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神に祈って  作者: ロヒ
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貴方様のために(3)

周りと比べ、固有魔法の習得が遅かった。

赤子と呼ばれる頃に魔法書を手に入れて、少年と呼ばれる頃にそれを解読し始めた。不器用とは日頃から言われていた、頭が固いとも。青年になりようやくコツを掴んで、それも終わりかけというときにやっと魔法が完成した。


イエコト事件が終わった後の話だった。


遅かった。


殺傷能力は無い。傷を癒せるわけでも無い。だがこの魔法があったら、もっと多くの神様が生きられたかもしれない。仲間も死ななかったかもしれない。悔しくて情けない。空を飛ぶたび“最初の火神”様が更地にした大地が見えて、無力感から翼をへし折りたくなった。


それでも一番心にきたのは、“最初の水神”様がペクトに訪れなくなったことだ。青年期には来る頻度が少なくなっていた。


「『うねり うねり 我が明日よ』」


一瞬の隙に距離を詰める。鼻と口の先には青筋がくっきりとした人が見えた。


どうしてこうも長は似るものなのだろうか。あのひとからのイタズラというのは、流石に考え過ぎだろうか。うまいこと行けばこれまで通りの神都が継続できるようになると風神様から聞いてはいたが、それにしても最悪な気分だった。


「『くらがり もとい 其が深淵よ』」


それでも詠唱は正確で、美しく、無駄がない。どんなに心が乱れても、魔法を扱えるように訓練してきたからだ。イエコト事件が残した、数少ないいい影響だ。

ホースは思い描く。


故郷を、ペクト国を。そして短い時ではあったが、共に過ごし———国を見捨てたあのひとの姿を。何度、留めておけたらと思ったことか。


その執着は魔法に昇華した。


「『この地を去るなら一声を』」


氷柱がホースの足元から生えてくる。バキバキという音を伴って、イバラのように棘を伸ばす。

ただ、その成長はすぐに止まる。


ルキネは魔法に不具合が起きたのかと思い、すぐさま脚のホルダーに入れていた杖を取り出し、反撃しようとした。

だが、体はそれ以上動かない。目と鼻の先にいたドラゴンは居なくなっていた。辺りは真っ暗だった。


「『別れは夏が来たときに』」


ペクト国に夏は来ない。永遠の極寒、見渡す限りの永久凍土。雪解けが無ければ別れることもなく、そこに居る事になる。そして彼は心の奥底で誰よりもペクトを卑下していた。

故郷に居るのは生気のない氷だけだと。


「【袖の疑氷】」


ルキネは見事な氷像になっていた。無駄な氷はなく、シルエットそのまま。まつ毛の一本一本まで凍っている。


「ふぅ…一応凍っているみたいですね。効くかどうか不安でしたが。…うっ」


槍のいくつかは肉まで届き、血を湧き出させていた。痛みと気持ち悪さも少々ある。


だが、凍っているうちに彼女にトドメを刺さなければ今度こそやられてしまうだろう。二度とあのような隙は作れない。


「うぷ…久しぶりに動き過ぎた…くっ」


吐き気に全力で耐えながら頬を膨らませ、炎を吐く準備をする。空中が最も得意な戦場だが、ルキネを運搬することで吐き気が悪化したので満足に飛ぶことができない。おぼつかないぐらいなら、やらない方がいいだろうという判断だ。


ドラゴンの炎の息吹は鉄も溶かす温度になる、耐熱性がある程度ある火神は火傷で済むだろうが、水神はそうはいかない。魔法はあくまでも確実に炎を当てるための足止めだ。長クラスの神をずっと凍らせておけるほどこの魔法は便利ではない。


(想像は苦手だ…)


パキ、


既にヒビが入り始めた。想定通りの速度。


パキパキ、


2秒もしないうちに彼女は魔法を使うだろう。杖は既に取り出されている。

だが1秒経てばホースは炎が吹ける。


バキバキバキバキ!


急速に氷が割れた。トドメが間に合わない。


(高い魔力を感じる…ヒビの部分から自分の魔力を流し込んだか!)


