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神に祈って  作者: ロヒ
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帰りたくなくて

「…メイテイ、そろそろ首根っこ掴むのやめてもらって良いかい?地に足着かない感覚が気持ち悪いんだ」

「逃げないのなら良いわよ」

自分より20センチほど背の高いビフェリオを、片手で持ち上げながら辺りを見回す。

どこを見てもセキラの姿が見当たらなかった。とても薄情なやつだとメイテイは思う。

(1人捕まえられただけマシね。このままだと確実にお説教くらうもの)

「言っておくけど、キミが怒られないようにする案なんて無いからね?自業自得さ」

どさっ、と音を立てた。

ビフェリオの尻が地面に勢いよく当たりに行った音だ。

「手が滑っちゃったわ」

「わざとだろ今の。もうちょっと丁寧に扱ってくれよ。これでもボク、来月にはキミのとこで舞を披露するんだよ!?」

痛む尻を抑えながらビフェリオは抗議する。

「今年も楽しみにしているわ。貴方の舞は皆んな楽しみにしているもの」

「それはありがたいね!今年はもっと趣向を凝らした凄いものを見せてあげるよ…じゃなくて!」

「ノリツッコミかしら?やるわね」

「違うよ!というか、今の問題を解決しないといけないんじゃないのかい?」

(おっと、忘れるところだったわ)

「頼んだわよ、口先だけの男。私の為に案を考えてちょうだい」

「キミはボクをバカにしないと気が済まないのかい?」

はーぁ、とため息をついてひとまず大樹のところに戻ろうと提案された。


「わぁマジで夜じゃない」

太陽なんてとっくに沈み、上を見上げると綺麗な星空が広がっていた。

「そうだとも。キミの最善の行動は早く家に帰って全力で家の人に謝ることだ。風神が言うのだから間違いないよ」

「いいえ。私はね、怒られたくないの。謝っても怒られるなら意味無いじゃない!」

父親は基本何に対しても寛容だが怒ると怖い。最後に怒られたのは随分と前だが、二度と経験したくなかった。

「メイテイ、それは無理だ。諦めようか」

ビフェリオは諭そうとした。

「えぇ。そうですよお嬢様。奥様も旦那様も大変お怒りになっておられます」

誰かもそれに賛同した。


「…どちら様かな」

突如ぬるっと会話に入ってきた赤髪の使用人にビフェリオは困惑しているようだ。

「…見ての通り私の家の使用人よ」

メイテイは冷や汗をかく。

(成る程。これが死を悟るという事なのかしら。どれほど私の事を慕っているからと言ってちょっと見つけるのが早すぎじゃない?)

「それほどお慕いしてはございません」

「アンドンったら恥ずかしがらなくて良いのよ?当たり前のことなんだから」

「いえいえ全然」

(…あれ?なんで考えてる事がバレてるのかしら)

いつの間にか読まれていた思考について考えていると、アンドンはビフェリオに向かって声をかけた。

「それはさておき、ビフェリオ様」

愛想の無い顔がぐん、と近づいてくる。

「な、なんだい?」

びくっとたじろいだ。

「アンドン、近いわよ」

主人が不満の声を漏らしても、従者はそれに応えない。

「ビフェリオ様とお嬢様がお知り合いということは決して誰にも言いません。これは“火神の長”に誓えます。不安であれば今誓いましょう」

アンドンは真面目だった。

(“ビフェリオ様”?)

「それはとても信憑性があるね」

「お二人には立場がございます。仲良くされるのはご遠慮ください」

真面目にメイテイのことを考えていた。

腐ってもビフェリオは“風神の長”、何かというと風神トップ。偉い人。そんな人と仲良くするのは、地上であったらむしろ推奨されるべきことなのだろう。


問題なのはこの神都内の暗黙の了解だった。

神にも種類がある。それぞれ特徴が違い、好き嫌いがある。


「あーうん。迷惑をかけるね。以後控えることにしよう。アンドンさん、メイテイを連れ帰ってもらえるかい?」

ビフェリオは困り顔だ。


水神は火神を嫌い、火神は風神を嫌う。そして風神はどちらに対しても無関心。そういう関係が一般的だ。最初の神々が生まれたときからずっと。

先程のような、違う種類同士の神が集まって話していた方がおかしいのだ。


「てことだよ、メイテイ。ほら行った行った」

そう言って、アンドンの方へ誘導するように手を動かす。

「…」

メイテイは動かない。

「…ほら」

急かすようにメイテイの後ろからそよ風が吹いた。ビフェリオの仕業だろう。

(なにそれ、気に食わないわ。どうしてこの私が立場に縛られなくちゃいけないのかしら)

怒りが湧いてきた。この常識に気色悪さを感じる。

「…どうされましたか?こんなところに居ないで早く帰りましょう」

(こんなところ?)

