生徒会vs異世界勇者
「普通の高校生として暮らす」
それが、天城レオンの目標だった。
異世界から転生してきた? いやいやそんなの関係ない。ここは魔王も勇者もいない、平和な学園。能力なんて使わず静かに過ごせる理想の場所。
そんなわけで、レオンは転校生としてこの学園にやってきた。
「えー、新しく転校してきた天城レオンくんです。皆さん仲良くしてあげてくださいね」
担任の先生がそう紹介すると、クラスメートたちの視線が一斉にレオンへと向けられる。程よく地味な立ち位置をキープするため、無難な自己紹介を選ぶのがポイントだ。
「天城レオンです。えー……特に趣味とかはないです。よろしく」
簡潔で目立たない完璧な自己紹介。クラスメートも、「ふーん」くらいの反応で流してくれた。このまま、静かに高校生活を送ることができれば。
「ねえねえ、天城くんってどこから転校してきたの?」
隣の席の女子生徒が興味津々な様子で話しかけてくる。苦虫をかみつぶした表情になりかけたところで勇者時代に培った表情筋で無理やり笑顔を作る
「えーっと……すごく田舎の方」
「へぇー。運動とか得意そうだけど、部活とかやってた?」
「いや、全然」
(向こうでは剣術も魔法もやってたけど、絶対に言わない……)
あれこれ質問攻めにされながらも、レオンは慎重に「普通」を演じ続けた。目立たず、波風を立てず、ただの転校生として学園生活を送る。そのはずだった――
第一の事件:ロッカー救出事件
ガタガタッ!
放課後の教室で、じゃれていた男子がロッカーにぶつかり、ギィと傾く音が響く。隣の席の女子生徒が「きゃっ!」と悲鳴を上げた瞬間、レオンの体は勝手に動いた。
気づけば、彼女を抱き、倒れかけたロッカーを片手で支えていた。
「……え?」
呆然とする教室。
「……いや、えっと、反射神経がすごい良いみたい…?」
全員の視線がレオンに集中する。冷や汗が止まらない。
第二の事件:購買の神業回避
翌日の昼休み――。
購買は毎日生存競争の激戦区だった。人気のパンは数分で売り切れるため、戦場と化した購買部に生徒たちは押し寄せる。
(よし、今日は普通に行動するぞ……!)
そう思いながら、レオンは昼食を手に入れるべく購買へ向かったが、その読みが完全に甘かったと思い知る。
「うおおおお!! メロンパンのためなら死ねる!!」
「そのカレーパンは俺のだァァ!!」
「放せ!それは俺が先に手を出したもんだ!!」
生徒たちが叫びながらぶつかり合い、まるで戦場のような光景が広がっている。レオンは絶望した。
(こんな世界だったのか、購買……!)
まともに並んでいたら、目当てのパンなど手に入らない。だが、昼飯なしの高校生活なんてありえない。
(……仕方ない、行くか)
次の瞬間、レオンの体が流れる水のようにしなやかに動いた。
生徒たちがひしめき合う中、まるで水のようにスルスルと間をすり抜け、誰ともぶつかることなく進んでいく。右から伸びてきた手を華麗にかわし、前の生徒の隙間にスッと入り込む。
パンを巡って争う生徒たちの合間を縫うように、完璧な足さばきで前へ進むレオン。そのまま購買の最前まで進み、焼きそばパンを取ると料金をトレーにおいて、人混みを抜ける。
「……え?」
周囲の生徒たちは、レオンの動きを目で追うことすらできず、気づけば最後の焼きそばパンがなくなり、トレーに金だけが置かれているという認識だった。
「おい…誰が焼きそばパン持って行ったか見たか?」
「いうあ、わからねぇ…。て、おい天城が焼きそばパン持ってるぞ!?」
「えっ、天城……いつの間に……?」
「いやいや、絶対おかしいだろ! さっきまで俺の横にいたのになんでパン持ってんだ!?」
ざわつく生徒に気づかず呑気に椅子に座りパンを頬張る。レオンを見て、生徒の間には確かな違和感が広がっていた。
第三の事件:掃除中に能力発動?
