13話 知りたいこと、避けられないこと
ハクト様に連れられて入った部屋はハクト様の書斎だった。
初めて足を踏み入れたけど手入れがよく行き届いていて、広すぎずよくくつろげそうな部屋だった。
「まずは君から話してくれるか? 何が聞きたい?」
ハクト様は私がソファに座るのを待ってから顎に手をあててそう問いかけてくる。
話しやすいようにしてくれているのかいつもよりすこしだけ纏っている空気が優しい気がした。
「……なんで、仕事について詳しく教えてはくれなかったんですか?」
ここまで来たらもう話すしかない。
私はずっと気になっていたそれを真っ先に聞く。
「仕事……マシロが話したか」
「話していただけていればハクト様がどうしてずっと忙しなくされているのか理解が出来ました」
珍しく苦虫を噛み潰したように少しだけ表情を変化させたハクト様に私は自分の気持ちを偽ることなく伝える。
今、この国は隣国と戦争をしている。
だから、国軍の大将で尚且つ前線に出るような人なら忙しいのも当たり前で、命をずっと危険に去らしているのもまた、紛れもない事実だった。
「……白夜の龍帝という名前は聞いたことがあるだろう」
「……はい」
さっき、マシロ様も言ったその名前。
ここで知らないと嘘を吐いても仕方ないので私は頷く。
「私は、良く思っていないんだ、出来ることなら戦いなどせずに話し合いで解決させたい、白夜の龍帝などと呼ばれて戦場で恐れられるのは……本意ではない、ただ、長兄だから、力が強いから、龍だから、それだけの理由で今の仕事をしているようなものだ、だから……あまり知っては欲しくなかった、怖いだろう、そんな人殺しが夫だなんて……」
「っ……そんなこと、思いません!」
自嘲的に言い放つハクト様に私は食いぎみに否定する。
「スミレさん……」
「私の内心を見てくれたハクト様のことを周りからの評価だけで恐れたり、そういうことは、したくないし私はしません、だから、あなたの口から聞けて嬉しかったです」
呆けたようにこちらを見るハクト様に私は自分の気持ちを吐露する。
内心、とはいっても心の色なんていう本当に内心だけどそれを見て私を選んでくれた人。
呪われた身の私が困っていたら龍という身分でありながらなんの迷いもなく助けてくれた人。
そんな優しい人をどうすれば恐れられるのだろうか。
それを伝えたかったけど、口下手な私にはこれが限界で
「そ、うか……そういうもの、だろうか……」
そう溢すハクト様にちゃんと伝わっていることをただ、願うだけだ。
「……それから、確かに私は病気を患っていますがあそこまで気にしていただく必要はありません、軽いことくらいなら私でも出来ます、もう少し何かさせてください、全て使いの人がしてくれるのはすこしだけ、居たたまれないです、避けられてるみたいなのは仕方ないと思いますか……」
私はその勢いのままもうひとつ、気になっていることを伝える。
ハクト様が気にしなくても使いの人達まで私が呪われていることを気にするな、なんてことは言えない。
だから避けられているのは、仕方ない。
「……君の家も大きな家ではあるが普段の扱いを思うにそう考えるのは分かるが、家の仕事は基本は召し使いのすることだ、だから君が無理にする必要は本当にない、あと、君が避けられているわけではないからそこは安心していい、怖がられているんだよ、私がね、感情のない白夜の龍帝だから」
だけど、ハクト様から返ってきたのはそれよりも辛い現実だった。
「……そ、んなことは」
私は返答に詰まる。
確かに家の諸々をするのはその家に使えている人の仕事、それは分かる。
我が家が少しだけ特殊だったということも。
私がそれに慣れてしまって感覚がおかしくなっていることだって。
でも、家の人にまでハクト様が恐れられているのは、少しだけ悲しくなってしまう事実だ。
「ああ、気にしないでいい、慣れているから」
だけどそれでもハクト様は特に表情を崩すこともなくただそう言ってのける。
きっと、そう言うことにも慣れてしまっているのだろう。
「……たまには私にもご飯を作らせてください、こう見えて腕はたしかですから」
辛いとか、悲しいとか、そんなありきたりで同情的な言葉を返してもきっとハクト様の望む言葉ではない。
だから私はただ、それだけ言って握りこぶしを作ってみせる。
実際に料理は得意なほうだけど、こんなことを言い出したのは私が明るく努めれば、ハクト様も楽しくなってくれるんじゃないかと、私が笑っていれば笑ってくれるんじゃないかと、思ったからだ。
「……そうか、じゃあたまには頼もうかな」
だけどハクト様はそれでも表情を変えることはなかった。
でも、纏う空気は少しだけ暖かくなったような気がして、自分の驕りかもしれないけど、そうだったら嬉しいと思った。
「さて、他に聞きたいことは?」
「あとは……感情の訓練……? マシロ様とも話していましたがあれはなんのことなんですか」
ハクト様から促されて私はもうひとつ、気になっていたことがあったことを思い出す。
マシロ様と話していた時以外にも何度かそれに類似した言葉をハクト様が口にしたことがある。
だけど私はそれまで感情の訓練なんて聞いたことがなかった。
「ああ、あれも特にたいしたことじゃない、龍の力は感情に強く作用するから幼少の頃から感情を制御できるように特殊な訓練を受ける、私のように力が強ければより厳しい訓練を受けなければいけないが、マシロはそこまで力が強くないから逆にそこまでの訓練を受ける必要がない、それだけの話だ」
「そうなんですね……」
ハクト様の言葉はやっぱり淡々としていたけど、その理由が今、少しだけ分かったような気がした。
もし、普段の無表情もその訓練の影響だったとしたら、それはあまりにも辛い訓練のように思ってしまうのは私が人間だからだろうか。
少なくともマシロ様は特に何も思っていないようだったしハクト様も気にした様子を見せたことはない。
「さてと、じゃあ次は私の話をしてもいいか?」
「はい……」
そしてやはり今回も全く気にした様子は見せずに次の話へと進もうとするから、私も促すことしか出来なかった。
「先刻、スミレさん、君の生家から言付けを預かった」
「っ……」
ハクト様の言葉に息を飲む。
今度焦るのは、私の番だった。
「セイガ・クラークがクラーク家として個人的に祝いの席を設けたいから来ないか、という話だ、勿論断れるが、まずは君がどうしたいか聞こうと思ってな」
「……」
大々的な祝いの場を設けることは出来ない、だが同じ龍の仲間がただその家だけで祝うというのであれば確かに大々的ではないから可能なのだろう。
そして、この誘いの一番奥に待ち受けているものもきっと私の思っている人で合っている。
「勿論無理して行く必要はない、クラーク家は蒼龍の中では上位の家だがそれを断る力が白龍にはある」
「……いえ、行きます」
ハクト様が私を思って行ってくれているということは重々理解していた。
それでも、私は行くことを選んだ。
とある、理由から。
「……本気で行っているんだな?」
ハクト様は念を押すように確認してくる。
だから私は
「はい、これでもし何かあるようなら……終わりにしましょう、本当の意味で」
自身が本気であることを、ただ淡々と伝えた。