【第五回・弐】中島君家の家庭の二乗
中島には姉が二人いる
双子だけどちょっと理由ありの双子
ほぼ正反対の性格の姉二人そして中島の姉弟
その中島が家出して京助の家へやってきた
中島の家出の原因は姉にあった
外が暗い午後四時ちょっとすぎの正月中学校二年三組の教室
教壇の前に集まって京助と3馬鹿がいつもは滅多に見せない真剣な顔で黒板を見ていた
「俺はやっぱりコッチが本体説がかなり有力だと思うんだがな」
坂田が黒板にカリカリと何かを書いた
「そうかぁ…やっぱソレが一番有力だよナァ…」
南が腕を組んで唸る
「でもだとしたらコッチ…体は何でできてるワケ?」
中島が突っ込むと坂田が頭を掻きながら黒板を見る
「そうだよなぁ…濡れても平気なんだもんナァ…体は」
そう言って京助も黒板を見た
黒板に書かれていたのは微妙に似ているが何処となく似ていない愛と勇気だけが友達で長時間風にさらして硬くなっているであろう自分の顔をハラヘリな方々に分け与える正義の食えるヒーロー【アンパンマン】
「もともと確かコイツってジャムんトコに流星に乗ってきたんだよな? たしか」
南が言うと
「お前よく知ってるナァ;」
京助が言った
「だてに幼稚園のとき飽きるほど紙芝居読み聞かせされてないぜ? …そんでバイキンマンはゴミ捨て山に落ちたんだよ。んでもって一人で生きてあそこまで大きくなったんだってさ」
南が聞かれてもいないバイキンマンの過去を話した
「…バイキンマン…苦労してたんだナァ…そりゃ捻くれるわな」
坂田がうんうんと頷いた
「一緒に降ってきたアンパンマンは幸せにぬくぬく暮らして育てられて…自分は一人でかぁ…」
中島がしみじみ言ってふと時計に目をやった
「っあああああ!!やっべぇ!!;」
叫んだ中島に何事かと京助と南、坂田が驚く
「わっり!! 先帰る!!;」
机に乗せてあった鞄の肩掛け紐を掴むと走り出したが紐が机に引っかかって机を倒した
「落ち着けよ!;」
京助が呆れ顔で言うと机も直さず中島が暗い廊下を駆けていった
「…なんなんだ?;」
キュッキュッという上靴の足音が遠のいて聞こえなくなる
今日は正月町にある正月スーパーの特売日で夕食支度時の買い物客が黄色いカゴを手に店内にあふれている
そしておばちゃんたちがほとんどの買い物客の中に紺のブレザー姿の女子高生が一人長いストレートの黒髪を耳にかけて【本日の広告の品】と手書きで書かれた張り紙を見ていた
カゴの中には豆腐と大根、そしてたまねぎ
「んしょっ…」
重そうにカゴを持ち直す
「いらっしゃいませぇ~!!」
ンガーっと店の自動ドアを開けて中島が小走りで店内に入ってくるなり
「ミカ姉!!」
そういいながら女子高生に近づいた
「ゆ-ちゃん遅い!!」
ずいっと中島に向かって女子高生がカゴを差し出すと中島が黙ってソレを持つ
「お米売り切れちゃうところだったんだから!四時って約束したじゃない」
中島の鼻に指をつけて【ミカ姉】と呼ばれた女子高生が怒る
「まぁまぁ蜜柑ちゃん、柚汰ちゃんだって忙しいんだから許してやんな?」
発泡スチロールの箱に【本日の広告の品】らしいほうれん草を入れた店のパートのおばちゃんが蜜柑に言った
「お米なら確保したんでしょう? いいじゃないのさ」
「んもう…斉藤さんはゆ-ちゃんに甘いんだから…」
蜜柑が膨れると中島が苦笑いを浮かべた
「ゆ-ちゃん何か欲しいものある?」
カゴを持って蜜柑の後ろをついて歩いていた中島を蜜柑が振り返った
「ん~…俺は別に…」
中島が何気に店内を見渡しながら言う
「…じゃぁアイスでも買っていこうか。そろそろりっちゃんも帰ってくる頃だし…お風呂上がったらみんなで食べよ?」
そういってアイスの入っている冷凍庫のスライド式のドアを開けて6本入りの箱アイスをカゴに入れた
緑色でほんのり柚子の香りのする湯船でボケッとしていた京助の耳に悠助の声と聞こえるはずのない声が微かに聞こえた夕食後のまったりタイム
気のせいだと思い口まで湯船に浸かりぶくぶくと空気を吐き出した
「京助-」
ガラッと風呂の戸が開けられ湯気が一気に外に流れた
「…何だよ;」
まだ湯気でよく見えないが声でソレが悠助だとわかった
