【第四回】わき道・寄り道・帰り道
夕飯のおつかいを頼まれた悠助が帰り道に出会ったのはちょっと変わった話し方をする眠そうな少年
誰かを探しているらしく悠助は一緒に探すことに
少年が探していた人物は…
いきなり降り出した雨の中京助は走ることもなく家に続く坂道を濡れながら歩いていた
「おかえり~京助~」
その声に坂の上を見ると鮮やかなオレンジ色の傘をさして悠助が小走りでやってきた
「コケるぞ~」
笑いながら腰に抱きついてきた悠助を受け止めた
「京助ずぶぬれ~…風邪ひいちゃうよ?」
黄緑色のカッパを着た悠助が京助を見上げた
「引かねぇよ。…どっかいくのか?」
「僕お買い物いくんだ」
「買い物?」
京助が聞くと悠助がカッパのポケットから紙切れを取り出して京助に見せた
【とりのももにく 500グラム】
紙切れにはそう書いてあった
「一人で大丈夫か?」
京助が濡れた前髪をかきあげながら聞くと悠助は紙切れをポケットにしまいながら少し膨れて
「大丈夫だよぅ一年生だもん。ついてきたら怒るからね!!」
と言った
「まったくもう…緊ちゃんもけんちゃんも京助もハルミママも心配性なんだから~」
「けんちゃ…乾闥婆いるのか!?;」
乾闥婆は悠助に『けんちゃん』と呼ばれている
「うんいるよ? だから僕がお買い物行くの」
「乾闥婆と鶏肉の繋がりがわかんねぇ…;」
どう考えても【乾闥婆=鶏肉】式がなりたたず京助は坂の上の我が家を見る
「じゃぁ僕もういくね~」
オレンジ色の傘が京助の横を通り過ぎる
「気をつけろよー」
オレンジ色の傘に向かって京助が声をかけると悠助が振り返り手を振ってやや小走りで坂を下っていった
悠助の傘が見えなくなると京助は家に向かって歩き出した
「…何しにきてんだ…?」
乾闥婆が何しにきているのか気になったのか歩く速度を少し上げ石段は一段飛ばして登って玄関前まで来た
「ただいま~っと…」
玄関を開けると夕飯の支度なのか家の中に篭っていたいい匂いが外へと流れ出る
京助の声を聞きつけたのかヒマ子が庭から鉢をゴトゴトいわせながらやってきた
「まぁ!! 京様! ずぶぬれじゃございませんか! いけませんわ!! お風邪を召してしまいますわ!!」
ヒマ子が声を荒げて言うとパタパタという足音と共に緊那羅が出てきた
悠助にやられたのか今日もポニーテールが三つ編みだった
「水の滴るいい男ですわ京様」
「…緊那羅タオルくれ;」
ヒマ子が京助にそっと抱きつくと京助は顔を引きつらせる
「わかったっちゃ」
その様子を見て緊那羅が笑いながらタオルを取りに向かった
「おかえりなさい」
ヒマ子を引き剥がしていた京助の耳に聞こえた一言
顔を上げると京助が止まった
「…なんつー…格好してんだお前…;」
声の主は乾闥婆だった
「こんな格好ですけど?」
【なんつー格好】、京助が見た乾闥婆はエプロンをしいつもの帽子の代わりに手ぬぐいで姐さん巻きをした格好だった
「…一体何してんだよ…;」
「この格好で料理以外何するんですか」
乾闥婆がいつもの口調で京助に答えた
「迦楼羅が…」
「迦楼羅が竜田揚げが食べたいって言ってるらしいんだっちゃ」
緊那羅がタオルを持って話しに入ってきた
「何があったのかわかりませんが…言い出したらきかないもので」
乾闥婆が溜息をついた
「それでハルミママさんに作り方教えてもらいにきてるんだっちゃ」
緊那羅が京助にタオルを渡すとヒマ子から恋敵的視線を向けられた
「【天】にはないものですからね。まったく…」
妙にエプロン姿が似合う乾闥婆を見て京助が口の端で笑うと乾闥婆に睨まれ顔をそらした
「それで悠助が肉買いに行ったのか」
タオルで髪をワシワシ拭きつつ京助が言うと緊那羅が頷いた
「ついてくっていったんだっちゃ だけど…」
「来るなって言われたんだろ? 俺も言われたし…さっきそこで」
京助はだいぶ水気の取れた頭を振って拭いたタオルを首にかけ家に上がる
「まぁ京助よりしっかりしてますし大丈夫でしょう」
乾闥婆がさらりといった
「そうだっちゃね…遅いって思ったら迎えに行けばいいっちゃね」
「お前らな;」
乾闥婆の言葉に同意したように話す緊那羅
「しっかりしていなくとも私は京様を愛しておりますわ…なんちゃって…キャー!!!! 私ったらッ!!」
ヒマ子が一人盛り上がっているのを懸命に見ない聞かないふりをして京助は部屋へと早歩きで向かった
栄野家から一番近くの【正月スーパー】までは歩いて大体30分くらいかかる
悠助は傘を回して傘の端っこについた雨の水滴を飛ばしながら歩いていた
途中何度か車に水をかけられそうになりその度に傘で防御していたためにカッパも髪も微妙に濡れている
雨が降っているせいかいつもより人通りがない道を悠助はてくてく歩く
「…やっぱり誰かと一緒に来ればよかったかなぁ…」
雨の音と自分の足音しか聞こえなく悠助は少し寂しくなったらしい
「…大丈夫…僕は一年生になったんだもん…」
自分に言い聞かせると
「よしっ!!」
と気合を入れて大股で歩き出す
「気をつけて帰るんだよ?」
スーパーで買い物を済ませレジのおばさんからチロルチョコを5つもらって悠助は傘を広げた
片田舎で比較的小さな正月町は町全体が知り合いみたいなものでよその子だろうがどこの子だろうがお構いなしに可愛がってくれる人が多い
特に悠助くらいの子どもは中高年の年齢層にはやけに可愛がられていた
悠助はもらったチロルチョコをひとつ口に含むと家への道をまたてくてくと歩き出した
「ハルミママほめてくれるかなぁ…」
帰宅したときの母ハルミや京助たちの反応を想像して悠助が笑顔になる
「早く帰ろっ」
水溜りをジャンプして越えると悠助は早歩きで歩き出した
「…の」
雨の音に混じって声が聞こえ悠助は足を止めて振り返った
しかしそこには誰もいなく雨でぼやけた景色が見えるだけだった
