雨は降り出して
今日も今日とて夢を見る。
長期間狭いところに引き篭もって聞き耳を立ててたり、気配を殺して長の会議に参加していたこともあってか、手足を伸ばして寝れる環境はとても素晴らしいものだった。
その反面、今は悪夢しか見れないが。
(———ぁ、雨が降って…日が落ちて…あれは、風神の土地だったか?結構人いたな…ちょっと、まだわかんないなぁ)
視た記憶を辿り、未来の状況把握に努める。ここに紙とペンがないのが残念だった。
(というか今もしかして重要なシーン?)
ちらっと目を開けて様子を窺う。
「お師匠が死なないようにするためには、“最初の風神”を倒す必要があるそうなんだよ」
「俺はやりません。メイさん」
メイからの提案をベルランはハッキリと断った。
「なんで」
落ち着いた雰囲気のエルフの仙人は不機嫌な顔になる。
(意外と子供だったか。いやまぁ、ここに来た過程からして子供だったか)
そんな2人のやり取りを、さっき起きたファレオは聞いていた。
2人はまだ、彼が起きたことに気づいていない。
(若い。そして青いねぇ)
「…常識的に?というか、恩を仇で返すようなものですし」
(うーん馬鹿真面目。遺伝子はロクでもないから、きっと教育が良かったんだろうな)
「巻き込んだのは向こうだよ」
(はいはい、その覚えはあるね)
「俺らが神都に来た理由は貴方です」
(そういやキミら追いかけてきたんだったな。最初から知っていると、どうにもその辺りの事実がわからなくなる)
ファレオは会話に心の中で相槌を入れながら聞いていた。これが意外と楽しいものだ。実は定期的にやっていた行動でもある。
寝てると思って油断することなかれ。
「そうきたか…」
「そうきたかって何ですかそうきたかって」
ベルランのはこの会話を終わらせたくて仕方なさそうだった。
「…君も居た方が“最初の風神”討伐の成功率が上がるんです」
(…そろそろ起きるか。このままだとベルラン連れてかれるな)
「悪いこと考えるね?」
今起きた風を装って、開口一番そう言った。
「風神様!?お、起きて…?」
「おはようございます。ということで私は上に戻りますね。とりあえずお師匠の命は果たしたってことでひとつ」
気づいてないと思っていたが、エルフの方はわかっていたらしい。ベルランの説得は無理だと判断したのか、すぐに引き下がった。
「はいはい、苛つく態度だが行くといい。オレはキミより可哀想な人を見たことないからね」
メイはむすっとしている。可哀想、という言葉に反応したようだ。
「エルフ、“最初の水神”様との協力で“最初の風神”様に手を出すって言うなら、今後の人生全て棒に振る覚悟をしておけよ」
(なんならあの女もちゃんと約束を果たすつもりないだろうな)
今あの2人がバッティングしていると言うのであれば、ファレオの名前を協力者として出しているかもしれない。
(オレも逃げられるかなー?)
多分無理だろう。それ相応の報いがある。
「それはとても興味深い話ですね、神様」
「だろう?」
メイはすぐに飛び立って行った。猪突猛進とはこのことだ。
その姿を見て、少し話をしたくなった。
「ベルランはそのお師匠が今どれぐらい生きてるかわかるか?」
ベルランは急に何を言い出すんだ、という顔をした。あと1秒もあれば言葉に出そうだったが、それより先に質問に答えることにしたようだ。
「結構長いとは聞いてますけど…詳しい時間は」
ファレオは軽く頷く。
「前に聞いたんだがイエコト事件の時にはもう産まれているそうだ。その生き残りだからな」
「ってことは…」
「彼女の歳は数えていたら1500は優に越すな」
「み、見えない」
それもそのはず。仙人は仙術を全て納めた時点で認定される。その証に不老長寿を手に入れるのがルールだった。
特に、メイの慕う仙人はとても若い見た目をしている。それだけ早くに納めた優秀な者と判断がついた。
「ま、人間が仙人になっての限界なんてそんなモノだろう。寧ろこれは生きすぎている方だ」
(オレは…6000そこら。これでも一番最初の風神の民だからな…人間に1500年は長過ぎる)
ビフェリオと同じ状態だ。
人間の魂に、寿命を伸ばす後付けパーツ。大変よろしくない。
「想像のつかない年月ですね」
「ぱーっとやってたら終わるぜ」
「神様感すごいです…で、それがどうしたんですか?」
予想に反してこの話題に食いついた。もっと反応がないと思っていたが幸運だ。
「エルフと仙人の抱き合わせって、1500年だけじゃ満足できないんだなって。つまりはだな、長命種は決して短命種に惹かれちゃいけないって話だよ」
「うーん。メイさんの場合はちょっと盲目的な愛すぎるので、例外的では?」
「いいね。神の意見に批判的で」
「やめてくださいよその言い方!」
「長命種はな、悪い癖が出るんだよ。自分と同じ所まで、相手を連れて行きたくなるんだ」
「?」
「ベルラン、絶対に将来長命種なんかに捕まるんじゃないぞ?その先はメリーバットエンドだ。デウス・エクス・マキナなんてないんだからな」