放課後の掃除時間。レオンは雑巾がけをしながら「いかに普通を装うか」について考えていた。その時。
「うわっ!?」
バケツの水を持っていた男子がバランスを崩し、勢いよく水が倒れる。バケツの前には女子生徒。かかれば全身びしょ濡れ確定だ。
「やばい……!」
次の瞬間。
レオンは無意識に能力を発動し、空中で無造作に広がる水をすべてバケツの中に戻すと、手を伸ばしてキャッチ。寸前で水の被害を防いでいた。
「…………」
静寂。
「いや、待て待て待て待て!!! お前今、バケツの水止めた!? 絶対無理な動きだったぞ!?」
「え、いや…なんかちょうど入ってくれたみたいだね…?」
「 絶対に物理的におかしいよね!?」
こうして、クラスの中に「天城レオン、何かおかしくね?」という疑念が、着実に広がっていくのだった。
手に持つ資料をぱたりと閉じる女子生徒。
「このように、転校生天城レオンの周辺で何かしらの事件が起きています。そして最後に彼の異常さを決定づける事件ですが、これは会長の耳にも届いているかと」
「体育力測定で全種目世界記録大幅更新、ね…」
生徒会室の奥、窓際に立ちながら報告書に目を通す少女がいた。
生徒会長・氷室玲香。
完璧主義者であり、冷徹な判断力を持つこの学園の支配者。美しい黒髪ロングをなびかせながら、書類に視線を落とす。
「天城レオン……購買での不可解な動き、ロッカーを片手で支えた怪力、そして異常な反射神経。どれも気になるわね」
玲香の前に立っているのは生徒会副会長・霧島朱音。彼女は玲香の右腕として、学園内の情報収集を担当していた。
「彼は一体何者なんでしょうか」
「判断するには情報が少なすぎるわね…」
玲香は書類をそっと閉じる。
「霧島、副会長としての意見を聞かせて」
玲香が静かに問うと、朱音は少し考え込んだ後、口を開いた。
「彼の行動は確かに異常ですが、決定的な証拠には欠けます。しかし……確実に何かを隠しているのは間違いありません」
玲香は静かに頷く。
「なら、確かめるしかないわね。天城レオンを生徒会室に呼びましょう」
玲香のその一言で、ついに生徒会は動き出した。
翌日。
レオンはいつも通り、「普通の高校生」を演じながら教室で過ごしていたが、なんとなく周囲からの好奇の目を向けられていることに気づく。
「天城レオンくん、ちょっといい?」
不意に教室の入り口から声がかかった。
声のしたほうを見ると、そこには生徒会副会長・霧島朱音が立っていた。
「生徒会室まで来てもらえる?」
クラスが一気にざわつく。
「生徒会」それは、廃れ行く学校を僅か2年間で立て直し、「学園の平穏を守り抜く」ことを公約に、校則にまで改正し徹底的に悪を許さない。この学園において「絶対的な権力」を持つ存在。彼らに呼び出されるということは、何か重大な問題を抱えていることを意味する。
(……やばい)
レオンの脳裏に、危険信号が鳴り響く。
(生徒会に目をつけられるとか、普通の高校生としては致命的か?)
しかし、今さら断ることはできない。仕方なく、レオンは重い足取りで生徒会室へと向かうのだった。
生徒会室の扉をくぐると、その部屋は静寂が支配していた。広々とした室内の奥、長い机の向こう側に座る少女氷室玲香が、鋭い眼差しでレオンを見つめていた。
「天城レオンくん、座って」
玲香の冷静な声に、レオンは軽く頭を下げて椅子に腰を下ろす。
「それで? 俺が何か?」
「ええ。いくつか、確認したいことがあるの」
玲香はレオンの前に書類を並べる。購買での異常な動き、ロッカーの件、その他の細かな目撃証言。
「君の行動は、どう考えても普通の高校生とは思えないわ」
玲香の鋭い視線がレオンを貫く。レオンは何とか普通の人間を装おうとするが、玲香の尋問はさらに鋭さを増していく。
「君、本当に普通の人間なの?」」
「俺は…」
生徒会室の静寂の中、レオンは観念したように口を開いた。
「……信じてもらえないかもしれないけど、俺は、異世界から来た勇者なんだ」
「勇者……?」
玲香の目が鋭く光る。
「そう。異世界で魔王を倒して、平和を取り戻して……そのあと神様にのんびり暮らしたいっていう願いを叶えてもらったんだ」
レオンは肩をすくめる。
「俺は、もう戦いたくないんだ。ただ、普通の高校生としてのんびり暮らしたいだけなんだよ」
玲香はじっとレオンを見つめる。
「……のんびり暮らしたい、ね」
玲香は静かに目を閉じ、思案する。
「ならば、生徒会としてできることはひとつ」
レオンが警戒した視線を向ける中、玲香は微笑みながら言った。
「私たち生徒会が、あなたの普通の高校生生活を保証するわ。その代わり、この時代にあった身の振り方をしてくれるかしら?」