「…気のせいかな…うん…そうだよね…」
ぎゅっと傘の柄の部分を握り締め再び歩き出す
「…のって」
今度ははっきり声が聞こえて悠助の顔が泣きそうな顔になる
「…っ…」
おそるおそる振り返ってもやっぱり誰もいなかった
「…や…だよぅ…」
悠助の目尻に涙がたまってきた
「やだよぅ…きょうすけぇ…」
前を向きなおしたら何かありそうで悠助はその場から動けずベソをかきだした
「…こわいよぅ…っ」
傘で視界をさえぎって何も見えないようにして泣き出すとパシャっという音がした
「…のさ…ちょっといい?」
頭の上から声がした
涙でぼやけてよく見えない目を拭うと足が見えた
「…わがらせたなら…謝る」
声の主がしゃがんで悠助の傘の中を覗き込んできた
「…めんね」
薄朱の髪に黒い布を微妙な巻き方で頭に巻いた少年(?)が眠そうな目で悠助を見ている
「…誰…?」
目をごしごしこすって悠助が聞くと薄朱の髪の少年は自分の服の袖で悠助の鼻水を拭いた
「…いたか」
「いたか…?」
ボソッと言った薄朱髪の少年の言葉を悠助が繰り返すと少年がコクリと頷いた
「いたか…さん?」
悠助が言い直すとまた少年が頷いた
「…いたか…」
再びまた悠助が口に出すとまたまた少年が頷く
「…タカちゃんってよんでいい?」
悠助が聞くと【たかちゃん】はまた頷いた
「…僕に何か用?」
「…ょっと…一発叩いてくれない?」
タカちゃんが自分の顔を指差して言った
「…きおいよく、ばしっと」
今度は手をぶんぶん振って叩く真似をする
「…え? なんで…?」
いきなり自分を叩けといってきたタカちゃんにきょとんとして悠助が聞いた
「ちゃう…?」
「…ちゃうから」
さっきからタカちゃんの話し方はどこかおかしく喋り出しの最初の一言が聞き取れないくらい小さく悠助も首をかしげる
「…たら駄目なんだよ僕は…」
悠助が困った様にタカちゃんを見つめる
「…にかく…叩いてくれない?」
タカちゃんがまた手をブンブン振って叩く真似をする
「う…ん…」
悠助は躊躇いがちに頷くとぎゅっと目を瞑って手を思い切り振り上げた
「痛かった? 痛かった?」
悠助に思い切り叩かれた右頬をさすってタカちゃんがコクリと頷いた
「…も覚めたから」
心配そうに何度も聞いてくる悠助にタカちゃんが笑顔を返した
「…くが頼んだんだから気にしないで」
「ぅわ」
ひょいと悠助を抱き上げタカちゃんは
「…りがと」
と言った
「…まえは?」
「え?」
最初の出だしの一言がやはり聞き取れず悠助が首をかしげる
「…みの名前。何?」
どうやら悠助の名前を知りたいらしいということがなんとかわかった
悠助が自分を『僕?』と指差しながらタカちゃんを見るとコクリと頷いた
「僕は栄野悠助だよ」
悠助がにっこり笑って名前を言うとタカちゃんが一瞬止まって何か考え
「…みが? …いの悠助?」
少し驚いたように聞いた
「? うんそうだよ? 悠助だよ?」
タカちゃんの微妙な表情の変化に悠助が首をかしげると傘が『ゴッ』とタカちゃんに当たった
タカちゃんが悠助を下におろして傘の刺さった額を撫でる
「…っか…じゃあこの辺にいるのかな」
額を撫でながらタカちゃんがボソッと呟いた
「タカちゃん誰か探してるの?」
悠助がタカちゃんを見上げ聞く
「…ん、僕の相方みたいなものなんだけどね…いきんよく出かけるから」
タカちゃんが悠助の傘をつつきながら言った
「この辺に来てるの?」
悠助が聞くとタカちゃんがコクリと頷いて
「…いの兄弟がどうのって言ってたし…みが栄野なら君の近くにいると思う」
タカちゃんが傘の皮の部分を摘んで引っ張る
「僕は栄野悠助だけど…」
悠助が周りをぐるっと見渡すと傘がタカちゃんに何度か当たった
「僕の近くにはタカちゃんしかいないみたいだよ?」
傘が当たった腹部をさすりながらタカちゃんも周りを見る
「…んそうみたいだね」
納得してタカちゃんはコクリと頷き悠助を見た
「…こいったんだろ」
フゥと溜息をついてタカちゃんが再び傘をつついた
「…僕も…僕も一緒に探してあげようか?」
悠助が顔を上げると再び傘がタカちゃんに当たった
「…いの? ソレ」
タカちゃんが悠助の持っていたスーパーの袋を指差して言うと悠助は少し考えて
「…よくないけど…けど…タカちゃん困ってるからきっとハルミママも京助もけんちゃんも緊ちゃんも許してくれると思うんだ…だから大丈夫!」
悠助が満面の笑みをタカちゃんに向けた
「…りがと悠助」
タカちゃんも笑顔で悠助に言った
「…の前に」
タカちゃんがしゃがんで悠助と目線を合わせると少し驚いた悠助の傘がタカちゃんのドタマに『ゴッ』と刺さった
「…の前にまた叩いてもらおうとおもったんだけど」
タカちゃんが傘の刺さった箇所を撫でると悠助も一緒に撫でた
「…まのでいいや」
コクリと頷いて何か納得しているタカちゃんの頭を撫でながら悠助が首をかしげると
また傘がタカちゃんに当たった
オレンジ色の傘と黄緑色のカッパが少し小降りになってきた雨の中を並んで歩いていた
「もう濡れているけどこれ以上濡れないように」
と悠助がタカちゃんに傘を貸した
借りた傘をタカちゃんは指でつついたり皮を引っ張ったりしている
「タカちゃんの探している人ってどんな人?」
傘の皮をはじいて水滴を飛ばしていたタカちゃんに悠助が聞いた
「…っと…背はこんくらい」
タカちゃんが自分の額辺りで『こんくらい』と高さを表すジェスチャーをする
「…みはこんくらい」
次に悠助の髪を指差した
「…とは…」
「あとは?」
探しているという人物の特徴を思い出そうとしているタカちゃんを見て悠助が次の言葉を待つ
「…もいつかないや」
タカちゃんはハハっと笑って欠伸をした
「…るいけどまた一発お願いしていい?」
タカちゃんがしゃがむと悠助が目を瞑って思い切り叩く
パチーン!!
