島を揺すって聞く
「…絶対火吐かれるっちゃ;」
緊那羅が呆れ顔で言う
「だっいじょうびん!! 水分ならまわりに嫌というほどあるし空からも降ってきてるし」
南が掌で雪を受け取って笑う
「ねぇ…一体何の話してるワケ? アタシ達全然わからないんだけど」
阿部が少し怒ったように3馬鹿と緊那羅に言ってきた
「説明してもいいんだけどさ実物見ないとぜってぇ信じてくれねぇと思うからサァ…でも…緊那羅がここにいるってことは…来てなかったんだろうナァ;」
坂田が緊那羅に目を向ける
「今日迦楼羅は来てないっちゃ」
緊那羅が言うと3馬鹿が溜息を吐きつつ肩を落とした
「うぁぁあぁ;やっぱ地道に探すしかないのか…」
南が空を見上げて嘆く
「…あ…あの…」
緊那羅がそんな南に声を掛けてきた
「…手を貸してくれるかは別として…呼ぶことはできるっちゃ…たぶん」
「マジ!!?」
緊那羅が言うと間髪いれずに3馬鹿が緊那羅に集った
「う…ん;」
「ヒョー!! やたね! でかしたね!」
緊那羅が少し後ろに反ったまま頷くと3馬鹿が狂喜乱舞し始める
「呼ぶって…携帯とかで? ならアタシも持ってたのに…言ってくれれば貸したよ? 羊子ちゃん」
阿部がポケットから携帯を取り出した
「少し下がってて欲しいっちゃ」
緊那羅が言うと3馬鹿が悠助をつれて阿部や浜本、本間のいる位置まで下がった
「何…?」
本間が目を凝らして緊那羅を見つめる
「お前等ほっぺつねる準備しておけよ?」
中島が言った
緊那羅がゆっくり手を前に出すと緊那羅の手が部屋に入ったように見えなくなる
「なッ!?;」
浜本が声を上げた
「…開いた…開けれた…」
緊那羅が嬉しそうに呟いた
「ちょっと待っててっちゃ」
笑顔で振り返るとそのまま緊那羅が消えた
声を上げるでも何か行動するでもなく阿部と本間、浜本が固まっている
「…つねってやろうか?」
坂田がそんな三人に笑いながら言う
「な…んなの…」
やっと声が出せた阿部が坂田に聞く
「いったろ? 説明しても信じてくれないって。こーいうことなんだわ」
南が笑う
「ミスターマリックどころの騒ぎじゃねぇよ…コレ」
浜本が呆然と緊那羅が消えた場所を見ながら言った
「言っとくけど…まだまだ序の口だぜ~?」
中島が浜本の肩を叩いて言う
「かるらん来てくれるかな?」
悠助が笑いながら中島を見上げた
しんしんと降り続いて確実に辺りを白く覆う雪
「…一体私達何してるわけ?」
本間がいきなり口を開いた
「手紙探してたんじゃなかったっけ?」
緊那羅がマジックの様にいなくなってから数十分
道端には悠助と3馬鹿+浜本で作った雪だるまが6個ズラリと並んでいた
「栄野も帰ってこないしあの金髪の子もどっかいっちゃうし…」
本間が少し怒っているっぽい口調で言った
「んなこと言ってもなぁ;」
坂田が立ち上がって腰をひねるとパキパキと音がした
「あ…」
塀に寄りかかってメールを送っていた阿部が声を上げた
「お待たせだっちゃ;」
やや疲れた顔をした緊那羅が摩訶不思議服を着ていつの間にかそこにいた
「お帰り緊ちゃんっ!!」
悠助が緊那羅に飛びつく
「で? 最終兵器は?」
南が聞くと緊那羅が軽く後ろを振り返った
「誰が最終兵器だ誰が」
「鳥ーーーーーーーッ!!!」
迦楼羅が姿を現すと南が迦楼羅めがけて抱きついた
「だぁっ!!;」
南に抱き疲れた勢いで迦楼羅が後ろに倒れる
「待ってたぜ鳥!! ありがとう鳥!!」
「やめんかッ!; 放せ!たわけッ!;」
頬擦りする南の顔を手で押して迦楼羅が怒鳴る
「…なにこの子…」
阿部が迦楼羅を立ったまま見下ろす
「かるらんだよ阿部ちゃん」
阿部の隣に立って悠助が迦楼羅に笑顔を向ける
「…んはいらんと言っているだろうが栄野弟」
迦楼羅が起き上がり服についた雪を払う
「ずいぶんと遅かったじゃん緊那羅」
