権蔵、動く
次の日、木曜日
たけるは裏工作を進めた。
例えば廊下を走り回ることが好きな佐山与平にはサッカーだと動き回れてソフトボールだと待ち時間つまらないぞって提案し
算数が苦手な原沢としきには佐太郎と同じように宿題のプリントを代わりにすることを条件にサッカーに投票させることにした。
(ふう、順調だな)
思わず笑みがこぼれる。
これならサッカー派が逆転できるかもしれない。
だが事態は急変する。
昼休みの終わりが近づいたころ、突然、教室のドアがガラリと開いた。
「男子は体育館裏に集合だッ!!」
ドスのきいた声が響く。
(げっ、あの声は……)
たけるは嫌な予感がして立ち上がる。声の主は――権田山権蔵。
野球クラブの主将で、クラスのガキ大将だ。
体はでかく、声はでかく、態度はもっとでかい。
怒らせると怖いが、逆らうともっと怖い。
体育館裏には、すでに男子十数人が集まっていた。
そしてその中央に、腕を組んで立っていたのは、やはり権蔵だった。
「お前ら、明日の体育の投票、ソフトボールに入れろ。……いいな?」
ざわっ、と空気が揺れる。
「え、なんで?」
「なにそれ、強制?」
質問が飛ぶが、権蔵は顔ひとつ動かさずに言った。
「野球クラブとしての誇りってもんがある。サッカーなんぞに負けてたまるか。
投票でソフトボールが負けたら、俺は……キレるぞ」
その一言で、場の空気が凍った。
(まずい……)
遠くから見ていたたけるの背中に冷たい汗がつたう。
(このままじゃ……オレの裏工作、全部パーじゃねぇか!)
せっかく仲間をひとりずつ説得してきたのに。
――それが、たった一言でひっくり返されようとしている。
(どうする……?)
たけるはその場で立ち尽くした。