知恵を分けて
辺りは静かになった。仙人が不審に思う頃にはビフェリオは目の前から姿を消していた。
消える直前にとても顔を歪めていたが、あれはなんだったのだろうか。もしかしたら皮肉に弱いのかもしれない。
「…どこへ。逃して良かったのか、それとも無事を喜ぶべきか…いやしかし、上司から言われているしなぁ」
一応戦い向けの札もひっそりと取り出していたが、またしまった。このまま帰っても良いが、上からネチネチ言われることは目に見えている。
しかし、スレンドの件もある上、ベルランの健康被害も酷そうだった。彼も帰りたそうにしていたが、ちょうど目覚めたファレオという名の風神に引き留められたのだ。
(帰った方が楽ではあるが…ううむ)
どのみち神都は滅びそうだったので、多少のお叱りを受けても退避すべきだと考えた。ここにいても、もう良いことはない。例えば神都が落ちたとしたら辺りはその衝撃で吹き飛ぶのだ。避難するなら早い方がいい。
仙人は結局、ベルランを回収して華仙に帰えろうとした。縦に長い帽子からふわふわとした何かを取り出す。手のひらサイズだが、広げると人1人が乗れる程度には広がる。もこもこふわふわとした小型の何か。これは飛行に特化した杖だ。
雲にも似たそれに乗り、どんどん上昇していく。とても安定するがそこまでの速度が出ないのが難点だった。
上昇すれば、小さくなった大樹の背丈ぐらいにはなる。ぼーっとしながら立派だった大樹を見た。
(?魔力がうねってるな)
大樹の幹の終わりで、枝の裂け目の少し平坦にもなったところから波のような魔力を感じた。
(高さを合わせて見ているか)
「あ」
「え?」
目が合った。そこにいた人と。セキラである。
「どうも…」
あぐらをかいて魔法陣をいじっているようだった。よく見れば、右手で本を捲っているようだ。
「ここで何を?」
ビフェリオの一件により神に対して警戒心が高まった、仙人は少々キツイ態度をとった。
本来であればそんな態度を取らないだろう。仙人とセキラはすでに会話をしたことがある。魔法を介してになるが。声は知っていても、“え?”と“どうも…”だけでは個人を特定するのは難しい。
「こちらの台詞です。ここで何を?」
仙人の微細な敵意を感じ取ってか、作業を一時中断してこちらを見た。
セキラは仙人が4人神都に来ていることを知っているので、服装からしてその誰か…というより消去方でエルフの師匠だとわかっているが、敵意を向けられたからには相応の態度をとった。
「連れを回収する道中だ」
仙人が答えると、それに応じるようにセキラも答えた。約束はしっかりと守るタイプのようだ。
「わたしは大樹の魔法を解析しています」
その声にピンときた。
「大樹の魔法の…?というより、もしや前に話したあの水神様ですか?私はあのテレパシーの魔法の…」
「あ、やっぱりそうですよね。初めまして」
「…」
「…」
3秒硬直。やはり少々気まずかった。
「…申し訳ございません。あなた様に敵意を向けました」
「いいえ、気にしていません。今神都は混乱していますからね、気が立つのも仕方がないですよ」
セキラは再び光る魔法の設計図に向き合った。額から汗がぽたりと落ちる。暑いわけではないので緊張によるものだろう。
「あぁ、やはり神様達が眠っていることを知っているんですね」
何気なく言った、すでに仙人の認識に加えられたあの暴挙はセキラの耳を疑わせた。
「なんですかそれ??」
***
セキラに先ほど仙人が見聞き、体験したことを言えば彼女は盛大に音を立てて、両手で顔を覆った。
「なんで今なんだ…邪魔すぎる…音を聴いたら強制催眠は厄介すぎる…何が得意なことはないだ!わたしより数10倍優れた魔法書持って何言ってやがるんだ」
(あの時も思っていたが、どうやら考えがちのお人のようだ)
「…そうだ。この魔法について何か意見はありますか」
セキラは恨みを言うのをやめたあと、自身の周りで光る魔法の設計図を見せる。木の根を再現したかのようなそれはところどころ変に歪んでいて、明らかに系統の違うものが混ざっていた。
(何か見たことがあるような部分が…)
しかし記憶に埋もれているようで、中々思い出すことはできない。それでもかなり昔だったように思う。
「助力はできませんね…魔法はあまり得意ではありませんし、と魔法仙術は完全に別口なので」
「そうなんですか?」
「魔法は…私の感覚によるものですが…反応ですね。感覚派もいますけど、大抵は理論的に魔法を構築しています」
この場にもしフカンやベルラン、スレンドやホースがいたら、この考えに賛同するだろう。逆に首を傾げるのはルキネだ。これは決して天才、凡才で差が出るところではなく、本人の性格によるものが大きい。
「理解できます。続けてください」
セキラはもちろん納得できる側だ。
「逆に仙術は反射です」
「はい」
「以上です。それ以上は感覚なので何も答えられません」
仙術の修行といえば様々なものがあったが、体験した身からすると9割がたはパチもんだった。意義のあったと感じる修行は瞑想ただ1つだ。
「…そうですか。じゃあ初めて扱えた時の感覚とかはどうですか?」
「神様は…部屋の中で漂うホコリ、と言われてピンときますか?」
庶民的な感覚であるし、そもそもこの神の都にホコリなどは存在するのか、地上の人間である仙人は曖昧だ。
「きます。ここでも普通にホコリは溜まるので」
(溜まるのか)
「それを掴んで集める感じです」
人差し指をトントンと動かして思案するが、眉間に皺を寄せるばかりで他の動きが見られない。
「…ダメですね。一切合切わかりません。ホコリは払うもので掴むものではないですから」
(神様でもわからないか)
神は基本的にスペックが高いのでそれでもあまりわからないとなると、やはり仙術とはなんなのか気になる。スレンドがベルランに一度教えようとしたことがあるが、てんで扱えなかった。
魔法が得意だからという線も考えたが、だとしたらメイは習得にもっと時間がかかっていたはずだ。スレンドだって早かった。
「そうだ、スレンドだ」
セキラは首を傾げる。
「この魔法、一部がスレンドの魔法に似ている…」
元々姉弟子、妹弟子の関係だったので、修行中は寝食を共にすることが多かった。スレンドはまだ魔法を得ていない時で、仙人は解読の手伝いをしていた。
確かに見たのだ。この曲がりくねった迷路のような陣を。
「もしかしたらその人なら解読できますか!?」
「…運が良ければ。最大の問題は華仙に戻って裁判にかけられる予定ということです。私の魔法も“仙楼”までは届きません」
今かなり体の状態が悪そうだったということもあり、問題なくできるかと聞かれれば、それは運によるだろう。ベルランによれば時間経過すると状態が悪くなると聞いた。
(どうにもならないな…)
仙人は諦めようとしたが、セキラが口を開いた。
「“仙楼”での裁判…なるほど。それなら神から口添えができるかもしれません。もちろん私からではないですが」
「!?」
それはたぶん可能だ。
そもそも仙人の技術、不老長寿は神から許しを得て受け入れられているだけに過ぎない。
例えば今神側から禁止、との御触れが出たら“仙楼”は即刻解体となる。神には逆らえないのだ。
「わたしは水神の長ですが、それでも“仙楼”に口出すには少々無理があります。…ファレオさんと魔女が一緒に下にいるそうですね」
仙人が知っている人の大体の位置はセキラに伝えている。
「良ければ、貴方の魔法でわたしと…ファレオさんを繋いでいただけますか?」




