背に乗って
神都ではメイテイが他種の神の領地をも跨いで、天使を倒しつつ、民を助けつつ、メイという仙人を探すというハードワークをこなしていた。ギリギリで。
「ふふふ、私分かっちゃったわ!数の暴力ほど面倒なモノはないわね!畜生!」
メイテイは混乱していた。
今は水神の領地。それこそ一方的にだったが、セキラとしか交流をしたことが無かったので、ここに来るのは初めてだ。前々からいつか街並みを見たいという願望があったが、今はそんな暇がない。
「もういっそのこと嵐でも雹でも雷でも来るがいいわ!ついでに天使を出来るだけ巻き込んで欲しいものね!」
アドレナリンに酔っていると言ってもいい。
先ほどまで逃げ遅れたり、魔法の展開ができなかった者を護衛しながら住居へ避難させていた。そのことを血まみれの手のひらを見ながら思い返す。
(水神はセキラしか知らない。規則ばっかりで、あまり好きじゃない。関わるなとも教えられる)
でもそこまで火神と水神に違いが無いように思えた。
「私が知らないだけなのかしら」
小さい子供に戸惑われながらもお礼を言われた。
「何で仲が悪いのかしら」
数人は体を守る魔法をかけてくれ。
「話をしてみたいわ。彼らのこと、気になってきちゃった」
ふと、太陽が姿を隠した。日陰になった。
空を覆い隠すほど天使はいるが、それでもさっきまで日差しが当たっていたのにだ。大樹の葉かと思ったが、思い返せば水神の領地に入った時から無風。葉が動くはずもない。
空の上にあり大樹の影しかかからないはずの神都に天使とは違う、巨大な影が落ちてきた。
メイテイは天災を望んだが、実際に来たのは銀の鱗が光るドラゴンだった。
(ペクトのドラゴン…セキラ達が寄越したのね)
ごうっ、と風を裂きながら下から上に飛んできた。滅多に見られない、彼ら彼女らの腹が見えた。
メイテイは火神であるがゆえに、水神の管轄下であるペクトの内情をよく知らなかったが、ドラゴン族のことは聞いたことがある。
数10体の大小揃えたドラゴンが空を舞い、天使をまるで漁でもしているかのように纏めて、はたき落とした。
「やっぱり最後に信用できるのは量ね」
(私もあれぐらい大きくならないかしら)
不思議なことに、下から登ってくる内の一体だけが異常に魔力が高かった。
(いいえ、ドラゴンの魔力が高いんじゃない)
その背には誰かが乗っているように見えた。
2人ほど。異常な魔力の発生源はそこだった。その一体だけがメイテイの近くに寄ってきた。どこにも引っかからない完璧な飛行だ。
「うん、完璧出遅れたな。風神の長が召集に応じないと思えば、爆発音がするわ天井は崩れるわで…」
「そうですわね。地下に閉じ込められてしまいましたもの。わたくしの民は生きているかしら、心配だわ」
「火神の民は勘定に入っていないのか?」
「まさか。信じているだけですわ」
1人は男、メイテイにとって身近な人だった。
「お父様!?」
「あ?メイテイ?何でここに…ってすごい怪我じゃあないか!」
手足は擦り切れ、血がまるで皮のように肉を覆い隠していた。
「あら、あなた様のご息女?」
メイテイの父は火神の長。その長と対等に話し、肩を並べるのは、並べられるのは———
「初めまして、ね。わたくしは4代目の水神の長。わたくし達の都と民を支援してくださるだなんて、本当にお優しい人なのね。水神を代表して感謝申し上げますわ」
そう言って軽く頭を下げた。
綺麗な方だった。すごく、もの凄く。流水のように輝いて透明感のある髪が、さらりと肩にかかる。伏せた目は冬の海を思わせた。
「いえ、貴方様に感謝を申し上げられるほどのことはしておりません。私はただ、人を探す道中にここまで来たに過ぎません。私の不注意で重傷者も生んでしまいました…」
メイテイは横暴なところがあるが、それは身内、もしくは“この人ならこれぐらいやっても大丈夫”という余裕を持った人に対してだけだ。
(ま、それでも私が来たおかげで少なく抑えられている方でしょうけど)
身の程を知っているし、たとえ自分の手柄でも遠慮ができる。たとえ思っても言葉と態度に出さない高等技術の遠慮を発揮することができる。
「息の根があるのなら十分ですわ。あなたは良い仕事をしました」
水神の長は自らの都を一瞥もせず、再びドラゴンの背へ向かっていった。
褒められたのは嬉しいが、あまりにも自然な流れで、心配していた都とは反対方向に進んで行ったため、思わず口を開けて呆けてしまった。
(嘘でしょ!?さ、流石にそれは冷た過ぎるんじゃ…)
「“胎”と…そうね“脳”が欲しいわね。場所を教えるから最速で向かってちょうだい」
「承知いたしました」
紳士的な重低音でドラゴンは返事をした。
「ああ、そうだ。ビフェリオくんの事はどうしますの?彼音信不通だけれど」
(ビフェリオ…!)
先ほど会話に上がっていた召集という言葉。本当は長が全員で集まって話し合いをするはずだったのだろうか。
(この天使の原因であるビフェリオは長の集まりをすっぽかした)
当然ながら職務怠慢だ。
「何かに巻き込まれているかもしれない、ひとまず保留だ。見かけたら捕まえろ。処分はひと段落着いたら、風神に問えばいい。以上だ」
サクッと彼は答えた。民に問うた後の最悪をメイテイは、火神は、神はもうすでに経験している。
(…)
メイテイは無意識に唇を噛む。誰にも見られていないのが幸いだろう。
「そうね、では、わたくしはこれで失礼いたしますわ。長が来た以上、水神の領地は水神が統率を行います。これ以上の干渉は結構。どうかご自分の民をお守りになって?」
「…重々承知している。後で各領地間に幕をおろす。お前の所に入った天使は自分達だけで片付けろよ」
「印魔法の解除をセキラくんに頼まれているようだから、各方面に向かわせるけれど、それ以外にドラゴンの手は必要かしら?」
「要らん、終わり次第早急にペクトに帰してやれ」
「痩せ我慢?」
「火神は力を取り戻さなければならない」
力、とは何のことだろうか。なんて問う者はこの中には居ない。まだあの事件は尾を引いているのだ。火神にとって、負の象徴ともいえる天使を自分達で倒し、決別する。それに意味がある。
「負けん気が強いことで。民を死なせたいのかしら〜」
水神の長は煽るように手をひらひらとさせた。
「さっさと行け」
「お父様。ドラゴンが居なくて本当に良いの?」
水神の長が見えなくなったので聞いた。
「ちょいと厳しいかもな」
「確かに自立は重要よ、でも人死はもっと駄目。お父様はお祖父様じゃないの、全員は守り切れないでしょう?」
「う…ルキネ殿と会話していたときと随分態度が違うじゃないか」
ポリポリと頭を掻く。
「お父様だもの。しかも遺伝なのか、ストレスに弱いのに見栄っ張りでしょう」
「うぐ」
「これは身内じゃないと指摘できないもの」
「…大きくなったなぁ、メイテイ」
頭を優しく撫でられた。一体何百年ぶりだろうか。
「今そんな話してないわ」
冷たい口調。だが、手は退かさない。
そんなやり取りも束の間。
突如として大きな音がなった。一度だけ。耳を澄ませるだけで、振り向けるほどの時間がなかった。あれは何の音だろうか、落雷に似た、怒号に近い———巨大な物が落ちた音。
大樹の幹が、落ちていた。
水神の住居を下敷きにして。