すぐに氷像は動き出した。左手が地につくほどの低い姿勢で、脳の保管庫を構成していた土を足蹴にして。信じられないほど機敏な動きだった。


ルキネは氷を身に纏ったまま左半身を後方に、右手に持っていた金属製の小型の杖をホースへ向かって指し、簡易的な呪文を唱える。


「『展開』」


今度は外の魔力を頼らず自分の魔力だけを使った、より強固な魔力壁を創った。やはり魔法において指向性は重要だ。巨大な雪の結晶のようなソレは、ドラゴンの息吹を簡単にいなしてしまうだろう。


次善。ホースは次の一音を発する前に炎を吐く。

ポイントを絞って。どこかといえば杖に。火力は集中し、魔力壁を突き破る。炎で見えなかったがその後にしっかりと燃やしたことを確認できた。


杖を燃やした。これで魔法は使えない。


(多分、彼女は杖を使わないと強力な魔法が放てない)


だから嫌がらせしかしていなかったし、鱗のない手頃な急所である目を狙う。


「あら、杖だけで良かったんですの?」


溶けた杖を捨てて、煽るように笑った。

ルキネは最初に吹き飛ばされたときの出血がすでに治っていた。傷一つない肌に元通りだ。


「自己再生の権能ですか」

「劣ったといえども、時間をかければ大抵の傷は治りますの」


時間をかければと言ったがホースの不意打ちからは、まだ10分ほどしか経っていない。ほとんど動けず、槍しか投げられなかった程に傷は深かったのにだ。


「魔法はともかくして、わたくし権能使うの得意ですので。他の方はここまで早く治すことはできないでしょうね」


治癒できたところで杖を燃やした以上、最初のような抵抗しかできないだろう。ルキネは油断したのか障壁をといている。ホースは前足を振りかざし、地面に叩きつけようとした。


「杖を燃やそうとしたのは正解ですわ。わたくしの魔法はとても貧弱ですもの」


(余裕がある…何か手が?)


考えながら、前足に力を込めた。


(手に持っていた杖は燃やした)


ルキネは正面からホースに向き合うように体の角度を変え、左手を前に出した。


(左手に何か———)


球体。茶色の、歪な、陶器のような。


ルキネはただ微笑んでいた。


「杖…!何故!」


魔力に対する耐性と指向性があれば杖と呼ばれる。球体はあまり向かないが、今回は標的に向かって手を伸ばしたことで向きを指定したようだ。


「『かぎろい』」


ボッ、と火がついた音が聞こえた。焼けるような痛みを感じたのはその後だ。


「あああああああああああ!!!」


強いて言えば火元はホースの内臓だろうか、一瞬にして自らが炎に包まれ、痛みだけが身体中を走り回った。


「さて、条件は整いましたわ」


今にも崩れそうな不完全な球体を、また地面の土で補強しながらそう話す。特に感慨もなさそうな声色だ。


ルキネの固有魔法の条件、

それは“自身が欠損していないこと”。


出血、骨折、かさぶた、風邪、腹痛、頭痛、泥酔。細かいところまで言えばニキビも駄目だ。それら全て無い時にだけ、完璧な時にだけ。彼女の魔法は発動できる。


苦しむドラゴンを見下しながら呪文を唱えた。


「『いっこ、僕のお願い聞いて』」


何もない空間からレースが数本、生まれ出た。ひとつはルキネの右後方から。もうひとつは左後方から白蛇のように3本のレースが絡み合う。緩く編まれたそれは、火の消えたドラゴンへ向かっていく。


「『ふたつケーキを持ってきて』」


四肢を縛り、目を隠し、まるで雑なラッピングだ。堅牢な拘束とも言うかもしれない。

攻撃力の無いこの魔法は、まさしくルキネの固有魔法だった。彼女は絶対的な美には誰もが屈服すると思っている———いや、『彼は』というべきか。


ルキネもセキラと同じく、長候補になる際女性になった人だ。決定的に違うのは、性別が変わるのにかなり前向きだったこと。そして自分はかなりの美形だと自信を持っていたこと。


「『みっつに針が追いついたなら』」


“外見だけは良かった男のときでもちやほやされたんだから、性格も綺麗で可愛い女性になったらもっと楽に生きられるんじゃ…?”


と思った若いルキネはその後外面を研究し始めた。女性らしさを求めた。ただやっぱり、いびきをかいたりゴミを放置したり何杯もビールを呑んだりする癖が辞められず、内と外を分けるようになる。


