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神に祈って  作者: ロヒ
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落ちて

セキラは流れるままに魔法を使って、一種のトランス状態に入っているのか、それとも激しい頭痛から解放されたからか、思考は明瞭だった。むしろ明るすぎなぐらいだ。世界が遅く動いているような感覚に陥った。


「【水彩画伯】」


いつの間にかビフェリオも魔法を唱えていたが、そのことにセキラが気付くのは魔法が発動してからだった。


ぴちゃん、と音が聞こえたかと思ったら、巨大な露が天から落ち、ある目標に向かってとんとんとひたすら穿っていた。


(わたしが目標ではない…?一体何に向けて?)


疑問に思っていると、セキラの視界に入ってきたのは空からの露に溶かされた天使だった。


「!」


視認できたタイミングで、足に力が入らなくなってしまった。崩れ落ちるように地面へと合流した。


(しまった!これじゃ誘導ができない…!)


視線だけを動かし、空を見ればメイテイがこちらに接近してきていた。それでもまだ距離はあるようなので、先ほどセキラに呼びかけをした時は、とんでもない声量だったのだろう。


今は魔法を唱え終わった瞬きの間にこれ考えているのだから、我ながらすごいんじゃないかと思う。


魔力不足で地面に倒れ込んだセキラの周囲には、無数の腕があった。手を開きビフェリオの方へ平を向ける。


(なにこれ…ホラーじゃないか)


地面から突如として生えたのだ。青白い上に、肉付きも悪いので死体の一部か何かかと思ってしまった。


(メイテイがさっき言っていたな、これがわたしの新しい魔法…?)


セキラは自分の近くに現れた、光り輝く魔法書を手にした。一般的なノートのサイズで、今現れたばかりだというのにところどころ白くハゲ、年季が入っているように見える。


【悠久の日記】。これは思い出である。


誰のと言われれば、対象者の。今回であればビフェリオだ。彼の恐怖の思い出が魔法となって出てきている。


ビフェリオは地面から蠢き、何かを探しているような姿の腕を見て、瞳孔が震えた。


この恐怖こそが今回の効果である。完璧な演出、低コストな魔法、しかし残念な部分として何の思い出が引っ張り出されるかはランダムだった。ここで的確にビフェリオの精神を揺さぶるものが引けたのは、セキラの幸運か、はたまたビフェリオの運命というヤツだろう。


この腕たちは全て死人の腕だった。彼が今まで見てきた神の死体だ。見苦しい質感に、脳を揺さぶる腐臭。魔法も全力でトラウマを呼び出そうと躍起になっている。


しかし、じたじたと動くだけで触れることはしない。あくまでも思い出の再現で、物理的な干渉は不可能だった。


当然、流れでこの魔法を使えてしまっただけのセキラに、この事情を知る由はない。ただこれを生み出した自分の深層心理に慄いていた。


(なになになに!?キモいキモい!)


ひとまず、ビフェリオと今発動された魔法は恐怖から一時停止した。セキラがいる場所からでは確認できないが、恐らくビフェリオの言っていた神都の消失も止まっているだろう。


「私到着!!」

「メイテイ…!」


途中で杖を乗り捨て、滑らかな着地を見せた。滑ってビフェリオの背後まで行ってしまった。


「時間が無いから早めに…せーのっ」


何をするのかと思ったら、助走をつけて走りだす。


勢いよく、拳を握って———ビフェリオの方へ!


「容赦しませんね!?」


言ってから気付いたが、そういえば、一番危害を加えられているのはメイテイだった。そりゃあ容赦なんてしないだろう。


恐怖で未だ動けないビフェリオは後頭部にロケットのようなパンチを喰らった。軽い彼の身体は、衝撃のままに吹っ飛ぶ。


「え、うそ。防御ぐらいするでしょ普通」


メイテイは信じられないと言った顔だった。


「いったぁぁぁっ!!」


しかし好都合、今はかなり神都の縁に近づいていっている。メイテイの殴った角度も良かった。ちょうどビフェリオはセキラを追い越して、縁のギリギリに止まっている。


頭を殴られた影響で痛むのか、両手で頭を抱えて苦しそうに目を瞑っていた。


「見たかしらクルエッタ!私が話すことしかできないだなんて大嘘だったじゃない」


右手を空に掲げて高笑いしている。


事情は知らないが、包帯とかを色々巻かれている中、そこまで笑えることを素直に尊敬したいと思った。久しぶりに見た火の神は、いつも通りの調子のようだ。


セキラは無意識に安堵のため息を吐き、ビフェリオの元へ向かおうとした。


「ビフェリオ…もう…止めていいですよ。貴方は投げ出す権利があります」

「そんな訳がないだろう」


ハッキリとした否定だった。

これはビフェリオではない。


「わたしはそんなに可哀想に見えますか。助けなければ、どうにもならない存在に見えますか」


セキラは一歩ずつ、ゆっくりと進んでいった。彼の意識の奥底にあるであろう、()()()()()に向かって言い続ける。


「肩代わりしてくれなんて、神に願った覚えはありません」


”僕は神じゃない“

と、ビフェリオは意識の奥底で思った。


「…知っているでしょうが、願いと祈りは違うものです。前者は気軽なお願いで、後者は重い信仰です。神の義務は、人の祈りに応えること。万が一、わたし()が願ったとしても、貴方()は叶えなくていい」