坂田が緊那羅に言った
「乾闥婆の目を盗んで迦楼羅をつれてくるのにちょっと…;」
緊那羅が苦笑いで言う
「…後が怖いっちゃ…;」
遠くを見つめる緊那羅の肩に坂田が哀れみ100%の感情を込めて手を置いた
「ねぇねぇこの服って文化祭ん時に着てた服だよね? いつ着替えたの? ってか…」
坂田を押しのけて浜本が緊那羅に質問する
「いっとくけど浜本。その子彼氏いるらしいよ」
本間が言うと浜本が一歩後退した
「…ちぇー…」
そんな浜本を見て坂田が噴出したいのを我慢している
「でさ!! 早速なんだけど…鳥さん」
南が一旦立ち上がりそしてしゃがんで迦楼羅と視線の位置を合わせる
「…大体の話は緊那羅から聞いた。…大切なものなのだろう?」
迦楼羅が溜息をついた後に呆れ笑顔を南に向ける
「…あぁスッゲェ大事なものだ」
南が言った
「今回だけだからな…少し離れていろ」
迦楼羅が言うと南が数歩後ろににさがる
「何…?」
南につられて阿部も本間も迦楼羅から離れる
「阿部ちゃんスカート抑えてた方いいと思う」
「え? な…っやぁッ!!;」
いきなり巻き起こった強風で阿部の巻きスカートが捲れ上がる
「おぉお! ピンク!!」
「見んなッ!!;」
歓喜の声をあげた男子に阿部が真っ赤になりながら怒鳴った
「ホラ! いくぞ」
強風が止んで迦楼羅の声がした
「…誰…」
3馬鹿が声をそろえて言った
「…ってか…何者?;」
浜本のマフラーが地面に落ちている
「…現実…なんだよね?」
本間が自分の手の甲をつねりながら呟いた
「かる…らん?」
悠助が恐る恐る迦楼羅を呼んだ
「驚いたか?」
悠助をはじめ緊那羅以外全員が首を縦に振った
目の前にいたのは3馬鹿とさほど背の高さが変わらない少年
口調と摩訶不思議な服装そして髪型でコレがあの迦楼羅だということがわかる
「…いきなり育ったなァオイ;」
南が迦楼羅の全身を見ながら言った
「あの姿では一人抱えるのがいいところだからな」
少年迦楼羅が言う
「抱えるって…」
坂田が迦楼羅に聞く
「ワシはお前等の探し物がどんなものなのか実物見ていないんで知らんからな。わかる輩を2人位連れて飛べば手っ取り早いだろう」
迦楼羅が南の手を取った
「え…俺?;」
南が自分を指差して言う
「お前の大切なものだと緊那羅から聞いたが?」
迦楼羅が緊那羅を見ると緊那羅が頷く
「探し物は俺のだけど…実物を見てんのは京助…ってか京助!!」
南が京助というこの話の主人公(一応)の存在を思い出した
「そうだ!! 京助どうしたのよ!!;」
阿部も京助が駆けて行った方を振り返り言う
「では京助とお前を連れて飛べばいいことなのだな?」
「それはそ…のぉおおお!!;」
「きゃぁッ!;」
「にーーーーっ;」
「うおぉお!!;」
降ったばかりの雪が目を開けていられないほどの強風で舞い上がりそこだけ吹雪のように何も見えなくなる
「…目を閉じていては探せないだろうが!! たわけ!」
迦楼羅の声に南が目を開けると眼下に広がるわが町【正月町】
「たっけぇ…;」
雪が降っているせいか人通りがいつもより少ないメインストリート
信号待ちをしている車
学校、港、公園、畑や田んぼ、果樹園、自宅…いつも見ていて飽き飽きしていた風景でも見方を変えるだけでこうも新鮮味が増すものなのだろうか
「…すげ…結構広いんだな…この町も」
南が小さく呟いた
「あ!! 京助!!」
栄野神社に続く坂を下り公園方面に続く道を小走りな速度で動いている京助らしい生き物を南が見つけた
「…誰かコイツにビックライトでも使ったんか?」
自分とあまり身長が変わらない迦楼羅を見て京助が地面に尻をついたまま南を見上げて聞く
「驚いたか」
迦楼羅が何気に勝ち誇ったように言う
「ハイハイ驚きました驚きました」
京助が立ち上がり尻についた雪を払いながら言った