魔法の効果は呪文に関係していることが多いが、これは違う。あくまでも呪文は魔法を起動するためのスイッチとして認識しているからだ。


呪文と魔法。外見と性格。女と男。それぞれ仕切りを作って同じ箱に入れている。


「『よっつに分けてあげようか』」


可愛い物は嫌いじゃない。長は服の系統を指定されるが、ドレスを着るのも楽しくなってきた頃だ。

レースはいつのまにかリボン結びされていた。

完璧で可愛い自分には誰もが見惚れて動けなくなるであろう。という絶対の自信を担保にして構築された魔法。


「【ブロウズド・ストーリー】」


「…その、杖はどこから?」


ルキネは地面を指差す。


「ただの土くれであれば魔力に耐えられないけれど、これは普通の土じゃないですもの」


ルキネが使ったのは水の記録庫の、脳の保管庫の滝周辺の土だった。数千年単位で魔力の水が染み込み、杖として使うのは申し分のない魔力耐性が備わっていた。


自分の持っていた杖を囮に左手で土をさらい、権能を使って水を手のひらに出し、ずっと片手間にこねていた。


「拘束した相手の傷が少しづつでも治ってしまうのが難点ですわね。わたくし達の欠点は地続きの未来しか想像できないことですね」


元に焦がされていたのに彼は喋れるぐらいには回復している。おまけというには高性能だ。

ルキネは鎖の上からホースの体を踏む。


「んで、結局あなたはどこの派閥で、何が目的で、どうしてわたくしを殺そうとしたの?」


今度は空気中の魔力から剣を創り出し、ホースの目にかざした。


「ワタシは今度こそあのひとと共に死に…2度と神様が人間に搾取されない世界を作りたいのです」

「天使はあなたの仕業?」

「ワタシではない、“スレンデック”の者が。事前に用意されていた印魔法を遠隔起動させました」


(無理な話じゃない。ウソは言ってなさそう)


「事前に用意されていたって、それを用意したのは誰?」

「…」

「少なくともあなたではないですわよね。そんな技能はないでしょう?わたくしと同じで魔法が苦手ですものね」

「……ええ、そうです。魔法は上手く扱えない、未来が見えない、過去も見通せない、今を全て眺めることもできない。運命に抗うにはワタシ達だけでは少々荷が重い」

「運命なんて、大袈裟な。神は地上に住まう者より高位な存在ですから、施しを与えなければ可哀想ですわ。これは搾取ではないの、ボランティアよ」


一時の情で神は施しを与える。面倒になったら途中で見捨てることもままあった。だが、神も人の心を持っている。そんなことをするのは風神ぐらいだろう。


3種の神はそれぞれ仲が悪いが、風神は割と本気で双方から嫌われていた。


そのため余談だが、長がファレオからビフェリオに変わったとき、ルキネはテーブルの下でガッツポーズをした。やっと純粋で真面目そうな子が来てくれたと。やはり風神は風神だったが。


「水神様…アナタ方はそういうふうに設定されただけなのです。これは紛れもない搾取だ。彼ら彼女らにとってあなた方は都合が良すぎる」

「陰謀論なら結構よ」

「ワタシも火神様も風神様も、何を愛好するか、傾向が決められている。ドラゴン族に関しては心当たりがあるのでは?」

「………あったとしても今言うことではないし、もう書き換えれない生命の設計図の話ですわ」


ドラゴン族は小さい生き物に対して愛情が湧くように設計されている。“最初の水神”がドラゴン族が神に反抗することがないようにつけたプログラムだ。彼らは薄っすらと何かがあることは気付いているが、もちろんこのことは知らない。


「まあ、良いのです。ドラゴンなんて。ワタシ達の願いが神が神として存在すること、というのを知っていただけたのならそれで」

「大きい野望の癖に、無力で頭が足りていない。だから神に祈ったのです。少々宗派は違いますがね」


ホースは一拍置いた。


「長くなりました。印魔法を仕掛けたのは“最初の風神”様ですよ。今ワタシが従っているのはその方です。ひとまず神都を守るために動いています」


(もしかしてだけれど……この戦いは指示外だったり?)


根拠としては最初の奇襲が失敗したら、ホースの勝ちはかなり難しくなるからだ。実際彼は勝てていないし、“最初の水神”様のためという理由的にも私情が多分に含まれている感じだった。


(“最初の風神”様は勝つか負けるかのギャンブルをしない。結果が視えてるし…)


ルキネは思い立つ。

———負けるのが目的?


「あのひと…あの方の脳が保管庫に無いということはお目覚めになられたということですから。その場合は特攻しろと言われているのです」


「アナタ様がお話をしっかり聞いて下さる方で本当に良かった。お陰で時間稼ぎができました。あぁ、でもワタシ嘘は言っていませんよ。……水神様、申し訳ありません」


誰に対しての何の謝罪だったかはわからない。ただ、ルキネは直感的に自分に向けられたものではないと思った。


ホースはおもむろに口を開けた。ワニのように大きく、喉の奥まで見えるほど———中から、ふたつの光が見えた。


惹かれる。引かれる。魅かれる。

思わず中を覗いた。

それに近づいた。

目を凝らした。

凝視して、それが何かを見た。

分かった。

分かった時にはもう遅かった。


高名な正三角の耳飾り。

ざんばらな、風神を象徴する色の髪。

何より、理解させられる自分との明確な隔て。


ドラゴンの唾液混じりにその人物の影が見える。人形のような美しさに、死体のような悍ましさ。


震えが止まらず、自分の片耳が風で切り落とされたことに気付く余裕もなかった。


「やあやあ、遥か遠きレイウの仔よ。ボクのことは…キミぐらいのレベルなら、言わなくても流石にわかるよね?」

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