「中島が来てるよ?」
悠助の声が響く
「中島? こんな時間に?」
京助が湯船の中で膝を立てて身を乗り出して悠助に聞いた
「うん~なんかねおっきな鞄持ってきてるけど…どうする?」
「…おっきな鞄…ねぇ…;…まぁいいやすぐ上がるから部屋に行ってろって言ってくれ」
そう言うと京助はと浴槽の淵に手をついて湯船から出た
タオルでガシガシと頭を拭きながら廊下を歩いていると緊那羅が京助の部屋から出てきた
「京助」
名前を呼ばれて京助が片手を上げると緊那羅が小走りで京助に近づいてきた
「中島…」
京助と歩幅をあわせて並んで歩きながら緊那羅が言った
「知ってる 悠から聞いた…けど何の用だ?」
京助がタオルを首にかけて自室の前で止まって緊那羅に聞く
「私もわからないっちゃ…ただ…」
緊那羅が苦笑いを浮かべる
「…ただ?」
そんな緊那羅の表情に首をかしげながら京助が聞き返す
「若干…人数が…」
「人数?」
緊那羅の言葉を最後まで聞かずに京助は自室の戸を開けた
「…何してんだお前等」
室内にはいつもの面々が京助の顔を見るなりチャっと片手を上げて笑顔を向けた
「俺は中島が来たって事しか聞いてねぇんですが緊那羅さん」
京助が勢いよく自室の戸を閉めて廊下にいる緊那羅に言う
「いや…始めは中島だけだったんだっちゃけど…;」
「君が優雅にバスタイム満喫してるときに俺と坂田が参上仕ったワケでございますよ」
閉められた戸を少し開けて南が言った
「仕るな;」
京助が振り返って南に言う
「ってか風呂くらいゆっくり入らせろ;」
部屋に入りながら京助が3馬鹿に向かって言った
「…で? 何なんだよこんな時間に」
畳んだだけの布団に寄りかかって京助が言うと中島が身を起した
「コイツ家出してきたんだってさ」
中島が何か言おうとした矢先に南が中島の傍にあったドラムバックをポフポフと叩いて言った
「…はぁ?;」
緊那羅と京助が揃って声を上げる
「蜜柑さんと林檎さんと何かあったらしいんだけどさ」
坂田が言った
「ウチにいきなり林檎姉さんから電話きて『柚汰行ってない?』って言われて」
南が言う
「俺ン家には蜜柑さんから電話きたし」
坂田が言う
「俺等んトコにいないってことは京助んトコに中島がいるんだろうなーとか思って」
南が笑いながら言った
「…来たわけか;」
京助が言うと坂田と南が頷いて笑う
「…そんで? お前等のその鞄の中身は何ですかぃ?」
坂田と南の傍にある鞄を京助が指差した
「いや、面白そうだなと思いまして」
坂田がハッハと笑う
「帰れ」
京助が言った
「京助」
坂田と南にお帰り願おうと鞄を窓から投げようとしているところに母ハルミが京助を呼んだ
「お客さんよ」
戸越しにそう言うと足音が遠のいていった
「…客…? これ以上の客…?」
いつもの面々が揃っているにもかかわらずまた来た自分の【客】というのは一体誰のことなのかと京助が首をかしげた
「…鳥類とかは遠慮しないで勝手に上がってくるしナァ…」
京助が腕を組んでしばらく考える
「…りん姉かミカ姉だろ」
中島がボソッと言った
「林檎さんと蜜柑さん?」
京助が聞き返すと中島が頷いた
「…いいのか? お前出なくて…」
南が中島に言う
「俺は! 家出してきたってゆーとるやん !出て行ってどうするよ!」
中島が怒鳴った
「…まぁとにかく行ってくるけど…」
京助が首に下げていたタオルを丸めて床に投げ部屋を出た
「あ…きょうちゃん」
玄関には蜜柑ともう一人蜜柑と同じ歳くらいの女性がいた
「京助柚汰きてるでしょ」
緑色の眼鏡をかけた女性が京助に率直に言ってきた
「つれて帰るから今すぐ呼んで」
「りっちゃん!! …ごめんねきょうちゃん…ゆ-ちゃんきてる?」
【りっちゃん】と呼ばれた眼鏡の女性の言葉を蜜柑がさえぎる
「あ…来てる…けど…」
京助が言うとりっちゃんが溜息をついて眼鏡を押し上げた
「やっぱり…ゆ-!! でてこい!! 帰るぞ!!」
りっちゃんが奥に向かって叫んだ
「林檎!!」
蜜柑がそれを即座に止める
「もう夜なんだよ!? やめて」
蜜柑が林檎に向かって言った
「何よ! 元はといえば蜜柑のせいでこんなことになったんじゃない!」