「で…見つかったのか?」
京助が聞くと迦楼羅が南と京助の手を掴んだ
「これから探しにいくんだ」
南が空を指差す
「…俺も?;」
京助が自分を指差して【まさかよ】的顔をすると南が親指を立てて満面の笑みを返してきた
「お前しか実物を見ていないのだろう?」
京助が頷こうとした瞬間再び強風で雪が舞い上がった
「しかしまぁよく乾闥婆が許してくれたよな」
京助が下を見下ろしながら言った
「…隠れて来た」
迦楼羅がボソッと呟くと南が両手を合わせて合掌した
「なっ…; またかよ…後が怖いんじゃねぇ?;」
左側に抱えられた京助が迦楼羅を見て言う
「血の海…のーーぉ; ナンマンダブナンマンダブ…;」
南が何を想像したのか右側でお経を唱え始めた
「…お前等…; …乾闥婆は妖怪かその類ではないぞ? あやつはワシをただ心配しているだけなのだ…昔の出来事に縛られてな」
迦楼羅が言う
「…昔って…何? 何かあったの?」
南がまるで噂好きの近所のマダムのごとく目を輝かせて迦楼羅に聞く
「…昔のことだ…もう遥か昔…ホラ! しっかり探さんか!」
一瞬悲しそうな目をした迦楼羅だったがその後二人に向かって怒鳴った
「…言葉のごとく飛んで行っちゃったナァ…」
迦楼羅の飛び去った方角を見て坂田が言う
「俺らも地道に探しますか?」
浜本が坂田の隣に立って言うと坂田が後ろを振り返った
「そうだねココにこうやっていても仕方ないし…」
阿部が言うと本間と中島が頷いた
「…緊ちゃん?」
悠助が緊那羅の名前を呼ぶと一同が緊那羅を見る
「ちょ…どうしたよ緊那羅!!;」
しゃがみこんでいる緊那羅に坂田と中島が駆け寄る
「さ…寒い…っちゃ…;」
摩訶不思議服だけの緊那羅が体をさすって震えていた
「緊ちゃん大丈夫!?」
悠助が緊那羅を抱きしめて暖めようとするがなにぶん小さくて用が足りない
「浜本」
本間が浜本を呼んだ
「何? …ア~レ~;」
近づいてきた浜本からマフラーを奪い取るとそれを緊那羅にかけた
「…ありがとだっちゃ;」
緊那羅の唇が紫色になってきている
「本当寒さに弱いんだなお前;」
中島が自分のジャケットを脱いで緊那羅にかける
「寒いの苦手なのに何でわざわざ出向くかね」
坂田も自分の上着を緊那羅にかけた
「だっ…て京助が…心配だったんだっちゃ」
悠助の腕の中で緊那羅が眉を下げて微笑んだ
「京助と悠助は…私が守らないと…」
「だから自分はどうでもいいんですか?」
緊那羅にさっきまで緊那羅の着ていた上着がかけられた
それを見て中島と坂田が後ずさる
「…また…増えた」
本間がボソッと言った
「けん…」「けんちゃん!!」
乾闥婆が悠助に向けて微笑みを返した
「…あの…えっと…;」
気まずそうに緊那羅が何かを話そうとしている
「…その…;」
「緊那羅」
乾闥婆に名前を呼ばれて恐る恐る緊那羅が顔を上げた
名前を呼ばれたのは緊那羅なのに何故か坂田と中島が気を付けをする
「守られる方の気持ちも…考えて守るようにしてください」
手に持っていた緊那羅がしていたマフラーや手袋を手渡しながら乾闥婆が言った
「…けん…」
「先に戻ります」
呼び止めようとした緊那羅の言葉を最後まで聞かないで乾闥婆が消える
「…けんちゃん…何だか…泣きそうな顔してた」
悠助が俯いて呟いた
「守られる方の…気持ち…」
手渡されたマフラーを握りしめて緊那羅が呟く
「…話の展開についていけない…なんなわけ? どういうこと?何?」
阿部がいまだ気を付けをしている坂田と中島に聞いた
「あの子何? さっきの子は何でいきなりでっかくなったの? そして何で飛べるのよ? 一体なんで…もーーーー!! わけわかんないッ!!」
坂田の胸倉を掴んで揺すりながら阿部が声を荒げて言う
「落ち着いて阿部;」
本間がそれを止めると阿部が本間に抱きついた
