ぶつかって
『んー“仙楼”への口添え?できるだろうけど、あんまり期待しないでくれよ。割と評判悪い方の神だからな』
ファレオのだらしない趣味の数々は水神であるセキラの耳にも届いている。しかしそれでも元風神の長である。風神である。
(評判はなんであれ、風神というところが重要だ。未来を視た結果、そうした方がいいと言っているようにも見える。少しでも疑惑があるのであれば従うだろう)
割と強引に言うことを聞かせられるのは風神の特権だ。言うことを聞かなかった時、どうなるか誰もわからないがとんでもないバチが当たってからでは遅いので、誰も逆らおうとはしない。
『さっきまでいたらしいメガネの子なんだろう?昼寝から覚めたらベルランが泣いてて驚いたよ』
「仙人さん、彼の名前呼ばれてますけど大丈夫ですか?」
セキラは仙人に呼びかけたはずだが、代わりに答えたのは通話相手のファレオだった。
『平気平気。キミだって呼べるさ』
(なんでだ)
気になりはするが、そこを深く追求するほどの暇はなかった。それよりも年長者である彼にも一応大樹の魔法について訊いておきたかった。
『はあ、大樹の魔法ねぇ。良いぜ、年上面できるし教えてあげよう』
「知っているんですね」
セキラは話を聞きながらも手は止めていない。不敬にあたるが、こちら側の動きは見えないので並行して進める。大変に便利な魔法だ。
『そもそも、これは浮かせる魔法ではなく、突き刺す魔法だ。雰囲気的に浮かすって言ってるだけ。物理的な穴とかも生まれないから、傍目からじゃわからない。ちなみにこれ神都制作に関わったヤツしか知らないことな』
セキラと仙人は首を傾げた。
「飛行の魔法のようなことを想像していたのですが、違うんですか」
神都は空に浮いている。これは地上の人であっても、たとえそこに住まう神であっても同じ共有認識だと思っていた。
『違うな。串焼きだ串焼き。ただし串は透明で先はペクトに刺さっている。それでもイメージしずらいなら、あれだな。針山に刺さったまち針だ。針山がペクトでまち針の装飾物が神都』
ファレオは軽く言うが、だとしたら質量が桁違いだ。地上から何1000キロ以上も離れた神都を刺し、ブレることなく空中に固定し、術者である“最初の火神”が死んでしまっても存在させる。まさに神の御技だった。
『あくまでオレの所感と、断片的に聞いた話ね』
「それは…」
「意味がわからない。どんな理論を構築したら透明な串を刺す魔法ができるのかがわからない」
頭を抱えることすらできなかった。モチーフはあるのか?感覚でやっているのか?皆目見当がつかない。
『腐っても“最初の火神”だからな』
何も腐ってはいないが、やはり流石最初の神言ったところだろう。
(だいぶ頭のおかしいお人だったようだ。さすがメイテイの祖父…)
『いやでも今から裁判か?…大樹の件も今すぐ解決したいことだよな。現地に行くには時間がないし、テレパシーも届かないんだろう…全部終わってからじゃダメか?』
「終わったら終わるんですよ」
『オレもオレでやらないといけないことあるしな…んー。セキラ、一か八か賭ける気ある?』
「と言いますと」
「!?」
仙人は驚いて思わず声をかけようとした。国…というか都の一大事を賭けるとは信じられなかった。
やはりセキラには以前の対話もあり、ビフェリオよりかは好感があったが、今は耳を疑うようなことに食いついている。
「…とある人に頼む。成功したら確実に死刑回避。なんなら無罪放免。だがこのままだったら頼むことすらできない。だからキミらにちょっと頑張ってもらう必要も出てくる」
「もっと具体的に」
仙人が信じられない顔をしている間にも話は進んでいった。
『ひとつ、死にかけて。ふたつ、魔力を空にして。オレにはこれしか分からない』
何を言っているんだこいつ、と心の底から思った。その2つは両立しない。魔力が空になったら人は死ぬのだ。かける、だけじゃ済まない。
「…もう大樹のことは諦め、いっそ放置しては?リカバリーも動いているんでしょう。むしろ結末が消滅であるのならば、そちらの方が被害は少ない」
仙人は至極真っ当な提案をした。
『神の権威はその時点で死ぬけど、長たるキミは平気かい』
ファレオはその言葉を聞いているのかいないのか、無視して言葉を続けた。今彼が会話しているのはセキラだ。
「なんで知っているんです」
『そういうのわかるんだよなー』
(長、か)
受け身になって、突如回ってきてしまった役割だった。責任はルキネがとると言っていたが、そんなつもりはさらさらない。
自分の権利で、自分の責任だ。
それを人に譲るのは、いっそ勿体無いとも感じる。
「いいえ、まったく平気ではありません。既に神都の一部は私の民が住む、私の土地です」
『よく言った。頼むぞ』
どうせにっちもさっちも行かないのであれば、一度に解決した方が楽だ。セキラの嫌いな面倒ではない。
セキラは無意識にポケットの中の魔法具を確認した。しっかりと魔力が入っていて、使用に問題はない。
「…仙人さん、ご協力ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
理性的に見えたこの神も、やはりさっきの風神と同じように身勝手な生き物なのだと仙人は思った。しかし、友人1人それで助けられるのであれば願ってもない。
『にしても初めまして、セキラ。オレの息子の友人よ。今まで仲良くしてくれてどうも、そして迷惑をかけたな』
「はい。必ずやり返すので大丈夫ですよ」
『はははそいつは良かった!ビフェリオともうぶつかるぞ!』
もし、本当にエンカウントするのであれば随分遅い注意だと思った。
「セキラ、ごめんよ」
本当に遅い注意だ。
彼に悪態をつく間もなくビフェリオは扇を取り出して、魔力を集め始めた。いつの間に近くまで来たのか、目と鼻の先とまではいかないが手を伸ばせば触れられる距離だった。
「【ロネリー航海記】!」
魔法は発動しない。
(…あぁそうだ!相手を眠らせるだけだったら、生命の危機ではない!!)
つまりセキラの魔法での緊急脱出はできないということだ。
(眠ったら自力じゃ絶対起きれない)
『あ、できたらビフェリオを下に落としてよ。どこからでも良いから』
セキラは強制的に通信を遮断した。ここまでする必要はなかったし、寧ろファレオは危険を教えてくれた側だが無性に腹が立った。
ずっとヘラヘラしてるのがムカついてきた。
(でもやるしかないんだろうな!できるか!?)
ビフェリオが呪文を唱えようとした時。
「先手必勝。そうだろう?消音の法を使わせてもらった」
仙人は何10枚もの札を侍らせ、右手には1枚、指で挟むような形で持っていた。ソレは青白い焔を纏いながら、風が吹いていないのにも関わらずゆらゆらと揺れていた。
「…!!」
口をパクパクとさせるが音が出てこない。
(ナイス仙人!)
セキラは水を生成しビフェリオに向かって投げつけた。殺すわけにはいかないので水風船程度の威力だが目を閉じさせるのは十分だ。
「ビフェリオ、こっちですよ!」
大樹から飛び降りて下へ誘導する。
その間にも、ガッ、と汚い音を立てて、仙人は口から滝のような血を吹いた。




