火を掲げて(2)
いつだったか、ずいぶん昔。メイテイが物心ついた時で、まだファレオが長をしていた時だった。突然家に呼ばれたんだ。
理由は姉の件の話だった。
メイテイの出生の話だった。
「元気だね、2人は仲良くなるぜー」
窓の外を眺めながらファレオはそう言っていた。彼の息子とメイテイが話しているところを見ているようだ。
「嫌なんですけど。で、本題を早く」
フカンは苛立っていた。それもそのはず、ようやくイエコト関連の事後処理が終わりやっと一息つけた頃合いだった。“最初の火神”も長の勤めを事件前までとは言えないが、そこそこ立ち直って来ている。
「焦らないでよ。あ、風神の事後処理どうも」
「軽い!俺が一体どれだけ苦労したか…!お前らは一体どんだけ人を馬鹿にしたら気が!!」
「子供に聞こえるぞ?」
「チッ…だからメイテイまで連れて来いって言ったのんですね。てか何で目隠しまでして連れて来たんですか?」
「サプライズってな。じゃあキミの姉の件ね」
ファレオはそういうところがある。人の嫌な思い出を余裕で掘り返してくる。
「キミの姉、処刑されたよね」
「お前のせいで、ですね」
これぐらいは言わねばならなかった。
「うんすまない。キミは姉に頼まれて、彼女の子供を取り上げた」
「…」
「そしてその子を姉の言い付け通りに大樹の元へ捨てた」
事件には、嘘がある。
大衆に向けた火神が人間と交わったという話。
それは嘘で、最初の神様、当時の長、フカンの間で真実としているのは、ファレオが魔女と交わったという話。
もうひとつ皮を剥がせば違う話になる。
ファレオが魔女と交わったというのは嘘。彼が研究のために魔女の里に送り込まれたのは本当だが、相手自体はそこの奴隷だった人間である。
彼は駆け落ちをしようとした。無論失敗したが。当時ファレオを捕まえたのがフカンの姉だった。裁くために魔女の里からファレオは離れることになる。もちろんその人間も共に。魔女は風神に対して訴えを出した。「約束が違うじゃないか」と。
姉は魔女による暴動を一時的に治めるために、人質となった。火神がやる必要のない役回りだ。
しかし、姉は人が良かった。
しかし、時悪く姉はそこで妊娠が発覚した。
風神が言うことにはこのまま罪を犯したのを姉にした方が未来にとって都合が良かったらしい。
再度言うが、姉は人が良かった。
「話は変わるけど、お嬢様は捨て子だったんだってね。あの子を捨てたかなり後に拾ったんだっけ」
「…何が言いたいんですか。まさか姉の子だと言うわけではないでしょう。赤子でしたし、おくるみも違う」
あまり長くメイテイをこの場に居させたくはなかった。どんな悪影響を受けるかわからない。息子はともかく、特にファレオには関わらせたくなかった。
「オレが同時期に、秘密裏だけど罰を受けていたのは知っているよね。彼女とおんなじ場所でオレも投獄されてたんだ。妊娠の件もキミより前に知っていた」
「!」
「彼女はまだ腹の中にいたあのお嬢様に魔法をかけた。あくまでオレは魔力の提供だけね」
言いたいことは色々ありすぎた。
「…ぁ、は、…何の、魔法を?」
重要そうな部分を聞き出すのが精一杯だった。でなきゃ殴りかかってしまいそうだ。
フカンは姉の魔法を知らない。
「時間を止める魔法」
姉にぴったりだ、なんてどうでも良い感想が頭をよぎる。
「彼女言ってたよ、自分の子供じゃちょっと育てにくいだろうからって。わざわざ一回捨てさせたんだ」
いかにも言いそうなことだ。
「メイテイは、キミの姉の子だ。父親は———“最初の火神”、長の素養はキミ以上。力も魔法も、キミと比較にならないほど強くなるだろう」
もし直系ならばそうだろう。
「彼女を次の次の長にしなさい。それを言うためだけに呼んだんだ」
疑問が浮かんだ。メイテイはまだまだ子供だ。長だってまだ“最初の火神”が勤めるだろう。それこそ天寿を全うするまで勤める気でいるだろう。
今話すのが次の次の話とは。
「まさかセイカン様が急逝すると…!?」
ガタンと椅子から立ち上がる。
「早とちりだね、あの人は生きるよ。キミの任期が短いだけ」
「…俺次の長ですか…」
ネタバレを喰らった。衝撃と共に静かに着席する。
「逆に聞くけど、キミ以外パッとしないじゃん?降水確率80パー、みたいな予報だと思って」
「はぁ」
ファレオは時々訳のわからないことを言う。
「俺じゃない可能性もあるってことですね」
「そう。キミじゃなかったら、そうだな…。アンドンちゃんとか…クルエ…は違うか…うん。まぁそんな感じだぜ」
(なんか今ゾワっとした)
知り合いをちゃん付けで呼ぶ年上は、案外気持ち悪いことに気が付いた。自分もやめておこう。
「とりあえず、あの子を長にした時点でオレが死ぬ運命が確定する。キミにとってはいい話だろう?」
もし本当だったらとても嬉しい予報だった。
「それは…いつ?」
つい前のめりになって聞いてしまうほどには。
「時が来たら合図をするさ。とびっきり目立つやつをな」
「ふわふわし過ぎてる…」
「えー、そうだなぁ。こうしよう」
ぽん、とわざとらしく手を叩いてみせた。
「キミの目の前で真っ赤な花が飛び散ったらだ」
「は」
「詩的な予報だろう?オレらしい」
ファレオは満足そうに笑って窓を開け、子供達に遊びは終わりだ、と声をかけた。
思えばわざわざ目隠しをしてまで連れて来たのも、風神の土地の違和感に気付かせないようにするためで、メイテイを呼んだのもビフェリオに出会わせるためで———全てに意図があるように思えたが、なぜ彼はメイテイの真実も姉の考えも伝えたのだろうか。
(気まぐれだったのか?)
とにかくフカンは目を見開いて、目の前で弾けた血を見てた。“最初の風神”が爽やかに笑った後、白い何かが上から来た。「待て!!」と言う悪魔の焦った声も聞こえた。
“最初の風神”の首がごとんと落ちるのを見た。
目の前で、真っ赤な花が飛び散った。




