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神に祈って  作者: ロヒ
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海を超えて

なんて無鉄砲な、ということを自分でも思った。自由落下の風が痛い。着地は上手くできるだろうがこの後が不安で仕方がなかった。


(誘導なんてやったことないぞ…それに落とすだなんて一回気を失わせないと無理じゃないか?)


ただ風神(ファレオ)に言われたのだ。

風神(ビフェリオ)に騙されておいてなんだが。


しかし現実問題セキラだけでは無理がある。向こうはメイテイ殺人未遂をしているので、その気になればセキラを殺すことだって視野に入れるだろう。


(わたしはビフェリオを殺したくない)


メイテイもその方針だろう。まだ彼が何故神都を滅ぼそうとしているのかわからないのだ。しかるべき時にしかるべき場所で裁きを受けなければならない。


そんなことを考えているうちに、何者かが高速で大樹へ向かっているのがわかった。


(誰だ?下は寝ているんじゃないのか?)


一瞬、向こうに戻ろうか考えるがすぐに思い直した。


(何かあれば仙人がどうにかするでしょう。…わたしよりも年上みたいですし。多分知恵もありますし)


種族で差はあろうが、結局のところ知識量に比例するのは歳である。セキラは種族云々才覚云々よりもその膨大な経験を信用していた。


しかし、セキラは仙人が血を吐いたところを見はいない。今も彼女の容体のことはわかっていない。


(さて、もうすぐ地面ですね。方向転換、水をクッション代わりにして…)


飛び降りるだなんて慣れていない上に、強風と雨で少し都合の悪い姿勢になってしまっていた。そのままだと頭から落下してしまうので、飛行魔法の応用で姿勢をずらし足から落下できるように調整する。


当然視線はビフェリオの方を向いた。

目線が合うかと思いきや、彼は上を見ている。


(…?)


上にずっと気を取られているようだった。何かを注視しているようにも見える。あまりにも熱中しているので、先ほど考えたように上へ戻ってしまうのではないのかと思考を巡らせる。


(気を引かなければ!)


しかし姿勢は変えてはいけず、今は【水を生み出す力】でキューブ状のクッションを作っている最中だ。着水で失敗したら色々大変なことになる。


飛行魔法でコントロールしながら降りられたらよかったが、発動条件に静止していること、とあるので使用できない。


それに大樹の魔法を習得するのであれば魔力をできるだけ節約しなけらばならなかった。


「『発弾』」


クッション作りのリソースを少し割いて、この基本的な魔法に指向性を与えた。ビフェリオに向かって放射線を描きながら、光の線が飛んでいく。


「メイテイ…!?じゃあ…ないね?」


しかしそれでも彼はこちらを向かない。そして着弾したのか鈍い音と共に激しい砂埃が舞った。


「ビフェリオ!?」


こんな状況でも心配してしまうのは癖だろう。というかこんなに直で当たるとは思わなかったのだ。普通なら避けるなり、防御するなりするだろう。しかし彼はしなかった。


「そうだよ」


砂埃が下に落ち、だんだんと視界が開けてきた。正面にいるのはビフェリオと———メイテイ。


「……下にいるはずでは?」


(もしやさっき下から上に上がっていたのがメイテイか?いやでも彼女ならビフェリオと会った瞬間に騒ぎそうだ)


メイテイの姿をした何かは、彼女がしないような上品な笑みを浮かべてビフェリオに向かって「では誰でしょう?」と問題を出した。セキラのことなんて見えていないようだ。


「キミの身体に入っている魂なんて、あとクルエッタしかいないじゃないか。どうやって目覚めた?ボクはメイテイに魔法をかけていないはずだよ」

「魔法の素養の無い貴方じゃわからないよ」


セキラも知っているその名前———クルエッタは突き放すようにそう言った。


(知らない事情を話しているな。私に理解できる話としては…ビフェリオはメイテイに魔法をかけられないのか)


彼女の身体に2つの魂。睡眠の魔法をかければ2つ目の魂は目覚める。ということらしい。


(にしても、クルエッタ)


“最初の風神”の前で寝た時に、夢で見た人だ。たぶん。それ以外がよくわからないが、昔知り合いだったのかもしれないという疑惑はある。


そうしてやっと着水の時間が訪れた。足から水に入っていき、パァン、と音を鳴らして下へ潜っていく。地面との距離が10メートルぐらいになったあたりで、キューブを解除し、水が雪崩のように四方へ流れ込んでいった。