林檎が蜜柑に言い返した
「な…アタシのせいなの?!」
それに対して更に蜜柑が言い返す
「…あ…あの~…;」
二人のやり取りを見ていた京助がおそるおそる声をかける
「大体!! アンタは性格キツすぎなの!!」
蜜柑が声を上げた
「な…悪うございましたね!! 仕方ないじゃない!! コレが私なんだから!! アンタこそ一日だけ年上だからっていい気にならないで!!」
林檎が負けじと声を上げる
「……;」
もう何も言えなくなってしまった京助はただ二人の口喧嘩を特等席で見ている
「やめろよ!!」
中島の声に二人の声が止まった
「…ゆ-ちゃん…」
蜜柑が中島の名前を小さく言った
「…柚汰…」
林檎も少し遅れて言う
「他所ん家まで来てやめろよな!! …俺は帰らないからな」
そういい残すと中島は大股で奥に歩いていった
「…だ…そうです;」
京助が言うと蜜柑が鼻を啜った
「ゆ-ちゃん…怒らせちゃった…。ごめんねきょうちゃん…ゆ-ちゃん…御願いしてもいいかな?」
蜜柑が眉を下げた笑顔で京助に頼む
「え…あ…うん」
京助が言うと蜜柑は頭を下げてお辞儀をして玄関を出た
「…りっちゃん帰ろ?」
呼ばれた林檎も玄関を出てお辞儀をして戸を閉めた
「…俺の部屋は不思議なポケットですかい…;」
六畳の部屋に新たな顔が四人…と二匹
「どうしてこう部屋の戸を開けるたびに人数増加してんだよこの部屋は…ってか狭いだろ;」
京助が部屋に入って戸を閉める
「本当…狭いね」
窓の傍に立っている矜羯羅が溜息混じりに言った
「なら帰ったらどうですか?」
間髪いれず笑顔で乾闥婆が言う
「ハイハイハイハイ~!!; …んでお前等は何の用できたんだよ」
また毒舌バトルが開戦しそうな勢いだった乾闥婆と矜羯羅を止める意味も込めて京助が仕切りの合図で手を叩き増加した四人に聞いた
「別に? 暇だったから」
矜羯羅がにっこり笑う
「…僕等は…」
乾闥婆がチラリと迦楼羅を見た
制多迦の膝の上に座っている悠助が広げた教科書を覗き込んでいた迦楼羅が乾闥婆の視線を感じて顔を上げそしてわざとらしく顔をそらした
「…鳥類のわがままですか」
南が笑いながら言った
「ようは特に用はないんだけどぉ~ってヤツですな」
坂田が言うと
「まぁそうだね」
矜羯羅が言った
「…俺ん家は溜まり場かよ;」
京助が戸の近くに腰を下ろし溜息をつく
「二酸化炭素充満しますな」
坂田がコマを抱き上げる
「どうせだからヒマ子さんも呼べば? 植物だから二酸化炭素吸収してくれるぞ?」
南がニヤニヤして京助に言うと京助が傍にあった丸めたタオルを南めがけて投げつけた
「…中島」
京助が中島に声をかけた
「林檎さん達帰ったけど…よかったのか?本当に」
中島に視線が集まる
「…あぁ…」
中島が怒ったように返事をした
「何あったんだ?」
緊那羅のわきを通って京助が中島の前まで行きしゃがんで中島と視線合わせる
「姉弟喧嘩か?」
南がいうと悠助が教科書から顔を上げて中島を見た
「…喧嘩したの? 中島…」
悠助の言葉に中島が顔をそらす
「…南ピンポンみたいだな…珍しいよなお前が蜜柑さんと林檎さん相手にキレるなんて」
京助が言う
「…んごと蜜柑?」
制多迦がボソッと言った
「中島の姉ちゃんの名前。一日違いで蜜柑さんが上なんだ」
坂田が制多迦に説明する
「一日…違いですか?」
乾闥婆が坂田に向かって聞いた
「そ。蜜柑さんが4月1日生まれで林檎さんが4月2日生まれ学年にしたら蜜柑さんが上なんだ」
「おもしろいだろー? 双子だけど双子じゃないカンジで」
坂田の言葉に南が付け足した
「ゼン等も双子みたいで双子じゃないみたいなんだなや」
「…おおぉおおぉおお!!?;」
いきなりコマが話しだして坂田が一瞬黙った後コマを投げるとコマが一回転してゼンに変わった
「投げることないんだやなー…」
机の上に着地してゼンが頬を膨らませる
「…新顔さん…」
南がゼンを指差して京助に聞くと
「コレとセット」
京助がイヌをゼンめがけて放り投げるとイヌも一回転してゴに変わり机に着地した
「おおおおお…!!」
坂田と南が歓声を上げる
