貴方のために(3)
「それがどうしたんですか」
「俺の魔法の基準的にどうかと。でも、かなり良いです」
懐から時計を取り出して時間を見る。一度不思議な大幅な時間のズレがあったが、既に修正していた。ルキネと離れてから5分程度しか経っていなかった。
「ワタシにできることは?」
「あと5分の耐久です」
「なるほど。…防御に徹するといたしましょう。アレはそろそろ痛みに慣れる頃合いです。もう動くでしょう」
言い終わるのが早いかナイフが投擲された。大気の魔力から作ったものだろう。
「っし!」
しかし、フカンは見事それに反応してみせた。上り切った血も今は充分に冷えている。
「1匹と、2人か…」
“最初の風神”は軽薄な笑いをすることなくこちらを睨む。宮への距離はどさくさに紛れてかなり離したつもりだったが、ルキネのことはしっかりと観測されているようだ。
「…『発弾』」
その簡易的な呪文と共に空中で何かが光り輝いた。
(大気中の魔力だ)
それはいつのまにか“最初の風神”の足元の土を抉るかのように着弾した。土煙が辺りに充満する。
「アレの狙いは大樹です。恐らく…」
バァン、と遠くから爆発音が聞こえた。1回2回3回…と連続して鳴っている。聞き覚えのある爆発音だった。
「天使の爆発音だ。自分で創ったヤツを爆弾扱いかよ」
アレらの中に魔法が刻まれているのをフカンも報告を受けていた。
「ワタシが向かいましょう。ここで待っていてください」
「いいえ、俺も…」
「すぐにアナタの元に連れて行きます」
ホースはオオオ、と鳴いた。爆発音にも負けない、耳の奥が痛くなるほどの声量で神都中に届いただろう。もしかしたらペクトの方向にも届いたかもしれない。
ホースは無言で飛び立った。
(強いお人だ。…人ではないか)
そういえばと思い、“最初の水神”が治そうとした大樹が今どうなっているのか見てみると、驚くことに幹しかなかった。葉が無い。根本はしっかりしているところから土台優先で修復していたのだとわかる。
かろうじてある短い枝からは曇り空が見えた。そろそろ降り出す頃合いだろう。
「アレは?」
その灰色の空の中で、白く光るモノが数10。
(天使ではない、サイズが違う。アレは巨大だ。それこそホース殿のような…)
ドラゴンだ。
群れをなして神都の上を飛んでいた。きっとホースの雄叫びはペクトへ帰ったドラゴン達を呼ぶためだったのだろう。続々と共鳴するように声を上げた。
すると群れの中に緑の何かが放り込まれる。
“最初の風神”だ。
(“最初の風神”は同じ初歩的な魔法しか使わない。権能メインの戦い方だ。近接戦も避けているように見える)
細かい動きがわかるわけではないが、ドラゴンに近付かれたら攻撃を取りやめ、離れることに注力し始める。向こうもそれに気付いたのか、順繰りに近接戦を持ち込もうとする動きをしていた。
(何か理由があるのか…?魔力はある…他のことに魔法を使っているからとかか?)
フカンは考え事をしながらも着々と準備を進めていた。
魔法の精度を上げるためのしっかりとした陣を書いている。陣と言っても家のような落書きにしか書いていないが、それがフカンの魔法の陣である。そこに細々とした直線で構築された模様を付け足せば完成する。
もちろん杖も用意してある。牛の角を削って創った、黒漆の杖だ。呪文さえ唱えられればいつでも魔法を発動できる状態になっている。
ひと通り書き終えると、また空から雄叫びが聞こえた。
「来る…!」
流れ星のような速度で何かが打ちつけられた。すかさずフカンは呪文を唱える。
「『盗人以外は———』」
「遅いね」
(!!)
