赤は流れて
勢いよく反射的に突っ走ったはいいものの、フカンの言い付けを破ってしまったことは猛省している。しかしこの状況が反省している場合ではないことはわかる。
ドラゴン、エルフ、血溜まり、生首、父親。視界にはさまざまな情報が入ってきた。
全員倒れている。
「お父様!?」
頼もしい父親が倒れているのを見て、ビフェリオを探すのを一旦やめて駆け寄った。
何か重傷を負っているのではないかとも思ったが、なぜか自身で太ももを刺している所以外致命的なものはないようだった。疲労、それに魔力が限りなく空に近いのが主な脱力の原因と考えられる。
「…メイテイ。長を、頼んでいいか」
眉間に皺を寄せながら、必死に眠気に堪えるように言った。
「どうしたの急に!?なに刺してるの!」
自分の意思でナイフを突き立てるのは、気でも狂わないとやらないだろう。
「…眠気が凄いんだ。覚さなきゃやってられん」
荒い息遣いながらも生気に満ちた、迫力ある目はメイテイを見つめた。
長をやりたかったので願ったり叶ったりではあったが、この不思議な状況で話を持ちかけられるとはまさか思っていなかった。
「わかったわ!」
だが、すぐに納得できた。
それは父親を尊敬し、信頼している証である。決して適当なことはしないし、理由なく責任を放棄することはしない。だからこんな突拍子のないことも頷くに値する。
何もわかっちゃいないが元気よく返事をした。
「よしよし、良かった。まあもう任命した後なんだがな」
事後確認である。
フカンは決して適当なことはしないが、ちょっと行動に勢いがある。別に気にしないが。
(通りで足が軽いと…)
「無事なら良かったわ。でも…この惨状はなに?」
揃いも揃って大の大人たちが倒れて、今確認したがファンの目の前には生首と血溜まりときた。下半身は一体どこへ行ったのだろうか。
(髪の色的に風神。でもショートヘアだからビフェリオではないわね)
メイテイは生首を拾って顔を確認しようとした。
「触るな。…説明する」
強い静止に反応して手を引っ込めた。
「ビフェリオ君のこと…探しに来たな?」
やはり親の不思議パワーでお見通しなのだろうか。しかし限度があるように思う。流石に不思議すぎた。
「…うんそうよ」
間違っているわけではないので、疑問を内にしまいつつ肯定する。その様子を見てか、フカンは苦いものを噛んだような顔をして口に手を当て数秒熟考するとこう言った。
「…先に言っておくが…メイテイ、お前はお前の思うがままに動け。好きにやれ、心の赴くままにやれ。いいな」
「元よりそのつもりよ?」
「うん。肝が太くていいことだ」
「ねぇお父様」
「ん?」
「私に甘すぎないかしら。なんだかんだで私の好きにさせてくれるもの。いくら可愛い愛娘だからといって…わっ!」
頭上に暖かい感触がきた。
「うーん、そうかぁそうだなぁ」
フカンは急に両手を使ってメイテイの頭をわしゃわしゃと撫で始めた。一体なんなのだろうか。
やっぱり可愛いからなのだろうか。愛され系の自覚はあるが、最近父親からのなでが多い気がした。
「嬉しいけれど、私もう子供じゃないのよお父様!」
「うんそうだなぁ」
もうほとんど目は眠気に耐えかねて閉じているが、わしゃわしゃとする手は止めない。
「魔力を回復するために寝るけど、ほっとけ。ドラゴンと和解したから…3種の神全員、ペクトへ避難する。メイテイは、ビフェリオ君を…」
「ビフェリオ!?やっぱりここに居たの!?どこ!?」
まだまだ説明が足りていないが、今欲しいのはビフェリオの居場所だ。8割寝てるフカンの胸ぐらを掴んで全力で振る。
「うーーーそこまでされると喋れんー」
がたがたと首がロデオの如く揺れた。
さっきまでの親子のやりとりが嘘のようだった。
(お父様眠り深いから、1回寝たら終わる!!)
「寝ない寝ない…彼は数分前までここにいた。魔法でこれから神都を消すらしい。ここにいるやつは倒れてるんじゃない。寝てるんだ。彼が神都を歩きながらかけている魔法でな。耳栓しとけよ」
(耳栓?)
「あ、それからこの首“最初の風神”様のやつ」
「んん〜?」
メイテイは意味がわかっていなかった。
(暴風雨のことはわかったけれど、そう簡単に首を落とされるような方なの?)
落とされているのが現実だった。少々期待外れな感じだったが、このメンツでやっと、というのであればそんなこともあるだろうという程度だ。
フカンは“最初の風神”との戦いの最中、目の前の神を睨んであることに気が付いた。
寒気がするほど整った顔。左右対称な骨格。眉。目。まるで人形のようだと。
「“最初の風神”…アレの身体は人工物だ」
火神には水神の“生死の管理者”ように、昔使われていた呼び名があった。その名は“万物の観測者”。前者は死者を蘇らせることからその名がついた。
後者は長の仕事の一環である、詳細な記録書を作ることに由来する。そうしていつしか地上の人、物、文化の全てを記録する観測者と呼ばれた。
誰もが呼び名で称賛するほどの記録をするには、確かな審美眼が必要だ。
贋作、真作。人工、天然。火神はそのテのことに慣れている。
(完璧すぎる。でも痛覚があるようだし、血も流れていた。天使のような機械の人工物ではない)
手がかりは、不可避のはずの魔法に抗うこと。
魔法に耐性がある。つもり、魔力に対して杖のような耐性があるということだ。
「大方…魔力で練られた身体だ。魔法の類はほとんど効かないと思っておいた方がいい」
魔力が魔力に高い耐性を持つのは当たり前だった。
ルキネの槍が刺さったのは、彼女の無意識下による高い耐性の察知と、油断。それから限りなく物理的な武器に近く造った、ということが幸いしていたのだろうと思う。
今フカンが寝ていないのは長の特権のひとつも効果している。荒事への対峙も多々あったため魔力への耐性も高くなる。無論、もう引き継いでしまったため残り香のようなものだが。
「いくらでも変えの効く身体だ。また出てくるかもしれん。会ったら逃げろ」
「肝に銘じます」
メイテイも1人で勝てる相手だとは思えない。
「それから、ビフェリオ君も同じ身体の可能性がある。肉体じゃなくて、魂を殺せ」
あまりにも平坦に言うものだから、メイテイも上手く表情を作れなかった。
「殺せって…なに?」
体温が一気に冷えた。
「俺が長なら、そうする」
フカンはそう言って眠った。
彼が次に起きるには一体いつだろうか。少なくとも、今強く降り出した雨が止むまでは起きることはないだろう。
ここからの判断はメイテイに一任される。




