誰のせいって
冷たい風。
「レイウ…キミも案外心配性だね?」
冷たい眼差しが双方を刺している。
「わたくしはみんなのおや、ですもの。わるいひとがてをだすまえに、まもりたかったのよ。ちょっとおそかったけれど」
「舌ったらずな話し方だね。まだ身体も全部戻ってないんじゃないか。喜んで損した」
レイウの———“最初の水神”の身体は霧のように揺らいでいて、不安定だ。
「わたくしがこちらにあらわれるのをぼうがいしていたくせにねぇ。じかんがぐちゃぐちゃになってて、深淵からここまでくるのはひとくろうだったのよ」
“最初の風神”———フェガイドはレイウに向かって両手を顔の近くでひらひらとさせておちょくった。
「これだから、いんしつなひとはきらいなの。あいさなきゃいけないのだけれどね」
彼女は最初に現れたところから瞬きの間に移動して、フェガイドを見下ろす形で現れた。
それが気に食わないのか足元の石を魔力で操り、霧に向かって投げる。
「…ふふ。こどもね」
石は霧を突き破り、そのまま落ちた。
「はーぁ、キミが本来の身体を形創るまで待たないといけないんだね。しょうがない、付き合ってあげよう」
「あなたがどうしてもというのであれば、わたくしもしかたなくつきあってあげましょう」
「キミの言葉はいつだってボクを不快にするね!いやはやまったく天才の域だ!」
どかっとその場で座り込む。両足の先を手のひらで固定して貧乏ゆすりをし始めた。
「だってわたくしそんなながばなしをしにきたんじゃないもの」
「じゃあ一体何を?ヘルスケアとかー?」
フェガイドはよそ見をしてふざけながら言った。返答は大体わかっている。
「まさか。だんがいしにきたの。せいめいのそうぞうのじっけん、および【天】へのぼうがいこうさくのつみ、でね」
予想通りだった。
「わたくしはせいしのかんりしゃですが、【天】のさいていしゃでもあるのよ。だからあなたはじゃまだし、さばかなきゃ」
「へぇ」
棒読みのリアクションだが、やってあげているだけ優しい対応なのだろう。フェガイドは今かなりの上機嫌だ。
「———それに」
レイウは両手の指を揃えてお上品に口元に持っていくが、口の歪みは隠せていない。
「わたくしがあなたのまほうをはあくしていないとでも?」
「……バレた?」
「やることなすこと、はですぎね。でもわたくし、こんかいくるきはあんまりなかったの。いどうしにくかったし…」
いつの間にかレイウの身体は出来上がっていた。
実体を感じられない霧ではなく、地に影が伸びる人の身体になっている。
「1番の理由は水神の民の死亡者が想定よりも増えそうだから」
その女神のほほえみは、背筋が凍るほどに冷たい。
「さすがだねぇ」
その冷たささえも賞賛した。
感心したように頷くが、レイウには馬鹿にされているようにしか見えなかった。
レイウはこれ以上文句を言っても無駄だと判断する。
「話、戻すわね。あなたは今の時間と引き換えに、過去の時間を切り貼りできる。セキラが町もどきであなたと出会った時、その後に彼女10時間も眠ってしまったわ。不自然に。…世界の時間を奪ったんでしょう」
「じゃあ奪ってどうしたと言うのかな」
フェガイドは笑っていた。いつぞやのセキラとの初対面の問答のようだ。
「さあ?碌なことに使っていないのは確かね。無駄なことに使ったんでしょう。あなたの目的は時間を奪って過去を障害物として設置するだけだから」
拙い言葉も聞き取りやすくなっている。
「根拠は?」
「私あなたに妨害されたって言ったでしょ。それに時間を奪うなんてあなたにしかできないもの。残念なことに」
「じゃあなんでボクはそれをしたの?」
「答えなきゃダメ?」
沈黙は肯定だろう。
「私が知るわけないでしょう。あなたの動機に興味はないもの」
「動機すらも言えないくせしてボクを弾劾するつもりなのかい」
「権利があるもの」
