潜めて
ワアァァァという耳鳴りがした。
つんざくような高さではなく、地を這うような低い声。ハッキリとした声ではなく、煙のような囁き。
いずれにせよ不快だ。
(未来を知っていたのに何もできなかった…)
しかしメイテイはそんな不快感を感じていなかった。土の冷たさを感じることで精一杯だ。大樹から飛び降りて、着地して、そのままだった。
ただひたすらに目を開いて、倒れながら正面を見つめていた。
別に落下の衝撃がどうとかいうわけではない。ビフェリオに落とされた時よりも遥かに高度が低かった上に、フカンがメイテイを庇っていた。その過保護とも言える保護のおかげか、しっかりと火神らしく無傷だ。
(私がもっとちゃんとしていれば大樹は燃えなかったかもしれない)
一体何人死んでしまうのだろうか。
家の下敷きになった水神を思い出す。
勇ましく大樹の付近で天使と戦っていた火神を思い出す。
(私のせいで死んじゃうの?)
吐き気を催すほどの罪悪感があった。直接的に手を加えたわけでなく、ただ防げなかっただけ。努力したが結果が着いてこなかっただけ。
所詮その程度。ありふれた当たり前だ。
自分のせいではない。
メイテイがもしこのような話を相談されたのであれば「貴方は悪くないわ。だって何もやっていないんだもの」とか言うだろう。言っていただろう。
ただ、今は当事者だ。そんな言葉が出てくるわけも、言えるわけも、受け入れられるわけもない。
(私がもっと…!)
しかしそうは言っても、これは本当に自分のせいか?
でも、燃えることを知っていたのは自分だけだ。
「うぅ…っうぁ」
これは紛れもなく自分のせいだと腑に落ちる。未来なんて知っていなければ、こんな思いもすることはなかっただろう。
ポタポタと涙が出てきた。メイテイらしくない。そう認識できた瞬間にメイテイは、全力で自身の頭を地面に打ちつけた。幸い寝そべっていたので、すぐにその行動は起こせる。
1回、2回とドンドンという音を鳴らして、たらりと額に血が滲んだところで止まる。
止まったところで震えと涙を飲み込んだ。
「っ!あぁもう!!しっかりしなさい私っ!」
最後にもう一度、地面を割るつもりで頭を打ちつけた。
「失敗したなら学びなさい!!決意をしたなら突き通しなさい!!悔しいなら、行動で示しなさい!!」
メイテイは幼い。セキラよりもビフェリオよりも。
だがその2人よりも誇り高く、理想の高い、長の娘だ。
民を統治するという点では彼女以上の適性を持った人はいない。
もちろん、セキラにもルキネが認める程度には素質があったが、統治、導くといった点では少々物足りない。しかし水神の長はそれで充分だ。
政治家たれ、王でなくていい。
火神はその反対。ただひたすらに王であれ。
「動け、私っ!!」
メイテイは自分で立ち直ることができる。誰かに頼る必要はない。力強く立ち上がった。地面とのお別れだ。
(私の“直感”は次に何を囁くのかしら)
自分の内に集中してみるが応答はない。正直これは一体なんなのかも分かっていないのだ恐らくクルエッタという人であろうということ以外。当然、都合良くはいかないだろう。
(はぁ、とりあえずお父様を待たなきゃね)
2人は一緒に落下して、メイテイが地面にうずくまってる間にフカンは周辺調査へと向かった。
水神の土地は馴染みがない。その上、同僚と連絡が取れないことが不安要素としてあるのだろう。
別に仲が良いわけではないが、フカンは面倒見が良い。一応年下であるレイウのことも気にかけてしまうようだ。
(さすがお父様。大人の鏡ね)
「…未来って難しいわ」
待っている間は暇だ。動きたいが、動くなと言われている。本来なら風神の土地に行きたいところだが待てと言われている以上、勝手に行くわけにはいかない。
ならば今は未来のことについて考えよう。もちろん、後ろ向きな気持ちにならない程度に。
(私は囁きという形で知った。風神は夢を見て知るんだったかしら)
それで言えば、彼らはまともな睡眠をとったことがあるのだろうか。
(夢、なら映像付くわよね)
状況にもよるが、この状況を見た場合大変スプラッターになることが予想された。
(最悪な目覚めじゃない。頭がおかしくなっちゃうわ)
そういえば、彼は頻繁に寝ている。大樹で昼寝をするのもビフェリオのルーティーンだった。
確か昨日の夕方も、メイテイがドッキリを仕掛けたあの時、ビフェリオは寝ていた。ハッキリと覚えている。
(あの時未来を視ていた?)
なんのだろうか。
今日のだろうか。
「もしかして、今、この時も、ビフェリオはすでに視ていたの?知っていたの?」
それより先の未来かもしれないが、それでも彼の目的である、神都の消滅の後だろう。それこそ悲惨なことが予想される。
「知っていて———いえ、いえ。もうやめましょう」
たった1回。それだけのミスであり、聞いた未来でも、大変に心を抉られるものがあった。
メイテイはビフェリオに同情できてしまった。
(ビフェリオは辛いのね)
彼の心を支配しているのはきっとそれだけだ。
もしかしたら、ヤケになっているだけかもしれない。真面目な人ほど思い詰めやすいのは良くある話だ。無論、それでは済まされないが。
(…とりあえずは友達として、私がビフェリオを助けてあげなきゃ)
具体的な案とかはないが、セキラもいる。多分どうにかなるだろう。少なくともビフェリオが長達と対峙して死ぬ、なんて展開は避けねばならない。
ぽつ、
「あら?」
ぽつ、ぽつぽつぽつぽつぽつぽつ
雨が降り出した。控えめだった降り方から段々と己を誇示するかのように存在感を増して来た。ダバダバ、とそれこそバケツをひっくり返したような雨、それに加えて暴風だ。
「急に暴風雨!?ゲリラもゲリラね!」
雲ひとつない空から一変。曇天が斜めの雨を水神の土地に容赦なく叩きつけ、まさに暴れ回るかのように風が縦横無尽に駆け巡った。
メイテイは気付く。人為的だ。
絶対に自然の天気ではない。
「キミ、顔色が悪いじゃないか。元々だっけ?青白くて死人のようだね」
「あなたこそ、震えているわよ。体調が悪いのかしら。自称万能が聞いて呆れるわね」
そんな声が遠くからかすかに聞こえた。ひとつは中性的な、どちらかと言えば男性寄りの愉しんでいるような声。もうひとつは女性らしい、と言っても芯の通った女帝のような強さを持った声だった。
メイテイは耳がいいので聞こえているが、普通だったら聞こえない距離だ。多分向こうもこちらを見ようとしない限り気付くことはない。悪天候が幸いした。
(というかこの暴風雨の原因アレでしょう!)
見てわかる。わかりやすい。
だってあんなにバチバチしているんだもの。
それにしても誰だろうか。声はかすかに聞こえても、姿は捉えられていない。
ともかく、近づかないのが無難だろう。