「ゴ等は双子であって双子じゃないようなもんなんだやな」
ゴが言うと
「なー?」
っと二人でハモる
「…また狭くなったね」
矜羯羅が腕を組んだままゼンとゴを見て言った
「そういや矜羯羅と制多迦って兄弟じゃないのか?」
京助が矜羯羅に聞いた
「…くと矜羯羅は兄弟じゃないよ?」
制多迦が言う
「…兄弟…よりも深い関係ってトコかな」
矜羯羅がにっこり笑って言った
「…何ですかその意味深そうな言葉は…」
坂田が矜羯羅に聞くと矜羯羅が坂田に向かって微笑んだ
「お前らは兄弟いないのか?」
南が迦楼羅と乾闥婆に聞くと迦楼羅をはじめ摩訶不思議服集団が驚いた顔をして乾闥婆を見た
「…いますよ」
乾闥婆が言うと摩訶不思議集団の面々が表情を曇らせた
「…え?; 何?; …俺何かマズイこと聞いた?;」
南が空気を読んで焦る
「いきなり重くなったんだなや」
ゴが足をプラプラさせて言った
「俗に言うシリアスってヤツなんだやな?」
ゼンが同じく足をプラプラさせて言う
「重苦しくてこの空気嫌なんだやな」
ゴが言うと
「大丈夫なんだやな」
ゼンがにーっと笑って迦楼羅を見る
ぐきゅるるるるるる~…
迦楼羅の腹の虫が大声を上げた
「な? ぶち壊しなんだやな」
シリアスな空気を一瞬で流し去った迦楼羅8かるら)の腹の音を聞いてゼンが言った
「…と・に・か・く! だ…中島何があって家出なわけよ」
重い空気が流れたのはいいがしばらく脱力して沈黙が続いていたところを京助が仕切り直す
「喧嘩したってのはわかったけどさ…原因は何なわけ? まさかとっておいたプリン食われたとかじゃねぇだろ?」
南が中島に聞いた
「…ミカ姉が進学やめたんだ」
中島が呟いた
「蜜柑さんが? 進学…って推薦決まってたんだろ? 何でまた…」
南が少し驚いて言う
「…ねぇ僕らよくわからないんだけど」
矜羯羅がコックリと頭を傾げた制多迦を叩きながら言った
「あ~…っと…なんていやぁいいんだ?; …なんつーか…坂田!! 任せる! タコヤキ神!!」
京助が坂田に振った
「俺かよ; ってかこんな時だけその呼びかたしてくれて有難うよ京助君。まぁ例えて言うとだな王様になれるぞ-っていう権利を断ったってぇカンジか」
坂田が摩訶不思議服集団に向かって説明する
「前の…宮津さんと同じだっちゃ?」
緊那羅が京助に聞いた
「宮…あぁ…まぁそんなとこかな…進路には変わりないし似たようなモンだろう」
京助が思い出して緊那羅に返す
「今日いきなり言い出してさ…そしたらりん姉が怒って…そんで話し聞いてたらミカ姉が進学やめたの俺のせいなんだ」
中島が言った
「お前の…?」
京助が聞き返す
「…俺ん家母さん看護婦で夜遅いしあんまり家にいねぇだろ? 父さんは単身赴任で帰ってこないし今までミカ姉が家のこと全部しててさ…それで自分がいなくなったら誰も家のことできないからって…」
中島がそう言って頭を掻いて溜息をついた
「りん姉は家事とかてんで駄目だから進学しないって言ってさ…それにりん姉がキレて喧嘩になって…」
中島が話し続ける
「…結局ミカ姉は俺がいるから進学やめたらしいって…わかってさ」
「だったらお前がいなくなれば蜜柑さんも進学するんじゃないかってぇことか?」
坂田が言った
「…お前頭に血上ると後先周り考えないからナァ…; 家出したってお前は中島柚汰なんだからその場しのぎでしかねぇだろが;」
京助が呆れながら言った
「わかってる…っけど…」
中島が俯く
「…ょうすけ」
蛍光灯の光がさえぎられて制多迦の声がした
京助が見上げると寝息を立てている悠助を抱いた制多迦が京助を見下ろしていた
「…うすけ寝ちゃったんだけど…」
時計は午後10:30を過ぎていた
「あぁ…サンキュ」
京助が立ち上がり制多迦から悠助を受け取る
「緊那羅戸開けてくれ。悠寝せてくる」
京助がそう言って戸に近づくと緊那羅が戸を開けた
「ついていくっちゃ?」
緊那羅も立ち上がり京助に聞くと
「ああ頼むわ」
そう言って部屋から出た
仕切っていた京助がいなくなったことでまた沈黙がやってきた
机の上ではいつの間にかコマとイヌに戻った二匹が丸まって眠っている