という音をさせてタカちゃんを叩いたのはコレで6回目
「…ん痛い」
「ごめんねごめんね」
叩かれた頬をさすりながらタカちゃんが言うと悠助が謝る
こんなことがタカちゃんが叩いてくれというたびに繰り返されていた
「…うすけ手痛くない?」
自分の頬をさすりながらタカちゃんが傘を肩に挟み空いた手で悠助の手をとった
「…いっきり叩いてるから手痛いでしょ」
そういって悠助の掌を撫でる
「ううん? 大丈夫だよ?」
悠助が首を振って笑った
「…やくみつけないとなぁ悠助の手が真っ赤になる…」
悠助の掌を撫でながらタカちゃんがボソっと呟く
「二人で探せばきっと見つかるよ!! 大丈夫!! あ、そうだ!! 公園とかにいるかもしれない!! あとは~…」
そんなタカちゃんを励まそうとしたのか悠助が大きな声でいそうな所を言う
「とにかく探そうよ! 見つかるよ! 二人だもん!! 一人より二人のほう早いからって京助よくいってるもん!! 大丈夫だよ!!」
「…ょうすけ…」
悠助が必死につなげている励ましの言葉の中にあった『京助』の名前にタカちゃんが微妙に反応した
「うん! 僕のお兄ちゃん」
悠助が笑う
「あとねーハルミママと緊ちゃんがいてねー…あ、そうそうヒマ子さんていう向日葵もいるんだ!! あとコマとイヌも!!」
悠助が家族の話を話すとタカちゃんは目を細めて笑い悠助の頭を撫でた
「…っぱり…君なんだね」
「…?」
タカちゃんが小さく言った一言に悠助は首をかしげる
「…んでもないよ」
フッと笑ってタカちゃんがまた欠伸をした
「…めん…またお願い」
タカちゃんが人差し指を立てて言うと悠助がまた目を瞑って手を振り上げる
パチーン!!!
という音が再び響く
そして頬をさすりながらタカちゃんが悠助を撫でた
「…やまらなくていいから」
叩くたびに謝る悠助が謝る前に止めて笑った
降っているか降っていないかがわからなくなってきた雨の雲間から夕焼けが現れ辺りをほんのり赤く染めていく
「タカちゃんの髪赤くてきれいだね」
元々薄朱色のタカちゃんの髪に夕焼けのほんのり赤が加わって鮮やかさを増した髪を悠助が触って笑った
「…かくて綺麗…?」
自分の髪を引っ張り目の前に持ってきてタカちゃんが呟く
「うん!! 綺麗!!」
まじまじと自分の髪を見ていろタカちゃんに悠助が笑顔で言う
「…うすけは赤が好き?」
タカちゃんが聞くと悠助は笑顔のまま頷いた
タカちゃんが嬉しそうに笑った
「…うすけなら…好きでいてくれるかもしれないな僕を」
「? 僕タカちゃん好きだよ?」
小さく言ったタカちゃんの言葉に悠助が笑顔のまま言った
「…ょうすけと僕どっち好き?」
タカちゃんが笑いながら自分を指差して聞いた
「え? うーん…比べられないよ。僕はみんな同じくらい好きだもん。京助もタカちゃんも緊ちゃんもヒマ子さんも…(略)」
指を折りながら次々に名前をあげていく悠助から顔をそらしほんのり赤く染まった辺りを見たタカちゃんの顔は少し険しかった
チャ~ンチャンチャンチャチャチャラチャチャチャララ~…♪
いきなり町中に鳴り響いた『夕焼け小焼け』の音楽にタカちゃんの肩がビクっとなった
「あ、愛の鐘だ…もう5時なんだ~…」
「…いの鐘? びっくりした…;」
少しノイズが入って聞こえる『夕焼け小焼け』の音楽
【愛の鐘】とは児童生徒の帰宅時間の目安になるようにと正月町の教育委員会が実行しているもので秋~春は午後5時、夏は午後6時になると毎日流れる音楽のことだが突然鳴り響くからいくら聞きなれていてもボーっとしているときはかなりビビらされる迷惑なんだか役に立っているんだかよくわからないモノだ
「…んなの? コレ」
タカちゃんが悠助に聞いた
「【愛の鐘】って言ってねコレが鳴ったら家に帰らないといけないんだ~…でも…」
悠助がチラっとタカちゃんを見る
「…大丈夫だよ!! タカちゃんの探してる人見つけるから! ちゃんと見つけてから帰るから! 僕ちゃんと謝るから許してくれるから大丈夫だからね?」
『大丈夫』と連呼して悠助が言った
「…うすけ…」
タカちゃんが悠助をじっと見た
「…うすけ…足踏んでる…」
「え?」
タカちゃんの指差した足元を見ると力説のあまり前にちょっと前進していたらしい悠助の靴がタカちゃんの足の上にあった
「お…【愛の鐘】」
ノイズ混じりで聞こえてきた【愛の鐘】を聞きながら京助が春雨サラダに手を伸ばすと
ペシっという音と共に額に痛みを感じた
「やめてください。まったく行儀が悪い」
ペシペシペシと同じところを乾闥婆がしゃもじで連打する
「一回叩きゃいいだろが!! 連打するな連打!!;」
京助がしゃもじを払って言い返した
「一回言っても聞かなかったじゃないですか。コレで四回目ですよ? やっぱりコノ頭は空ですか」
乾闥婆がピシャリと言う
「けんちゃんの言う通りよ京助」
母ハルミも京助の頭を軽く小突いて冷蔵庫を開け何かを探し始めた
「…んだよ二人して;」
二人に言われて京助は椅子に腰掛けて分が悪そうな顔で頬に手をつく
「腹減ってるんだから少しくらいいいじゃんか」
京助がブツブツ文句を言った
「何も手伝わないで文句だけ一丁前に言わないでください」
乾闥婆がにっこり笑いながら振り返った
「助かったわ~…ありがとうねけんちゃん」
母ハルミがレタスをはがしながら乾闥婆にお礼を言った
「いえ僕が無理を言って教えてもらうんですからこれくらいは」
乾闥婆が頭の姐さん巻きを外しながら母ハルミにも笑顔を向ける
同じように見えるがさっき京助に向けたものとはどこかが違う
「もう少しで晩御飯だから我慢しなさい」
「ヘイヘイ…」
母ハルミの言葉に京助が悪たれた返事をすると
スパーン!!!
