1話 日常に交じる非日常の香り
その日、私はいつものように母の言いつけで蒼龍であるセイガ様に出すようの茶菓子や部屋を彩るための花を買いに行くところだった。
「スミレさん、言いつけたものを早く買ってくるように、時間もありませんし貴女の仕事もまだまだ沢山あるのです、買い忘れは許しませんからね」
母は高圧的な態度で私に頭ごなしに言いつける。
我が家にはお手伝いさんもいるけれど、一応この家の娘である私が直に買いに行った、そう言ったほうが世間体がよい、だからセイガ様がいらっしゃるときはこうして私が買い出しに行くのだ。
「分かってます、行ってきます」
私はいつもの作った笑顔でそう答えて、鉛のように重たい身体を引きずるように家を出た。
「はぁっ……は……」
家を出て必要なものを早々に買って帰路につく。
家からマーケットまではそこまで遠くないけど私の息は既に上がっていた。
とある事情のせいで私は体力もなければ身体も不自由なほう、だからこれだけの往復でもどうしても息は上がるし目眩が襲うときもある。
それでも断ることは出来ないから毎回こうして重たい足を帰りには引きずっている。
「……あっ」
ふと、右手の力が抜けて手に持っていたカバンを地面に落としてしまう。
身体のなかでも特に右手の力が弱く、ふと手の力がこうして抜けてしまうときがある。
私は慌てて落としたカバンを拾い上げると周りに散らばった物品を拾い集める。
とりあえずはよかった、買い出しを頼まれていたものを積めた紙袋を落としていれば取り返しがつかなかったところだ。
そうならないように左手に紙袋を持っていたのが功をそうした。
「……」
「……」
地面に散らばったものを集める私に周りからは視線を感じる。
それは決して心配とかそういうものじゃなくて、冷やかな、冷たい視線だ。
誰も手を貸そうとはしないし声をかけてくることもない。
でも私の人生ではそれが当たり前のことだった。
「ハクト様、いかがなされましたか?」
ふと、近くからまだ若そうな男の人の声がする。
「……」
視線を少しだけ上げればそこには明らかに高価そうな漆黒のマントを羽織った白髪に銀色のキラキラと輝く瞳を持った青年が無言でこちらを見て立ち止まっていた。
普段この辺では見かけない人だ。
それにこんな目を惹くような美丈夫、一度見れば忘れないだろうし。
旅の方だろうか。
「ハ、ハクト様! お止めください……!」
お付きの人が止めるのを意にも返さずその人はしゃがみこむと私のばらまいた荷物に手をかける。
「……周りは誰も手を貸そうとはしない、薄情なものだな、これで全部か?」
荷物を手早く集めたその人は低く、それでいて耳障りの良い声でそんなことを言いながら集めたものをこちらへ差し出してくる。
薄情だ、と言っているわりにはその声色には特に怒りとか哀れみとかそういう感情は感じない。
ただ、淡々としている、そんな感覚だ。
「あ、ありがとう、ございます……」
お礼を言いながら受けとるけど、こんなこと今まであったことがなかったからどうしても言葉に詰まってしまう。
それに、この人も右手を見て私が呪いの子だと知れば途端に対応を変えてしまうかもしれない。
「いや、構わない、ああもうひとつあった、か……」
だけどその人は確実に私の手に視線を向けたのに何も気にする様子はなく荷物を渡すともうひとつ、足元に落ちていたハンカチを拾い上げて、それからこちらを向いて、ピタリと止まってしまった。
「ど、どうされましたか……?」
「君は……」
「っ……」
少しだけ不安を覚えながら声をかけるも返ってきた言葉に息を飲む。
何を言われるのか、勝手に頭のなかで考えてしまったからだ。
「……綺麗だ」
「……え」
だけどその人の口から零れたのは思ってもみない言葉で、その人自身も予想していなかったようで慌てたように口を押さえる。
「……い、いや、すまない、変なことを言った、忘れてくれ」
「あ、あのっ……」
しばらく呆然とした後にその人は口早に謝ると止めるのも厭わずそのまま立ち去ってしまった。
「……どうしよう、持ってっちゃったあの人」
その人が最後に拾ってくれたハンカチは私にとって大切なものだったけど、早足に去っていくその人をこの身体で追いかけることも出来ず、ただポツリと一言溢すしかなかった。




