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14話 龍の逆鱗に触れる

 私が行くと決めてからそれ程日付も経たないうちに祝いの席は設けられた。

 それだけでどれだけ相手側が必死なのかがよく分かる。

「本日は勝手ながら企画させていただきました場にいらしてくださり感謝しております」

 出迎えてくれたセイガ様、そしてネリネの後ろには当たり前のように母が鎮座していた。

 もう会うこともないと思っていたけど、思ったよりも早い再開だ。

 別に、嬉しくはないけれど。

「こちらこそ、わざわざこのような場を設けてくれてありがとう」

 通された部屋は確かに大々的な祝いの場ではなく、広い部屋のなかソファに座るように促される。

「特別なワインを用意しておりますのですぐに用意させ――」

「スミレさん! 離ればなれになってから貴女のことを忘れたことは一度もありません、会えて母は嬉しいです」

 セイガ様が話している途中で母が前に飛び出てくるような勢いでこちらに声をかけてくる。

 いずれ暴走するだろうとは思っていたけど流石に早すぎて少しだけ、呆れてしまう。

「お義母さん……勝手に前には出ないようにとあれ程――」

「親子の絆を引き裂かれてしまった娘が目の前にいるんですよ! 黙っていられるわけがないでしょう……!」

「お母様っ……」

 セイガ様に止められても止まろうとしない母にネリネがつらそうに呼び掛ける。

 そもそもセイガ様だって龍、蒼龍の一族だ。

 いくら娘の婿だとしてもこのような扱いをすれば無礼だと断罪されても文句は言えない。

 セイガ様が優しいから許されているだけで、彼が怒れば母の首なんて簡単に飛ぶ。

 それすら考えられなくなってしまった理由がより家を繁栄させる為により上位の龍の加護が欲しいからでは本末転倒も良いところだと思う。

「スミレさん、この間の無礼な態度は水に流します、だから家にも顔を出していいのよ、ベネットの姓だって使っていいんですからね、あなたは私の娘ですもの……!」

「……水に流すとか、顔を出していいとか、やっぱり人は変わらないですね」

 ここで謝られるならまだ分かる、だけど母の口から出てきたのは今まで通りの言葉達で、私は吐き出すようにそう返す。

 ここまで追い詰められても長年蓄積された性格はそう、変わらない。

 そんなことは分かっていて今日この場に来たけれど、実際に目の当たりにすると流石に少しだけ複雑な気持ちを覚える。

「そんな言い方しないの……私はいつだって貴女のことを思って――」

「話にならないな、こういうことが目的なのであれば私達は帰らせていただく、金輪際ウォード家がベネット家、クラーク家と関わることはない、クラーク家に関しては現当主にしっかりとしかるべき報告をさせていただくからそのつもりで」

 私が何かを言うより前にハクト様は母の言葉を遮って早々に帰宅するためにソファから立ち上がると荷物を手に掴みもう片方の手で私の手を優しく掴む。

「お、お待ちくださいハクト様! そんなつもりは……すぐに下げさせます……! お義母さん、あなたはもう部屋を出ていてください……!」

「何故ですか! 私は間違ったことは一言も――」

「行こう、スミレさん、やはり無駄足だったな……」

「ハクト様……そう、ですね……」

 母を部屋から出そうとするセイガ様を横目にハクト様はお付きの人を待たずして扉に手をかける。

 私は今日来た理由であるネリネのほうへ視線を向けたけど、タイミング悪くちょうど視線がかち合ってしまう。

「……また、かき乱すだけかき乱して帰ってくのね、本当に何しに来たのよあなた……」

 しまった。

 そう思ったときには既に遅くて、ネリネは震える声でそう呟く。

「ネリネ……私はあなたのことが――」

「あんたが出てってからお母様はずっとこんな感じだし、本当になんなのよ一体!! あんたがそれ連れてこなければ、そもそもあんたがいなかったらお母様はセイガ様だけで満足してくれたのに……! さらに上を見せなければ夢にすがったりしなかったのに……」

