キミのために(3)
(新しい魔法…?)
そして解る。アレは自分のモノではない。
太陽が顕れたかのような熱い明るさは、周囲の人を惹きつけ、触れさせようとしてくるが、おそらくセキラを除く人は全員触れたくないと思っているだろう。
それほどまでに思う、自分が手にするとしたら邪魔でしかない異物感。心から欲するが、自分のモノではないため手に入れてはならないという脳からの警告。
魔法とは未知である。その構成要素も与えられる条件も発動原理も。“最初の風神”ですら把握していない節がある。
初見では対処のしようがない。
(幸運なのは、セキラも何かわかっていなそうなところかな)
呪文を唱え終わっても、特段周囲に異変はなかった。遅効性かもしれないし、精神的な作用なのかもしれないが今のうちに魔法を使っておくべきだと思った。
未知に震える口を無理やり動かす。
「『水彩景色 馬鹿ばかり』」
ビフェリオは天使と深いつながりがあると言ってもいい。型番が違うとはいえ、製作所も構成素材も同じである。何より自分が天使と同じ身体を持つということを意識している。
たとえ彼ら彼女らにある、自爆装置の機能がなかったとしても。
「『混ざれば更に 耐え難い』」
この魔法への理解度は、当然所有者本人には及ばないだろうが、単純な考え方だったため特段魔法が得意ではないビフェリオでも、解読さえできれば難なく扱えた。
嫌悪の対象———つまりは自分が、天使は対象にできる。今後の世に要らないものは、今のうちに消しておかなければならない。
「『露に打たれて破けてしまえ』」
———全ては死者を出さないために。
それを投げ出したくなる時があった。しかし、それではあまりに可哀想だと思った。何も知らずに死ぬのは無様で哀れ。
自身がそうだったこともあり、なんとかそれを行動指針にし続けられた。ビフェリオはメイテイを巻き込んでしまった被害者だと言うが、彼も最初はそうだった。
ビフェリオの1回目の人生、セキラが新都を滅ぼしたとき、彼は人間として暮らしていた。厳密に言えば、滅ぶ前には神として神都に移住していたが、風神の権能を持ちながらも、30年間人間として暮らしていた。
父親が風神ということを知らなかったのだ。
家は他の集落から孤立している場所にあった。綺麗な花畑の中にぽつ、とあった家だった。今思えば、童話のような美しい生活をしていた。はずだ。
長く多い人生の、たった一回だけの、たった30年の話だ。箱に入れた宝は、いつしか取り出さなくなった。
広い花畑、茂る草木は———枯れた。
手作りのブランコ、木造の家は———朽ちた。
歌の上手い母親と一緒に歌った歌は———忘れた。
いつまでも老いない自分、老いていく母親。風景は思い出せなくとも、そういうことははっきりと覚えている。とても悲しかったのだ。
そして母親が死んだとき、自称父は迎えに来た。そこからは、神都の“町もどき”で天使と共に生活していた。父親は迎えに来たっきり会わなくなって、“最初の風神”が親代わりでもあった。それも早々に放棄されたが。
どちらにしても無責任で嫌いだ。しかしアレらは仕事ができる。
『未来が視えるのに何を言う。知っているならできるだろう』
仙人の言葉はもっともだ。心の底から賛同する。神ならもっと要領よくできていいはずだ。
でも自分はできない。人間だから、混血だから。中途半端だから。一時は、それを罪と言われて納得できずにいたが、もうそんなことはない。できないのは罪だ。仙人が神都に来たのがいい証拠。
そんな未来は視たことがない。数えられないほど未来を視ておいて、最後の1回で変数を作り出した。
無能の証である。
だからそれを言われると、腹が立ってしまう。できないところを指差しで指摘されるのは不快だ。自分を放棄したあの2人にも劣るのは恥だ。
風神譲りの精神の不安定さは、いつだってビフェリオを揺るがした。今は特にセキラの負の感情も背負っている。だから時々、意識を“ぱちん”と切り替えて発散していた。
———全ては死者を出さないために。
死なないことを視た上で危害を加えているし、最終的に生き返ればたとえ死んでも問題ない。
そのためには“最初の水神”がいなければならない。
そのためには保管庫を全て開けるか、壊すかしなければならない。
脳は開き、あとは頸、胸、胎が残っている。それをこの魔法で消滅させれば“最初の水神”は復活できる。アレはあくまでも自分の身体を切り分けて、仮死状態にしているだけだ。
彼女は必ず自分の性質に従い、死者を復活させる。
ビフェリオは安心して、死ぬことを目標のひとつにできた。
魔法の的は保管庫と天使。
「【水彩画伯】」
ビフェリオはただただ穏やかな笑顔で言った。