気付いた時には目の前で、蹴りが当たる直前だった。
「流石に魔法壁は張ってるかぁ」
しかし、事前に展開しておいた魔法壁でダメージはない。
「ふぅん」
“最初の風神”はぴたりと壁を触り、魔力を流した。するとビキビキとヒビ割れ、魔法壁は砕ける。
フカンはその動作が欲しかった。砕けることを前提に、既に後方へ下がっている。
「『———お立ち合い』」
その一節だけで風神は感じ取った。
空が開かれる気配を。
既に死んでいる彼にとって一番煩わしい魔法ということを。
“最初の風神”は冷静になり、考えた。フカンを生かすメリットとデメリット、そして自分の感情を。
そして結論。
なれば、多少無理をしてでもフカンに魔法を使わねばならない。
(完全に殺す気だ)
フカンもその殺意を感じ取った。底なしに思える魔力の気配も。
(チッ、流石に中断か!)
魔力を杖に流すのをやめた。
風神は紡ぐ。冷や汗が出るほど綺麗な調べを。
「『ご覧、この美しい星を』」
(何節ある魔法だ?効果は?魔法壁は意味あるか?それよりも逃げ———)
脳をフル回転させるがどれも現実的じゃない。
恐ろしいのは呪文を唱えているというのに、術者自身の魔力の気配しか感じないことだ。普通なら大気中の魔力が反応して集まる。フカンのような予兆がない。
そういう時は小規模の、自分の魔力だけで賄える程度の魔法しか出てこない。
にも関わらず、逃げることは不可能だと感じる。
“最初の風神”の魔力は多過ぎるのだ。
「『醒めぬ夢を見てるのさ』」
ならどうするか。
(言い終わる前に口を塞ぐ!!)
脳筋である。しかし正攻法である。
火を口目掛けて発生させ、顎に向かって拳を振るった。効くかどうかわからない一手だが、今脳内を駆け巡った案よりも現実的で可能性が高い。
幸運にも、フカンの後ろには槍を構える人がいた。
———既に10分の時間稼ぎは終了している。
ルキネはずっと狙っていた。
本当はフカンの魔法への一押しに使うつもりだったが、狙われているところを目撃し一矢報いるという自分の目標を踏まえた結果、今使うと判断した。意図していないが一応はフカンを守る形になっている。
「当たって死ね」
鬼のような形相で呪いを言いながら放った、鋭く長い槍は風神の太ももを貫いた。
「がっ!」
足を押さえて吐血をすると、槍が飛んできた方へ、ルキネの方へ目線を向けた。
(助かった!)
「『発弾』」
周りが一瞬星のように光ったかと思えば、すぐに消灯。瞬きが終える前に、それこそ光のような速度でルキネ方へ放つ。それと同時にフカンの方にも光を向けた。
(どこに来るなんてわかんねぇよ!)
ちょうど空から戻ってくるドラゴンが見えた。
「ホースはルキネを!!」
防御の詠唱をする暇もない。だが、半端な耐久性の魔力壁では簡単に貫かれてしまうだろう。フカンは勘で胴体にのみ魔力壁を展開させた。
と同時に着弾。
「あっぶね…」
運良く勘は当たったようだ。
呪文を中断したところを見るに、詠唱に関する決まりを守らないと魔法が成立しないのかもしれない。
瞬きをし終えてもルキネの方から着弾の音は聞こえなかった。
ホースはしっかりと防いでくれていた。口の端から出る炎を見る限り、魔力弾を燃やしたようだ。
「所詮は圧縮した魔力…撃つのが分かれば簡単に防げます」
ホースは魔法を使うのは苦手だが、水神の関わる戦いにはいずれも参加してきた。
魔法を使わずに魔法の戦いを戦い抜いている。
対魔法戦に関しては、王座に座す長よりも充分な経験があった。
(好機!)
「『盗人以外はお立ち合い』」
じゃらじゃら、がたん、とどこからか物音が聞こえた。杖の先は“最初の風神”に向けられる。
古来、宝物は厳重に保管され続けている。物の進化は早い。時には呪物となり、時には歴史的な価値が生まれる。厳重な箱の中には神秘があるのだ。
「『太古の蔵の中身はどうだ』」
少なくとも、大多数は開かずの金庫があればその中を、黄金に輝く中身を夢想するだろう。
「『黄金 錆色 はたまた 墨色』」
ならばその逆、神秘が内包されているとわかっていれば、それは“開かず”になるのではないか?