(上手くいってよかった)


10メートルもまぁ高いが、運動神経も悪いわけではない。しっかりと受け身をとって着地に成功した。


(メイテイだったらどこまでの距離、落ちても無傷なんでしょうね…)


そう目の前のメイテイではないメイテイを見て思った。2人は風神の権能でふわりと着地する。


彼女の宝石のような目と視線が交差する。


「クルエッタ、なんですね?」

「セキラ…私のこと、わかるの…?」


むしろこっちが聞きたかった。登場した時は完全に無視していた割に、今はものすごく驚いているようだった。


「…夢で見ました。貴方のこと。失礼かもしれませんが、貴方はわたしの知り合いですか?もう死んでしまっているんですよね?なぜメイテイの身体に———」

「心当たりはないな。ビフェリオは?」


途切れない疑問を遮るように、答えにならない答えを出した。話題を別の人に振って澄まし顔をしている。まるで無関係とでも言いたげだ。


世の中には、死んでもごく稀に生き返ることがある。


しかしそれには語弊もあったりする。身体や魂が不死者(アンデット)幽霊(ゴースト)に変化、順応してしまうというだけで、想像される生き返りには程遠い。種族ごと変わってしまうのだ。


そしてソレになる条件として、本人の意思が重要となる。


(絶対心当たりあるだろ)


実態があるから幽霊ではないとすると、不死者。しかしそれはメイテイの身体だ。とすれば、変化するときになんらかのトラブルに遭い、メイテイの身体に入ってきてしまったのだろうか。


(…)


セキラは少し前まで、普段決して触れられないような魔法を解析していたので、本人も気付かない程度に少し興奮して学者脳のようになっていた。


悶々と考えるが答えを知る者は教える気がない。ビフェリオはそのままクルエッタに訊かれたことを答え始めた。


「人の夢にボクは干渉できない。できるとしても鑑賞かな。“最初の風神”様とかだろう。セキラ、彼に助けを求めたことは?」


なんなんだこの会話。

敵対していたはずなのに、普通に喋っている。


「…ありますけど」


(貴方を殴るために)


クルエッタはジトっとビフェリオを見つめた。ビフェリオはその視線に対して「あの方が何を考えてるかなんて、ボクわからないからね」と言う。


クルエッタのどの表情も声色も、天地がひっくり返らない限りメイテイがしないモノなので、本当に顔が似ただけの他人と会話しているみたいだった。


「ところでその魔法書は」

「!」


言われて初めて気が付いた。クルエッタは手に薄い絵本のような本を持っている。魔力を感じ取ろうとしなければ、それが魔法書だと気付けなかった。


(絵本の魔法書なんて初めて見たぞ!?)


表紙には【水彩画伯】とポップな字で書いてあった。それと一緒に青空の下で笑う、よくわからない生物と人間が手を繋いでいるようだ。


「“水の記録庫”で解析して頂こうかと」


「か、解析?」

「知らないの?アレは“最初の水神”様の脳みそと直接繋がってるから、あの方の知識内のことだったらなんだってできる」


ぐるんと首を方向転換させて、セキラの質問に答えた。都合の悪いこと以外はきっちり答える、案外お喋りな人のようだ。


「前までいらっしゃらなかったけど、もう帰ってきたから投げ入れるだけで勝手に解読してくれるの。きっと本能だね。脳みそしかないから…新しい知識を貪るためにしか生きられないのかも。私ちょうどあの方を見ていないんだ。残念」


少しだけそんな機能があるなら、大樹の魔法も解析できたのでは、とも思ったが大前提として持ち運び不可能だったのを忘れていた。魔法書としての形がないと多分解読は不可能だろうし、セキラが知るには少し遅かった内容だった。

きっと学校の課題も楽できただろうに。


「じゃあ、私は急ぐから」


足のホルダーから取り出したのは黒い木の枝のような杖。炎の紋様が彫られているところからメイテイのものだということがわかる。


特殊な杖だったようで、魔力を込め、引き伸ばして跨った。そしてエンジンをふかすように、杖の後方では魔力が高圧縮された光が輝きを増していった。


セキラは止めようとしたが、ビフェリオに妨害されてしまう。チッと腕が切られた。かすり傷なのが幸いだ。


(風の権能か!?)