「生徒会がかかわったら余計目立つんじゃ…?」
「ばらすわよ…?」
「え…?」
「あなたが勇者だって、ばらすわよ?」
レオンは思わず息をのむ。
「お前、脅してるのか?」
「いいえ、これは交渉よ。あなたが普通に暮らしたいなら、私たちの管理下にいなさい」
玲香は勝ち誇った表情をしている。
(……完全に詰んでるじゃねえか)
かくして、生徒会と勇者レオンの奇妙な関係が始まるのだった。
レオンと生徒会長が約束を結んで一週間が経過し、会長は約束を守るべく、レオンがなにか異常な行動をとるたびになんとか隠そうとそれはもうあくせく働いていた。
この一週間で生徒会がもみ消したレオンの異常行動は十七。一日約二個の異常行動を引き起こしていた。
「のんびり生活したいならもっと隠せぇぇぇ!!」
眉目秀麗、才色兼備の会長から初めて聞く怒号に、生徒会室は静寂に支配されていた。
「か、会長…?」
「こほん。失礼したわね」
窓を差し込む光を一身に浴びる席から立ち、一度深呼吸をする。
「あいつとはもう一度話し合う必要があるみたいね」と意気揚々と生徒会室を出ようとしたとき、窓の外から耳をつんざくほどの爆発音が聞こえた。
爆風で窓ガラスが割れる。
「きゃああ!」
「みんな伏せて!!」
爆発が収まり、窓の外を確認するとおびただしい数の物語でしか見聞きしたことがないモンスターのようなものや、形容しがたい何かが校舎に向けて進行中だった。
なにか呟いていることに気づいた玲香は耳をそばだてる。
「ゆ…ゃ……ゆう……うしゃ…ゆうしゃ…」
「れ…ん…れお、ん…」
「ゆうしゃ……レオン君…!」
気づいた玲香は、先輩が修学旅行のお土産で買ってきたまま生徒会室に放置してある木刀を片手に駆けだしていた。
自分を奮い立たせるようにつぶやく。
「普通の高校生活は、私が守るわ…」
校舎から出るとモンスターのようなものはかなり近くまで這い寄っていた。
「止まりなさい!!止まらないなら生徒会の権力をもって先生を召喚し突撃させるわよ!」
上の階で指をくわえて見ているだけの先生たちは一斉に肩を揺らすが、モンスター達にその声は届かない。
なおも進み続けるモンスターに玲香も一歩、また一歩と後退を余儀なくされる。
石畳の階段にかかとが触れ、これ以上は生徒に危険が及ぶと感じた玲香は覚悟を決めた。
木刀を正眼に構える。
「私が守る…。私がっ…!」
モンスターが玲香の眼前まで迫り、目をつむりながらもやみくもに木刀を振るうが、簡単に避けられ、モンスターの手が玲香の頬に触れる直前、まぶしい光が玲香を包み込む。
目を開けると、そこには勇者の装いで片手に薄く光り輝く剣を持ったレオンが立っていた。
「遅れちゃってごめんね、会長」
「どうして来たの?あなた、戦いたくないって言ってたじゃない」
「まぁ一応、勇者だし」
レオンが地を蹴る。その瞬間、地面が砕け、音速を超える勢いで魔物の群れに突撃した。魔物が振るった巨大な腕を軽々とかわし、そのまま体を両断する。
何かつぶやいたかと思うと、何かが発動され、近くにいた数十体のモンスターがばらばらになりながら宙を舞う。
瞬間的に移動したかと思うと、その軌跡には細かく切断されたモンスターが血の海を作っていた。
雷や炎、風や氷などの様々な魔法のようなものが飛び交い、モンスターを蹂躙する姿は不謹慎だが花火のように綺麗に思えた。
最後の一体を剣で貫き、血を振り払って鞘にしまう。
勇者の装いが光の粒子となって空に消えると、学生服のレオンが血の海の真ん中で呆然と立っていた。
「レオン君っ!」
「巻き込んでごめんね。俺は勇者として生きていくしかないってわかったよ…。こいつらが通ってきたゲートは、俺があっちに帰った後、責任をもって潰す。だから安心して」
寂しそうな顔でゲートに向かい、歩き出すレオンになんて言葉をかけるべきなのか迷っている玲香は口をパクパクとさせる。
ゲートの直前でこちらを振り返るレオン。
「じゃあね、会長」
ゲートに足を入れかけたその時。
「待って!!あなたはまだ生徒会の管理下にあるわ!勝手に帰るなんて私は許可しません!」
「でも俺がいると、またモンスターがくるかもしれない。それに日常生活でも迷惑をかける」
「こんな派手にやったんだもの。あなたが勇者なのはもうバレてるわよ。それに次モンスターが現れても私が守るわ。今日は、その…初見だったからちょっと手こずっただけ…!」
バシャバシャと血の海を渡り、玲香がレオンのもとまでたどり着く。
「あとあなた。勇者の恰好すごく似合ってないわ」
レオンの顔を指さしながら馬鹿にしたようなにやけ顔で会長は言う。
「勇者なんてやめちゃいなさい」