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神に祈って  作者: ロヒ
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火を掲げて(1)

空中には鉄扉と、先ほどまでそれを使って塞いでいたであろう太い鎖があった。鎖は上から下へ交差するように繋がれていたようだが、今は地面に落ちている。扉が開くと奥には御簾があるようだった。


その手前には上品、よりかは寧ろ目が痛くなってしまうほどのツタや花の柄付きの床。全体として見れば牛車の断面図のような形をしていた。


フカンは一気に緊張状態になって、全力を出し続けていたためか疲労からか咄嗟に振り向くことができなかった。


とにかく暑苦しい。


(でも俺はこの気配を知っている)


「裁きを下す前に、此度の裁判を要請した者、その対象者、罪状と証拠を、裁判補助官たるワタシの方から明示させて頂きたく存じます」


山羊頭は恭しい態度でそう言った。


フカンはその声でやっと後ろを見る。

門が現れてから“最初の風神”の抵抗も弱まった。というより、フカンの魔法自体も今は止まっているようだった。


「…失敬。状況が緊迫している様子でしたので、話をしっかりと聞けるよう動きを止めさせて頂きました」


その疑問を察知し、わざわざ回答をくれた。“最初の火神”と共に来ている、恐らく部下のような立ち位置だろうか。少なくともその見た目の怖さから想像される強引さも非道さもないようだ。


どうやって時を止めているのかはさておき。


「成る程…」


へたっと地面に腰をついた。


なんとなく相槌を打ってしまう程度には救われた、と思った。認めたくはないが、あの拮抗が続いていたら多分魔法の方が押し負けていただろう。良いタイミングだった。


(あぁ、これヨモツヒラサカの門か…)


上にある門の装飾を確認して今居るのは一体なんなのか合点がいった。通りで“最初の火神”様が来たわけだ。


山羊頭が言った通り、本当にこれは裁判なのだろう。最初から最高裁という特例ではあるが。


(裁くためだけにいらっしゃったのか)


「明示にあたり、最初の神々を真名をお呼びする不敬、いち悪魔たるワタシには身に余りますものなれば。通常、真名を呼ばねばならぬ決まりごとでは御座いますが、ここでは通称でお呼びすることに致しますことをご容赦願います」


悪魔は分厚い書を片手に深くお辞儀した。


「さて此度の開廷は、“最初の水神”様が“最初の風神”様に対し、先導者であるにも関わらず【天】に反する過度な行為、及び世界の規則に違反する干渉をした、という訴えを出されたためで御座います」


「証拠として、時空の歪みの記録、自白の音声も提出されております。そして死者であるにも関わらず、生者への過干渉。こちらは水神の民、現長のセキラ様。水神の眷属、ドラゴン族。間接的にはなりますが仙人、スレンド様が被害を受けております。唆し、嘯き、記憶の書き換えの痕跡も発見しております」


ホースはいつのまにか地面へと降り立ち、その話を聞いていた。空に集まったドラゴンたちも不思議な状況を察知したのか、皆こちらへ向かっているようだ。


「以上が前置きに御座います。宜しいでしょうか。ご不明な点が御座いましたら挙手をお願い致します」


律儀にさながら授業のように挙手を求めた。かなり不思議な悪魔だ。


(そんなことをしてたのかってことがゴロゴロ出てくる…にしても仙人まで巻き込んだか)


“最初の水神”様の髪を掴み、到底見逃せない振る舞いをしていたので戦いに加わっていただけなので、それ以前のことがあったとは何も知らなかった。


(こんな存在がこの世に出てきてなんの気配も察知できなかったのが怖いな)


そして心に余裕ができたので、やっと気が回り始めたが前に“最初の風神”。

今はこちらを向いてはいるが後ろに“最初の火神”。


という板挟み状態になっていることに気がついた。


(いや、()()()()()が怖いというか、最初の神様の間に入っているのが怖いんだが…)


フカンはじりじりとこの間から抜けようとするも、また会話が始まったので出るに出れなくなってしまった。


「おい、セイカン。御簾の向こうで何様なんだい。ちょっとは顔見せるなりして、ボクに敬意を払ってくれよ」


“最初の風神”は当たり前だが律儀に挙手することなく、下半身が深淵に取り込まれている状態で、頬杖をついてそう言った。


悪魔は少し困ったように、御簾の方へ顔を向ける。


「何故?」


そこから声が聞こえた。


低い、威厳のある、でもどこか疲れ切ったような声は確かに聞き覚えのあるものだった。


(本当に居る…)


本当に久しぶりに声を聞いたが、何も変わっていないようで不謹慎だが安心してしまった。少なくとも体調面の悪化はないようだった。


おさらいだが事実としてセイカンという名の“最初の火神”は既に死んでいる。それは確かだ。


死ぬ直前まで長であり続け、最後は執務中に衰弱死していた。それを確かめたのは姉の代わりに補佐をしていたフカンだ。


机に伏すことなく書類を墨で汚すこともせず、民の尊敬を一心に受けていたおひとは、誰にも知られずいつの間にか目を閉じていた。


(あぁ、良かった)


御簾の向こうに居るとわかるだけで、フカンの緊張感は少しほぐれた。仮に他の火神だったとしても、彼の人となりを知っていたら同じ反応をするだろう。


「…顔を見せる、必要はない」


独り言のような今ひとつ精力に欠けた言葉も、晩年の姿と比べればマシな状態だった。


“最初の風神”は興奮気味だった目から一転、寝起きのようなやる気の感じられない半目で言った。


「はぁ、でキミが裁くんだっけ?良いよ。罪を認めてあげよう。どうせボクの意思に関わらず強制的に有罪だったろう。どうするんだい」


“最初の火神”はそれに応えることはなかった。代わりに悪魔は頷く。


「誰も疑問は無いようで。では、『公平、公正に厳罰で裁くことを約束し、私怨ではなく輪廻を正常にするためと誓い、正義の名の元に判決を下します』」


カン、と鋭いガベルの音が御簾の向こうから聞こえた。


「“最初の風神”———フェガイドは、有罪。前魔力の3分の2を没収、奪った魔力の返還。元いた場所への強制送還及び()()()()の罰を課す」


「うん。妥当だね」


気持ち悪いほど彼は落ち着いていた。諦めたのだろうか。


「罰を執行するため、フカン様の魔法により露出した深淵への道を、別の場所へ変更させて頂きました。ご了承下さい」

「あぁ、問題ありません」


「…執行を」


カン、とまたガベルが鳴れば、フカンの魔法はまた勢いよく“最初の風神”を取り込もうと動きだした。

今度は抵抗を一瞬してみるがすぐに諦めて、口を開いた。


「よしじゃあボクも今!訴えを出そう!まさかダメとは言わないだろうね?」


なんてことを言い出すのだろうか。


「…無論、受理致します」


またぴたりと吸い込む動きが止まる。


「“最初の水神”は風神の領域を侵害した。具体的に言えば、2代目風神の長のファレオと取引をして、現長であるビフェリオ以外、未来が視えない状況でなければならないのにも関わらず、【天】の予知能力を横流しした」


「は」


フカンの口からは阿呆のような声が出た。


「これは侵害の他に、【天】の裁定者であるという立場の悪用でもある。でなければそうそう直接の接続はできないしね。とにかく運命———つまりは【天】の意思に逆らっている」


「送還と労働以外の罰は下してもらって構わない。代わりに今ここでレイウを呼び出して裁いてくれ。人も揃ってる。なんてちょうど良いんだろうね」


「この際、全てを清算しようじゃないか」


爽やかな笑顔で、そう言った。

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