人に願って
間一髪でビフェリオは助かったが、セキラは地上へ避難せざるを得なくなってしまった。ビフェリオがかけた魔法により神都は上から消えていっているようで、この小さい大地の安定感はないに等しくなっている。
今ここがどこの土地なのかも分からない。メイテイはビフェリオを背負って必死に落ちないようにしていた。
かなり高度は下がっていて、この高さならメイテイは骨折ぐらいで済むだろうが、虫の息であるビフェリオきは耐えられない衝撃だ。
既にクルエッタから死ぬとは聞かされているが、それを受け入れるメイテイではない。信じれるが、信じたくないのだ。まだまだ彼女は子供である。
「う…」
「起きなさいってば!」
それでも、自分に危害を加えた人を躊躇なく背負っているところを見るにかなり豪胆だ。
「絶対貴方を死なせないわ!」
傲慢かもしれない。
「うるさいなぁ」
ビフェリオは背負われていることにやっと気付いて、メイテイの背中から強引に離れようとした。
「暴れないで、今避難しているの」
ビフェリオはメイテイのことを蹴り、なんとか自分を支える腕から離れようと必死にもがく。しかしなんの効果もないようだった。
正直本当に痛くない。これなら火神の赤子の方が力がある。
(死なせてたまるものですか!運命なんてクソよ!私はもう2度と思い通りになんてなってあげない!)
思い出すのは大樹が燃えると知っていて、止めれなかったときのこと。もう一度それを味わうのは嫌だ。ただその一心で、少しでも安定している場所を探していた。
そんなもの、あるわけないが探していた。
(死なせない…死なせたくない)
土砂降りの雨は冷たくて、背負っているビフェリオの体温も判らずじまい。呼吸しているのかも怪しかった。
少し先も見えない景色の中で、橙の炎は揺らぐ。
(何!?)
明らかに不自然な炎を見て足を止めた。幸いにもここの足場は丈夫なようだ。揺らぐ様子は見せなかった。
「誰、火神の民?もう大丈夫よ。助けるわ、ちょっと待っていて。そっちに———」
炎に向かおうとしたが、ソレとの距離は一向に縮まらない。不審に思い、もう一度声をかけたが反応はなかった。ただ、ギギ、という音が聞こえた。
次に聞こえた音はぴちゃ、と水溜りの上を歩いた音。
暗く冷たい視界の中に入ってきたのは、光るような赤髪を持った、もう長らく会っていない人だった。
「お祖父様…!?死んでしまったはずでは…」
「シッ、内緒、です」
お祖父様———もとい“最初の火神”はビフェリオの胸に指先を当てて、そのまま押し込めた。しかし、出血することはなく、代わりに泥のような黒ずんだ何かを引っ張り出される。
「…がっ、なに、を?」
辛うじて暴れることで意識を保っていたビフェリオだったが、ガックリとその首を項垂れさせた。しかしその呼吸は安定しており、先ほどまでの刺々しい気配はなくなっている。
その泥を少し見て何かを確認できたのか、“最初の火神”は炎の元へ帰ろうとした。
「ま、待って…!」
「ついで、ですから。さようなら」
バタン、と無慈悲に閉まる音がした。ついには炎でさえも跡形もなく、雨に攫われて消えていった。
一体なぜ来たのだろうか。
(もしかして、ビフェリオのために?)
「…すいません」
また出てきた。奥に同じ炎も見える。今度は手に時計を持っていた。
と思ったら、付近の消滅しそびれた天使をひょいひょい炎の中へ放り込む。
いや、そんな消滅していない天使なんていたか?
間違いなくさっきまでいなかった。
なぜいる。魔法か。そうか。
「よし、50体。足りる、でしょう。今度こそ、さよなら」
そうしてまた去っていった。
「何!?なん、何!!??」
———何も分からない。
そういえば、天然ボケを生前よくしていたなと思い出した。頻繁に料理の砂糖と塩を間違えるし、会話中ずっと犬のことを猫と言い間違えて、会話が成り立たないこともあった。
「あぁ、もうなんなの!ちょっとぐらい説明してくださっても良いじゃない!お祖父様ったら…ん?あれ」
落ちかけの神都は、神都は大幅に高度が下がった状態で不自然に静止した。揺れも何もない。
そのあまりの華麗さ、衝撃も感じないことから、物理的なモノではないことが分かる。
間違いなく魔法だ。
(とりあえず神都が落ちなかったってことで良いのかしら?)
