読切短編 経験者優遇
勇者、求職中
魔王を倒して三ヶ月が経った。 凱旋の歓声は、もう思い出せない。ただ、あのときの魔王の顔だけが、妙に引っかかっていた。
王都の「勇者支援センター」は、凱旋パレードの熱気が冷めた頃にひっそり開設された。受付の壁には手書きの貼り紙がある。「あなたの勇気は、新たな戦場で輝く!」——転職支援のキャッチコピーにしては、いささか物騒だった。
「スキルシートを拝見しますと」
担当職員の女性は、老眼鏡の奥で書類を眺めながら続けた。
「剣術、魔法耐性、ダンジョン踏破、魔王討伐……ですね」
「はい」
「汎用性が、低めですね」
俺が黙っていると、彼女はペンのキャップを外したり付けたりしながら言った。
「接客業は、笑顔に自信がおありですか?」
ある訳がなかった。二十年、魔物を睨みつけて生きてきた。
掲示板に並ぶ求人票には、どれも似たような一文があった。——経験者優遇。
センターを出ると、石畳の広場で子どもたちが走り回っていた。平和とは、こういうことだと思った。誰も傷つかず、誰も戦わず、誰も俺を必要としない。勇者という肩書きは、この世界では「戦が終わった後の兵士」と同じ扱いだった——需要は同情だけ、実務は無用。
二件目の紹介先は警備会社だった。「貫禄がある」と褒められ、採用されかけたが、「残業は剣を使わずにお願いします。当社では“過剰戦力”は労災扱いになりますので、残業時の剣の使用は控えてください」と言われ、俺は返答に詰まった。結局、折り合いはつかなかった。
三件目は冒険者ギルドの受付補佐。面接官は俺の顔を見て苦笑いした。その意味は、言われるまでもなく分かった。「先輩、依頼を受ける側に回られても……」
——そういえば、討伐の直後に魔王から妙なものを渡されたのを思い出した。礼だと言っていたが、あのときは深く考えなかった。
魔王を倒した英雄が、迷宮の案内係。俺は断った。プライドではない。少なくとも、そういうつもりではなかった。ただ、椅子に収まる自分が、どうしても想像できなかった。
センターに四度目の相談に行った日、待合室に見知らぬ男が座っていた。黒いローブ、血のように赤い瞳。魔力の気配は隠せていない。——あの城で感じたものと、同じ気配だった。
「あなたも、ですか」と俺は訊いた。
「第十七代魔王の補佐官をしておりました」と男は言った。「勇者さまに主が討伐されまして」
俺たちはしばらく、同じ天井を見上げた。
担当職員に呼ばれるまでの間、俺は何気なく壁の掲示板を眺めた。求人票がびっしりと並ぶ中、一枚だけ、紙質のいい羊皮紙が貼ってあった。
《魔王候補 緊急募集》
勤務地:魔界全域
給与:応相談(裁量労働制)
求める人物像:強大な野望と、世界への憎悪をお持ちの方
※経験者優遇
俺は、その下の一行を読んだとき、 ようやく、つながった気がした。
《前任者の推薦状があれば、選考を優遇いたします》胸の奥で、何かが引っかかった。
その意味に気づくまで、少し時間がかかった。つまり、あの魔王は俺に負けたのではない。魔王は最期まで、妙に落ち着いていた。俺に推薦状を書かせるために、負けたのだ。
「いい戦いだった」と、魔王は笑っていた。ポケットの中で、討伐後に魔王から受け取った「感謝状」が、急に重くなった気がした。まるで、まだ終わっていない戦いのように。