「…俺らもよくはわかんないんだけどさ…京助と悠はあいつ等にとって何だかスッゲェ大事な存在って言うか…いや…何なんだろう;」
説明しようとした中島が考え込む
「害はないと思う…たぶん」
それに坂田が付け足した
「たぶんって何よ!」
阿部が怒鳴った
「害あるなら京助はかかわらないだろ。アイツの性分からして」
坂田が言う
「…っもー…何なのさぁ…ッ」
混乱して泣きそうな阿部の頭を本間が撫でる
「ッだーーーーーーーー!!」
いきなり大声を上げて浜本が雪だるまを一つ破壊した
「雪だるま~!!」
悠助が叫んだ
「浜本?;」
中島が浜本に近づいて声を掛ける
「雪だるま…」
壊された雪だるまの前に座って悠助が俯く
「落ち着けって浜本;」
坂田も駆け寄って浜本を宥める
「落ち着け!? 冗談!! 消えるわ飛ぶわ成長するわ!? 夢じゃないのになんなんだよ!!」
「現実だろ」
背中に迦楼羅を背負った京助が南と共に歩いてきた
「京助…」
阿部と緊那羅がハモって名前を呼ぶ
「THE現実。夢でもなんでもなく現実」
京助がしゃがんでいた緊那羅を引っ張って立たせると迦楼羅を背負いなおす
「信じる信じない別として現実なんだろ夢じゃないんならさ」
そう言って京助は笑った
「…栄野ってさ」
本間が呟いた
「…栄野って何だか不思議だよね」
本間の言葉に阿部が本間を見る
「いるだけで周りがまとまってない?」
そして今度は京助を見た
「…早くしないと取られちゃうかもよ? ミヨの事とやかく言ってたけど」
阿部が驚いたように本間を見ると本間が不敵な笑みを返した
「…お見通しだよ何年友達やってると思ってるの。…どっかで聞いた台詞」
笑う本間に阿部が少し赤くなってマフラーで顔を隠した
きゅううぅぅぅ…
迦楼羅の腹の虫が力なく鳴いた
「…かるらんお腹減ってるの?」
悠助が京助に背負われている迦楼羅に心配そうに聞いた
「大きな力出せばそれだけ力が流れだす速さも増すからな…」
迦楼羅がぐったりとして呟いた
「だからっていきなり落ちるのはやめてくれよな; 屋根の上で助かったぜ; …横木のばぁさんビックリしてたけどな」
南が溜息をつきながら言った
「仕方ないだろう!!; …はぁ;」
怒鳴ったのはいいがそれ以上言い返す気力もないらしい迦楼羅が再び京助の背中に頭をつける
「結局…見つからなかったな…手紙…」
南がボソッと言うと一同が俯いて沈黙が始まる
「まぁ…仕方ねぇよな雪降ってるし! …ありがとな…」
南が笑いながら言った
「南…」
中島が南に声を掛ける
「…まだ…」
阿部が口を開いた
「まだ明るいもん! まだ探せるよ! アタシ探す!!」
「ちょ…阿部!?」
駆け出した阿部を本間が追いかける
「俺らも探すよここまできたら見つけたいじゃん?」
坂田がニカッと笑って言うと中島と浜本、京助も笑って頷く
「私も手伝うっちゃ」
上着を着た緊那羅がそれでも寒そうに言った
「僕もー!!」
悠助が元気よく手を上げて言う
「手分けした方よくね?」
「そうだな…おいみな…南?;」
京助が南の方を振り返ると南が俯いたまま立ち尽くしていた
「どうした? 南?」
浜本が南の肩を叩く
「お前等…っ…」
上げた南の顔は泣きそうだけど笑っていて
「ちくしょーーー!! 大好きだお前等ッ!!」
男泣きの格好で叫んだ南に顔を見合わせて笑い出す
「僕も南好きー!!」
意味が分かてるのかわかっていないのかは別として悠助が南に抱きつくと南が思いっきり悠助を抱きしめる
「愛してるぜーーー!!」
そのまま悠助を抱き上げて涙目のまま南が言う
「この浮気者ーありすに言いつけんぞ」
京助が笑いながら言った
「二股かけてる殿方に言われたくありませんわ京助」
南が悠助を下ろして京助に言う
「何だよ二股って;」
京助が聞き返すと
「羊子とヒマ子」