 ネリネは私の言葉を無視して今まで溜めてきた全てを吐き出すように怒鳴り、そのまま机に用意されたワインボトルに手をかける。

「ネリネ! ダメだ!!」

 すぐに状況を把握したセイガ様が母から手を離してネリネの元へ急ぐが、少しだけ遅かった。

「勝手に夢見せて勝手に去ってって、勝手に私の努力も家も無くすようなことしないでよっ!!」

 ネリネは掴んだワインボトルをこちらへ向けて投げつける。

 反射的に目を瞑ったけどパリンっと音がしてワインボトルが割れたのは嫌でもよく分かった。

 だけど、あの時と同じで衝撃とか、濡れた感覚とか、そういうものは無くて

「っ……ハ、ハクト様っ……!」

 恐る恐る目を開けば私の目の前に壁のように立ちふさがり、その着ているスーツをワインで濡らしたハクト様がいた。

「……私の花嫁に攻撃するとは、これは一体全体どういった了見だセイガ・クラーク」

 あからさまに、初めて聞くような不快感を込められた声でセイガ様の名前が呼ばれる。

 その瞬間、確実に部屋の温度が数度、下がった。

 その感情を向けられていない私ですら、背筋が粟立つのを感じる。

「も、申し訳ありません! すぐに下げます! ネリネ! 君もお義母さんと一緒に外に出るんだ! 今すぐに!」

 セイガ様は聞いたこともないくらいに声を粗げて、放心しているネリネの腕を掴んで引っ張る。

「ハクト様! お怪我はっ……」

 それを見て身体の硬直が解けた私は慌ててハクト様の身体に触れる。

 ワインボトルを身体で受けたのだ、普通なら小さな怪我では済まないだろう。

 だけどハクト様の身体には特に外傷は見当たらなくて

「私は問題ない、龍の皮膚はあれぐらいで切れたりしない、それよりも君は……その傷は……」

 ハクト様はそう言って使いの人から受け取ったタオルで身体を拭き始めたけれど、私の腕に視線を移した途端に表情が険しくなる。

「あ、破片で少しだけ切ったみたいですけどそんなに大きな傷では……」

 大きな傷ではないから大丈夫、そんな言葉は彼の纏う空気の変化を前に言葉になることはなかった。

「……もう、誰もこの部屋を出る必要はない、お前達は、許されないことをした、覚悟は出来ているか?」

 ぽつり、ぽつりとハクト様の口から溢れる言葉はまるで呪詛でも込められているようにどろどろとしていて重い。

 誰も、口を開けない。

 口を開いた瞬間に自分の喉が引き裂かれ死にも直結するかもしれない、そんな想像が容易く出来てしまうくらいには、部屋中が殺気に飲み込まれていた。

「ハクト様! お控えください!」

「下がっていろ、お前もまだ死にたくはないだろう」

「っ……」

 そんな中使いの人の中でも年配の男性が止めようと声を上げた。

 だけど、それすらも一声の元に一蹴して、黙らせてしまう。

 その物言いはあきらかにいつものハクト様ではなかった。

「お前達は龍の逆鱗に触れたのだ、この場に居合わせたものは皆、私が直々に喰い殺す」

「ハクト……様……」

 ミシミシと音をたてながらハクト様の身体がどんどんと様変わりしていく様子に私は名前を呼ぶことしか出来ない。

 生きてきて初めて、龍本来の姿を見た。

 それはおとぎ話に出てくるようなメルヘンなものではなく、驚くように純白なのに見るもの全てを威圧するような、そんな荘厳……という言葉すらも通り越してしまうような恐怖をただ形にして、空気を、纏っていた。

「まずは、お前からだっ……」

「ひっ……!!」

 真っ先にターゲットになったのは母だった。

 母に向けてハクト様が牙を向く。

「……っ、だめです! ハクト様!!」

 その瞬間、私は三メートルはあるであろう龍の姿になったハクト様の足に、抱きついて叫んでいた。

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