平然とした顔でレイウは言った。
「…ひひひっ、水神は何代経っても水神だね」
なぜか彼はとても嬉しそうだった。
「…白状しよう。たった1回、1日の時間が14時間になっただけさ。にしてもキミは一体どこから監視していたのかな?」
「最初から。ファレオくんの身体を一時的に借りていたの。彼はずっといろんなところに潜んでもらっていたのよ。彼は有名人だけど、風神はみんな顔が似ているから髪型を変えてしまえば目立たないもの」
「アレが?」
フェガイドにしては珍しく、心の底からの驚きが顔に出た。
「彼から出たのは少し前よ。そうね…ペクトのドラゴンがここに来た時かしら…」
「怒ってるね。これに関してはボク関係ないのに」
「…すぐに保管庫を開錠して回ったの。彼らに関わって欲しくないもの」
だから今レイウは実体を持っている。彼女がとうの昔に生命活動を停止しているのにも関わらず、居られるのは全ての保管庫の開錠で楔を得たからだ。
「ファレオとはどうせ取引かな」
「未来を視せてあげることと引き換えにね」
「どうやった?」
「あなたが停止させた【天】はもう、風神に未来を視せることはできないけれど、わたしは【天】との直接のパスを持っているもの」
天使が発生する1日前。ファレオとの取引を思い出す。
実際の取引自体はもっと前だが———履行されたのはその時だ。フェガイドの妨害を突破し、“深淵”を抜け、“脳”から自身の魂を抽出して彼の身体に侵入した。
取引を持ち掛けた当時は彼の精神も不安定だったので、腹を刃物で刺されてしまったが結局は受け入れてくれた。
「アレはそんなに未来がないと生きられなかったんだな…ふーん」
フェガイドは何かを思案した。だがそれも一瞬だけだ。すぐに切り替えて、自分の目的を遂行しにかかる。
「どうもありがとう、“最初の水神”。ここでボクに会いに来てくれて」
「馬鹿にしてるのね?」
右手を頬に当てて、ため息をついた。
「いいや、全く」と、言う代わりにフェガイドはレイウに急接近する。
「!!」
「ボクは未来が視えていたよ」
手のひらを大きく開き、レイウの頭を掴み取ろうとする。
だが彼女も同格の神だ。伸ばしてきた腕を掴み取り、フェガイドを引き寄せて腹に膝を入れた。
「ぐぁッ!」
よろめいて姿勢を崩す。
レイウはロングスカートをたくし上げ、相手がこちらから目線を逸らしている隙に、頭を蹴り上げた。
チュン、と風を切る。
彼女の先の尖ったヒールが少し歪んだ。
「痛いなぁ!!」
真っ赤な血が神の額を流れている。
フェガイドの喜びを含んだ声で叫ぶ。それに合わせて強い風が吹き始めた。
彼の正三角形の耳飾りはカチャカチャと音を鳴らし、ざんばらな髪は纏まりをなくしていた。レイウの艶のある長い髪も忙しなく風に動かされ続けている。
風の影響は受けているが、ルキネのように身体のどこかが千切れることはない。彼女の生命としての質の高さの証明だろう。
「ねぇ、なんでこのボクがキミが“脳”から出るときに妨害しなかったと思う?キミが出やすいように少々細工したんだよ!」
「キミの魔力を借りるね。返さないけれど」
フェガイドは指先で空を切って、暗い空気の裂け目から長い杖を取り出した。
手を伸ばしてもレイウには届かないが、杖を使えば十分触れられる。
とん、と頭に触れた。
「うっ…!」
レイウは自分の身体から魔力が抜けていくのを感じた。水神の性質からか唐突に瞼が重くなる。
だが、抵抗は舌を噛んでもするタチだ。
「壊れなさいっ!」
杖を掴んで魔力をさらに流した。ただし、本来の流れとは逆方向だ。
この杖は大抵のことでは壊れない。外付けの魔力防壁で物理攻撃も効いた試しがなかった。だから、内部から魔力をぶつけて壊す。魔力への耐性が高いといえども所詮はこの世界で取れる素材の一種に過ぎない。
ピキ、とヒビが入るのが見える。
(…早く壊れて!)