ペシっ!!
「返事はハイ! と一回ッ!!」
気持ちいいくらい同時に京助はこの言葉と母ハルミからはレタスの葉、乾闥婆8けんだっぱ)からはしゃもじスィングをそれぞれ後頭部と顔面にくらった
「…にしても悠ちゃん遅いわね…」
母ハルミが壁に画鋲で止めてある時計に目をやった
「…しゃーねーなぁ…; いっちょ怒られに行きますか;」
京助がレタスの葉を咥えて椅子から立ち上がった
「僕も行きます」
乾闥婆がエプロンを外し捲くっていた袖を下ろした
辺りはもう結構薄暗くなっていた
顔面に投げつけられたレタスに乾闥婆にチョップをくらいながらも根性で春雨サラダを巻いて口に詰めた京助は玄関に向かった
「ほら!! 汁たれてるじゃないですか!! 汚いですよまったく…垂れ流すのは馬鹿だけにしてください」
「ふふへーッ!!(うるせー!!)」
口に突っ込んだものの端から汁をたらして歩く京助に乾闥婆が声をあげる
ギャーギャー騒ぎながら玄関まで来ると緊那羅がもうサンダルを履いて待っていた
「…京助口の端に春雨ついてるっちゃ;」
緊那羅に言われて手の甲で口を拭うと床に春雨が一本落ちた
「汚い」
乾闥婆8けんだっぱ)のチョップが京助の後頭部にのめりこむのを見て緊那羅が苦笑いをする
「バコバコ叩くなっつーのッ!!;」
京助が後頭部を抑えつつ怒鳴る
「ほら京助; 早く悠助探しに行かないと…暗くなってきたっちゃ」
ギャーギャー乾闥婆に抗議している京助に緊那羅が声をかけ宥めていると乾闥婆がふいに玄関の引き戸をガラリと開けた
「…何してんだ?」
突然の乾闥婆の行動に京助と緊那羅がきょとんとする
「…まったく…意地っ張りなんですから…」
乾闥婆が溜息を吐きながら言った一言に緊那羅と京助は顔を見合わせて首をかしげた
「…ほら、いきますよ」
きょとんとしている二人を振り返ると乾闥婆は外に出た
「公園にいくには本当はこの道をずーっと真っ直ぐ行かないといけないんだけど僕こうちゃんに近道教えてもらったんだ~」
雨が上がり不要になった傘を畳んで悠助がタカちゃんの手を引っ張ってやや早歩きで道を進む
「こっちこっち」
「…っちどっち」
「こーっちっ!!」
悠助が振り返り笑顔でタカちゃんを見上げるとタカちゃんも笑顔を返す
家と家の間の狭い道を通り草の生い茂っている原っぱにでると明らかに誰かが通ってるといったような感じで草が折れて細い道が出来ていた
周りはイタドリが高く生えていてまるでトンネルのようになっているその道に悠助が足を踏み入れた
ペシパシペシパシ
「…うすけ待って;」
タカちゃんに呼ばれて振り返るとタカちゃんの顔に何か草が色々ついている
「…う少しゆっくり;」
悠助にとっては丁度いいトンネルなのだが悠助より背が高いタカちゃんは足を進めるたびイタドリの葉や何かの草が顔面にモロにぶつかっていたらしい
所々赤くなっている顔をタカちゃんがさすりながら苦笑いを浮かべた
「じゃぁゆっくりいくね?」
そういって悠助が歩く速度を落として歩き始めるとタカちゃんは少し前かがみになってその後ろをついていく
「もう少しだから!!」
ゴッ
出口が近づいたことを知らせようと悠助が笑顔でタカちゃんを振り返ると傘がタカちゃんに当たった
「ぁ…ご…」
謝ろうとした悠助の口にタカちゃんが人指をつけた
「…ょうど頼もうと思ってたから」
傘が当たったところをさすりながらタカちゃんが笑う
「…イスタイミング悠助ありがと」
ぶつけてお礼を言われてなんだかおかしな感じがしたが悠助も笑った
高いイタドリが少なくなってきてトンネルが終わると土手が現れ下を見るとそこにはブランコが見えた
「ついたー!!」
「…いたー?」
悠助が両手を挙げて言うとタカちゃんも笑いながら両手を挙げて言った
「うん!公園~!…タカちゃんの探してる人いるかなぁ…」
悠助が土手の上から公園を見渡す
「…がめいいねココ…」
土手の上からは港、そして正月町が結構いい感じに見渡せる
太陽が沈んだ紫色の空と海の境界線には漁船の明かりがちらほら見える
パッパッ…
と数回単発についたり消えたりしていた公園の外灯が灯ると町の外灯もあちこちでつき始める
「暗くて…よく見えないや…おりてみ…うわっ;」
『降りてみようか』と言いかけた悠助を抱えてタカちゃんが土手から跳んだ
そしてスタッとそのまま着地すると悠助をおろして周りを見渡した
「…ないなぁ…どこにいるんだろ…」
ぐるりと辺りを見渡してタカちゃんが溜息をつき悠助を見た
まだ何が起こったのかわかっていないのか悠助がぼーっとしてタカちゃんを見ているとタカちゃんはしゃがんで悠助の頬を軽く引っ張った
引っ張った悠助の頬をふにふにしながらタカちゃんが微笑んでいた
「…っくりした? もう一回やる?」
タカちゃんが楽しそうに【もう一回】を表す人差し指を立てた時だった
「離れろ!! 栄野弟!!」
という声と共に強風が起きた
「っわ;」
タカちゃんに庇われながら悠助はぎゅっと目を瞑って強風が止むのを待ちゆっくりと目を開けた
「…かる…らん?」
金色の羽根を背に迦楼羅がタカちゃんを黙って睨んでいた
「…タカ…ちゃん?」
悠助もタカちゃんを見上げた
タカちゃんは悠助を見て微笑んだ後迦楼羅を見た
「…無事か栄野弟」
タカちゃんからは目をそらさずに迦楼羅が悠助に言った
「え…? あ…うん?」
わけがわからずにでもとりあえず悠助は頷きながら返事をした
「…るら…」
タカちゃんが悠助を離して立ち上がった
「…タカちゃん…?」
悠助が呼びかけるとタカちゃんはニコリと笑って悠助の頭を撫で再び迦楼羅を見た