坂田が言う
「はぁっ!!?;」
緊那羅と京助が素っ頓狂な声をあげて京助は背負っていた迦楼羅を落とした
「だっ;」
落とされた迦楼羅が短く声を上げる
「お前…今から二股かけてるのか…ロクな大人になれませんぞ? ってことで俺に乗り換えない?」
浜本が緊那羅に向かって手を上げた
「乗りかえって…私はっ;」
「…金名さん…?」
呼ばれたくない呼び方をされて緊那羅が振り返る
「宮津…さん…?」
緊那羅が記憶の彼方から引っ張りだしてきた名前を言う
「やっぱり! おかしな格好してるから声かけるか迷ったんだけど…何してるの?」
嬉しそうに駆け寄って緊那羅に笑顔を向ける
「オイ…誰だコノお嬢さん」
浜本が京助を肘でつついて聞く
「前にチョコッと知り合った先輩」
「ほーーーん…」
京助が答えると浜本が【そうかそうか】という風に何度か軽く頷いた
「えっと…南の手紙…あれ?」
緊那羅が言葉を途中で止めて宮津の左手を見た
「?…あ、これ? そこの雪だるまのところで拾ってこれから郵便局…」
「それだーーーーーーーッ!!!」
京助がいきなり大声を上げた
「え…何?;」
南がダッシュで宮津に駆け寄り手紙を手から奪い取ると裏を見た
そこに書かれていたもの
【きただありす】
「あった…」
南がボソッと呟く
「あったーーーーーッ!!」
そして今度は叫ぶ
少し湿っている封筒を頭上高く掲げて南が笑う
封筒の封の部分にはウサギのシール
ひらがなだけで書かれた宛名
少し曲がっている切手
「よかったな南」
坂田が声を掛けると少してれたように南が手紙を顔の前で振って笑う
「もう飛ばすなよ?」
京助が落とした迦楼羅をもう一度背負いなおして言った
「…何だかわからないけど…いいこと?」
宮津が緊那羅に聞くと緊那羅が微笑んで頷く
「じゃぁ見つかったって阿部達に連絡しねぇと…坂田!!」
浜本が坂田に言う
「なんで俺よ…;」
坂田が緊那羅にかけた上着から携帯を取り出して開いて…止まった
「…どうした?」
止まったままの坂田に中島が何事かと携帯を覗き込む
「…メアドと番号しらねぇ」
坂田が遠い目のまま言った
結局阿部と本間、ミヨコとハルを手分けして探した後の解散ということになって家につく頃には当たりは真っ暗になっていた
きゅくるるる~…
ぐぅ~…
「…ピークだな…」
石段を登りながら京助が呟いた
「帰ったらすぐ晩御飯食べられるよかるらん!」
台所に明かりがついているのを見て悠助が言う
「…そうか…」
浜本のマフラーをかけられ京助の上着を羽織った迦楼羅が悠助に向かって力なく微笑んだ
「無理させて悪かったなサンキュ」
京助が言う
「緊那羅も寒い中あんがとな悠も」
家の戸をあけて待っていた緊那羅に京助が言うと緊那羅が微笑んだ
「おかえりなさい」
「だっ!!;」
玄関に入った京助が再び迦楼羅を落とした
「け…」「けんちゃん!」「乾闥婆!?;」
京助 悠助 緊那羅が同時に言った
「けんだ…;」
そして少し遅れて迦楼羅が言う
前にも見たような格好で手には箸を持った乾闥婆が一同を出迎えた
「【天】に帰ったんじゃ…;」
緊那羅が玄関の戸を閉めて言う
「先に戻るとは言いましたが【天】にとは言っていないですよ?」
乾闥婆がにっこり微笑んだ
「…いつまで地べたに座っているんですか迦楼羅」
しゃがんで迦楼羅に向かって微笑む
「あ; スマン;」
京助が迦楼羅を抱き上げた
「コイツヘロヘロなんだわ; 飯できてるか?」
迦楼羅を小脇に抱えたまま京助が家に上がる
「…京助」
名前を呼ばれて京助が振り返ると乾闥婆が笑顔のまま京助と迦楼羅の額に箸を刺した
「痛ってぇッ!!!;」「だッ!!;」
京助と迦楼羅が悲鳴を上げる
「…怒ってるちゃ…;」
緊那羅がボソッと呟く
「ご飯だよ-!!」
いつの間にか家の中に上がっていた悠助が呼びに来た