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5話 盛大な手のひら返し

 あの日、ハクト様から求婚されてから私への周りの態度は一変した。

「スミレさん! 今日の昼は貴女の食べたいものを作らせるわ! 何がいい?」

 特に顕著だったのは母の態度。

「……何でも大丈夫です、それより買い物に行かないと」

「こんな大変な病を背負ってる娘にそんなことさせられるわけないじゃない……! そんなことより花嫁修業しないと、ああ、大切な娘が白龍様の、それもウォード家に嫁ぐなんてベネット家も将来安泰ね」

「……」

 私は呆れて母に冷ややかな視線を送るが気づいた様子はない。

 最近はずっとこんな感じだ。

 病なんて関係なくこき使ってきたのに、大切な娘なんて言ったことなかったのに、頭なんて、撫でたことなかったくせに。

 頭を撫でられてもやっぱりずっと思っていた通りで、私は何も感じなかった。

「ねぇお母様! セイガ様のことで話したいことが……」

「ああネリネさんね、悪いけどそんな話してる場合じゃないのよ、早く婚姻の準備も進めないといけないしパーティーの準備だって、盛大にお祝いしないといけないわねー」

 私と母が会話をしている部屋に入ってきたネリネがいつものように母にすがりついて甘えるけど母はそれを引き剥がして早々に部屋を出ていってしまった。

 ここまで浮き足立たれ、猫可愛がりされると流石に笑えてくる話だ。

「……すごい手のひら返し、お姉さまもそう思わない?」

「……そう、ね」

 ふと、部屋に残っていたネリネがいつもは使わないような言葉を使うから、一瞬、返答に詰まった。

「いつも、そうだったよね」

「……ネリネ」

 ネリネのその言葉には含みがあって、私はただ名前を呼ぶことしか出来ない。

 私が家からもてはやされるようになってから、ネリネへの扱いは完全に雑なものになっていた。

 龍と結婚した、その事実も神に祝福されているのも変わったわけじゃないのに。

「あのハンカチだってそう、私にはなかったお父様からのプレゼント、今回もそう、家同士が決めた龍と結婚することになって、私はそれに逆らわなかったのに結婚した途端に今度はお姉さまが白龍に嫁ぐから私の相手はしてられない、いつだって全てを最後に持っていくのはお姉さまじゃない」

「ネリ、ネ……」

 ネリネの内心を告げられてもやっぱり名前を呼ぶだけのことしか出来ない。

 ずっと笑顔の仮面を被り続けてきただけの私では彼女にかけてあげる言葉を考えることが出来ないから。

 いつもネリネが言葉に内包する嫌みや刺の裏側に何か思いがあってやっているのだということは察していた。

 この子も母の、ひいてはこの家の被害者だから。 

「スミレさん! ハクト様がいらっしゃったわ! はやくいらっしゃい!」

「……ネリネごめんね、もう行かないと」

 その時ふと、タイミングよく母の呼ぶ声が聞こえて、私は逃げるようにその部屋を後にした。


「急に訪ねてきて悪いな、一度、ちゃんと話がしたいと思っていたんだ」

 家の中で一番豪華な客室に案内されたハクト様はソファに座ると表情を崩すことなくまずは謝ってくる。

「いえ、お忙しい中わざわざご足労いただきありがとうございます」

 本来龍という存在はプライドが高い。

 だから夜中に訪ねてきた時もそうだがこうして龍のほうから謝られる、なんてことは早々あることではない。

 私は出来る限り低姿勢を意識して返事を返す。

 母に散々に言われたことだがこの国と深い繋がりのある白龍、ウォード家に目をつけられればこの家なんて簡単に潰れてなくなってしまう。

「……そんなにかしこまらないでくれて問題ない、この間は申し訳ないことをした、勝手に君を迎えたいなどと公然の場で発言して」

 だけどハクト様はただ淡々とやり取りを進めていく。

 一瞬だけ、困ったような顔をして見えたのは気のせいだったろうか、次に見たときには既に無表情に戻っていたから。

「……それ自体はそこまで気にしていませんが、ひとつだけお聞きしてもいいですか?」

 ハクト様があくまで下出に出るようなやり取りを好まないのであればこのままでは逆に機嫌を損なう可能性もある。

 だから私は、ひとつだけどうしても気になっていたことを聞いてみることにした。

「ああ、なんだって聞いてもらって構わない」

「……何故、私なんでしょうか、私はあの日初めてハクト様と出会って、ただ荷物を拾うのを手伝っていただいた、それだけの面識しかありません」

 ハクト様から許可をいただいて、それから至極全うなことを問いかける。

 そう、私たちが顔を合わせたのは三回だけ、どちらも特に会話らしい会話はしていないし三度目に至っては既に求婚する気で現れたみたいなものだから実質二回顔を合わせただけになる。