年中眠そうな制多迦がコックリするたびにパシンと矜羯羅が叩く
迦楼羅は悠助の忘れていった教科書を捲っていた
「…中島…でしたっけ」
その沈黙を破ったのは中島を呼んだ乾闥婆の声だった
「…なんだ?」
中島が返事をする
「貴方はお姉さんに進学…とかしてほしいのですか?」
乾闥婆が聞いた
「そりゃぁ…保母になるってのがミカ姉の夢だったし…」
中島が小さく言った
「…そうですか…」
乾闥婆が同じく小さく呟くとそこからまた沈黙が続く
「…重いな」
南が目を擦っていた坂田にボソっと言った
「あぁ…;」
坂田も南に返す
「…京助早く帰って来い…」
そして二人してそうハモった
矜羯羅が溜息をついていきなり窓を開けた
「うぉお?!! 寒みぃッ!!;」
流れ込んできた夜の冷たい風にあくびをしていた坂田が震える
「…上がったら?」
矜羯羅が窓の外に声をかけるとパキっと小枝が折れる音がした
「…りん姉…?」
姿を見せたのは中島家次女の林檎
「いつからいたんだ? ミカ姉は?」
中島が小走りで林檎に近づく
「蜜柑は母さんと話してる…」
林檎が呟くと中島が俯いた
「…ねぇ…寒いんだけど」
矜羯羅が言うと坂田と南も頷いた
中島に引っ張られて林檎が部屋に入る
「…ねぇゆ-…あんた等仮装大会でもやるわけ?」
部屋に入って摩訶不思議服集団を見た林檎が中島に聞いた
「いやいやハロゥイーンの名残なんで気にしないで」
南がすかさず言った
「…そう…」
外に長時間いると身につく独特の匂いが林檎からした
「…京助に何か温まるものもらってくる」
そう言って中島が部屋を出た
「中島? 便所か?」
部屋を出て2、3歩歩くと京助に声をかけられた
「…京助ちょっといいか?」
中島が京助に言う
「…先戻ってるっちゃ」
気を利かせたのか緊那羅が中島の横を通って部屋に入っていった
「あれ? 京助と中島は?」
部屋から坂田の声が聞こえる
「あ~ちょっと…」
それに答える緊那羅の声も聞こえた
「…ちょっと寒みぃけどあっち行くか」
京助が廊下の奥を指差して言うと中島が頷いた
「なぁ…京助」
歩きながら中島が京助にに声をかけた
「…お前がミカ姉と同じ立場だったらお前どうする?」
「はぁ?;」
いきなり聞かれた京助が【元・開かずの間】の戸をに手をかけたまま疑問形の返事をした
「俺が蜜柑さんの…っては?」
部屋に入り明かりをつけると散らばっている雑誌が目に付く
雑誌を適当に避けて京助が座ると中島も座った
「…下に兄弟がいるヤツってお前だけだからどうなんかなって」
中島の問いに頭をかいて何かを考えた後溜息をつき
「ああ…そうゆことか…俺なら進学するね」
京助がキッパリと言った
「好きなことは好きな時にしたいじゃん? それに後々しなかったことに後悔してグチグチ文句言ってみろ? そっちのが周りが嫌だろが…しなかったのは自分のせいなのにさ」
京助がスンっと鼻を啜った
「蜜柑さんの気持ちもわからなくはないけどさ…偉そうなこと言ったけど俺だって…悩むんだろうなぁ…」
それまで黙って聞いていた中島がふと顔を上げた
「…なぁ…お前悠が…悠がいなくなればいいとか思ったことあるか?」
「あるぞ」
そう聞いてきた中島に躊躇いなく京助が言い切った
「悠がいるから母さん参観日にも親子レクにもこれなくて昔は散々悠なんか~って思ったさ」
腕を組んで京助が言う
「でもソレが兄弟だと思うんだよな」
京助の言葉に中島が少し驚いた顔をする
「どんなに喧嘩して突き放して憎たらしくていなくなればいいとか思ってもさ…何つーか…あるだろ? ほら…可愛さ余って~っての」
上手い言葉が思いつかないのか京助が途切れ途切れに言う
「お前蜜柑さんと林檎さん好きだろ」
京助が中島に聞いた
「…まぁ…嫌いでは…ない…」
中島が何処となく照れながら言った
「じゃぁたぶんわかるよな誰が一番つらいのかって」
立ち上がった京助を見上げて中島も立ち上がり
「…たぶんな」
と言った
「京助」
部屋の明かりを消そうとしている京助に中島が声をかける
「…あったっけぇコーヒーか何か一つもらえるか?」
苦笑いで中島が言った
「うわーーーーんッ!!」
ガシィィィ!!!!!