“もうとっとと突き放してくれよ…”

でないと、嫌われにいった意味がなかった。


「わたしは、ビフェリオが傷付くところを見たくない…」


もうあと数10歩の距離にいる。


「私だってそうよ、もっと健康的に反省しなさい!そしたら許すのもやぶさかじゃないわ」


メイテイはセキラの方に手を乗っけてそう言った。


“何で僕のこと嫌いにならないの?”

()()()()()()()()()()()()()()()()()。それはいけない。死ななければならない。中途半端な遺伝子だから、それを残してはまた新たな罪になる。


「許さなくていいよ。ただボクは、ボクの赴くままに動くだけだもの」


口から出たのはそんな言葉だった。【水彩画伯】もメイテイに殴られてから、問題なく稼働していた。もうすぐ対象の掃討が終わるだろう。


今、意識の大半を占めているのはセキラから回収して取り込んだ、負の部分。しかし、ビフェリオと別人かと言われるとそうでもなく、大部分が似通っているため非常に見分けが付きにくい。


彼は未来を視ることができないが、ビフェリオと違い目的のための加害に躊躇いがなかった。意識を受け渡したら、あとは軽いケガで済むように色々調節するだけでいい。慣れもあるだろうが、それぐらいのコントロールは裏からでも問題なくできる。


お陰でやりたくないことは、全て彼に任せてきていた。


その点で言えば、ビフェリオには必要な人格だ。


風に魔力を帯びさせて、巨大な矢じりのような形を作る。それに当たればタダでは済まない。


しかしまぁ、ビフェリオは決して誰も死なないように、帳尻合わせをするのだろう。


予定外のことをやらかした後の帳尻合わせほど、未来が視える者が得意としているものは無い。



虚空は開いた。



くすんだ空気は縦一直線に切り裂かれ、奥には光り輝く闇が見える。セキラの魔法書のように、どうも惹かれる闇だった。


「!?」


ビフェリオのみが気付けない。彼の正面の真っ黒な隙間。


ずるり、と切れ目から白い腕が出てくる。死体のような白さではなく、ただ単に不健康な生者の肌。長い指先はすぐ近くにいた、ビフェリオを押した。


躊躇がない。


まるでこちらの状況がわかっているかのような動きだった。

とん、と押されビフェリオが目を開けば理解する。


「なん、で!」


予期していなかった微かな衝撃に、反射的に足を1歩後ろへ踏み出してしまった。今は神都の縁の近くである。


偶然にも、ビフェリオは足を踏み外す。


「くっそ…!」


地上へ向かって落ちていくが、止めることができない。


魔力がほとんどないため魔法は使えず、権能の使用は彼の苦手分野である。強風が吹き荒れる中、上手いこと自分を持ち上げるだなんてできやしない。


ビフェリオは混乱の中、視界が暗転した。


魔力の残量はなく、少しだけ残っていたモノも、あの手に押された時に全て吸い取られてしまった。急激な魔力消費による気絶だ。


隙間は役目を終えたと言わんばかりに、静かに姿を消した。


「———ビフェリオ!」


(死なせるかよ!)


セキラは間に合わない。足が一瞬動かなかった。この初動の遅れはもう取り戻せない。だが、その割に頭は回っていて、目線は動かせた。


メイテイが最小限の手順で翻し、ビフェリオの大きい上着を掴みに行ったところが見える。ばき、と彼女が通った道は足跡が残った。あともう少しで手に届きそうだ。メイテイは必死に手を伸ばしていた。


しかし、少しでもつむじ風が吹いたり、メイテイがぬかるんだ土につまづいたりしたら———


ぱしっ、っと軽快な音がした。


「危機一発ね」


そこで間に合わせるのがメイテイなのだろう。


「…良かった」


それでもビフェリオの左手を握ることができただけ。既に意識を失って、脱力している彼は右手に持っていた風神の長の扇を下に落としてしまっていた。


それはただただ落下する。


「手伝います」


膝を抑えて、疲労から震える足を無理に動かしてメイテイのところへ向かう。セキラは既に、ファレオの言ったことなんて忘れてしまっていた。ついでに神都が消えることも忘れている。それほどまでに焦ってしまった。

(わたしは絶対に彼を殺せはしないんだろうな…)


セキラはメイテイと一緒にビフェリオの腕を引っ張った。メイテイの力が強いのか、それともビフェリオが軽すぎるのか、思っていたよりも簡単に引き上げることができた。


しかし、それも引き上げるだけだ。セキラは最後の力を振り絞って、こちらに来たわけだし、メイテイは今までひたすらに動き続けてきていたので、これ以上は2人とも動けなかった。水神の土地の端っこで、倒れ込むことしかできない。


