裏工作始めます!
「では投票結果を発表します!」
教壇の上に立つ学級委員の声が響くと、席に座る伊坂たけるは窓の方に視線を向けた。
空には雲がぽつんぽつんとある。
(やれることはやった。俺は頑張った)
たけるはふっと笑った。
「ソフトボール1票、サッカー1票、ソフトボール1票……」
学級委員が投票箱から票を取り出して数え始める。
教室内に響くその声を聞きながらたけるはこの3日間の激闘を思い返した。
始まりは火曜日の朝。体育の授業の終わりに担任の福崎まさるがとんでもないことを言い出した。
「金曜日の体育、サッカーかソフトボールどっちにするか迷うわ。投票で決めよか!」
先生のそう言いはなった一言に児童の間に戦慄が走った。
金曜の体育は特別だ。月曜と火曜にも体育はあるが1時間しかない。だが金曜日は5、6時間目と2時間ある。
それだけじゃない、金曜の体育には大きな意味がある。
彼ら、彼女らは憂鬱な1週間をやり抜いたご褒美として金曜の体育があるのだ。
その体育の内容が投票で決まる。尋常じゃない状況となったのだ。
たけるは地元の野球クラブに所属。だから普通ならソフトボールに投票する。だが話はそんな単純ではなかった。
野球クラブは水曜、土曜日に練習。日曜に練習試合がある。
クラブ監督は昭和感丸出しのおっさんで
むやみやたらと何百回もノックをし、ミスをすれば罰走が待っていた。
ノックもきついが素振りのほうがもっときつい。練習では1日1000回がノルマだった。チームメートが一斉に声を出し数えながらするのだが、声が小さければやり直し、フォームが間違ってる(監督基準で)場合もやり直しとなっていた。
故にたけるは練習以外でバットやボール、グローブは見たくない、そんな心境になっていた。
(だから絶対にサッカーだ)
たけるは先生の一言でざわめく周囲を見渡しながら右手の拳をぎゅっと握りしめた。
中間休み、たけるは隣の席で机に突っ伏して眠る友人の浅井佐太郎の肩をたたいた。
「なんだよ。起こすなよ」
佐太郎は大きなあくびと一緒に両手を挙げて背筋を思い切り伸ばした。
「顔の広いお前に頼む。聞いてくれ」
たけるは真剣な眼差しで佐太郎を見た。
「何を?」
「体育、どっちを選ぶか、だよ」
「えーめんどくさい」
「分かった…」
たけるは一拍置いた。
「明日提出の算数のプリント、お前の分もやってやる」
「うーん、じゃ、聞きに行きますか!」
佐太郎は椅子から立ちあがり、移動を始めた。
たけるにとって算数のプリントを代わりにやるのはそこまで苦ではない。自分の答えを写したら良いだけだからだ。
3時間目、4時間目、そして給食を終え昼休みが過ぎた頃
佐太郎は教室に戻り自分の席にどさりと腰を下ろした。
「で、どうだった?」
たけるは佐太郎に聞いた。
「そうだなぁ…答えを濁す奴も多かったけど全体の印象だと、ソフトボールが多そうだな。なんと言っても野球やってる奴がお前以外に5人もいるからな」
クラスの人数は男子15人、女子15人の合計30人。そのうちサッカーをしてる奴はいない。対して野球はたける以外で男子5人。
たかが5人、されど5人だ。大きなアドバンテージだ。
「その野球5人衆は他の子にソフトボールに入れるよう言ってまわってるぞ」
この5人はたけるとは別の野球クラブに所属している。だからたけるのように野球が苦でサッカーを選ぶわけではないようだ。
「そうか、まずいな……」
「お前、ソフトボールやりたくないんか?」
「ああ、そうだ、実は」
たけるはサッカーに票を入れる理由を伝えた。
「そうか、そんな昭和な監督がいるんだな。今時珍しいな」
「ああ」
「じゃあ俺はサッカーに入れてやるよ」
「ありがとう、助かる」
放課後、家に帰ったたけるは自分の部屋のベットにダイブしてあお向けになった。
(このまま座して死を待って良いものなのか。ソフトボールを甘んじて受け入れて良いのか)
たけるはため息をつき、目を閉じた。
(いや、良いわけない)
目を開け、たけるはベットから体を起こす。
勉強机の椅子に座り、ランドセルから自由帳を取り出し、何かを書き出した。
(俺の強みは顔の広い友人がいること。あいつから、クラスの人の性格や好きなこと、嫌いなことなどいろいろと聞いている。それを生かすぞ)
たけるは夕飯になるまで鉛筆の手を止めることはなかった。
その日の夜、”調略対象リスト”をたけるは書き上げた。