 特に運命的でもないし気に入られることもしていない。

「……そうだな、君は龍瞳というものを知っているだろうか」

 ハクト様は少しだけ考えた様子を見せた後にふと、龍瞳、そんな言葉を漏らす

「……名前だけは」

 龍瞳とは龍の中でも力の強い龍のみが持っている瞳のことだ。

 持ち主によってその力は変化するが中には神がかったことが出来る龍もいるらしい。

 病気の関係から母に何か言伝てを頼まれていない時は動くことを避ける。

 そんな時によく本を読んでいるが確かそれにはそう載っていたはず。

「私はその龍瞳持ちでね、見えるんだ、人の心が色になって、嫌な心持ちのものはこの辺りが濁って見える」

 ハクト様は言いながら最初は自分の銀色に輝く瞳を、それから私のほうへ指先を向けて心臓のある辺りを指し示す。

「誰だってそれなりに私欲にまみれて濁っているものだけどここの者達は特に酷いな、皆私利私欲にまみれている、人間らしいと言えばその通りなのだが……話がずれたな、私は初めて見たよ、君のような心の色を」

 一瞬話の流れがこの家全体のことになりそうになったがハクト様は早々にその話題を打ち切って私の話に変える。

「私の、心の色……」

 果たしてこの人の目には私の心は何色に見えたのだろうか。

 私は自分の性格が良いものではないということは理解している。

 だからどんな深く、淀んだ色なのか気にはなる。

「綺麗だった、見てるだけで癒されるようなそんな色をしていた、だれよりも、だから君を嫁として迎えたいと考えた」

「……」

 私は言葉を失う。

 ハクト様が仰られたその言葉は予想外も良いところだった。

 初めて見た、だれよりも綺麗な心の色。

 はたしてそれは本当に私に向けられた言葉なのだろうか。

 本人から聞いても尚不思議で仕方がない。

「……私は石弱病です、神に呪われている、そんな私が綺麗な色をしていたなんて、そんなことあるのでしょうか」

「……生憎私は神を信じていない、だから君が石弱病でも気にならないし、呪われているとも思わない、私は自分の目で見たものしか信じない」

 神は信じず自分で見たものしか信じないと断言するハクト様を見て、何故か胸の部分がざわめいた。

 自分で全てを決めて生きてきたこの人が、少しだけ羨ましかったのだろうか。

 それとも、もっと別の何かか。

 私には、分からない。

「どうだろうか、きっとここにいるよりはましな待遇になることは約束する……だがすぐに決断しろとは言わないし強要する気もない、だから決まったら教えて欲しい、すぐに迎えに来る」

「……私の、意見」

 ハクト様の言葉に心臓が早鐘を打ち出す。

 意見なんて家でも早々聞かれなかったのに、こんなに位の高い人が私の意見を優先しようとしてくれている。

 その事実が、どうしようもなくむず痒かった。

「あと、これは手土産だ、君の名前が入っていたから買ってみた、気に入らなければ捨ててくれて構わない」

「これは……」

 そう言って帰る準備を進めていたハクト様からひとつの見覚えのある小箱を渡されて驚いて呟く。

 それはスミレの砂糖漬けの入った箱だった。

 父が私の名前が入っているからとよく買って来てくれて、それはいつしか私の好物になっていた。

 そんな偶然を起こしたのはきっと神様の気まぐれか何かかもしれない。

「悪いが私はこれでも多忙でね、これでお邪魔することにしよう、良い返事を期待している」

 ハクト様はそれだけ言い残すとお付きの人達を引き連れて帰っていってしまった。

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