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16話 この感情に名前をつけよう

「……今日は、恥ずかしいところを見せた、済まない」

 帰ってきてから軽く食事を済ました私達はバルコニーに出て月を眺めていた。

 運が良いことに今日は満月らしい。

「謝らないでください、あなたは私のためにあんなに怒ってくれたのに」

 謝ってくるハクト様に私は笑いかけながらその必要はないと伝える。

 私のためにあそこまで怒ってくれた人は、亡くなった父ぐらいしかいなかった。

 それだけでただ嬉しかった。

 だけどそれと同時にそんなことをさせてしまった罪悪感がないかと言えば嘘になってしまうだろうけど。

「怒った、か……傷は、痛むか?」

 確認するように呟きながらハクト様はそっと私の腕に巻かれた包帯に触れる。

「いえ、ちゃんと手当てしてもらいましたから」

 そもそもが庇ってもらったからただの軽い切り傷程度のそれで済んだ、手当てをしてもらってしまえばもうほとんど痛むことはなかった。

「そうか……初めての感覚だったんだ」

 私の腕から手を離したハクト様は言いながら自身の手のひらを見つめる。

「初めて?」

「心臓のところが、燃えるようの熱くなって、酷く嫌な気分だった」

「……ハクト様」

 私が先を促せばいつものように淡々とはいかない様子でそれだけ言って、ハクト様は自身の胸元を強く握りしめる。

「龍は感情による能力の振れ幅がある、だから幼少の頃から感情を制御する訓練を受ける、力の強かった私はそれが強固なものだったから今でも自分には感情というのもがちゃんと備わっていないと思うときがある、だから、その気持ちがなんと言うものなのかまでは、分からない、あれが怒りなのかも分からない、私には……心がないから」

「そんなこと、言わないでください……」

 ハクト様の言葉にふと、反射的にそう答えていた。

「スミレさん……?」

「ハクト様は私の為に龍になって、嫌がっていた人を傷つけることになっても守ろうとしてくれた、私の意見をしっかり聞いてくれて、物を落とせば見ず知らずの人の為に高い服を汚すのも厭わない……そんな人が、心がないなんてそんなわけ、ありません」

 呆気にとられた様子のハクト様を無視して今までハクト様がしてきてくれたことを羅列していく。

 全部、面倒だからやりたくない、その一言で簡潔してしまうようなこと、それこそそういうその他大勢になれば良いだけの話。

 それなのにこの人は、いつだってそうはしなかった。

 足を止め、手を差し出し、救おうとした。

 それは早々出来る人なんていない芸当だ。

 そんな人に心がないなんて、絶対にあり得ない。

 ただ表情がそれについてこないから皆怖がるそれだけで、この人のことをもっとちゃんと知っていればそうはならないはずのことだ。

「……何で君が泣くんだ」

 ハクト様は困ったように眉を寄せて、優しく私の目尻を拭う。

 ほら、今だってちゃんと感情はあった。

「あなたが、泣かないから私が泣くんです」

「そういうものなのか?」

 私が泣けば泣くだけハクト様は困ったようにしながらもずっと涙を拭ってくれる。

「そういうものです……私だって、ずっと自分を殺して、父の言葉を胸に偽物の笑顔を張り付けて生きてきました、でも、妹とちゃんと話をして、ケンカまで出来た、私のなかにもちゃんと感情は残っていた、きっと消そうとして簡単に消せるものじゃないんですよ、感情っていうものは」