「…相変わらずしまりの無い顔をしているな制多迦」
「せい…たか…?」
悠助が迦楼羅の言った【制多迦】という名前を繰り返すとタカちゃん…制多迦は悠助の頭から手を離し迦楼羅に近づいた
「…るら…縮んだね」
制多迦はポフと迦楼羅の頭に手を乗せポプポプポプと軽く連打した
「やめんかっ!!;」
その手を迦楼羅が払うと制多迦がしゃがんで迦楼羅と目線を合わせる
「…え会ったときは僕より大きかったのにね。悠助と同じくらいだ」
「やかましいッ!!;」
ゴゥっという音と共に迦楼羅が炎を吐いた
制多迦はソレをブリッヂしてかわすと反動をつけて後ろに飛び起きた
「…タカちゃん…かるらん…知り合いなの? タカちゃんの探してた人ってかるらん?」
悠助がタカちゃんと迦楼羅に聞いた
「…りあいだけど…僕が探しているのは迦楼羅じゃない」
制多迦が手首を振りながら答えた
「栄野弟から離れんか!!」
迦楼羅が怒鳴りながら悠助と制多迦に近づく
「…るら…ヤキモチ?」
「なっ…!?;」
プっと噴出しながら制多迦が迦楼羅に言うと迦楼羅が目を見開いて固まった
「…やきもち?」
悠助が制多迦を見上げそれから迦楼羅を見る
「…ぼし?」
制多迦がクスクス笑いながら悠助の頭に手を置く
きょとんとして悠助が首をかしげると迦楼羅の肩が震えだした
「…誰が…誰がヤキモチを焼いているのだ!!! ;たわけーーーーッ!!」
ぐーーーーー…
迦楼羅が叫んだのと同時に何か別の音が聞こえた
「…んの音…?」
きゅるるるる…
制多迦と悠助の視線が迦楼羅の腹に集中した
「…なか減ってるの? 迦楼羅」
「かるらんおなか減ってるの?」
悠助と制多迦が同時に聞いた
「し…仕方なかろう!! 乾闥婆が遅かったんだッ!!;」
迦楼羅が腕を激しく上下させて弁解の行動をした
「あ…そっか僕がお肉持って帰ってないから…ごめんねかるらん…」
悠助が手に持っていた袋に気づいて迦楼羅に謝った
「え…あ…;」
しゅんとなった悠助を見て迦楼羅がうろたえていると
「…うすけは悪くないよ。僕が探しているの手伝ってくれていたんだから。悪いのは僕だよ」
悠助の頭を撫でて制多迦が悠助を慰める
「…ワシが悪者なのか?;」
その様子を見ていた迦楼羅がボソッと呟いた
「ごめんねかるらん…」
「あ…謝るなっ;…別にお前を責めているわけでは…;」
俯いて悠助が謝ると迦楼羅が慌てて悠助に言った
「…るらが悠助泣かせちゃった」
「まだ泣いておらんわ!! たわけっ!!!;」
しゃがんで迦楼羅と悠助の視線にあわせると制多迦がポフポフと迦楼羅の頭を再び軽く連打した
「ごめ…」
ふぇっと息を吐いて悠助が目を潤ませると迦楼羅と制多迦がぎょっとして慌てだす
「…うすけ; 誰も怒ってないから大丈夫だから;」
「そ…そうだ大丈夫だぞ!! 栄野弟!!;」
必死に泣かせないように迦楼羅と制多迦は悠助に『大丈夫』を連呼する
「でも…僕のせいでかるらん…おなか…っ」
目をこすって悠助が迦楼羅を見る
「ワ…ワシならだいじょ…」
ぐぅ~…きゅるるっる…
迦楼羅の言葉が迦楼羅の腹の虫の声にかき消された
「…るら…タイミング悪すぎ」
制多迦が迦楼羅に突っ込んだ
悠助の目に涙のダムが出来始めた
「ごめんねごめんね…っ」
悠助の目のダムが決壊して涙が溢れ出した
「…かしたなーかしたー」
制多迦が泣き出した悠助の頭を撫でながら迦楼羅を指差して軽くリズムをつけて言った
「や…っ…やかましいっ!!;」
おろおろしつつも制多迦に向かって迦楼羅が怒鳴ると悠助が声を上げて泣き出した
「悠!! …おのれはなに人の弟泣かせとんのじゃ」
泣き声を聞きつけたのか京助が公園に駆け足で入ってきた
そしてペシっと迦楼羅の頭を叩くと悠助と迦楼羅の間に立った
「何をする! たわけっ!!;」
「たわけはどっちだ!! ったく…おぉおお!?;」
叩かれたことに抗議してきた迦楼羅に言い返しながら悠助を振り返った京助が驚いて声を上げた
「こ…矜羯羅!?; …って…ずいぶん日に焼けましたね? 髪も染めちゃって…イメチェンですかい?;」
まじまじと制多迦を見ている京助のパーカーを悠助がくいくいと引っ張った
「悠?」
「…タカちゃんと…一緒に探してたから…僕…ごめんなさい…」
京助が自分を探しに来たのだとわかった悠助が謝った
「…まぁ…無事だったみたいだし…って…タカちゃん?」
溜息を吐きながら悠助を撫であきれたように笑った後ふと【タカちゃん】という言葉に京助は反応した
「タカちゃん…って…」
「…く」
制多迦が『ハイ』と手を上げながら立ち上がった
「…矜羯羅…じゃないの…か?;」
悠助を自分の後ろに庇いつつ京助が制多迦に言った
「…んがらを知ってるんだ? どこにいるか知らない?」
確かに目元は似ているものの明らかに雰囲気が違う
「そいつは制多迦だ」
迦楼羅が京助の前に立ち制多迦を睨む
「せい…たか…後ろにノッポとかつけたくなる名前だな…」
京助がボソっと言った
「こん…こ…」
「こんがら」
悠助が【矜羯羅】と言うに言えないでいるのに気づき京助が【こんがら】と大きめの声で教える
「こんがらさんって人探してたの?」
まだ多少泣いた後のしゃっくり地獄が後を引いてる悠助が制多迦に聞いた
「…ん、そう」
制多迦がコクリと頷いた
「ってことは…やばくないか?;」
京助は【あんなヘンテコリンな出来事】を思い出していた
口元に笑みを浮かべながら小さな玉を操り自分と緊那羅に攻撃をしてきた矜羯羅
自分を『消す』と楽しそうに玉を飛ばしてきた矜羯羅
