教室で交わす取引
放課後。教室には、たけるひとりだけ。
(……本当は、こんなことしたくない。でも仕方ない)
たけるは小さくため息をついた。
その数秒後、教室のドアが開き、女子が一人入ってきた。
彼女の名前は朝宮涼香。学級委員で、たけるの保育園時代からの幼なじみだ。
「待った?」
「いや、大丈夫」
「下駄箱に手紙なんて、ラブレターかと思っちゃった。ふふっ」
「笑うなよ……」
たけるはポリポリ頭をかいた。
「で? 放課後に教室って、なに? 愛の告白?」
「ち、違う! 全然違うから!」
たけるは思わず立ち上がった。
「投票のことで、頼みがあってさ」
「投票? ああ、金曜の体育のね。私はどっちでもいいけど」
「だったらサッカーに入れてくれ。それと、周りの女子にもそう言ってくれ」
「なんで私がそんなことしなきゃいけないの~?」
「だってお前……ボスだろ」
たけるの言葉に、涼香はニヤリと笑った。
涼香は美人で、学級委員。クラスの女子たちの頂点に立つ存在だ。
彼女が右を向けば、女子たちも右を向く。そんな影響力がある。
「ボスだなんて、照れる~」
「お願いだ、サッカーに入れてくれ……頼む!」
たけるは深々と頭を下げた。
「ははは……まさか、タダで頼むつもりじゃないよね?」
急に冷たくなった涼香の口調に、たけるはため息をついたまま頭を上げられない。
(やっぱり、そうなるか……)
「私、給食のデザートが大好きなんだ♪」
声色は明るく戻ったが、その言葉には妙な重みがあった。
「わかった。明日の給食のゼリー、あげる」
「え~、それだけ?」
涼香は両手を肩の高さまで持ち上げ、首をかしげた。
「……来週のケーキもあげよう」
「もっと!」
「……じゃあ、向こう1ヶ月のデザート、全部やる!」
言った瞬間、たけるは自分の口を押さえた。
本当にそこまでしていいのか? デザートを――1ヶ月分も?
訂正しようと口を開きかけたその時、
「交渉成立ね」
先に口を開いたのは、涼香だった。
「じゃあ、またね!」
そう言って、涼香は軽く手を振りながら背を向けた。
教室のドアに向かって歩き出す。
そのわずか数秒の間に、たけるの頭はぐるぐると回転していた。
(一ヶ月分のデザートを差し出すなんて、さすがに代償がデカすぎる……)
だったら――
(だったら……どうする?)
(そうだ、権蔵だ。あいつが暴走しない方法さえ見つければ……!)
たけるの脳内に電流が走る。
(あっ……そうか!)
「待って、涼香!」
たけるは思わず声を張り上げ、涼香の背中に向かって駆け寄った。
「えっ、なに?」
涼香は足を止めて、首をかしげた。
たけるは息を整えながら、小声で何かを打ち明ける。
「え~、それって私がやるの?めんどくさいんですけど~」
「頼む! 一ヶ月のデザートが手に入ると思えば、安いもんだろ?」
そう言って、たけるは勢いよく頭を下げた。
涼香はその様子に小さくため息をつき、肩をすくめて答えた。
「はぁ……分かったわよ」