今回、フカンは神秘を“最初の風神”に、箱を深淵に見立てた。深淵は彼の中に埋め込まれたということなので、箱の外に神秘があるという状態でもある。
「『神秘の宝物 形はどうだ』」
開かずの箱の中身は神秘。
神秘が内包されていれば、その箱は開かず。
では、箱から出てしまった神秘は?
答えは、そんなモノはない。前提として箱から出ているという選択肢はないのだ。なぜなら開かずなのだから。
ぎぎぎ、と何かの音がした。今ならわかる。彼の体内から音が鳴っているのだと。
“最初の風神”の頭から何かが噴き出した。ずっと痛そうに抱えていたところから、黒い泥のようなものが生まれてくる。
「『外からわかる筈もなし』」
前提に従うのであれば、出たモノは箱に収められていなければならない。因果である。
全貌など知らなくてもいい。知らぬ存ぜぬで丁度いい。それが居た、とわかるのであれば
「【知らずの蔵】」
そこは開かずの蔵である。
自然と神秘は箱の中に戻される。
「この時代にお前は必要ない!!今は俺達が治める時代だ、さっさと帰れ!」
出てきた泥に“最初の風神”が包まれる。液体状のため掴むことは難しい。“最初の風神”はそれでも這いあがろうとした。
「知らないねそんなの。第一、誰の時代でもないじゃないか。ただ、その時をキミが生きてるだけだろう」
確かに液体を掴んで、フカンの元へ脱出しようとしている。
「ぐっうう!!」
(駄目だ、力が足りない!なんで魔法の効果に逆らってんだ!!)
焦る。ただ焦る。神は目の前まで近づいている。深淵のから激しい向かい風が吹いていた。踏ん張るサンダルの形に沿って土が一段窪む。
本来なら呪文を唱えた時点で魔力を注ぐ必要はないはずだが、なぜだかアレは対抗している。フカン側からも深淵の方向へ押す必要があった。
「お手伝いしましょう」
ホースも事態に気付いたのか魔法で押そうとした。だが、焼け石に水。そもそも彼の魔力は明らかに減っていた。大した後押しにはならない。
(…)
ふと子供たちの顔が浮かんだ。
今頃は妻たちと共に火神の土地の維持に努めていることだろう。皆優秀だ。きっちり働いてくれる。今コレを逃したら家族にも危害が及ぶかもしれない。メイテイのことも気掛かりだった。自分の子供ではないが、その気でずっと育ててきた。今は同じ土地にいるので、メイテイが一番危ないだろう。
守らねばならない。
フカンの口角は不思議と上がった。
今までも全力だったが更に出力を上げ、少しだけ、数センチだけ更に押すことができた。
しかし気持ちだけではこれ以上の実力差はどうにもならない。
ゴーン、と鐘の音が響いた。
風神の食事の時間に鳴る音とは違う、低く重苦しい重低音。その上、音源は地の底から聞こえてくる。足元から伝わる振動は身体中の内臓を揺らした。
フカンの目の前には魔法によって閉ざされようとしている深淵が。そこから這い出ようとしているのは“最初の風神”。少しでも近づけば殺されてしまうような距離。
そしてフカンの背後から———また新たな扉が開いた。
背後を見ることは叶わないが、ジャラジャラと鎖が緩み、地に落ちる音が聞こえた。
(暑い、何があった?)
錆びた鉄扉が開くようだ。
(でも、手を緩めるな…!)
カツ、と靴音が鳴った。
「———ひとつ、開廷の報せをば。我らが神、万物の観測者、初代火神が長、“最初の火神”がアナタ様を裁きます」
山羊の頭蓋骨を被った人は、“最初の風神”を指に刺し、扉から出るや否や高らかに声を上げた。