「ガフッ!!;」
そして ドターン
手に持っている湯気のたったカップを死守した中島とその横で南と坂田に押し倒された京助
「何やってたんだ馬鹿ーーーッ!! この浮気者ーーーッ!!」
南が京助の胸倉を掴んでゆっさゆっさ揺すりながら言った
「俺たちがこの気まずい空気の中で過ごした時間は人類が米を作るようになる時間より長く感じたんだッ!! どうしてくれるッ!!」
坂田が京助をバスバス叩く
「んな事言ったってしゃーねーだろッ!! なら帰りゃよかったじゃんかッ!!;」
京助が怒鳴る
「いやソレはできない」
坂田と南が揃ってハモる
「やかましいぞ!! たわけ!」
ぐきゅうううううぅ~…
迦楼羅の怒鳴り声と同じく迦楼羅の腹の虫の怒鳴り声
「…お前もな」
中島がボソッと言うと京助、南と坂田も頷く
「っ~…; 仕方なかろうッ!!; …何かないのか? 竜田揚げとか」
迦楼羅が教科書を閉じて聞いた
「竜田揚げ? 何ソレ」
矜羯羅が迦楼羅に聞く
「美味い食べ物だ」
迦楼羅が竜田揚げの味を思い出しているのかどことなく嬉しそうに答えた
「…ふーん…この前僕が食べたのも結構おいしかったけどね…コッチの食べ物ってあんまり食べたことないから…今度食べてみたいな」
矜羯羅が微笑みながら言った
「…お皿は残すようにしてくださいね?」
それに乾闥婆が喧嘩を吹っ掛けるように言う
「…んがらは凄い食べるから」
制多迦が乾闥婆の言葉に付け足す
「あの名勝負凄かったヨナァ…;」
坂田が文化祭を思い出して言うと京助が頷いた
「…りん姉、ココア」
部屋のスミニいた林檎に中島がカップを差し出す
「…ありがと…」
林檎がカップを受け取ると中島がその横に腰を下ろした
「…りん姉…俺さ…」
中島が話し出した
「…ミカ姉進学やめるの止めないことにした」
カップに口をつけようとしていた林檎が顔を上げて中島を見た
「俺一番下だから上のヤツの気持ちとか考えとかわからなくて…さっき京助に聞いたんだわ」
中島が天井を見上げる
「…そしたら一番悩んで一番つらいのはミカ姉ってわかった…悩んで出した結果なのに俺達が反対してるから本当つらいんだってのもなんとなくだけどわかった様な気がするんだ…だから俺はもう何も言わないことにした」
カップの湯気で林檎の眼鏡が曇る
「…蜜柑…ね私が進学するからそれならなおさら自分は進学しないって言ったの…」
林檎がカップを両手で包んで一口飲んだ
「りん姉が進学する…っては?」
中島が聞き返す
「ゆーには初めて話すんだけど私教師になりたいんだ…先週の進路調査で決めたんだけどそれを蜜柑に話したら…だったらアタシは本当進学やめるって…私の方がなれる見込みあるからって…さ」
林檎が溜息をつく
「…学費だけでも馬鹿にならないから教員…」
最後にそう付け足した林檎がまたカップの中身を飲む
「一日…ううん一時間位しか生まれた時間違わないのに姉ってことで蜜柑ずいぶん我慢してるんだ…そして私もそれに甘えているんだ…」
グイッと一気にココアを飲み干す
「りん姉…」
中島がカップから口を離した林檎を見つめた
「中島!! よけーぃッ!!!;」
南の声に顔を向けた中島に枕が直撃した
林檎が驚いてカップを落とすとそれを乾闥婆が拾った
「…大丈夫ですか?」
乾闥婆が林檎に声をかける
「あ…うん私は…」
林檎が乾闥婆と中島を交互に見て言った
「…お…まえらなッ!!;」
中島が枕を掴んで立ち上がり3馬鹿の輪に加わる
「…貴方もお姉さんに進学して欲しいのですか?」
乾闥婆が林檎に聞いた
「…そりゃぁ…」
