神に祈って
———好きだとは、絶対に言わない。
単純で自分に素直なキミが好きだとか、メイテイに言わない。
神は基本嫌いだけどキミは好きだとか、セキラに言わない。
知らない間に自分に目をつけられて、今みたいに不要な心の傷を負ったのだから。
自分の罪のことも言わない。
何をしたかも言わない。
クルエッタの出自の秘密も言わない。
メイテイの出生の秘密も言わない。
セキラがなんで“黒い感情”を持っていたのかも言わない。
どこまで発言が嘘なのかも、どこまで未来で視たことなのかも言わない。
後悔も言わない。
感謝も言わない。
謝罪も言わない。
だってキリがない。
なんて長過ぎる人生だったのだろう。
なんて短過ぎる余生なのだろう。
自分のことを神だと、本当の意味で思ったことは一度もないが、せめて最後はそうでありたかった。
しかしまぁ烏滸がましい。特に彼女には。
だから人間流にアレンジする。
「あぁそうだ、最後にこれを言っておこう」
最後まで演技して。
疲れたことを顔に出さずに、生きたいわけじゃなく、死にたいことを悟らせずに。
ビフェリオは自分の両手のひらを合わせる。
目の前の神様を拝むような形で。
下に居る神様にも届くように祈りを込めて。
「運命がキミのとって良いものでありますように。……心から祈っているよ」
ビフェリオは瞬きをする。
もう2度と瞼を開きはしない。
(あぁでも本当に、生かそうとしてくれることは嬉しかったんだ!)
***
「一体誰に祈ってるのよ。まさか私じゃないでしょう?」
瞼は上がらない。
「他に言うことは無いの」
メイテイはそう尋ねるが、ビフェリオは口を開かなかった。どんなに小さな声でも聞き逃さないように、口元に耳を寄せたが何も聞こえてくることはなかった。
声も、呼吸も。
「私に好きとか言ってくれないの?」
メイテイはビフェリオの想いに気が付いていた。なぜなら彼は表情に出る。セキラが気付く程度のことであれば、メイテイも問題なく気付く。寧ろ乙女の方が察知能力は良いだろう。
今までずっと黙っていた。向こうから言ってくれた方が嬉しいから。しかしそんな気配はない。
彼のシャツに顔を埋めて、勝手に涙を拭かせてもらう。汗の匂いがした。いい匂いは全然しない。暖かくもないし、枕にできる寝心地の良さでもない。
(このまま腐るのね)
それは勿体無いと思った。心底つまらない。
とても、悲しい。
「私、貴方のことが好きよ」
暖かい涙はとめどなく溢れてくる。変色したシャツを力いっぱい掴んで、囁くように言った。
見慣れた顔は目と鼻の先にあって、でも緑の瞳は見えなくて、生気を失った肌が存在感を増している。頬を触っても反応はない。
「中身が好きだと言いたいところだけれど、最初に惹かれたのは見た目よ、見た目。…でも今は中身も好き。頼りになるし、結局私に優しいもの」
突然、あたりは蛍のような光に包まれた。
そう思ったとき、メイテイの体の傷がどんどんと塞がっていく。もちろんこの速度は異常だ。自然治癒の範疇ではない。
“最初の水神”の固有魔法だ。
「貴方は疑うでしょうけど、私は自分の感情の安売りも偽装もしないわ。価値がなくなるもの。全部本当よ」
両手で顔を触って、額をくっつけた。自分の傷が治っていくのを見て、メイテイは願わずには居られない。
(ビフェリオが……生き返りませんように)
超高度な治癒の魔法だが、生物を生き返らせる、死者蘇生の魔法としての方が有名だ。
ところで生物とは何だろうか。
呼吸をしている、代謝がある、あたりだろうが体が機械仕掛けの天使である、ビフェリオは生物に該当しているのだろうか。
【水彩錦】に消された天使が復活していないことや、そもそも彼が目を覚さないことから事実はハッキリとしている。
大粒の雨の中、緑髪の青年は静かに息を引き取った。
彼は未来が視える風神だった。
ただし心は人間で、体は機械で、もう疲れていた。
メイテイは神都を後にした。
空には既に都が見えず、ただ天高く聳える塔があった。
何事もなかったかのように、神は居なくなった。




