青は混ざって(2)
「あなたは強欲ですわね。水神の長の候補に選ばれた理由がよくわかります。失うのが怖いのね、責任が嫌いなのね」
(実際そうだが、初対面だよな?)
セキラは長の候補に選ばれてから、一層品行方正に、学校で任される面倒ごとにも顔に出ないように受け入れてきた。
なぜルキネはセキラのことを分かったふうに言うのだろう。
(癪だ)
「お言葉ですが、今話す必要はありません。早く…わたしは動かなければなりません」
悲鳴をあげる身体に鞭を打ってセキラは無理やり起き上がる。
神都の状況を把握したいのもあるが、ルキネから逃げたくなった。
「ただの占いですわ。嫌い?」
「…何占いですかね」
「強いて言えば人相ね」
(それはただの偏見だ!)
「冗談ですわ、わたくしは長ですから。民のプライバシーの1から10まで把握できますの」
「…それもまた冗談ですか?」
「ふふ。全然本気ですわ」
民が知らないシステムがそこにあった。
「それは一体どういうルートで…?」
自分の過去が漏洩している。ただひたすらに恐ろしかった。
「ふふ」
笑みを浮かべるだけで一向に答えようとしないのも恐ろしい。
「まあとりあえず、気に触ってしまってのであれば、申し訳ないわ。でも今は元男のよしみで話を聞いてほしいの」
「…少しだけなら」
(長だし、謝罪もしてくれたし、相手重症者だし、いいか)
なんだかんだでセキラは人の言うことを聞いてしまう。厳しくしきれない、そういう性格だった。
「よかったわ」
ルキネは微笑む。
セキラは先ほどの言葉が今になって引っかかった。
「え、男?」
「ええ、元。あなたと同じようにある日突然女性になったのですわ」
「嘘」
ルキネの所作も姿も女性そのものだ。姿でいったらセキラもそうだが、“月とスッポン”と言ってもいい違いがあった。
(あぁ、これ元がいいのか)
それに気付くのにさほど時間はいらない。
(所作の良さは年季かな…)
ルキネは4代目の長と、他種の神と比べてもかなり代数を重ねているが、前とその前の人の任期が異様に短かっただけなのでその在位年数は長い。
「あなたもなりたければなれますわよ」
「はは…」
乾いた笑いしか出てこなかった。
(わたしはドレスもなにも好きじゃない…)
ルキネの見るからに高級なドレスを一瞥した。
候補になったのも不本意だった。当時長候補だったビフェリオがいなかったら、早々にできない辞退をする方法を探していたに違いない。
「…それで、あなたは長だからという理由以上に、わたくしに自分の目の前で死んで欲しくなかったのでしょう?」
「それで死んだら、何もせずに傍観していた自分の責任になるかもしれないから。できるのにやらなかったら、自分が悪いと思ってしまうから」
「…この性格、辞めたいです」
「その性格だから長の候補なのよ」
ふふふ、と笑うルキネは先ほどまで、というか今大量出血している重症人に見えない。一応セキラは応急処置しかできないので、あくまで気休めだ。
「笑うと身体に響くのでは…」
「いいのよ。セキラ、ここからが本題よ」
「…?」
「人のプライバシーに興味はある?」
「結構です」
「ちょっと民を管理してみたいとか思わない?」
「思いません」
「長の特権とか欲しくない?」
「要りま…せ、ん」
「今迷ったわね。なら決断すべきですわ。あなたがたとえ嫌だと言ってもわたくし決めましたから」
(うわこれダメな空気感だ)
絶対に重要なことを言われると思い、セキラは身構えた。咄嗟に手で両耳を塞ごうとしたが、ルキネに腕を掴まれる。かなり力強い。
「大丈夫ですわ心配は要りません。長の業務なんて人口の管理と、長同士の会議と、信仰地域への巡回がたまにあるだけですもの」
「いやいや、候補は他にもいます、別に私じゃなくても…」
セキラは別に長になどなりたくない。しかもことタイミングは尚更嫌だ。既に天使で荒れ果てて、神都全体が存亡の危機だというのに。
(こんな状況じゃ、この件が解決したあとの後処理が大変じゃないか!)
せめて混乱のない時代がいい。
そんな思いは神に届かない。
「ビフェリオくんと同じ立場になりたくないの?」
「…」
ルキネは微笑んでいる。血まみれになりながら。もはや自然治癒の権能は意味をなしていない。
思わずセキラは口をぎゅっと結んだ。
「あなた、面倒ごとも責任も嫌いだけれど、同じぐらい何もできないのは気に食わないでしょう?」
きっと———今のセキラの状態ではビフェリオにあってもどうしようもならないと言っているのだろう。
身体中が疲労で痛い。魔力はカスカス。長く“顎”に居たせいか、仙人から来た連絡以上の情報を何も知らない。幕は降りた。もう各土地を移動するのも難しい。ギリギリ通れる大樹の上は今や燃えている。
『長の特権とか欲しくない?』
長の特権のひとつは格保管庫の操作。それを活用すれば魔力の回復も、既に死んでしまった水神達の復活も、壊れた神都の修復も可能だ。
少し前に前例がある。
「次の水神の長はあなたに決めましたわ。セキラ」
4代目の水神の長、ルキネは「引き継ぎをしましょうか」と言って5代目の長を歓迎した。
———ルキネが引き継ぎを急ぐのには理由があった。
彼は、彼女は、自分に絶対的な自信を持っている、負けず嫌いだ。たとえ“最初の風神”が相手で、必ず負けるとわかっていても防戦一方からの敗走は自分のプライドが許さない。
面倒なことは嫌いだが、すでに喧嘩は売られているのでそれことれとは話が別になる。要は自分があの結果で納得できるかどうかだ。
ルキネは民の前だからこそ表には出さないが、内心はキレている。今はこれからする、“すてみタックル”の準備中だ。
(…次の長、妥協する必要がなさそうで安心しましたわ)
心の中でホッとした。
ルキネがあの状態で、自分の身を優先していた理由は、まだ次の水神の長を決めれていなかったから。それと、その状況で反撃を当てられる隙がなかったからだ。
次の長は決めた。嬉しいことに治療もされている。
向後の憂いを断つにはあともうひとつ。
(あのファレオに似たツラに———)
そのためには、さっさと次の長へ引き継ぎする必要があった。
(絶対一撃当ててやるよ)
そんな強い意志をもっていた。




