風に向かって(1)
「いやぁ、ビフェリオ。良い友達を持ったな」
地上へ落ちた長の扇は、雨に濡れながらもまるで目標があるかのように直線的に落ちていく。
何かを目指しているかのように。
何かにそうさせられているかのように。
雨を通り越して、吹雪の中へ飛び込んだ。白銀の世界の中で1人が立っている。
「これでやっと魔法が使える」
ファレオが手の平を宙に向け、上から何かが落ちてきたのを触覚で確認した。柄を数度握ってペン回しのように扱う。とても懐かしい感覚だった。空に上げ、1回転させてからまた掴み直す。
「接続上々」
扇をバッ、と開いて不安定に消え続ける神都へ向ければ、辺りの空気は一変した。ガラリと肌でわかるほどに。
ファレオは集中しているのか、瞬きひとつしようともしない。
周囲には人っ子ひとり居なかった。ドラゴンも避難させた神たちも全員ペクトの中心部に移動させていり。今頃建物の中で暖をとっている頃だろう。
さらに冷風は強くなる。元々肺が裂けるような気象にも関わらず、どんどん気温は下がっていく。恐らくしたから強風が噴き上げているからだろう。ペクト全体が下からくる極寒の吹雪にさらされていた。
まだ彼は呪文を唱えていない。しかし強大な魔力は下で動いている。一般的に呪文と並行して構築されるか、唱えた後に一気に発動するかの2択、魔力の蠢きは異様だ。
ファレオはゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「『天下に分かれる誰そ彼』」
過去、神都は地上にあり今のペクトでみんなが避難している中心部より少し下の位置に存在していた。変わったのはイエコト事件が起こってからだ。
今まで地上の人々と辛うじて上手くやっていたが、ついに“最初の火神”が耐え切れず、彼の魔法によって土地ごと空へ上げた。
上と下、そこで完全に彼らの住処は分かれてしまった。
「『僕の恋人、私の友人』」
当時ファレオの身は神都近くの魔女の町にあり、親しい人もそこそこいた。
その中にはビフェリオの母親もいる。
「『皆をそこに置いてくか?』」
彼は彼女を置いて行った。
【天】から下る運命に従うために。
「『道理に背かず首肯せよ』」
ファレオは早い段階でこの固有魔法を手に入れ、習得したが、呪文の意味はわかっていなかった。原理だけはなんとなく、日中夜の移り変わりをイメージして使用していた。
しかし、神都が空の都となってから、魔法の本当の意味に気が付く。
「【バベルの渡し守】」
コレは橋である。いつでも上から下へ行けるような渡し道である。
ファレオの未練がましいところがきっと出ている。気付いた時は恥ずかしくて仕方がなかった。
言葉を紡ぐ最中にも、ずるずると螺旋階段が下から上へ登っていった。気味の悪い魔力の動き。その代わりなのか、音を立てず、かつ大胆に巨大な塔は建設される。
石レンガの塔。
装飾という装飾はなく、強いていえば螺旋階段が筒に巻き付くように付いていて、完璧に整えられた壁の唯一の凹凸の部分を作っていた。
灰色の筒が天高く伸びている。どこの大陸からでも見ることができるだろうし、誰もが皆神都の異常に気付いたことだろう。雲があってもなくてもその塔の先は霞んで見えない。
コレは必ず世界に1つしか存在できない。この世に存在する限り破損しない。加えて塔の先は認知できないという条件で成り立つ魔法だった。
ペクトは今から歴史と隔絶される。
それは神都が落ちれば、神やドラゴンもろとも絶滅し完全な神の時代の終わりを迎えるということ。
これが1番最初の神都の顛末。そして【天】の思うそうすべき未来。
しかし、あたり一帯の土地は吹き飛ぶ。それを修正してから地上の人々は発展を続けることになるだろう。
少々時間は掛かるが問題ない。むしろここで世界の発展の時間調節をしている節がある。昔そんな神託があったと“最初の風神”がこぼしていたことがある。
ファレオがそんな未来まで視えるわけがなく、あくまで憶測に過ぎないが、この世界は何か一点へ目指しているのだと思った。それにはタイミングが重要そうだ。
【天】がしたいのは世界の文明レベルの調節だとすると、同じぐらいの発展の停滞を起こらせればきっと、神が生きてても文句は言わないだろう。
———神都は落ちずに、神とドラゴンはこれからの永い時をひっそり塔の中で暮らすことになる。
地上の人々は気にせず発展を続ける。
一切合切問題ない。
いわばこれは、ファレオから動きを止める【天】へのプレゼンだ。できればもう息子が巻き込まれないように、という願いからの行動でもある。
「じっとしているなら、さぞ様子が見やすいんじゃないか?」
こちらの未来の方がずっと自分にとって良い。
「お上の神よ、ご笑覧ってね」
本当は【天】は視線すらこちらに向けられないが、きっと動きを取り戻した時、この状態を許容するのだろう。そうなるように後で帳尻合わせをする。
少なくとも今ではないし、ビフェリオあたりが生きているうちはやらない。問題の後回しは風神の得意技だ。
(神の犠牲を無くす、だろう?…邪魔するんだろうと思ってるんだろうなぁ)
人と信頼関係を築くのは苦手だ。身内であれ、例外ではない。それは魔女の町で軟禁状態に遭っていたことがあるからだろうし、風神という生物が同種族間において、以心伝心が可能だからだろう。
ビフェリオを除くすべての風神は同一個体だ。
ファレオも例外なく“最初の風神”の遺伝子をそのまま受け継いでいる。むしろ1番彼に近い存在だろう。何故なら世界で2番目に生まれた風神だから。
年長も年長。彼が神都内での最高齢者だ。そろそろ休みたいが、今が踏ん張りどきなのだろう。再度扇を力強く握り、臨戦体制に入った。
「…できればキミのことは、この時代で殺しておきたいですね」
最高齢の彼が敬語を使う人は限られる。死人も含めると、この世で3人だけだろう。
「大人しく、刑を受けていればよかったのに」
ファレオは呆れた。自分に最も近しい彼の執着に。
塔はペクトに聳え立つ。
神都の破片は少しづつ落ちてきている。
水の雨に、魔法の雨。爆破音がクラッカーのように鳴るのは、これきりが良いだろう。