良かった。これで神都がペクトに落ちることはない。
しかし、神都の消滅を防ぐ手立てはない。
これを解決する方法は1つだけ。
メイテイは脱力する。
「言葉の綾だと思っていたけれど…違うのね。これがビフェリオが目指していたことなのね」
大樹を見上げると、見上げたはずなのに、そこには何も無かった。消滅している。
これほどまでに平坦な神都は初めて見た。上から徐々に消滅している影響か、建物もその高さに沿って消えていっているので、なんとも不可思議な光景になっていた。
私達の故郷が消えていっている。
背負い続けるのもビフェリオの負担になるので、なるべく平らなところで寝かせることにした。高度はかなり下がったが、着地となるとまだ難易度は高い。
「セキラか…」
ビフェリオは目を覚まして起きあがろうとした。
だが動けない。
あまり体の感覚も無く、視界も正常ではないが、目の前にいる人の表情はハッキリと分かった。
「メイテイ…何で泣くのさ」
暖かい水がビフェリオの頬に当たっている。
「神都が…消えるって、感じちゃったの」
「キミの“直感”はもう無いんじゃないの?」
明らかに見ればわかるそのことに、ビフェリオは無遠慮なことを言った。
「ビフェリオ…!———もしかして、見えてないの?」
「どうりで暗いわけだね。もう大樹は…消滅したんだ。見たかったかもだ」
躊躇なく危害を加えてきたときのビフェリオより、やはりトゲがなくなっていた。恐らくお祖父様がその原因を取り出したのだろう。
「ごめん、メイテイ」
「謝るならこんなことしないで頂戴」
「ごめん…」
弱々しく謝るビフェリオも、そろそろ限界だ。身体にバキバキとヒビが入ってきている。
「魔力不足で、ボクはもう死ぬ。最後に何かあるかい?」
神都の消滅を防ぐ手立ては1つだけ。
それはこの魔法をかけたビフェリオに、魔法を解除してもらうことである。
「私の魔力をあげるから…お願いだから…私達の神都を———」
メイテイも馬鹿ではない。もう理解しているのだ。
神都は再生不可能であると。
目の見えないビフェリオに魔法の解除ができるわけがない。あの大樹を復活させるには、相応の魔力が必要だ。当たり前だが、どの神もそんな魔力は残っていない。セキラがかけた魔法で大樹は浮いているが、いつまで持つか不明だ。
諦めなければいけない。
「いえ、違うわ。神都が理由じゃないの」
なら、1番の望みはなんだ?
メイテイが1番嫌なのはビフェリオが死ぬことだ。
このまま罪を犯した人として、裁かれずに死ぬことだ。
だってそしたら、彼に関する根も葉もない話が広まる。必ず。そんな歪んだ認識の世界で生活したくはない———あぁでもこれも違う!!
どれもこれも理由にするには苦しかった。自分ではないみたいな堅っ苦しさ。そういうのは好きではないのに、真っ当な理由を当て嵌めようとしていた。
また、言葉に詰まる。
「メイテイ?」
ビフェリオは美しい見た目をしていた。死にかけだというのに、割れた部分すらそういう意匠のように感じる。こちらを見えてないはずの、翡翠のような瞳はしっかりとメイテイを見ていた。
服はボロボロ、髪もボサボサ。とても見ていられない。
しかし目が離せない。
「私、ただ貴方に生きててほしいの」
メイテイは力強くビフェリオの手を握って、自身の魔力を流し込もうとした———が、ふと、メイテイは思い出す。それは自分で言ったこと。スレンドに対して言ったことだ。
『本来死ぬべき人を生かすだなんて、そんなこと、絶対にあってはいけないの。仙人という存在もギリギリで許しているのよ』
『どんな理由があっても、どんな必要があっても、生命の死を止めてはいけないの』
まさか自分の首を絞めるとは思わなかった。そしてすぐに延命行為をやめた。
これでいい。これでいいのだ。
こうでなければいけないのだ。
「———なんて…やっぱり何でもないわ」
「嫌だって、言う必要もなかったね」
「死にたかったの?」
「生きたくないから死ぬしかないのさ。3択目があったら、きっとそっちを選ぶね」
「そう…」
あぁ、次に何を言おう。時間は限られていることを知っている。何を話せば私は、彼は、満足するのだろう。
そんな思いのメイテイを待たずに、ビフェリオは勝手に喋り出した。
「キミと最初に出会った時は流石のボクでも予想外だった。本当に驚いたんだ、こんな事があるのかって」
「…それは驚いたでしょうね。貴方が殺した子の魂が、私に入っちゃったんだもの」
メイテイは払われた手を少し空中に漂わせて、行き場を探し、結局自分の手を合わせて握ることにした。
「キミたちが言っていたようにやっぱりボクはバカらしい。そんなちょっとした“予想外”に希望を持つだなんて」
「馬鹿じゃないわよ。この私に希望を見出すなんて、ビフェリオに、しては、見る目あるし…」
そう言いながら、もう死んでいくんだなと、もう彼とは喋れなくなるんだなと思うと、涙が溢れてきた。別に泣きたかったわけじゃない。
「ねぇ、私セキラと打ち解けられたのよ。…少しだけれど。それから、長にもなったの…セキラのそうなんでしょう?お揃いね、私達」
なんだか全体的にしょっぱいし、堪えようと思っても歪んだ視界に映る生気のないビフェリオの姿が、また涙を誘ってくる。
「…ほら、いつものように笑ってよ。これはキミのせいじゃ無い。だから、泣かないでよ」
ビフェリオは言葉を選んで喋ろうとしたが、止めた。言ったら死にたくなくなってしまう。今ここで生きようが、どうせ裁きにかけられて死ぬのだというのに。
だから返答になってないような、言葉で感情を濁した。
「泣いてないわ!私強いもの!」
もしメイテイがビフェリオの顔を見れていたら、その涙もおさまっていたことだろう。
彼の表情は穏やかなもので、ただ愛おしそうにはにかんでいた。
しかしその表情の裏で、自分の感情をせき止めている。自分が大罪人だという意識を決して失くさないように。
今後の彼女たちの将来に、なんのしこりも残さないために、多くを喋りたくないのだ。