セキラの言わんとすることがわかったのか、彼はヘラヘラしながら答えた。


「違う違う、普通に小型のナイフ」


(なぜそこで笑うんだ)


流石に気味が悪い。もしかしたらビフェリオも別の人格があるのではなかろうか、と思ってしまう。しかしそんな偶然おこるはずもない。確率的にとても渋い。


「じゃあねビフェリオ。…あ、ごめんないセキラ。ぶつかっちゃった」

「がっ!!」


どさくさに紛れて、クルエッタからも刺されたかと思ったが本当にふらついてぶつかっただけのようだった。


軽い言い方をしていたが、普通に杖ごとぶつかってきたためものすごく痛い。セキラは掠った肩を摩って耐える。


クルエッタはチーターのように保管庫の場所まで飛んでいった。あの速度だと1分もかからずに着いてしまうだろう。


そう思った束の間、何かが飛んできた。

ナイフ。

ナイフだ。


「ビフェリオ!殺意が高くないですか!?わたし貴方に何かしましたっけ!」

「いや特に。でもなんだかキミの動きを止めないといけない気がして………父さんから何も言われてないよね?」


ピンポイントな指摘だった。だが正解だ。これは未来を視た結果なのだろうか、それともただの勘だろうか。


「どんなに父親のこと警戒してるんですか」

「あの人の優先事項が何かわからないから信用ならないね。ずっと神都からいなくなったかと思えば急にやてきたし」


ドン、と地面にナイフが刺さった。今までずっと投擲をしていたが、一体どこから取り出していたのだろうか。


相手を傷付ける気のないセキラは、顔の横のナイフも気にせずに地面に倒されている。

見慣れたビフェリオの顔が近かった。


「…キミの固有魔法は条件をクリアできないから、発動できない。かと言って戦う気も無い…本当に何か企んでるね」

「特に細かいことは考えていませんよ」


これは本当だ。地上へと落とさねければいけないが、縁にはまだ少し遠い。しかし少しづつ、ナイフを避けている間にも近付いて行っていたので、あと100メートルほどだろう。


それに目標なんてビフェリオを止めるだけだ。彼を止めたら大樹の修復。滅ばず落ちずの大団円がきっと迎えられる。


「…わたし、水神の長になったんです」


言う必要はないが言ってみた。どんな返答が来るのだろうか。まぁ多分よかったね、とか、そうなんだ、で終わりそうな気もするが、ビフェリオには伝えておくべきだと思った。


そもそも、セキラが長の候補を今まで辞退しなかったのはビフェリオがいたからだ。もちろん両親のこともあるが、この際彼らはどうだっていい。


友達に先を越され続けるのは嫌だ。


そんな子供のようなプライドを守るために続けていた。だからあまりリアクションは求めていない。メイテイだったら、オーバーとも言えるリアクションを求めるだろうが、軽く頷いて把握してくれるだけでいいのだ。


だから完全に予想外だった。


「…おめでとう…セキラ」


ビフェリオはナイフの柄を離して必死に涙を拭っている。大泣きというと大袈裟だが、涙ぐむでは少し足りない。


「なんで泣くんですか…なんでそんなに喜んでるんですか…」


なぜそんなに泣いているのかとセキラが呆気に取られてしまった。


ビフェリオは未だ嗚咽を漏らし、おめでとうと小さい声で言っていた。その姿はさっきまでナイフを投擲していた人物だとは到底思えない。


もしや人格が2つあるのもあながち間違いではないのだろうか。


「お前がそんなんだから、こっちはいつまでもお前を信じるんじゃないか!!」


セキラも釣られて泣き始めた。単純だが、もう疲れているのだ。格上の神との対峙、移動に次ぐ移動、魔法の解析、精神的負荷。涙腺は容易く決壊した。


「俺は!これが終わった後、お前の命の保証もしてやりたいんだよ。このままじゃお前は死刑になる」


仕方がない、どうしようもない。そうやって誤魔化していたが、結局のところセキラが願うのはそれだった。


「……もう、もうやめようビフェリオ……なんで神都を滅ぼそうとするんだ?」

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