私と彼の、生存日記
まだ冬の寒さが残っている4月、出会いと別れの季節。大体の人が進級や昇進をしてもしかしたら進学したり会社に入ったりする人もいるかもしれない。私も、まだ小さい頃は今頃には会社に入っていると思っていた。持病が発覚する前までは。
ある日、私は太陽の光で起こされた。眠い目をこすり、布団を丁寧に畳み、パジャマを洗濯機に入れて洗濯を始める。今日は夜まで誰も帰ってこない。つまり家でひとりぼっちだってことだ。
私は部屋の引き出しから半袖半ズボンを取り出す。もちろん、ボタンはついてない。
そして着替えると、一階に降りてリビングに置いてあるソファに体を埋める。リモコンを取ってテレビをつけるけどどこも面白いものをやっていない。これならまだニュースを見てる方がマシだ。そのうち段々と睡魔が襲ってきて、瞼が重くなってくる。
私は生活習慣を守るためにも寝てはいけないと思って重い腰を上げて洗面所に向かう。洗面所の鏡にはお母さん譲りの大きな目にお父さん譲りの高い鼻がついた、私の顔があった。
私は指先に意識を集中させて蛇口をひねる。そして水を手の受け皿にためて顔にかける。冷たい水が顔全体にかかって、私の意識が冴えていくのがわかった。タオルで顔を拭いてソファに戻る。けどこのままでいるとまた眠くなってきそうだ。
そう思った私は外に出ることにした。お母さんにもらった帽子とサングラスをかけて、震えが止まらない手でドアノブをひねる。
まだ外は冬の寒さが若干残っていた。早速歩きを始める。目的地はない。そのまま歩道に沿って歩いていく。そして桜が咲いている道を越え、横断歩道を渡ったところに公園があった。
こんなところに公園、あったんだな。私は公園の中心にある噴水に足をすすめる。
周りでは子供たちが走り回っていた。
私は周りより一段高い噴水の淵に立つ。時折水滴が飛んでくるけど、大して気にならなかった。ここに立っていると、生きてるって感じがした。
そこに直立不動の状態でいると、春の気まぐれ風が私めがけて吹いてきた。私はなんとかバランスを取ろうとするけど無駄な足掻きだった。次の瞬間、ばしゃーん!と大きな音を立てて私は噴水に倒れてしまった。
ただの散歩のつもりだったから替えの服も、タオルも持ってきてない。それに周りからの視線が辛い。
半分パニック状態になっていると私と同じ二十代前半の平均的な顔の男性が私に手を伸ばしてくれた。
「ほら、早くつかまってください」
私は彼の言う通りに彼の手を掴んだ。暖かい、私が水に入っていたからか、彼の手はとても暖かかった。そして私を噴水から引っ張り出すとすぐにタオルを渡してくれた。私は顔が赤くなっていくのを感じながら頭をフル回転させてなんとか
「あ、ありがとうございます」
と頭を下げる。すると彼は静かに言った。
「いえ、そんな礼をされるほどのことはしてません。」
そして私はタオルを取った。控えめな人なのか。まあ、めんどくさそうな目で見られるよりマシだ。私は渡されたタオルで顔と髪を拭く。冷静さを取り戻し一通り拭き終わった時、私は彼に向かって言った。
「あの、もしお時間があればお食事とか、どうですか?」
これじゃ逆ナンパだ。そう思いつつも、返事を待っていると彼は予想外の言葉を発した。
「いいですよ」
私はつい変な言葉を出してしまいそうになるほど驚いた。会ってまだ数分、しかも出会いの理由が噴水に落ちたからなのに!けど私から誘ったんだからしっかりリードしないと。そして笑顔を作って言った。
「私、いいところしってるんです。ここからも近いのでそこでどうでしょう?」
「いいですよ。」
そして私はそのお店に向かった。この公園から北に500メートル歩くだけで着く、洋風でおしゃれなデザインの店だ。私は彼より先に店に入って窓際のカウンター席に座る。彼はすぐに私の隣に座った。そしてお互い言葉を交わさず店員を呼び止めて注文だけする。彼にコーヒーが届いた時だった。彼だ口を開いていった。
「まだお名前、聞いてませんでしたね。お名前、なんて言うんですか?」
私は一瞬間を置いて答えた。
「私、水中涼宮っていいます。水の中で水中、涼しい宮で涼宮です。」
「水中、いいお名前ですね。」
私は褒められたはずなのに何処かむずがゆかった。そして、私はあえて顔をしかめて言った。
「けど、たまに水の中にいそうとか言われるんですよ。ひどくないですか?」
彼は少し微笑んで言った。
「そう言われればいそうでなくもないですね。」
私はほっぺを膨らませた。ちょうどその時、私が注文したレモネードがとどいた。私は震える手を押さえてストローをさす。そして私は疑問を口にした。
「そういえば、あなたのお名前は?」
すると彼は、どこか遠くを見るような目で答えた。
「鈴木太陽です。」
「すごいまっすぐな名前ですね!」
すると彼は一瞬固まってから言った。
「まっすぐすぎて先が短いですけどね。」
私はそのあと笑いすぎて涙が出てしまった。
「面白い冗談ですね」
ぼやけた視界の端で彼は苦笑いしていた。数分後、私の笑いが収まった時、彼はコーヒーのカップを手に持ちながら聞いてきた。
「連絡先、交換しませんか?」
私はポケットからスマホを取り出して私の電話番号とメールアドレスを教えた。すると彼も電話番号とメールアドレスを教えてくれた。今は12時ちょっと前、外でご飯を食べてもいいのだが私には昨日の夜ご飯の残りを食べるタスクがある。それに食べるのにかかる時間とかも考えると家で食べた方がいい。そうして私たちは店の前で別れた。帰る途中、この何も変わらない日常の中、何か特別なことが起きそうな予感がした。