レイウの今の身体は仮初のモノだ。本来の、というよりかは生前の能力からは酷く劣っている。
力も、権能も、魔力も。
「キミ、顔色が悪いじゃないか。元々だっけ?青白くて死人のようだね」
今2人の周囲の天気は暴風雨になっている。杖を介してのやりとりに加え、権能と魔法で激しい攻防をしていた。
「あなたこそ、震えているわよ。体調が悪いのかしら。自称万能が聞いて呆れるわね」
フェガイドは水の衣を纏っているように見えた。
だが実際はレイウが彼を水の中に閉じ込めようとするのを、風で常に切り裂いているだけである。
「…攻防戦でキミに勝てるとは思ってないよ。ボクの万能は目標達成のためにあるからね」
フェガイドは杖を自分の方向に引いて、捨てるように手放した。
「!」
レイウに筋力はほぼ無いに等しい。
反動で前に体勢を崩す。
目の前には手のひらがあった。
「そら、キミの負けさ」
そう言ってレイウの頭を掴んだ。
「うぅっ!」
一瞬のうちに魔力を吸い取られる。レイウの身体にヒビが入った。
「上を見てみてよ…大樹のほうね」
魔力を奪ったらあとは用無しと言わんばかりに、手を離す。
「大、樹?なにも———」
「今からだよ」
フェガイドがパチンと指を鳴らす。
大樹の葉に火がついた。
「…これはあなたが?」
答えはあまり求めていなかった。どうせ見た通りだ。
「もちろんボクが仕込んだ魔法通りさ!」
満足げな表情。彼が昔、大樹の魔法に仕込んだ火の魔法だった。
大樹は自身の状態を、幕の制御をしている魔法と同じアクセスの仕方で確認することができる。これは長にしか扱えず、作りも難解だ。定期的に大樹の調整のために利用しているが、そのシステムの制作者が仕込んだイタズラには気付けなかったようだ。
「長達が管理上手で助かったよ。お陰で無事に起動した」
レイウは急いで遠見の権能を使った。本当に燃えている。
(誰かいる———?)
大樹の太い幹に隠れてよく見えないが、確かに2つの人影を確認できた。服装と髪色からして火神だろう。片方は見覚えがある。確か長だ。
こちらの方へ飛び降りたのを確認できた。
(…)
フェガイドは飛び降りたことに気付いていない。彼は人間程度の視力しか有していないからだ。
(魔法は多分大樹の魔法に制作時から仕込んでいたモノ。起動もさっきやっていた)
とすれば、大樹が燃えた件にその火神達は関係がないことがわかる。
大切なのはフェガイドの協力者ではないことだ。
「…情緒が昔より安定してると思ったけれど、違うみたい。これだから風神は嫌いなのよ———鎮火ぐらい、させて貰うわね」
レイウはゆっくりと、空を撫でるように指先を燃える大樹の方へ向けた。
向けて、
下ろした。
大樹の葉は水球に包まれていた。
巨大な水に包まれて、もはや大樹が水を生やしているようにも見える。
「大樹の老化もついでに治しておきましょうか。…悪用されないようにシステムも作り替えなきゃね」
鎮火の役目を終えた水球は毛糸のように分解されていく。その水の糸は螺旋を描き、大樹へと吸収されに行った。
枝から、幹から、根から。
頭上の水球のサイズが小さくなるほどに大樹の枝は上へと伸びてゆき、急速に葉をつけ始める。
これら全ては魔力を使わない、ただの水神の権能だ。
「わぁ、さすがは生死の管理者。二つ名に恥じない能力だね」
フェガイドはさほど気にしていないようだった。
「…ねぇ」
大樹は修復されている。
したがって、神都が落ちる可能性もゼロに近くなった。
「…どういうこと?」
レイウは人形のような顔を顰めて、フェガイドに問う。
大樹にある魔法は———エラーを吐いていた。
「こんな精密な魔法に別の魔法を上書きしたのは誰?浮遊の魔法が壊れてる」
少し前、とあるドラゴンに提案されてとある仙人は再生の魔法をかけた。そのことをレイウは知らない。
仙人だって大樹にひとつ重ねがけしただけで、壊れてしまうような緻密な魔法がかかっているとは知るはずもない。
地上と神都が離れてから、もう途方もない時間が経っている。
知るきっかけなんてあるはずがない。
「故郷を想う心は大切ってことさ!」
“最初の風神”は故郷の墜落を前に高笑いをした。




