貴方のために(2)
軽く打ち合わせをした後でルキネは言った。
『わたくしは最後の一発に全力を出しますわ。そうですわね…10分耐久してくだされば、いつでも放てますわ』
その言葉を信じてフカンは飛び出した。まずは不意打ちに限る。
「おっと、キミは…」
そもそも100メートルほどしか離れていなかったため、殺気を出したらすぐにこちらを向いた。
「”最初の風神“様、警告です。今すぐ”最初の水神“様を解放してください」
「優位性もないのに警告だなんて意味がないね」
”最初の風神“は空いている片手を持ち上げ、フカンに向かって槍のような風を起こした。
不可視の槍だが、どうせ来るだろうと思い、事前に魔力壁を構築しておいたのでことなきを得る。
(嘘だろ…!?)
バキ、とヒビか入ったかと思えば破れた。3秒。3秒が”最初の風神“の権能を防げる限界の時間だった。
相対してハッキリとわかる。1人で10分は不可能だと。
ならば言葉でできるだけ時間を稼ごうと切り替えた。
「っ!貴方は!今水神の誇りを踏み躙っているんです!!」
「…はぁ、キミは火神だろう。水神となんの関係がある」
呆れたというように溜息をついた。この際不敬についてとやかく言うのもやめにしたらしい。
「貴方様ならばわかるでしょう。火神が最もそれを大切にしていることぐらい」
あまり話したくない話題だが、それゆえに話せることが多い。
「キミのとこの事件の話かい」
これを指すのはひとつだけ。罪を犯して死刑されたとある火神のことである。
「…彼女は、火神のために死んだ!」
本来口に出してはいけないことだが、今ここにいる者はその事情を知っている者だ。ルキネは知らないが、聞こえていないだろう。もちろん宮の方にも届かない。
「祖こそが最も尊敬されるべき、敬愛されるべき存在だ。民の誇りなんだ。だから、彼女は”最初の火神“様に害が及ばぬようにと。全ての、風神達の罪をも自分の罪とした!」
彼女の罪は人間と交わったこととされている。
だが、実際は違う。
人間ではなく、魔女だった。そして火神ですらない。
それと交わったのは、まだ長ではなかったファレオだ。火神にも、水神にも内密に”最初の風神“から魔女へ下賜されていた。
目的は———
「ボクの研究のためだから、仕方がないよ」
魔女の持つ優れた頭脳を自身の研究、生命体を創り出すことに利用するためだった。風神が一人下賜されたのは魔女側の要求だ。そちらも研究のためだという。
全て、フカンは当事者として知っていた。
処罰された火神はフカンの姉だった。姉の願いだったから、泣きながら協力した。
「風神の誇りであるお前が!!一体何をやっている!!」
ただの時間稼ぎのつもりだったが、自然と涙が溢れてきた。だからあまり話したくなかったのだ。メイテイにも過去の話は話せない。こんな情けない姿は見せられなかった。
「民の信仰を踏み躙ってまで研究?いい加減にしろ。お前は神だろう。最初に生まれた神だろう。他人を蹴落とすことしかできないのか?貶めることしか脳がないのか?」
頭に血が上り過ぎて、つい口を滑らせる。直情的なところは何100年経っても直らない。少々言い過ぎた。
そんなことを守られてから気付く。
「ふふ…あなたの言う通りよ、当代の火神の長。よく言いました」
優しい声が頭に響く。
フカンの目の前には針が1000本。眼前数ミリといったところだ。それは煤となり、燃え尽きていた。上から降ってきた炎に燃やされていた。
彼女の仕業ではない。
「ホース、私の前に出てきなさい。私の仔だという自覚はないの?」
打って変わってその声は怒っているようだった。
「”最初の水神“、様」
白亜のドラゴンは不敬なことに、神の誰よりも高い位置で飛んでいた。無論”最初の風神“は翼を切り落とすように手を挙げるが、突然痛みが走ったかのように顔を歪めて、掴んでいた深海のような神をも手放して頭を抱える。
”最初の水神“は気にせず、泳ぐようにドラゴンの方へと向かっていく。
「あら、そんな他人行儀な呼び方するの?」
「…」
「私は聞いているのだけれど。お返事は?」
「レイウは…今、何を望んでいますか」
ホースは絞り出すように訊いた。
「…ホース!!キミはバカだなぁ、人間が嫌いと言ったのに。ソレの味方をするつもりかい!あぁ、痛いね、深淵をボクに埋め込みやがって!」
まだ激痛が走っているのか、頭を抱えながら叫んだ。攻撃するなら今がチャンスだが、まだ彼の精神状態が不安定なためどんなカウンターがくるかわからない。フカンは更なる事態の好転を期待して2人を見守った。
「コレを殺すことよ」
”最初の水神“は指を刺した。その先は言わずもがな、風神の祖に向けられる。
「御心の、ままに」
ドラゴンは平伏した。
「ええ。さて、火神の長」
くるりとこちらの方を見る。遠目から見ても美しいとは思ったが、いざ正面から見ると圧倒的な格がある。
(よくホース殿はあんな近くで話せるもんだ)
「あなたの言葉、彼にも響いたみたい。いい仕事をしたわ。私はもう身体を保っていられないから、あとはよろしくね」
「勿体なきお言葉にございます。必ずや、厄を祓いましょう」
フカンが返事をしている最中にも、体の亀裂はどんどん広がっていっていた。
「それからホース。私、人間を恨んでないわ。バカで愚かでとても好きよ。勘違いしないでね」
「…ワタシは貴方様がお労しいのです。イエコト事件の時、人間に文句を言われたではありませんか。疫病、災害、争いにより生まれる人の死。それを全て貴方様のせいにしたではありませんか。ワタシは、貴方様のために———」
「言ったでしょう?そういうところが人間は愛らしいの。苛立ってもいちいち裁くのは面倒じゃない。いざとなったら種族ごと滅ぼせばいいのだし、ね」
優雅に微笑むが、言っていることは何か一線を越えたら人間という種族を絶滅させるという宣言だ。
「さようなら。愛してるわ」
「耳障りだよ!!」
”最初の風神”の金切り声に、巻き起こった嵐に、ひび割れは更に大きくなって、ついには“最初の水神”を塵にした。それでも、死んだわけではないのだろう。
「くそくそ痛い痛いなぁ」
まだ悶え苦しんでいた。一体彼女は何をしたのだろうか。攻撃したような動作はなく、突然苦しみ始めた。口を出し余力もないぐらいの痛みをどうやって与えたというのだろうか。
(深淵を埋め込まれた?)
深淵とはなんだろうか。それにより勝てる可能性は大きく跳ね上がる。
「ホース殿!失礼。フカンです!2つばかり聞きたいことが」
「…えぇ。お久しぶりです。ワタシに答えられることであれば」
「深淵とは何ですか。魔法でしょうか、それともどこかの場所を指すものでしょうか」
「場所です。と言ってもこの世界に存在しません」
(よしっ!)
「では次です!”最初の風神“は既に死んでいますか?いえ、死んでなくても構いません。この世界の人ではありませんか?」
これに”はい”という答えが返って来れば、ルキネと話した策である、フカンの固有魔法の成功確率は上がる。というより必中になる。
ホースは答えた。
「はい」