 私も、自分には感情はない……いや、必要ないと思っていたときがあった。

 それでもああして妹とちゃんとケンカして、ハクト様ともこうして笑いあっている。

 そこには少なからず感情というものが含まれているというのは目に見えなくてと分かることだった。

「そう、なのかな……」

「そうです! これから一緒にいろんな感情を知っていきましょう、まずは怒り、ですね」

「……もうひとつ、感情を知れたかもしれない」

 涙も止んだ頃、私はそう言ってガッツポーズを作って見せる。

 一人よりも二人でやったほうがきっと楽しいから。

 だけどそれを見ていたハクト様はそれだけ呟くとそっと、私の頭に手を置いた。

「っ……」

 お父様にしてもらった時は心地よくて、母がした時は嫌な気持ちになった、ハクト様にしてもらったそれはどっちの感情とも違くて、心拍数が否応なしに上がるのが分かる。

「これが、ずっと君に抱いていたこの気持ちが、愛しい、っていう感情なのかもしれない」

「……きゅ、急にそういうこと言われると、少し恥ずかしいです」

 いつも無表情なその顔に少しだけ優しい笑みを浮かべてそう続けられれば流石に恥ずかしくなって、私は苦言を呈する。

 これ以上触られていたら心臓の鼓動までバレてしまうかもしれない、それだけは、避けたい。

「あ、す、済まない」

 私の言葉聞いた瞬間ハクト様は謝ると素早く私の頭から手を離す。

 少しだけ名残惜しいと思ってしまったのは、恥ずかしいから秘密だ。

「……とりあえず、色々あったから身体も限界みたいなのでそろそろ休みます、本当は、もっと体力のある身体ならもう少しお側にいられたんですけど……」

 ここ暫く色々なことがありすぎた。

 元々身体を病で蝕まれている私には少しだけ目まぐるしい毎日で、緊張が解ければ既に限界値を迎えていた。

「満月の日は別に今日に限ったことじゃない、石弱病が治れば好きなだけ夜更かしも出来る」

「治る方法が、見つかればいいですけど……」

 ハクト様はそう言って楽しそうにしているけれどこの病は治療法が確立されたものではない。

 自然に回復したという人がいると思えばこの病気を患ったまま亡くなった人もいる。

 だから私のこれも、いずれどうなるかなんて分かったものではない。

「? 君のそれは暫くしたら治るだろう」

「……どういうことですか?」

  だけど、ハクト様との会話はどこかすれ違っていて、不思議に思って聞き返す。

「……石弱病の発症した時期を覚えていないか?」

「確か……父が亡くなって家が慌ただしくなって、その辺りだったかと」

 そう、父が亡くなって皆が落ち込んでいる時にこの症状は出始めた。

 そのせいで余計に家は荒れた、忘れたいけど決して忘れられない出来事だった。

「石弱病の原因は心だ」

「……心?」

 ハクト様の言葉に私は反芻する。

 石弱病の原因が心だなんて聞いたことがない。

「辛い、苦しい、悲しい、そういう感情がまんぱんになって心の器から溢れだした時、身体を守るように皮膚が固くなり、正の感情と言う水の足りないその肌がひび割れていく、だからこそ、またそういう感情を浄化出来た時にその病は自然と治まる、まぁ大抵の人間はそのまま負の感情を背負ったまま生きて死んでいくし私の視認した範囲の話だから治療法としては確立していないが、私の目にはそう写ってきた」

「……それを、なぜもっと早くいってくれなかったんですか?」

 私はふと、疑問をぶつける。

 おそらく龍瞳の力で人を見てきて、そして知った知識なのだろうということはまだ、分かる。

 だけどハクト様は淡々と説明していらっしゃるけど、それを知っていたならもっと早く教えてくれてもいい気がする。

「聞かれなかったから知っているものかと思っていた……」

「……そういうところも、治していかないとダメですね」

 ハクト様の大ボケにずっこけそうになるけど頭を押さえるに留めてこれからやっていかないといけないことを即座に更新する。

 口数が少ないのは構わないけどそういう大切な情報は共有しておきたいとは思う。

 一応夫婦でもあるのだし

「……永くなると思うけど頼む」

 ハクト様自身も自分のそういう部分には気付いていたようでそう言って申し訳なさそうに肩を竦める。

 あ、今だってちゃんと感情が生まれた瞬間だった。

 罪悪感とかそういった類いのもの。

「大丈夫ですよ、気は長いほうですから、それよりも……私の心はまだ、ハクト様の瞳には綺麗に写っていますか?」

 私はふと、疑問に思ったことを口にする。

 初めて会った時ハクト様は私の心の色を見て、綺麗だと一目惚れしてくれた。

 だけどここに至るまでを思い返しても私は決して純白な人間ではないし、心がそんな綺麗な色をしている気はやっぱりしない。

 だからもしかしたら他に何か、条件なんかがあるのかもしれない、ハクト様自身も気付いていないような何かが。

「……ああ、今まで見たなかで一番綺麗なままだ」

 だけどハクト様はじっと私のほうを見るとあの時のようにそう言って、あのときはしなかったような表情を浮かべるから、今はこのままでいいかなんて、思ってしまうのだ。

 ハクト様には綺麗に見えている、それだけで私は充分に満足してしまうから。

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