坂田組組員を軽く一人で全滅させた緊那羅に重傷を負わせた矜羯羅
「…京助…?」
いつもの京助と何かが違う京助を見上げ悠助が小さく名前を呼ぶと腕を引っ張られ京助の体に引き寄せられた
「…かるらん…? 」
京助の後ろから迦楼羅の名前を呼ぶと金色の羽根が京助と悠助の前に広がった
「…やはり狙いは栄野兄弟か?」
迦楼羅が制多迦を睨みながら制多迦に言う
「…くはただ矜羯羅を探しにきただけなんだけど…」
制多迦が目をこすりながら欠伸をした
「…あ…タカちゃん」
「あっ!! こら! 馬鹿!! 悠っ!;」
悠助が小走りで駆け出し制多迦の元に向かう
「栄野弟!!?」
迦楼羅が声を上げたその時だった
どてっ
「…あ」
京助、迦楼羅、制多迦が同時に言った
しばしの沈黙の後三人はコケた悠助の周りに集まってそろってしゃがみこんだ
「…悠?;」
京助が声をかけると悠助が泥だらけの顔を上げた
「…いじょうぶ?;」
制多迦も声をかける
「…雨で地が滑るからな…;」
そういって迦楼羅が手を差し出した
無言のまま悠助が迦楼羅の手に手をのせると迦楼羅が引っ張って起こす
「あ~…; こりゃ派手にやったなぁ;」
全身泥パック状態の悠助を見て京助が苦笑いした
「…いきなり走り出すからだ!たわけ!」
迦楼羅が手を離し自分の服の裾で悠助の顔を拭き始める
「鳥類、服汚れんぞ? 乾闥婆になにか言われるんちゃうか?」
「…んだっぱ…」
京助が迦楼羅にからかい半分で言うと制多迦がボソッと言った
「何? ノッポさんだか…オマエ乾闥婆も知ってるんか?」
京助が笑いながら制多迦に聞くと
「…ッポさんじゃなく僕は制多迦 乾闥婆そこにいるし」
欠伸をしながら言った制多迦のその言葉に京助と迦楼羅が固まった
ギ…ギギ…と音が聞こえそうな感じに首を動かし制多迦の見ている方向を向くと爽やかに( 怖い)にっこりと( 殺気)微笑んだ (悪魔の微笑み)乾闥婆がゆっくりこっちに向かってきていた
まさに天使のような悪魔の笑顔
「…かるらん?」
悠助の頬に服の裾をつけたまま固まっている迦楼羅に悠助が声をかける
「なにやってるんですか?迦楼羅?僕なんていいましたっけ?」
微笑んだまま迦楼羅に近づく乾闥婆
その様を見た京助はBGMはジョーズのテーマがぴったり合うと思った
迦楼羅との距離が30センチあるかないかまで近づくとジョーズ…いや乾闥婆が迦楼羅の前髪をひっぱった
「僕はおとなしく待っていてくださいっていいませんでしたっけ?」
「いだだだだだッ!!;」
顔は笑っていてもなにくそ!これでもか!という力で引っ張っているのであろう
「…いかわらずだなぁあの二人」
「っおおぉ?!;」
いつの間にか隣にいた制多迦に京助が驚き声を上げた
「…みが京助だね? ちょっといい?」
制多迦が目をこすりながら欠伸をする
「…くを叩いてくれない?…うバシっと思いっきり」
「はぁ?;」
ブンブンと手を振って叩いてくれのジェスチャーをする制多迦に京助がワケがわからないという返事を返す
「何でよ?;」
いきなり叩けといわれて京助がその理由を聞き返す
「…んでもいいから…はやく…もう…げん…か…」
制多迦の体がふらっと傾いた
「タカちゃん!!」
迦楼羅と乾闥婆の口喧嘩にちょっと巻き込みを食らっていた悠助が制多迦の名前を呼ぶと迦楼羅と乾闥婆も制多迦を見た
「いかん!! 制多迦を叩け!! 京助!!」
迦楼羅が声を上げた
「え…な…?!;」
ゆっくり倒れていく制多迦と叩けと叫んでくる迦楼羅にどうすればいいのか戸惑う京助の横を未確認亜高速飛行物体が通り過ぎ制多迦にヒットした
スコーン という小気味いい音が京助の耳に届いた
「…なにしてるんだよ」
その後に聞こえた京助にとってちょっと、いやかなり聞きたくないような声
「だから待ってろっていったのに」
パシャンと水溜りに足を入れた音がした方向を振り返る
「…んがら…」
未確認亜高速飛行物体がヒットし赤くなっている額をさすりながら制多迦が名前を呼んだ
「久しぶり…」
矜羯羅がにっこりと京助に笑いかけた
相変わらず口元には笑みを浮かべながら矜羯羅が京助に近づいてきた
「安心しなよ。何もしないから…」
エリマキトカゲに例えるとエリを元祖ツッパリのようにビンビンに立てて威嚇しているといったような京助をみて矜羯羅が笑った
「…まだ【時】がきていないからね」
ポンと京助の肩を叩き横を通り過ぎると矜羯羅は額をさすっている制多迦に手をさし伸ばした
制多迦をひっぱて起こしている途中で矜羯羅が迦楼羅と乾闥婆、そして悠助をチラリと見た
「その子が【栄野悠助】?」
矜羯羅が悠助と京助を交互に見てフッと笑った
「なんだよ;」
また小馬鹿にされているのかと思い京助が矜羯羅に言った
「別に?」
「矜羯羅!!」
にっこりと笑いながら言葉を返した矜羯羅に乾闥婆に前髪を引っ張られながら迦楼羅が怒鳴った
乾闥婆に前髪を引っ張られながら迦楼羅が矜羯羅を睨む
「…その格好で凄まれても逆に笑えちゃうんだけど」
確かに。
「や…やかましい!! たわけッ!!!;」
クスクスと笑う矜羯羅に迦楼羅がさっきより大きな声で怒鳴った
「…んがら…お願い」
制多迦が矜羯羅の肩を突付いて言うと矜羯羅が制多迦に裏手拳を食らわせる
「…りがと…ん~…」
頬をさすった後伸びをして制多迦が肩をぐるぐる回した
「今までよく眠らなかったね…自分で叩いたりしてたの?」
「…うすけに起こしてもらってたんだ」
制多迦が言うと矜羯羅が悠助を見た
きょとんとしている悠助に矜羯羅がにっこり笑いかけると悠助も笑い返した
「矜羯羅。さっさとその眠そうな人連れて帰ったらどうですか?」
