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神に祈って  作者: ロヒ
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恩を返して

スレンドは大樹の根元に身を潜めて自分の魔法書を開き、羽ペンで質の悪い紙に文字や図を書いていた。スレンドは轟音が鳴ろうが悲鳴が聞こえようが、休まずにペンを走らせる。


「手間がかかるな〜、最初から呪文を解読しないといけないなんてさ。それもこれも魔法が発動するごとに私が小さくなるせいだ〜」


自虐気味にブツブツと呟く。


「意地が悪い。趣味が悪い。なんでこんな仕組みかな〜」


目はあくせくと本の字を読み取る。ネガティブな発言とは裏腹に解読は高速で進んでいった。


「”どんな理由があっても、どんな必要があっても、生命の死を止めてはいけない“…か〜」


メイテイという火神に言われたことだ。


「無理ですよ〜止めないだなんて。目を瞑るにはあまりに規模が大きすぎるし、思い入れもありすぎる」


解読は完了した。閉じた魔法書の表紙にはカラフルな絵が描かれている。


赤い頭巾を被った———マトリョシカだ。


「大樹の再生なんてできるのか?」


近くに居たのは小型のドラゴンだった。


「できますよ〜。スレンデックの方、大樹の状況を教えてくださりありがとうございます〜」


深く頭を下げて、深呼吸した。


「『旅立った君の忘れもの』」


ただ黙々と唱える。


「『貰ったの 私はもう寂しくないわ』」


詠唱の途中。


ぱちん


と、音がした。


「っ!?」


何の音だろうか。あたりを見回しても異常は見つからない。不審な影も魔力もない。


「?」


ドラゴンはスレンドの行動に困惑していた。彼には音が聞こえなかったようだ。


何が起きたのかわからないが、構っている暇はなかった。火神様に逆らいたいわけではないので、早く終わらせて下に行かなければならない。壁を作る目処はもうついている。必要なのは時間だけだった。


スレンドは少し途切れた集中を再度取り戻す。


「…『いつかは見えなくなるけれど ずっと覚えていたいのよ』」


光はない。音もない。特筆すべき特徴がこの魔法にはなかった。


「『それを頼りに生きていくの』」


「【マトリョシカ】」


ここで詠唱は終わる。

———変化はない。だが、魔法はかけ終わった。大変地味だが、スレンドは役目を果たした。直後にガクッと体が崩れる。息が絶え絶えになりながらも大樹に寄りかかり、少しでも楽な体勢にする。


(ん、痙攣が酷いなぁ。火神様のときちょっと無理しちゃったし、ツケだねこれ)


震える腕を他人事のように眺めた。


一度副作用を無視しているから、その分の今負担が来ている。高度な再生能力、持ち越し可能な副作用、この二つから分かるように、スレンドの固有魔法はかなりクセが強い。


「どうした」


小型のドラゴンは屈んで顔色を窺おうとしていた。


「副作用です〜私の魔法の」


(ひとまわり、体が小さくなる)


それに見合った脳の縮小。知能の低下。

彼女の魔法には副作用が存在していた。世界的に見てもかなり珍しい、デメリットのある魔法だった。


頭が痛い。だが、神都の墜落事故があってはいけない。落ちてからの処理では遅いのだ。自分の救いたいものは救えない。だから魔法を使った。


スレンドの魔法は【マトリョシカ】。

対象の生命活動が停止した時に限り、元の身体から一回り小さい姿で生命活動を再開できる魔法。死ぬ前に魔法をかけても発動するし、死んだあと十分以内であればそれもまた生き返る。


彼女は仙人たちに嘘を吐いていた。

ひとつは副作用があること。

もうひとつは自分以外にも適用できること。


彼らに“何か”があったら使えるように。副作用に負い目を感じないように、ずっと黙っていた。彼ら以外にも今まで関わってきた人たちには言っていない。これはスレンドなりの思いやりだ。


(きっとあの火神様が考えていたことはペクトに壁を造り、神都が落ちた後に他に瓦礫を飛び散らせないようにするためだろうな)


この遠縁の親戚ドラゴンから聞いた限り、あと1時間もせずに神都は落ちるようだ。当たり前ながら、とても重いので落ちる先は真下になるだろう。


(最小限の被害にしようとしている。あの神様の性格的に無意識の取捨選択かな)


彼女が神都に来たのは偶然だった。メイが神都に乗り込まなければ、ここに来ることはなかっただろう。私の魔法が最大限役立てるのはとても珍しいことだった。これは運命と形容してもきっと差し支えない。


今はメイに感謝したい気分だ。

こんな感情、一生に一度あるかないかだろうから。


「…魔法の行使を提案したのはオレだが、なぜそんな副作用を受け入れてまでペクトを助けようと?」


まだ、スレンドの疲れが取れていないのを察したのか、ドラゴンはそんな話をした。もう少し休んでもいいということだろう。


「あれぇ?ペクトを出せば私は従うって思ってたんじゃないんです〜?」

「結果は教えてもらったが、過程はブラックボックスだそうだ。フレンデック家がペクトを離れたのは随分昔の話だろう。故郷への愛着もそれぼどあるとは思えない」


「あるんですよね〜これが。小さい頃に私だけ好奇心から単身、ペクトに乗り込んだことがあるんです」

「無謀な…」

「で、あなたのお爺さまですかね〜。ホースと言いましたか、その方が遭難しかけてた私を拾って家まで送ってくれたんです〜」


美しい白銀の鱗の持ち主だった。その背は広く、自分が人間であることを後悔したぐらい、簡単に言えば格好良い生き物だった。


「皮膚が千切れるような寒さでした。ですが、空から見た国はとても綺麗でした」


「吹雪は酷かったですが、ぽつぽつと灯る家の灯りを覚えています〜。そこと少し縁があるというだけで嬉しかったんです〜」


ハッキリと今でも鮮明に思い出せる。しみじみと思い出に浸っていると、隣からボソッと声がした。


「ありがとう。オレも自慢の故郷だよ」


わざわざ声を小さくしていたのだから、スレンドは聞こえなかったフリをして話を切り替えた。


「本当はきっとみんなわかってます〜でも話さない。神都が落ちれば、その真下にあるペクトは死ぬって〜」


スレンドの一連の行動は偶然だった。たまたま神都に訪れて、たまたま親戚のドラゴンと出会い、たまたま神都が直面している問題の一つが彼女の魔法で解決できそうなことだった。


「ね、背に乗っけて下まで連れてってくださいよ〜。保険には保険を、です。私の魔法大樹に効くのかわからないので〜」


それに、火神様が言っているのはもっと先の予防かもしれないので。と続けて。

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