城に向かって(2)
「…さっき言ったこと、いや、なんかもう…はぁ」
セキラは頭を押さえて、混乱をおさめようと必死だった。
「スレンドは治癒系の魔法を持ってません。それこそ、さっき言っていたことは本当ですか?」
ベルランはハッキリ答え、疑惑の目で“さっき”——スレンドがメイテイを治癒したことを聞き返した。
(なんか最近こんなの多いな)
知らない事実と知っていた事実が短期間で覆される。
(こんな感想も何度目だろうか)
「実際に持っている魔法はどんなものですか?」
ベルランは意外にもすぐに口を開いた。
「対象を自分に限定した…本当〜に!結果だけ見れば、死者蘇生の魔法です」
「…」
「…」
「セーフ、ですよね?」
「…まじで?」
死者蘇生は水神の領分の侵害だ。
耳を疑うどころの話ではない。
(規則違反は“最初の水神”様から天罰が下る…何事もないって事は…)
治癒系と同様、スレスレでセーフなのだろうか、“結果だけ見れば”と言っていたように実際は蘇生とは違うモノなのかもしれないが…。
「マジもんのマジです。だから俺はあの人に魔法を教えて貰ってるんです」
そりゃあそうだろう。そんな魔法は有数も有数。なんだったらセキラでも教えを乞いて、その魔法書を見たいぐらいだ。
「…でもそれは治癒ではないと?」
魔法の系統の定義は明確にないが、これは治癒に当たるモノなのではないかと思った。
「はい」
「やけにはっきり言いますね。理由は?」
「ほとんど生まれ変わりに近いので、治癒ではありません」
(魔法はこういうところが困るよなぁ。定義がなさ過ぎる。とりあえず天罰無いし、いいのか?…よくないな)
対象が自分だけならメイテイはどうなっているのかという疑問が当然ながら出てくる。
とりあえず事実としては、スレンドはメイテイを騙したことになる。
考えられる理由は、『メイテイに殺されないため』。成り行きで口走り、本当の事を言うタイミングを見失った。
もしくは、『私たちに近づくため』。セキラの記憶を改竄した張本人もしくはその一派。ビフェリオとも“最初の風神”様とも違う意志で動いている、悪意の無い第三者。
そんな事を考えている間にも白亜の城には近づいていた。
正面には巨大な窓がある。ここを通れれば城の最上部に最も近いルートになる。
ガラスの窓は吹雪の中でも割れることなく劣化した様子もない。
「…ひとまず、壊して入りましょうか」
「いいんですか」
ベルランは気が進まない様子だ。
「入り口からここまで徒歩で来ては時間がかかり過ぎますからね」
城は案外高かった。セキラ達は神都が目視できるほど上空に辿り着いていた。下を見ても先ほどまでいた宮殿は、吹雪で姿形も分からなくなっている。まるで雲海の上にいるようだ。
(わたしも大胆になってきた)
セキラは神にしては力のない方だが、ガラスぐらいは素手で壊せる。
ガッシャーン、と寒々とした空間を裂くようにうるさい音が鳴った。
「水神様はかなり初見とイメージ違いますね。…他意はないですよ!?」
「分かってます」
彼は言葉選びが絶望的に下手だが、発する言葉は大抵事実だ。遠慮が無いだけで、悪気はない。
中に入ってすぐに最上部に行くための螺旋階段が見えた。やはりここが最短ルートのようだ。ドラゴンが居た宮殿もなかなかの物だったが、ここは更に高貴さと神聖さを増している。
原因は城全体が半透明の素材で出来ているからだろうか。下の階が透けて見えることはないが、薄い板の上に立っていることがハッキリと感じてしまう。
「というか今更ですけど、水神様が使ってた魔法!あれ凄く便利ですね」
「はい?」
「やってたじゃないですか。神都を見るときとこの城を見るとき、手を丸にして覗いていたでしょう?」
(あぁ、あれか)
神都を見ていたときに彼が羨ましそうに見ていた事を思い出した。
「わたしには権能がありますからね、遠くの物を見るためにわざわざ魔法を使いませんよ」
「ケンノウ、とは何ですか?」
ベルランは心底疑問そうに尋ねた。
(地上には伝わっていないのか)
地上と神の交流があったのは昔の話。その時は魔法が浸透したてで、研究が進んでいなかった。だから権能と魔法の区別がついていないままなんだろうか。
「神のみが扱える…技能でしょうか。魔法とはまた違う、それよりもずっと前から存在するものです」
「何だそれ…」
(今度は彼が考え始めてしまった)
そして目の前には、巨大なガラス製の鉢。対象的な草花のデザインが緋色の染料で塗られている。中には水がたっぷりと入っているが、水面は一切揺らがない。
窓から入る光を反射し、宝石のように輝いていた。
「まずはこちらを優先させましょう」
水神の“顎”はもう目の前にある。
「なるべく早く終わらせなくては…」
セキラは深いため息をついた。