悠助の前に立ち乾闥婆が笑顔で矜羯羅に言った
「そっちこそ。さっさとその若年寄連れて帰ればいいんじゃない? ご老体に無理させちゃ駄目だと思うんだけど?」
矜羯羅もにっこりと笑いながら乾闥婆に言った
ピシッという空気の凍る音が聞こえた様な気がして辺りの空気が変わった
明らかにさっきまでとは違う重苦しいというか息苦しいというか…とにかく怖い
迦楼羅がそぉっと悠助の手を引っ張って乾闥婆から離れた
「…ょうすけ逃げたほうがいい」
「へ? ぅっわ;」
制多迦も京助の腕を引っ張ると矜羯羅から離れて鉄棒のところまで避難した
「京助ー」
互いに笑顔を向けつつもオドロオドロした空気に包まれ一触即発といった雰囲気の乾闥婆と矜羯羅を黙ってみていた京助に悠助が駆け寄る
「けんちゃんとこ…きょん…」
「矜羯羅」
悠助はまだ上手く【矜羯羅】と言えないらしい
「けんちゃんとこんがらさん喧嘩してるの?」
悠助が京助を見上げて聞いた
「…つもの口喧嘩…顔をあわせるといつも始まるんだ;」
制多迦が言うと
「ワシらまでとばっちりを食らわされるからな…; 逃げるに限る」
迦楼羅が腕を組み今だ笑顔で睨みあう乾闥婆と矜羯羅を見た
「…悠ちょい傘貸してくれ」
京助が悠助から傘を借りると鉄棒の柱を叩いた
カーーーーン
という乾いた音が公園に響く
その音を聞いてまず矜羯羅が口を開いた
「相変わらずイイ性格してるよね君」
腕を組み乾闥婆に笑いかける
「貴方ほどではないですよ。にしてもその衣長すぎませんか? 名前のようにこんがらがらないように気をつけてくださいね?」
乾闥婆もにっこりと微笑みながら矜羯羅に言葉を返す
バチバチィッという火花が見えそうなくらいにそこだけ空気が明らかに違う
「…止めなくていいのか?;」
京助が傘で肩をトントン叩きながら迦楼羅と制多迦に聞いた
「…められるなら…」
「とっくにとめているわ。たわけ;」
制多迦と迦楼羅が顔を引きつらせて言った
「喧嘩駄目だよ~!! 京助~止めさせて~!!」
悠助が京助の体をゆすって頼んできた
「お前は俺を殺す気か;」
京助が遠い目をして言った
「タカちゃんー!! かるらん!!」
制多迦と迦楼羅も遠い目をしている
「…もうぅ~…いいよ!! 僕が行く!!」
悠助は頬を膨らませると走り出した
「あ! こら悠!!;」「…うすけ!!;」「栄野弟!!;」
三人が同時に悠助を呼び止めようと声をあげ後を追いかける
「ばっかお前死ぬ気か!?; 殺されるぞ!?; 場の空気読め!! 場の空気を!!;」
京助が悠助を捕まえた
「離して!! 喧嘩は駄目なんだよぅっ!! 喧嘩~!!」
ジタバタと腕のなかで暴れる悠助を京助がしっかりと押さえる
そんな悠助を見て迦楼羅と制多迦が顔を見合わせると深く溜息をつき何やら気合を入れた
「…行くぞ;」
迦楼羅が言うと制多迦がコクリと頷いた
「…あ…おい…鳥類?;…制多迦…?」
バチバチしている空気の中に向かっていく制多迦と迦楼羅に京助が声をかけた
「…ご武運を…;」
京助がボソっと呟いた
「そのピョン毛前より成長したんじゃない? そのうちなにか釣れるかもね」
「釣れたらいいですね。それは楽しみですよ」
「釣れたら是非僕もソレほしいんだけど」
「誰がやりますかってんですよ」
顔はにっこりとしかし回りの空気はオドロオドロしている
「…覚悟はいいか?;」
でろでろと渦を巻くオドロオドロした空気を前に迦楼羅が制多迦に聞いた
「…ん;」
制多迦がコクリと頷き返事をすると『せーのっ』という感じにオドロオドロした空気の中に入った
「…け…乾闥婆;」
「…んがら…;」
「うるさい!!」「うるさいですよ!!」
名前をちょっと呼んだだけで怒鳴られ二人はビクッとすくみあがった
乾闥婆と矜羯羅はまたにっこりと笑い合うと
「君のところの鳥さん躾がなってないみたいだね」「貴方のところの万年眠気さん何とかしてくださいよ」
ほぼ同時に言うと一瞬キッと睨みあいそしてまた笑顔に戻る
「…お…お前らいい加減に…」
ぐぅううううう~…
公園中に響き渡ったなんとも間抜けな音
「…アイツまた腹減らしてるのか;」
悠助を捕まえたまま京助が呆れる
「僕がお肉持って帰らなかったから…僕…ハルミママ怒ってた?」
悠助がしゅんとなったのをみると京助がポンポンと頭を軽く叩き
「探すの手伝ってたんだろ? 俺からも母さんに謝ってやるから…とりあえず鼻水拭け」
悠助の鼻からタリと垂れている鼻水をみて京助が言う
「ティッシュとかないのか?学校から帰ったまんまならポケットに入ってねぇか?」
京助に言われて悠助があちこちのポケットに手を入れてティッシュを探す
「あ…」
悠助が小さく声を上げた
「ないのか…しょうがねぇなぁ;」
京助が自分のパーカーの袖の部分で悠助の鼻水を拭いた
外灯の明かりで照らされた袖口がテカテカ光る
「…悠?」
ポケットに手を入れたまま動かない悠助に京助が声をかけた
「…ちゃんとエサあげてるの?」
矜羯羅がクスクス笑いながら乾闥婆に言った
「あげていますよ? ただちょーーーーーーーーっとわがままなんです」
にっこり笑って矜羯羅に言うとその笑顔のまま迦楼羅を見た
もはや完璧にペット扱いの迦楼羅
顔は笑っていてもなにやら背後に般若面が見える様な気がする
怖い
「…んがら…」
制多迦が矜羯羅の名前を呼ぶと矜羯羅は指をはじき小さな玉を飛ばして制多迦にぶつけた
「…りがと」
額をさすりながら矜羯羅にお礼を言う制多迦
「あんまりバコバコぶつけると馬鹿になりますよ?まぁ…これ以上ならないかもしれませんけどね」