林檎が少し戸惑いながら言う
「…そうですか…でも…お姉さんの気持ちも考えてみてくださいね…」
乾闥婆が林檎の手を取ってカップを手渡した
「迦楼羅帰りましょう」
3馬鹿と京助に茶化されていた迦楼羅に声をかける
「…制多迦」
矜羯羅が寄りかかっていた壁から身を離すと制多迦が立ち上がった
「お先」
矜羯羅が窓から飛び降りた
「…たね」
それに制多迦が続く
「…ほら!! いきますよ」
乾闥婆が迦楼羅の髪をビンっと引っ張った
「痛いわ!; 髪を引っ張るな!!;」
半ば引っ張られながら迦楼羅が乾闥婆の後ろを歩く
「それでは」
にっこりと笑顔を向けると乾闥婆は窓から飛び降りた
「覚えていろお前らッ!;」
迦楼羅が逃げる悪役のようなセリフを残して乾闥婆に続いて飛び降りた
急に広くなった部屋に開けっぱなしの窓から冷たい風が流れ込んできた
「急に静かになったナァ;」
京助が窓を閉めて言った
時間はもうすぐ日にちが変わってしまう位にまで進んでいた
「…私も帰るね」
林檎がそばに置いていた靴を持って立ち上がった
「今から? 危ねくね? いくら林檎さんだって一応女だし…」
南が言うと林檎が靴で南を叩いた
「俺も帰るから…ごめんな京助迷惑かけて」
中島が鞄を持って林檎の隣に立った
「何!? お前家出は!?;」
南が驚いて中島に言う
「一日家出もうすぐ終了」
中島が笑いながら言った
「…はぁ~?;…しゃぁねぇ…俺等も帰るか坂田…ってオイ;」
南が溜息をつきながら坂田を振り返ると坂田が畳んだだけの布団に寄りかかって眠りこけていた
「…相変わらず夜に弱いヤツ;」
京助が足で坂田の尻をポスポス蹴った
「坂田は泊まらせるわ…南はどうする?」
京助が南に聞くと南がしばらく考えて
「俺も泊まらせてもらうかな~…」
そう言って欠伸をした
「…じゃ俺等帰るから」
緊那羅が部屋の戸を開けると中島と林檎が廊下に出る
「途中まで送るか?」
歩きながら京助が言うと中島が振り返って手を振った
「ねぇ…ゆ-」
街灯が一定間隔でついている道を二人並んで歩く
「…あの髪の青い子…兄弟いるの?」
林檎が中島に聞いた
「髪の青い…あぁ乾闥婆か…いるみたいだけど?なした?」
中島が答える
「…ううん…ちょっとね…」
林檎が呟くと中島が首をかしげる
「蜜柑と…同じような我慢してたような気がしたんだ…あの子」
林檎が白い息を吐いた
「じゃぁアイツ下にいるんだな弟か妹が…似てるんかなぁ;毒舌とか」
中島が苦笑いで言った中島の息も白い
「にしても変わった名前なんだねその子」
林檎が突っ込む
「え…あ…あぁ!! あだ名みたいなもんでさ;」
中島が慌てて言った
「昔は私と蜜柑ゆーを取り合ってよく喧嘩したっけなぁ」
林檎が何かを思い出してくすくす笑い出した
「何!?;何俺を取り合ってって;」
少し離された中島が林檎に駆け寄って聞く
「おしめ換えるとかミルクあげるとかでもしょっちゅう喧嘩して母さんに怒られてもまた喧嘩して」
林檎が嬉しそうに話す
「実物大のじゃじゃ丸見て大泣きしながらお漏らししたゆーがこんなでかくなっちゃって」
笑いながら中島を肘でつつく
「な…っ;何だよそれっ!!;」
赤くなって聞きかえす
たまに伸びてまた縮む二つの影が笑い声と一緒に角を曲がった
「京助!! 坂田!! 南!! お弁当だっちゃーーーッ!!」
いつもと違うのは緊那羅が抱えた弁当箱が3つだということ
そして京助の額に絆創膏が貼られていることだった
南が【愛車・ニボシ】に飛び乗り漕ぎ出すと坂田と京助が走ってそれを追いかける
