12話 白龍の弟
「は? 出来ない、今、ボクの言葉断ったの? 聞き間違いじゃないよね?」
私の否定を聞いたマシロ様は自分の耳を疑うように耳に手をあてながら大袈裟な挙動で聞き返してくる。
所作が大きいのは、癖だろうか。
「そう、なりますね」
一瞬そんなことを考えたけど、目の前の圧に負けて何とか返事をする。
「……ちょっと、自分の立場よく分かってないんじゃないキミ」
「っ……」
瞬間、明らかにマシロ様の纏う空気が変わったのが分かった。
肌がビリビリして、脳が警笛を鳴らしながら痛みすら感じる程の威圧感、龍の逆鱗に触れるべからず、昔から言われてきた言葉、今それを、私は肌で感じている。
「キミは確かにこのウォード家に長兄の嫁として迎え入れられたけどただの人間であることに代わりないよね、そんなやつが……白龍の言葉を断るの? 人間が、龍の言葉を」
ハクト様やセイガ様の行動や言動を身近で見てきたせいで龍という存在が基本はプライドの高い生き物である、ということを決して失念していたわけではない。
ただ、少しだけ甘く見ていたのは事実だ、だけどもし甘く見ていなかったとしても私の返事は変わらなかっただろう。
「……た、確かに私は人間で、あなたは龍かもしれませんけど、ここに来るという選択は私が初めて自分でした決断です、曲げることは出来ません」
そう、父が亡くなってから、病気を発症してから私は自分で決断することを止め、制限されてきた。
そんな中でこの選択は、自分でちゃんと選んだ選択だ。
誰に何を言われようとそれを覆すことはしたくない。
「……それに」
「それに……?」
「私はハクト様の嫁、ということはあなたは私の弟です、龍だとか、人間だとか、そういう以前に」
こんなことを言えば最悪殺されるかもしれない、そう脳内では思いながらも私はしっかりとマシロ様の瞳から目を離さずに伝える。
身分は全く違うかもしれないけど一応、今は私とマシロ様は義姉弟という関係性。
人間が龍に逆らったわけではない、姉が弟に苦言を呈した、その関係性であればもしかしたら彼の逆鱗には触れないかもしれないというある種の賭けでもあった。
「……は?」
「……」
一言、小さくそれだけ溢したマシロ様を不安と希望をない交ぜにした感情で見守る。
「何それ、そんなとんでも理論してくるやつ初めて見たー、え、ちょっと面白いかも、ねぇねぇねぇ、兄さんのどこが好きになったの? 出会いは?」
「……えっと」
くつくつと堪えるように笑いながら途端に親密な感じでマシロ様は私の肩を叩きながらハクト様との馴れ初めを聞き始める。
だけど残念なことに語れる程の出会いも何も持ち合わせてはいない。
「兄さんボクには色々教えてくれないからさー、せっかくなら兄さんのあんなところやこんなところボクに教えてよー、ね? 姉さん」
「あ、えっと……その……」
「マシロ、そこまでにしておけ」
変わり身の速さに軽く驚きながらも殺されることもなく、なんなら少しだけ気に入ってもらえたようで安心はした。
安心はしたけど急遽始められた質問責めに焦っていればよく響く低い声がそれを遮るように響き渡る。
「ハクト様……」
振り替えればすぐそこにハクト様がいて、今は昼過ぎ、こんな時間に家にいるのは珍しいので軽く驚いてしまう。
「あ、兄さんお帰り! 久しぶりー! 今回の戦はどうだった? 何人敵殺した?」
ハクト様視認した瞬間マシロ様はハクト様のほうへと飛んでいって私にしていたように質問責めを開始する。
マシロ様のこれは見ているに癖かもしれない。
「……いつも通り変わらずだ、それよりもお前はもう少し感情の制御を覚えるべきだ」
「兄さんみたいに力強くないからボクは大丈夫だってー、今も全く支障出てないし」
「……スミレさんに何もしてないな?」
「してないしてない! むしろこれからボクの知らない兄さんを教えてもらって、姉さんには姉さんの知らない兄さんのことを教えてあげる予定ー」
二人のやり取りを側で見ていて仲のよさをひしひしと感じとる。
どちらかと言えばマシロ様がハクト様にとても懐いている、そんな感じ。
私とネリネとは大違いなそれは、微笑ましいけどすこしだけ、羨ましい。
「……はぁ、お前はこれから仕事だろう、早く行け、それに……彼女が私について知りたいことがあるなら私から直々に話をするからお前からのリークは必要ない、というか姉さんってなんだ一体……」
「りょうかーい、んじゃボク行くけどまた話そうねー」
困ったように言うハクト様にマシロ様は頷くと、一度こちらに向かってひらひらと手を振ってからマシロ様は颯爽と去っていってしまった。
何か、龍としてのプライドは高いみたいだけどどこか龍らしくない天真爛漫で嵐のような人だった。
「……マシロに何か言われたりされなかったか? あいつは感情の訓練もそんなに受けていないしよく必要のないことを言うことがある、気になるようなことを言っていれば私から注意しておく」
心配しているのか私の様子を伺うハクト様からまた、感情、という言葉が口をついて出る。
「……いえ、別に変なことは言われてませんから大丈夫です、ただ……」
殺気は向けられたけどそれも一瞬のことで、それに私はマシロ様、彼の性格を決して嫌いだとは思わなかった。
だからわざわざ人間云々なんて部分を伝える必要はない、そう判断してその部分ははしょることにする。
だけど
「ただ?」
「……教えてもらえることがあるなら、聞きたいことがたくさん、あります」
答えてもらえるなら聞きたいことは沢山あるしなんなら増えたくらいだ。
それはしっかりとハクト様に伝える。
ハクト様本人が私の知りたいことには自分で答えると仰ってくださったのだからそのチャンスを不意にはしたくない。
「……分かった、私からも話があったところだ、取り敢えず場所を移そうか」
ハクト様はそんな私を見てそれだけ言うと、早々に歩きだした。