「あははっ!私達、全然一緒に行動してなかったけれど、なんか仲良くなってるわね!」

「そんなことないです」


セキラは自分の顔が笑っていることに気が付いたが、前のような態度を心がけた。今は語らいの時間ではないのだ。やっとそのことに気が回り始める。


「…動きましょう。そういえば、まだ何も終わっていないんです。神都の消滅も、落下も———うわ」


立ちあがろうとして、眩暈がして、踏ん張ろうと思ったら———落ちた。


「え」


あまりに突然のことで、メイテイも判断が遅れてしまった。()()()()()()()()()()()()()


「セキラ!?」


メイテイは視界から消えたセキラを追って、神都の縁に顔を出すがそこからでは何もできない。ロープも持っていなければ、助けられる魔法も持ってはない。


(飛行、飛行の魔法…いや駄目だ。落下中には上手く扱えない。最悪死ぬ)


魔力で保護しているが、真下はペクト。少し落ちかけているといえども神都から地上への落下になるので、かなりの距離になる。


加えて今は悪天候。ダメ押しにセキラは体調不良。以前のように水でクッションを作って着地は不可能だ。そもそも、極寒であるペクトで水を出したとて氷に変わってしまうのだから意味がない。


(詰んだ?)


視界が白に包まれ、神都の姿も見えなくなった頃、セキラは静かに絶望した。まさか自分の最後が関係ないところでの落下死だとは思わなかったのだ。


相打ちも別にしても良かったが、まさか足がふらついた結果死ぬとか、どんな運の悪さなんだとも思った。


(ビフェリオにもっとちゃんと仕返しすればよかった…落ちるの怖いや)


メイテイの精神力には感服せざるを得ない。


もし仮に、セキラが助かる方法があるとすれば横方向から助けられることだ。これに関しては第3者が飛行魔法を使わないとどうにもできない。


縦方向からの力での飛行はセキラでもできるが、横は無理だ。体制が悪く、大の字の状態で横方向からの力で移動、もとい飛行する自分の姿がイマイチ想像できない。


もちろん、体制を変えればできないことはないが、今は風圧と外気温に身体を守るのが精一杯で調整が困難だった。


(当たって砕けてみるか…もしくは有翼族…例えばドラゴン…)


そこで自分の頭が回っていなかったことに気付く。


(そういえば、神は全員ドラゴンによってペクトに避難しているんだっけ)


ドラゴンの背は広いが安全に乗るとなると限りがあるし、そもそも数が少ない。神の数が合計すると1500人なので、天使という邪魔を倒しながらだと、かなり時間がかかってしまうだろう。


もしかしたら、まだこの周辺にいるのではないか?


セキラは肺に冷たい空気を取り込み、思いっきり大声をだした。


「ドラゴン!聞こえているか!?わたしを助けろ!!」


セキラは彼らが一番動く言葉を知っている。


「わたしは、今!!水神の長だっ!!」


彼らは決してその立場の者を放ってはおけない。


「…来たっ!」


すぐに白銀の鱗が見えた。恐らくあのドラゴンが最終便だったのだろうか、ペクトから遡ってくる形でやってきた。


セキラは神都の方を見やる。恐ろしいことに、独楽のような形をしているはずの神都の下側は少し消えていた。町もどきと長の会議室の断面が見える。こんな景色が見えることはそうないだろう。


(紙の雨だ)


町もどきと会議室にあった、資料やら本やらが落下してきていた。


他の家具とから落ちてこないところからみるに、恐らく一定以上の魔力を含んでいて、生物ではなく、神都の一部ではないから魔法の対象外となっているのだろう。


(ビフェリオたちは…)


まぁ平気ではないだろうが、戻る気にはなれない。というより戻っても何もできないだろう。


びゅん、と横から迂回する形でドラゴンはセキラを背に乗っけた。


「…ペクトに行けばいいでしょうか」

「はい」


もう2度と見ないであろう、故郷を眺める。


水の雨と紙の雨に打たれながら神都を見る。その雨の中から1冊の魔法書と謎の紙飛行機はセキラを追いかけてきていた。1つ目はわかる、【悠久の日記】だ。


(この紙飛行機は———)


セキラの元にちょうど落ちてきた。血のついた紙飛行機。上から落ちてきたので送り主は限られる。中には更に紙が挟まっているようだった。


「…はは」


紙飛行機に血がついていることで思い出した。


そういえば、ビフェリオには重傷を負わされていない。


風は矢じりの形を作っただけ、ナイフこそ投げられたがかすり傷。しかしその程度であれば、セキラ程度の水神でも自然治癒ができてしまう。メイテイもだ。落とされたが、最終的にはスレンドという名の仙人に治されている。傷ひとつなく。


「0か100かしかできないのかよ…」


激しい雨風に紙も吹雪も加わって、もう景色はぐちゃぐちゃだ。両手で目を押さえ、今は休むことにした。


体が冷えている。目頭が熱いので指先を暖めるにはちょうどいい。


「…あとは頼みましたよ、メイテイ」

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