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追憶の声

作者: 辻永かな

「たす...け...て...。」

いつものことだった。私のグレーのラジカセからはしょっちゅうそんな音が聞こえるのだった。気味が悪いからリビングルームの隅においているというのに、それでも扉一枚隔てた寝室までそれは聞こえてくるのだった。

「うるさい。」

それが聞こえるのは大抵、平日の真夜中だった。なにか私に恨みでもあるのだろうか。かすれたその音はいつも少しずつトーンが違っていて、録音された何かを流しているというわけではなさそうだった。まるで今まさに誰かが作り出した音のように鮮明だった。それは何か別の音をラジカセで流していようがいまいが、お構いなしに聞こえてきた。始めのうちはざっざっといくらか砂嵐が混じった、どこか泣き声混じりのその音は、時間が経つにつれはっきりとしてくるのだった。

いつもだったら気にしないようなことだった。気にしないようにしていることだった。その日は久しぶりに外に出て疲れていたのだった。私は一度ベッドに横たえて重たくなった体をわざわざ起こし、リビングルームまで行った。電気をつけてラジカセに近寄る。

「たすけ...て...。」

いらっとした。かっとなってしまった。いつもいつも邪魔をしてくるそいつが私の堪忍袋の緒を切るには、たったそれだけで十分だった。振り上げた右手がラジカセを思いっきり殴った。右手の甲についた痣が目に入る。がちゃんと何かが壊れるような音がして、しかし音は止まらなかった。むしろ激しくなるばかりだった。

「なんでなんでなんでなんで」

私は今度は右足を振り上げた。運動不足の体がふらつく。がっちゃーんとより嫌な音がした。しかし、やはり音は止まらなかった。涙が溢れて床にぼたぼた落ちていった。私はとにかくこいつを止めなきゃいけないという衝動にかられた。叩けば叩くほど音はうるさくなっていって、私の耳にキーンと響いた。大きくなりすぎた音は、もう殆ど何を言っているか聞き取れなかった。

どれくらい経っただろうか。キッチンから持ってきた鉄製のフライパンによる一撃をお見舞いすると、キーンとなる音を最後にラジカセは何も発さなくなった。気がつくと拳からは血が出ていて、それがラジカセのばらばらになったプラスチックの破片についていた。足にもいくつか痣ができていて、特に弁慶の泣き所にできたものはじんじん傷んだ。

私は少し歪んでしまったフライパンをキッチンに戻し、血まみれになった手を洗面所で洗うと、そのままベッドに潜り込んで再度眠りについた。音が聞こえない夜はひどく静かだった。

翌朝、私はすぐに廃品業者に連絡してこの壊れたラジカセをどうにかこうにか捨てることにした。昨日あんなにボロボロにしたと思っていたラジカセは、思っていたよりボロボロにはなっていなかった。それでもどのボタンを押しても音が鳴らなくなってしまったので、結局のところこれはゴミなのだった。

廃品業者の青年はこんちはーと軽い挨拶で家に入ってきて、ゴミを持ってすぐに帰っていった。制服の帽子から覗いた、色の落ちかけた金髪が印象的だった。粗大ごみがたった一つ部屋からなくなるだけで、この部屋は随分広くなったような気がした。

その日の夜、ひどく静かな中眠りにつくと懐かしい夢を見た。いじめられている女の子が私の目の前で叫ぶ。たすけて。彼女の手の甲につけられた痣は、いつになっても消えないのを私は知っている。たすけて。かすれた声は今もまだ聞き慣れたままだった。あぁそうか。助けてあげられなくてごめんね。私はきっと一生彼女を助けないのだ。それで結構。

目を覚ますとカーテンの隙間から光が差し込んでいた。もう声は聞こえなかった。

はじめまして。

これを純文学と呼んでいいのかは分かりませんが...作者としては芸術性に重きをおいたつもりです。

この物語の解釈はそれぞれにお任せします。どれが正解というものでもないので。

ただ、私が思う解釈は過去にいじめられていた主人公が、ずっと聞こえている「死をもって助けてほしい」という自分自身の声を断ち切る話です。

彼女はいじめられていた経験がトラウマでずっと家に引きこもっています。その日は久しぶりに出た外で何か嫌なことでもあったのでしょうか。また死にたい気持ちが出てきて、彼女はその気持を必死に抑えようとする。「なんでなんでなんでなんで」は過去の彼女がなぜ殺してくれないのだと叫んでいるようにも捉えられますし、今の彼女がどうして死にたくなってしまうんだと怒っているようにも捉えられます。自分自身の死にたい気持ちをラジカセ、粗大ごみに例えて、それがたった一つ無くなっただけで部屋は随分広く、喪失感ともすっきりしたともとれる気持ちが描かれています。最後、「もう声は聞こえなかった」という描写で彼女が負の気持ちを断ち切れたことがわかります。

というのが私の解釈です。

ぜひ他の方の解釈も聞いてみたかったので、投稿しました。

今回は短編ですが、他にこれより長い作品も出来上がっていますので応援していただけると幸いです。

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