10話 なにもしなくていい
「ご馳走さまでした……」
私は一人呟くと早々に席を立つ。
ハクト様の元に嫁いで少し、ハクト様は多忙なようでほとんど家にはいらっしゃらなかった。
朝ごはんも、昼食も、夜ごはんも、大抵は一人でこうして済ますだけ。
実家にいた頃から食事は基本的に一人だったけど、何故かその頃よりも少しだけ寂しく感じてしまう。
この家の使いの人達は右手のせいなのか私とあまり交流しようとはしないし、余計に寂しさはつのる一方だった。
「これも、終わっちゃったしなぁ」
私はいつも肌身離さず持っているスミレの砂糖漬けが入っていた缶を何度か振ってみるけど中に何も入っていない缶から音がすることはない。
「……」
ハクト様のお仕事に関してははっきり言って分からないことのほうが多い。
国軍の大将をしている、それしか聞いていないし聞こうとしてもそっと話を逸らされてしまう。
だからきっとハクト様からしたら話したくないことなのだろうと突っ込むことも出来ずに時間だけが過ぎていく。
家にいた頃は何かとやらないといけないことがあって動かしずらい身体を酷使していたけどこの家に来てからは家のことなどする必要はないとそう言って何もやらせてもらえなくなった。
そもそも手伝うと言っても遠巻きに使いの人にも断られてしまう始末。
身体にはそのほうがいいのかもしれない、あの家よりも全然境遇はいいのも確か。
だけど、ハクト様と話をすることもご飯を一緒にすることもほとんどなく、仕事のことも家のことすらもほとんど把握していないなんてはたしてそれは妻と言えるのだろうか、そんな疑問が最近は頭の中の大半を占めていた。
「あっ……」
ダイニングルームから自分の部屋に戻る途中、そんなことを悶々と考えていればふと、身体が重くなった。
発作だ、そう思ったときには時既に遅くグラリと大きく体制を崩す。
だけどそのまま倒れることはなく、誰かの手によって身体は支えられていた。
「あ、ありがとうございます……ハク、ト……様……じゃない……」
一瞬、顔を見た瞬間はハクト様かと思った。
でも、違う。
白髪も銀色の瞳もよく似ているけど違うその人に、私はその日初めて会った。
そして
「うっわ、こんなとこで倒れるとかどんくさー」
初めて会った筈のその人に、愚弄されていた。