「??」
(うわ、微塵も分かってない。…そうだった、デウスは伝わんないな)
過去と未来を知る者は会話が少し難しい。言葉にも文化が宿るので伝わらないことがしばしばある。
とりあえず、言いたいことは言った。別に言わなくても良かったが、死ぬ前に考えの一つでも誰かに伝えておこうと思った。
「…ま、オレは好きだよ。批判的なのも反抗的なのも。さてどうする、ベルラン。話は変わるけど、メイが言っていたようにオレの魔法欲しい?」
半分本気で言ってみた。
どうせこの後、二度と自分では発動条件をクリアできなくなるだろうと踏んでのことだ。
「本当に聞いてたんですね…いや、まあ、別に」
「さっきまで断言してたのに、今は葛藤が見受けられるな」
(貰い手見つかったな)
「くれるというのであれば貰いたいので!」
ベルランは今度ははっきり欲を出してきた。
「いいぜ」
「え」
「オレがこの魔法使ったら取りに来い。汎用性なんてないに等しいが、この世に二度と生まれない魔法だ。魔女なら欲しいだろう」
「だ、騙してないですか!?」
「うーん疑心暗鬼。そんなに先生のことが心配かぁー」
図星、とベルランの顔に出ていた。
彼はわかりやすい方だが、我ながらかなり地上の人の情緒がわかってきたように思う。数1000年前の自分ではこの程度の気持ちにすら疑問を投げかけていただろう。
(それはそれで楽だから時々真似るけれども)
わかったフリより理解して静観の方が面白いと知った今、その頻度は低くなった。
(今なら彼女になんて声を掛けたかな)
ファレオが愛人は数多いたが、時が経った今でも思い出せるのはたった1人だ。いろんな意味で強烈だった。
思い出をなぞるように鳩尾のあたりをさする。
ぱちん
音がした。第6感が冴える者なら聞こえてしまう音。封印する魔法の効果切れ。
ビフェリオが切り替わった音だ。
「!…もっかい昼寝していいかな」
(ちょっと未来に確証が持てなくなってきた。もう1回最新のモノを仕入れたい)
「そんなに眠たいんですか?願わくば起きていて欲しいんですけど…スレンドが来るので…」
ファレオはその青さにうんざりした。今はそれどころじゃない。未来を視れてある程度自由に動けるのは自分しかいないのだ。
「1人でも平気さ。風神のお墨付き」
平気な未来は見ていないが、多分大丈夫だろう。
「いやまぁ、聞きたいことは聞くんですけど冷静に尋ねられるかと言われたら絶対に問い詰める形になりますし、むしろ登録していた魔法も事実と異なるってことが確認できたので、問い詰めなきゃいけない状態なんですけど誰かにストッパーでいて欲しいという気持ちがあるんです。ということで神様お願いします!祈りでもなんでも捧げるのでほんと」
(面倒な性格だな。一体どこの遺伝なんだか)
「長い。慣れたからって敬意を忘れられちゃ困るな…オレだって寝たくて寝てるわけ、じゃ…」
うるさい声も瞼を閉じれば問題なかった。どうせすぐに習慣的に寝てしまう。
「すいませんでした。そして寝た。謝罪まで聞こえてればいいんだけど」
ベルランの思いむなしく、謝罪はファレオの耳まで届いていなかった。
「…俺このまま1人で待つの?」
ファレオは寝た。メイは神都へ行った。仙人は仙楼にいる。
「心細すぎ…」
そんな気持ちに呼応するかのように、ポタポタと冷たい雨が降り始めた。
「雨だ。もっと降りそうな雲行きだなぁ」
この胸騒ぎはスレンドとこれから対面する緊張感。保護魔法を貫通して段々と熱くなる気温はたぶん気のせいだろう。
「ちょっと気分悪いや。飛行しすぎで酔った?いや…まさか俺が酔うはずないし…」
ちらりと神都を見てみると、大樹は水の葉をつけているような気がした。それは螺旋を描き、幹に取り込まれていく。
大規模な魔法だ。異質な魔力がそこら中に溢れ出ている。
「……なんで俺は気付かなかったんだ?」
ベルランの体調の悪さは気のせいではない。原因は神と長く接触していたこと。彼は仙人ではなく、少し魔法に耐性があるだけだけの魔女だ。
神が纏う、“神気”と呼ばれるオーラには慣れていない。
5感も6感も鈍っていた。
焦りから、何か他に見落としがないか必死に辺りを見渡す。彼にとってこんなことは初めてだった。
彼は少し傾く神都を見た。
「あ、なんかちょっと右に傾いて…」
神都自体は落ちなそうな気配だった。落ちなければ大丈夫かと思われたが、そうではない。
「ん?傾いちゃダメじゃね?」
神都の土地は基本真っ平。その上に木材や石を置くという形で建物が成立している。
見た目はまともだが、耐震構造はない。
普段なら魔法でいくらでも抑えられるだろうが、今神都内に建物のことを気にせる人はどれほどいるだろうか。
「物が落ちて———」
神都は地上から上方向に離れる天の都。落ちたらヤバいのは神都の土地だけではない。
家も、物も、死体も全て落としてはいけない。
それは地上にとっての爆弾になる。
これはスピード勝負。ベルランは懐から魔法書を取り出した。