乾闥婆が首を少しかしげて笑顔で矜羯羅に言った
「ちゃんと力加減してるから」
にっこり笑って乾闥婆に返すとその笑顔のまま制多迦を見た
顔は笑っていてもなにやら背後に仁王像が見える様な気がする
怖い
そんな二人を前に制多迦と迦楼羅が立ち尽くしていると
「こら!! 悠!!;」
悠助が走ってきた
「手!!」
走りながら悠助が叫んだ
「…手?」
迦楼羅が自分の掌を見た
制多迦も迦楼羅と同じく自分の掌を見る
「手出して!! けんちゃんもきょんがらさんも!!」
やっぱり上手く【矜羯羅】と言えないらしい
悠助に名前を呼ばれて乾闥婆と矜羯羅も悠助の方を見る
「早く!! 手!」
首をかしげながらも四人が手を出すと悠助がポケットから何かを取り出して掌に乗せていった
「…何? これ」
自分の掌に乗せられた小さな四角い物体を矜羯羅がつまみ上げて見た
「チョコだよ~買い物したら荒木さんのおばさんがくれたの」
まじまじと四角い小さなチョコを見る四人を見て悠助がにこにこ笑う
「おなか減ってるとイライラするって。だからチョコ食べればイライラしないでしょ?」
「…食べ物なのか?」
迦楼羅が四角いチョコをそのまま口に入れようとした
「あ!! 待ってかるらん! 紙はがさないと…貸して?」
迦楼羅からチョコを受け取ると包み紙をはがし再び迦楼羅に渡す
ソレを見ていた制多迦、矜羯羅、乾闥婆も包み紙をはがした
「…おんもしれぇ…」
その様子を見ていた京助がプッと噴出した
「あ、ゴミはちゃんとゴミ箱に投げないと (北海道弁)駄目だから僕にちょうだい?」
包み紙を受け取ると悠助がゴミ箱に向かって駆け出す
「…甘い…匂いですね」
乾闥婆がチョコの匂いをかいだ
「おいしいんだよ~」
戻ってきた悠助がにっこり笑いながら言った
「僕大好きなんだチョコ。早く食べないと溶けちゃうよ?」
悠助に催促され四人は顔を見合わせるとほぼ同時にチョコを口に入れた
「どう? どう?」
悠助が四人の顔を見て聞いた
「…竜田揚げには負けるが…美味いな」
迦楼羅が指を舐めながら言った
「へぇ…こんな食べ物あるんだ…」
矜羯羅も美味かったらしくいつも笑顔だが優しい笑顔になっている
「でしょ?」
悠助が満面の笑みで満足そうに言う
「…いしかった」
制多迦が悠助に笑いかける
「…悠お前地味にすっげぇな…;」
「何が~?」
悠助の頭にポンと軽く手をのせて京助が言った
迦楼羅と制多迦が二人がかりでもどうにも出来なかったあのオドロオドロした険悪な恐ろしい空気をチョコで一掃してしまった悠助
「おいしかったですよ悠助」
乾闥婆がにっこり笑った
その笑顔の後ろに般若面は見えない
「みんなおなか空いてたんだんだね」
悠助が京助を見上げて言った
「いや…まぁ…そうかもな;」
京助が苦笑いで返すと
ぐきゅぅう…
と迦楼羅の腹の虫が鳴いた
「…鳥類…」「迦楼羅…」
京助と乾闥婆がはぁと溜息をついた
「いや、でも俺も腹減ったわ;今何時なんだよ…;」
京助が自分の腹をさすりながら言った
辺りはもうすっかり暗くなっていて少し肌寒くなってきている
「早く帰らないと。ハルミママさんが心配していますし…迦楼羅のおなかもうるさいですし」
乾闥婆がチラリと迦楼羅を見る
「や…やかましい!! たわけっ!!; 腹は減るものなんだっ!!;」
迦楼羅が怒鳴ると乾闥婆が迦楼羅の前髪を引っ張った
「き・ち・ん・とわがまま言わないで食事していればまだもったはずですよ?」
にっこりしながらそれでもかなりの力を込めて乾闥婆が迦楼羅の前髪を引っ張っている
「…んとにあいかわらずだね」
制多迦が笑いながら言った
「…なぁ…お前らって…敵同士なんだよな?」
京助が聞くと悠助以外の四人が京助を見た
「…まだ(強調)…本当には【敵同士】じゃないよ。今はね…」
矜羯羅が言う
「…今は?」
京助が聞き返す
「…きがくれば【敵】になる」
制多迦が言った
「【時】…ってなんなんだ?てか…」
「京助」
京助が更に聞き返そうとすると乾闥婆に名前を呼ばれた
その乾闥婆の方向を見ると迦楼羅の前髪を引っ張ったまま笑顔で京助を見ている
しかしその笑顔の後ろには大魔神が『ウー!! ガンダーーー!!』と憤怒の形相で見える様な気がする
「…僕が前言ったこと覚えています…よね?」
乾闥婆が首をかしげて笑顔で聞くと後ろに見える様な気がする大魔神も首を傾げた様な気がした
「…は…い;」
京助が引きつりながら頷いた
「タカちゃんとかるらんとけんちゃんときょんがらさんは敵同士なの?」
悠助が京助に聞いた
「…きじゃないよ。だからもう喧嘩もしない大丈夫」
制多迦が悠助の頭を撫でながら言った
「本当?」
「…ん本当」
悠助が聞くと制多迦が笑顔で返した
ぐ~きゅるるるりぃ~…
「…迦楼羅…貴方って人は…ッ」
いい場面で必ずと言っていいほど泣き喚く迦楼羅の腹の虫
「あだだだだだだだ!!; し…仕方ないだろうが!たわけ!!;」
迦楼羅がぎゃーぎゃーわめくのをお構いなしに乾闥婆が前髪を引っ張る
「…本当相変わらず」
矜羯羅がクスクス笑った
「…うすけ…もう帰ったほうがいい」
制多迦が笑顔で言った
「そうだな…暗くなったし母さんも待ってるしそれに…」
ぎゅるるるる…
「…なにより鳥類の腹の音がやかましいしな;」
怒鳴り声と混ざって聞こえてくる体のわりにやたらとでっかい迦楼羅の腹の虫の声
「…タカちゃん…」
悠助が制多迦を見上げた
「…うすけお願いあるんだけど」
眉を下げて見上げてきた悠助に制多迦が言った
「…くを叩いてくれない?」