風に向かって(2)
人知れず、パクりと空は開いた。
小さい抜け道からは人が這い出てきた。
「…はぁ、散々だ。みんなしてボクを狙ってくる。でも天使の行動データは充分に取れたし、もう廃棄しても構わないね。うんまぁ、やっぱり天使は生物として不適切だったな」
天使の処理は自分でやろうと思っていたが、ビフェリオがやってくれているので、余計な手間がなくなった。ラッキーだ。
そうやってぶつぶつと呟くように自分の研究を振り返っていると、目の前にいた何者かに話しかけられた。
猛吹雪で誰だかわからなかったが、地を這うようにして出てきた“最初の風神”と目線を合わせるようにしゃがみ、頭が見えたのでやっと誰だか見分けがついた。
「お久しぶりです。“最初の風神”様」
「ファレオ…キミ、ボクを裏切って水神側に着いたんだって?」
“最初の風神”は睨みつけるように、イヤミったらしく言った。
「結局どっち付かずですよ」
ファレオは彼のそんな態度に慣れているので、笑ってそう返した。
「なんでボクがここに来ることがわかった?」
「逆にキミは、オレと会うことがわからなかったんですか?」
「…」
「…」
冷たい環境の中で、さらに冷たい空気が流れる。普段とはあべこべな様子の2人は、キリがないと判断し、息ぴったりに深呼吸をして次の話を切り出した。
「聞きましたよ、“最初の水神”様に負けたんでしたっけ?」
この冷たい空気を無くすには、ファレオの話は不適切だ。しかし、彼は取り下げようとしない。
ただじっと、値踏みをするように神の姿を見ていた。
(これでキミが驕ったことを言わなければ———)
「勝った。どこ経由かは知らないが、見たんだろう?彼女は塵になったさ。これを勝ったと言わずして何と言う」
「…はぁ」
(ダメだコイツ)
「ボクの訴えが成立する前にアクシデントがあったのは残念だったけれど、完璧じゃなくとも勝っているのさ。こうして刑の執行も逃れていることだしね」
「別にアレはキミに勝つことが目的ではなかった。ヨモツヒラサカの門を開くための証拠集めと、水神の民を助けるためだけに復活したんです」
そう言われても、何の反応も見せない“最初の風神”に、ついにファレオは痺れを切らした。
「“最初の風神”様…いいや、フェガイド。風神の民である『オレ』ではなく、キミの同一個体のひとりである『ボク』として言わせてもらいます」
ファレオはもう辟易としていた。いつまでも驕るこの王には、早く舞台から去ってほしいのだ。
「珍しいね。嫌いなのに」
何がと言えば、自分が、だろう。分かっていてもその態度を取るのだ。
「キミは一体何がしたいんですか?」
「何を言っているのかボクにはサッパリだよ。それとこれとは完全に別口ということがわからないのかい」
「全く」
キッパリと言い放つ。
「ボクは哀れに思ったから罪人の子に、ビフェリオに手を貸した。そのお友達にもそうさ。誰かが道を示さなきゃ可哀想じゃないか」
わざわざあだ名をファレオに言うあたり、かなり機嫌が悪いようだ。
「それが変だと言っているんです。キミはただ場を混乱させただけだでしょう」
「ボクはただ手助けをしたまでだ。情報はあるに越したことはないしね」
「神都を消したいヤツを助けて?それを止めたいヤツも助けて?そして自分はそいつらの邪魔をしてでも、神都に天使を放って生命の創造の研究をするって?お可笑しなことを言うヤツが居るものですね」
ビフェリオを助けてセキラを助けて、しかしその合間にも両方の邪魔をするような実験は続ける。
なんて異常なんだろうか。ファレオはずっと疑問に思っていた。生まれてからずっと彼の近くにいたが、理解できたためしがない。唯一わかるのは、情緒が不安定ということぐらい。
「矛盾なんてした覚えがないね。願いも祈りも、神らしく叶えただけじゃないか」
「………“最初の風神”やっぱりキミは死ぬべきだ」
気分屋の権力者など、今後の世に不要だと思えた。
「ボクは生命の基準を、魔法はどうやって与えられるのかを知りたいんだ。だから創ってみるしかないだろう?」
(ずっと変わんないな。見てて恥ずかしい)
「もしかしたらこちらが本題かも知れないけれど…ボクの友達を造れるしね。生き返らせるのは水神がやることだけれど、ボクの友達を寸分違わず再現することならできる」
“最初の風神”は両手を天に向かって上げ、自慢げに言った。
「それは本当にキミの友達?」
呆れてものも言えないぐらいだが、それだけは聞いておこうと思った。だが期待はしていない。信じられないから聞き返しているという部分が大きい。
「見目と、思想、それから記憶が同じなら。紛れもなく本人だろう」
ファレオは彼が心底可哀想だった。自分のソレについて詳しいとは言い難いが、少なくとも造り出そうという結論にはならない。加えて造ったのは、あんな物騒な天使だ。
ファレオは“最初の風神”の言う友達のことを知っているが、姿も似ていなければ動きも違う。弓なんてつがえたことが無さそうだった。羽もなければ光輪もない。一体何を同じだと言っているのだろうかと思った。
「…殺す気失せた。そのまま帰って」
あまりに哀れで、癖になった神の憐憫を彼に向けてしまった。ここで始末した方が良いというのに。
「さようなら。ボクもキミを殺す気が失せたよ」
穴からさらに這い出ようと、手を地面に当てて踏ん張るが、中々下半身は出てこない。3度試しても全く動かせず、問いただそうとしたところ、ファレオが先に口を開いた。
彼はそれを冷ややかな目で見ている。
「…ところで、オレは未来を“最初の水神”様経由で視ていたんです」
現在、ビフェリオが発動した魔法により、全ての保管庫は壊されていた。
“最初の水神”はすでに復活している。
「———私が回収するわね。抵抗なんてダメよ」
“最初の風神”は後ろから何者かに顔を触れられる。雪のように白いその手は熱を帯びていた。
「キミってヤツはさぁ!」
「裏切った身ですけど…まだパスが繋がっているんですよね。オレがキミを殺すことはありませんが、通報はしたので。ちゃんと刑を受けて下さいね」
事態に気付き、目の前にいたファレオへ容赦なく風の刃を向ける。
「ダメよ。彼、協力してくれたんだもの」
音速のソレを素手で弾いて、美しい笑みを携えた“最初の水神”は言った。適当に弾いただけなので、ファレオの頬には赤い血が滴る。
空に開いた穴から、半身出てきていた“最初の風神”を力強く押している。見た目にそぐわない力に違いない。現に彼の体は穴の向こう側へと押し込まれていっている。
いや違う。
向こう側から誰かが引っ張っている。
(“最初の火神”様か…?)
