エピローグ
その日私は少しぶりにキッチンに立っていた。
「味付けはこれくらいかな……」
「奥様ー、あまり張り切って倒れないでくださいねー」
鍋をかき混ぜていると通りすがりの使いの人にそう声をかけられらけど
「昔ほど身体は弱くないからこれくらい大丈夫! 気にしてくれてありがとう」
私は返事を返しながらヒビの無くなった右手に視線を落として、それからきっとこの先無くなっていくであろう石化した部分を撫でる。
前よりもずいぶんと体力が増えた、一番最初に起きた異変がそれだったからそのときはハクト様と大騒ぎして喜んだものだ。
「私の可愛い奥さんは、いったい何を作ってくれているのかな」
ふと、後ろから低い声と共に腰辺りに腕が巻き付いてくる
「あ、ハクト様、お帰りなさい、今日は大丈夫でしたか?」
これはいつものルーティーンみたいなもの。
ハクト様は今も国軍に身を置いているから何かを傷付けないといけない時はいつも突然に訪れる。
「ああ、ただの会議だからそれほど疲れてはいないよ、君は?」
そしてハクト様が聞き返すのもまた同じ。
私の身体もまだ万全とは言えない。
身体が全くとはいわなくても上手く動かない日はある。
だからハクト様は私に毎日これを聞く。
きっと心持ちは私と同じようなものだろうけど。
「私も、全残疲れてません、もうすぐ完成しますから待っててくださいね、今日の夕飯はハクト様の好きなシチューですから」
「そうか、それは楽しみだな、疲れも吹き飛びそうだ」
「そんなに疲れていないのでは?」
いつものように言葉遊びでじゃれながら私はシチューを皿によそう。
そういえばネリネからレターメールが来ていたから後で返信も返さないと。
シチューをよそいながらふとそんなことを思い出す。
妹は今もセイガ様と旅を続けている。
最初の頃から肝は座っていたが今ではどこに行ってもその鋼の精神でどうにかしてしまうらしいから我が妹ながら流石だと思う。
母は、今何をしているのかすら知らないし、知ろうとも特に思わない。
私は今の生活が、幸せだと心の底から感じている、だからそれ以上は望まないし必要ない。
「それはそれ、これはこれだ、そういえばまた新しい感情を知れるかもしれないなこれは」
「今度は何ですか?」
最近ハクト様は色々な場面でその言葉を使う。
大体はこういう
「さっき話していた召し使いにたいする嫉妬、かな」
くだらないようなおふざけばかりだけど。
「ずいぶんと、白龍様もお子さまになったものですねー」
ハクト様が意外と焼きもち焼きなのは今よりも結構前に知った事実だった。
「君といると嫌でも絆されてしまうからね」
「さぁ出来ました、テーブルに運ぶの手伝ってくれますよね」
私はそんなことを言って笑うハクト様の手を引き剥がすと手にシチュー皿を押し付ける。
「ああ勿論」
本来であれば龍にシチューを運ばせたりからかうなんてあり得ないことなのかもしれないけど私達の中では普通のことだった。
「今日のは美味しく出来たと思いますから、楽しみにしててくださいね」
色々なことを知った私の心が今も綺麗なのか、それは聞いたことがないから分からない、けど、それはそこまで重要なことじゃないのかもしれない。
龍瞳がなくても、心が見えなくても、私はこの人のことが分かるし好きだという気持ちも変わらない。
それはきっと、ハクト様も同じだと断言できる。
感情を見つける旅はまだまだ暫く終わりそうにないけど、いや、もしかしたらずっと終わらないかもしれない。
でも、それもまた良いかもなんて思ってしまうのだから、ずいぶんと私も絆されたのだと、ただただ思うのだ。