「起きてたんなら起せよなッ!!;」
京助が怒鳴りながら走る
「いっやぁあまりにも安らかに眠っていらしたもので」
ハッハと坂田が笑いながら走る
「だからって寝てるヤツにやるお約束の悪戯をするな悪戯を!!; しかもマッキーで!!」
「筋肉ニクニクにくじゅうはち~♪」
怒鳴る京助に歌う南
どうやら京助の額の絆創膏の下には【肉】と油性ペンで書かれているらしい
しかも三枚使って隠しているということは結構大きな文字で書かれているのだろう
「お? アレに見えるは短期家出少年!! おーーーい!! なっかじまーーーー!!」
南が前方を走る後姿に向かってニボシを走らせる
「中島?」
南を追いかけるように坂田と京助も少し速度を上げて走った
「はよさん中島!」
南がニボシに乗りながら中島の背中を叩いた
「よっス! 南!」
それに対し笑顔で返す中島
「おーーっス!! 家出少年!」
坂田が中島にタックルをして挨拶をする
「はよさん京助坂田…ってお前デコどうしたよ;」
走りながら中島が京助の額を見て言った
「コイツは今朝筋肉星の洗礼を受けたんだ」
坂田が京助を指差して言う
「…肉か」
中島が言うと
「ピンポン!」
南と坂田がハモった
「やかましい!!;」
京助が坂田を叩くと中島が笑った
「で?蜜柑さん…」
「ゆ-ちゃ-ん!!」
南が蜜柑の名前を口にすると蜜柑の声が後ろから聞こえた
「ゆ-ちゃん筆入れわすれてる--!!」
スカートを思い切り風になびかせて蜜柑が自転車を立ち漕ぎして近づいてきた
「蜜柑!! パンツ見えてるってば!!」
その後ろから同じく自転車を漕いで林檎が叫んだ
「…白」
坂田と京助が言うと中島が二人を叩いた
「に紫の花柄」
それに南が付け足す
「ほら!! もう…どうして筆入れが洗面所にあるわけ?」
蜜柑が中島に筆入れを手渡す
「さんきゅミカ姉」
筆入れを受け取って中島が笑う
「蜜柑!! 遅刻!!」
いつの間にか蜜柑を追い越した林檎が自転車を止めないで蜜柑に向かって叫んだ
「わかってる!! じゃね! …あ! そうだ今日は忘れないでよ!? お醤油買うんだから!!」
蜜柑が自転車を漕いで林檎の後を追いかける
「…朝からいいもん見たナァ…」
坂田が頷くと京助と南も頷いた
「…俺のも見せるか?」
中島が言うと
「丁重にお断りいたします」
京助が顔の前で手を振った
「結局蜜柑さんってどうしたわけ?」
京助が中島に聞く
「あぁ…5年たったら進学するんだって」
中島が言った
「5年!?」
中島以外の三人がハモる
「5年って…今生まれたお子様が幼稚園に上がる年ですよね?」
南がなぜか敬語で言った
「そ。5年経ったら俺も高校でてるしそれまで働けば学費貯まってるからって」
「考えやっぱ大人だよナァ…そうだよなー…別に今すぐ進学しなくたっていいんだもんな」
坂田が感心して頷く
「俺とりん姉それを聞かないで昨日…;」
中島が苦笑いする
「…お前と林檎さん間違いなく兄弟だよな」
京助が笑って中島の肩を叩く
「周り見えなくなるってとことか?」
南がにかっと歯を見せた
「仕方ねぇじゃん;兄弟なんだから;」
中島が苦笑いで返す
「…ところで今何時よ」
坂田が和やかムードに水を差した
そして始まるしばしの沈黙
遠くから聞こえる途切れ途切れのチャイムの音と近くから聞こえるどこかの阿呆犬の吠え声
チャイムが鳴り終ると同時に歩き出した四人
「…人生急がば回れだよナァ」
妙に悟ったように京助が言った
「今ココで使っていいものなのかは別としてな」
中島がそれに突っ込んだ