だとすれば抵抗できないのも納得だ。
「…これで私を裏切った罪がなくなるとは思わないで欲しいわね」
「“最初の水神”様が裁判にかけられなかったのは、あのエルフのお陰で、あのエルフと契約するように言ったのはオレですよ」
「いやね、打算的で」
「頼りになる男でしょう」
そうこうしている合間にも、“最初の風神”は穴の中へ仕舞われた。最後に抵抗しようとしていたが、最盛期の“最初の水神”に抑制され、黙って消えていった。
なんて清々しいのだろう。
これにはフカンもルキネも大喜びだ。元気に生ているかどうかはわからないが。
彼の刑がきちんと執行されるまで、今のような抜け出しは起こらないだろう。少なくとも今後、ファレオが昼寝で視た限りの未来では彼の登場はない。
「さ、死者の復活お願いします」
残すタスクはこれのみとなった。
「いやね、貴方の思い通りみたいで」
「まさか。ビフェリオが考えたシナリオを少し詰めただけですよ」
「贔屓なんて、一端の親だったのね」
「オレが愛するひとの子供です。彼自身が好きなわけではないですが、多少の贔屓ぐらいはね」
ファレオが真面目な顔でそう言えば、“最初の水神”はくすくすと笑った。
「少し前まで、フェガイドのように迷走していた時もあったのに…変わったわね。彼とは全く似ても似つかなくなったわ」
「ここ数1000年で一番嬉しい話です」
これまた数千年振りに、ファレオは素直な感謝の意を示すために頭を下げた。
「貴方の息子はいいのかしら。まだ死んでしまっていないんでしょう」
「発動に時間が掛かりますし、悪運が良ければ生き返りますよ」
ビフェリオにとっては、もう死んでしまった方が幸せだろう。もう何やっても身体と魂が軋むはずだ。
もし生き返ったとすれば、それは彼の悪運であり、神のエゴだろう。
“最初の水神”は頷いて手のひらから水の杖を生み出した。この土地で凍らないように、一定の形の中で常に渦巻いている。
先を地面に向けて唱えた。彼女の制限した固有魔法の呪文を。
「『火の日の傷 風土の病』」
「『鼓動しなさい 愛し子よ』」
彼女の足元からは、青々とした草が生えてくる。厚い雪に埋もれていたそれは彼女の方を向いた。
「あら…ふふ。ケガ人も死人も火神が1番少ないみたい」
「フカンが喜びそうです」
寒々とした空に、彼女の声が沁み込んでいく。中心部で、あるドラゴンは目を覚まし、ある水神は息を吹き返し、あり火神の傷はみるみるうちに治っていった。
どんどんと神々は癒されて、目を覚ましていく。
これで制限して発動した魔法なのだ。
「はぁ…」
ファレオは思わず嘆息した。本来の魔法の発動の手筈を踏まずにこの効果。呪文は2行のみ、題名すらも唱えていない。
自分との実力差に———目を輝かせた。
ファレオは“最初の風神”と根本が同じだ。刻まれた遺伝子を変えることなどそうそう出来ない。ファレオも彼のように探究心を持っている。
片方は生命の誕生、もう片方は魔法。
ただ違うのは、優先順位が長い間入れ替わっていたことぐらい。
だからこそ昔は魔女の町に送られたのだろうし、それを了承してしまったのだろう。いくら愛するひとを大切に想っていようが、根本は研究、探究をしたがる神である。
彼は昔、愛に再現性を求めた。
彼の迷走期であり、いたって本気でやっていた黒歴史。その結果がベルランという名の子孫。
神と魔女との間の子は風神の権能こそ引き継いでいないが、その探究心は引き継がれていた。
彼もまた、魔法が好きなのだ。




