7話 好きな食べ物も知らないのに?
ハクト様の訪問から何度かハクト様と連絡を取り合い、少しずつこれからのことを私は決めていった。
「此度は私の求婚を受け入れてくれてありがとう」
私を迎えに来てくれたハクト様は前にいらした時よりも高そうな衣服を身につけて玄関に立っていた。
そう、私はハクト様からの申し出を受けたのだ。
「私はすぐにでも受けるように言っていたのですが、この子は照れ屋なのでどうしても口にするのが恥ずかしかったみたいで……勿論最初から断る気なんてベネット家にはありませんでしたわ!」
ハクト様の言葉に私が何か言うより前に着飾り厚化粧をした母が媚びへつらうように前に出る。
「……こちらこそ、考える時間を頂きありがとうございました、おかげで色々と、覚悟も決まりました」
母は確かにすぐに受けろと口煩かったけど何かあってはと危惧していたのか私に何かを無理強いするようなことはなかった。
まぁ、日に何度もその話は出ていたし、隙あらばといった感じだったけど。
それでもハクト様は私の答えを待ってくれたから、今こうして背筋をピンと正してハクト様を受け入れられたわけだけど。
「……スミレさん! 何て口の聞き方なの! それに考えるなんて――」
「失礼だが一言いいかな?」
私の口調が気に入らなかったのか母が口を粗げるがそれをハクト様が止める。
「ええ勿論! 何なりと仰ってください! あ、勿論祝いの席もこちらとしても盛大なものを用意しますからご安心ください」
ネリネとセイガ様の婚姻のパーティーよりも大々的に祝うと母はよく口にしていたのでそれ自体に驚きはないけどここまで露骨だと少しだけ哀れにさえ見えてくる。
だけどハクト様は止まることなく母を
「まず言っておくことだが話し方に関しては変にかしこまらなくていいと私から頼んだことだ、そして、あなた方はスミレさんに名字を名乗る権利すら与えていないのに何故私がこの家に連なるものになると勘違いしていらっしゃるのだ?」
ベネット家の者、ハクト様の連れ立ったウォード家の者達の前で変わらぬ表情のまま、糾弾を開始した。
「……え」
シンと一瞬にして場が静まり返る。
最初に声を漏らしたのは母だった。
「私のなかではスミレさんはベネット家の者ではない、だからスミレさんはこれからスミレ・ウォードを名乗り、金輪際この家には近寄らせないしそちらから近寄ることも禁ずる」
「なっ……な、え……」
ハクトさんの淡々とした物言いに母の口から溢れる声は言葉になっていない。
「それにこれは私の都合だがどちらにしろ大々的な祝いの場を設けることは出来ない、ちなみに全てスミレさんには許可を取っている」
「……ほ、本当なの、スミレ」
私の名前が出た瞬間に母は勢いよく私のほうを向いて、それから強く肩を掴まれて揺すられる。
だけど私の決意は固い。
母のほうをしっかりと見据えたままに、私は無言で首を縦に振った。
「そ、そんなこと母は許しませんっ……! 貴女は私の娘でこのベネット家の長女ですよ! そんな勝手な真似が許されると――」
「ねぇ、お母様」
烈火の如く怒りだした母に、私は久しぶりに呼び掛けた。
母のことをこうして呼ぶのは一体いつぶりだろうか、そんなことももう、覚えてはいない。
「……」
「お母様は、私の好きな食べ物、知ってる?」
私の雰囲気を察してか黙り込んでしまった母にふと、そんな簡単な質問を投げ掛ける。
「は……? 今はそんなこと話している場合じゃ――」
「私にとっては必要なこと、答えて」
母はそんな質問の意図を掴みきれずに眉間にシワを寄せるけど、私は引くことはしない。
これは、大切なこと。
私と母、この家の人生の大きな分岐点だから。
そして
「……あ、えっと、あ、あれよね、あれ」
母の答えは予想通りだった。
「……ねぇ、それでよく出来るよね母親面、だって最愛の筈の娘の好きな食べ物すら、知らないのに」
「……」
私の言葉に母は絶句し、驚いたように目を見開く。
それはきっと自分が私の好きな食べ物を知らなかったことにたいしてのショックじゃない。
ただ、いつも言うことを聞く不出来なお人形が途端に自分の意思で口を開いたことにたいする驚愕とか、そんなものだ。
「それじゃあ行こうかスミレさん、荷物はそれだけでいいか?」
静まり返ったなかこれで話しは終わり、といったようにハクト様は口を開くとそう聞いてくる。
「はい、もう、これ以外は何も要りません」
私は頷くと手に持ったそこまで大きくないカバンの取ってに少しだけ力を込める。
私がこの家から持っていきたいものはこんなカバンに収まってしまう程の物しかなかった。
それ以外は私には不要なもので
母も、家ももう私にはいらないものだった。




