馬鹿だと言って
沸き立つような、森林の中にいるような、しかして今すぐ冒険したくなるような笛の音が聴こえた。
ばたり、とそれを聴いた火神の民は倒れる。
音は移動した。
ばたり、とまたもや火神の民は倒れた。
音は移動した。
「何故風神がここに?ともかく…」
ばたり、と音を聴いて倒れた。
ビフェリオは火神の土地を行脚する。
彼の通った所には、他種の神がいることで騒ぐ人など誰もいない。皆眠った。
くまなく土地を歩き続ける。物音が聞こえればそちらへ向かい、建物の中まで入っていく。赤子の鳴き声は突然止まり寝息を立てた。異様な光景。不可避の奇跡。これが本来の魔法である。
彼は終始無表情だった。
「風神様はご乱心なされたか」
音を聴いても眠らなかった仙人がひとり。周囲には黄金に輝く5枚の札がその人物を中心に円を描き回っていた。それのおかげで彼女は眠らずに済んでいる。
「初めまして。神の土地への瞬間移動の札を使ったことは、許してくださるでしょう?」
ビフェリオはやっと振り向き、笛を下ろした。しかし目線は合わない。どこか上の空のようだ。
「うん。まぁ、…キミは“仙楼”に行ったと聞いているんだけど」
聞いたと言うより視たと言った方が良いのかもしれないが、手段はそこまで重視していない。彼は何故ここにいるのかを聞きたかった。
「“仙楼”の用は済みました。そこの方々に神都のことを伝えると、止めよとの名が下りました。…私も訊いてよいでしょうか」
笛を懐にしまって頷く。
「何故あなたはこんな行為をしているのです?火神の土地に来る前に、ちらりと風神の土地も見ましたが彼らも眠っていました」
「眠るように死ねたら良いだろう。とても楽だよね。…キミもそう思ってるんだろう、大体の話はキミのお弟子さんに聞いたよ」
「メイが…」
「お陰でキミのことはすぐにわかった」
ビフェリオはくすくすと笑う。初対面だが不気味だと思う笑い方だ。足元もふらついているようで、自身のコートを掴む指先は忙しない。
(まるでスレンドのような…)
瞬間移動は一度スレンドの居場所を経由した。瞬間移動はどこでも行けるわけではなく、行ける距離が決まっているためだ。それに加えて、彼女を華仙へ移動させなければならなかった。
何かベルランと話をした後のようで周りの雰囲気は最悪だったが、彼女に華仙行きの瞬間移動の札を貼っている時少しだけ喋った。
『わ、私、魔法をじ、邪魔だと、思っていたんだぁ。人の取る、手段として、不適切だし〜。無いことにすべき、って思う〜た。最終的、な、手段として、あってはいけないからね〜』
たどたとしく言った後は力強くこちらを見た。「君も無理矢理生かされたくはないでしょ?」と言わんばかりに。大人しく“仙楼”へ移動したが、一体何に魔法を使ったのだろうか。副作用は知っていたのでとんでもないモノに魔法をかけたのだと考えられる。
それと同等なのだ。落ち着きのなさが。
(さて、どうするか。止めなければならないが武力行使はしたくない。ひとまず耳栓でも着けておくか?)
戦いたくないのは負けるからというのと、メイが神都にいるからだ。下手な怪我を負えば何をしでかすかわからない。
(馬鹿が指示に背きやがって)
懐から紙を取り出し、ちぎって丸めて耳に詰めようとしたとき、ビフェリオは口を開いた。
「…ボクはキミに危害を加えないから、帰ってくれない?」
「なにぶん、立場があるもので」
言い終われば、飛ばされた。
「ッ!!」
恐らく、足元に突如巻き上がった強風に持っていかれたのだろう。人であるというのに紙風船のように舞い上がった。
(このまま落ちれば落下死する)
いつもの顰め顔のまま上空で神都を見た。生憎と大樹の枝葉は消えているので、打ち上げられると妙な解放感があった。
(…火神の土地は全滅だ)
身勝手、不思議、そのくせ強い。
(あぁ、なんとも。神とはこういう生き物なのだろうな)
仙人は大変な嫌悪を抱いてしまった。飢えで死んだ家族を土に埋める時も、神へ向かって祈り続けた覚えがある。誰か助けてくれ、と確かに手を合わせた。
今思えば無意味だ。
こんな精神性の神が他人を助けるわけがない。
歯軋りをして決意した。
耳栓にしようとしていた紙を開き、指先を切って印を書いた。少し仙力を込めればたちまち強い光を放つ。
仙術は秘密の多い技術だ。仙人の地、“仙楼”にて独占されている技術である。人間のとき弟子入りし、メイの師匠になるまではもちろんそこで修行をしていた。意味もなく何1000年も。
意味がないと言うのは訳がある。元人間だから習得は困難だと思われていたが、逆だったのだ。習得が早過ぎた。1000年も要らず、100年も要らなかった。
しかし“仙楼”側が仙術に選ばれし者のみが習得できるという箔を付けたいがために、不要な数1000年を修行の復習に費やした。
総括すると、彼女は天才なのだ。特に基礎はできすぎる。
仙人もメイもベルランもスレンドも、地上界の上澄み部分なのである。誰にでも“町もどき”の破壊や、再生させる魔法をつかうことや、“最初の風神”の首を落とすことができるとは思わないで欲しい。
本人達は割とそうは思っていなさそうだが。
仙人は地面に落ち、爆発したかのような巨大な砂埃を舞わせたが、無傷でいる。この程度の落下を相殺することは容易かった。
「神様よ、私はあなた方に祈った時期があった」
「事件の時ならボクはまだ産まれてないよ」
いつのまにかビフェリオは扇を手にしていた。大名の屏風のように豪奢なそれには、季節の花が描かれているようだ。
「神として答えて欲しいだけなのです」
「……できるだけ希望に添うよ」
「神に助けてと祈ったとして———それを神は叶えて下さりますか?」
「ボクの友達は叶えるね」
「あなたは?」
「…ボクには無理。できることが少ないからね」
彼女は天才だ。できない人の気持ちなどわかる訳がない。しかも相手は神だ。元人間の彼女は神を無意識下で過大評価するきらいがある。
「未来が視えるのに何を言う。知っているならできるだろう」
故に、地雷を踏み抜いた。