自分のことを貶されたわけでもないのに、更に腹が立ってきた。とりあえずどうにかして反抗したくなる。

(方法は何でもいい、というか相手の言うことを素直に聞くのは癪!反抗したい!)

むしろ今は怒りよりそっちの感情がメインである。

そこで、ある行動を思いついた。ついさっきセキラがしたと言っていたこと。衝動的に口走る。


「アンドン。私、家出するわ」


「…今なんと」

アンドンはもちろん聞こえていたが、聞き入れ難い言葉に思わず聞き返してしまった。

「だから家出よ家出。お父様へ誤魔化す必要はないわ」

「この場所も報告しますよ」

「好きにしなさい」

堂々と話すメイテイをビフェリオはハラハラしながら見ていた。

「…ビフェリオ様のことも…」

「お父様に誓ったのだから内密にするのよ」

「うっ」

頭を抱えてしまった。

アンドンはメイテイの父———“火神の長”に弱い。

こうすれば絶対に言わないということがメイテイにはわかっていた。伊達に彼女の主人をやっていない。アンドンはかなり年上だが、少し単純なところがあった。

「じゃ、そういうことだから。ビフェリオ、行きましょ」

勢いのまま、彼の筋肉なんてなさそうな細い腕を取る。

「うわっ!どこに行くつもり!?ほっといていいの?」

「大丈夫、人とはジレンマを抱えて成長するモノだってアンドン言ってたわ」

「あの程度がジレンマになるの!?」

「とにかく、町もどきに行きましょ。そこまで逃げれば平気でしょう!」

家出をするにはアンドンがエラーを起こしている最中に逃げるしかない。このタイミングを逃したら、もう一生家出なんて出来なさそうだった。

怒りから始まったこの衝動を、メイテイはすでに楽しみ始めている。


だが、それとこれとはまた別の話もあった。

「それから、ビフェリオ。貴方、他種の神に名前を呼ばれる意味を分かっているの?」

ビフェリオがアンドンに“ビフェリオ様”と呼ばれているのを疑問に思っていた。有り得ないからだ。

「ああ」

なんてことのないように返事をする。

この、時折見せる無気力さがメイテイの思う数少ないビフェリオの欠点だった。

「百歩譲って“長様”、普通は“風神の長様”よ!いち従者が長の名前を呼ぶとか有り得ないわ!舐められてるわよ」

「そうだね」

聞いているのか聞いていないのかわからない返事だ。治っていた怒りがまた溢れ出す。

「…あー!もう!腹立つわ!!なんで貴方はそんな態度なの!?だからいつまでも風神は阿呆の集まりとか言われるのよ!?仮にも600年間長として風神を束ねている貴方がそんなんじゃ示しがつかないわよ!」

言いたいことが一気に出てきた。

勢いのある言葉だったが、今度のビフェリオはたじろぐことなく正面から受け止めた。

「…名称なんて些細な問題だよ。キミが気にすることじゃない」

キミも呼び捨てしてるよね?という言葉はそっと胸の内にしまう。

「私はいいの。次期長だもの。すぐに貴方と同じ立場になるわ」

「読心術の使い手だって初めて知ったよ…とにかくボクはこれでいいんだ。ほら、神様に様付けされるだけでも本来恐れ多いでしょ」

その言葉に流石のメイテイも呆れてしまった。

「それは神じゃない、地上の人の話ね。貴方も神なのよ、ビフェリオ」

「…キミにはそう見える?」

「自信がないなら、お得意の見栄を張って堂々としていなさい。今より舞台に立ってる貴方の方がそれらしいわ」

素直なメイテイの本心だった。だがこれは彼の舞台を見たことがある火神全体の総意だろう。風神自体は嫌いだが、認めるときは認めるのだ。

「上々さ。でも嬉しいよ、ありがとう」

ビフェリオは褒められると幼い声を出す。言われた方が照れるぐらいの優しい声だ。

それはメイテイの、少なくない彼の嫌いじゃない部分だった。

「……ふん」

もう少し注意をしようとも思ったが、これ以上言葉が出てくることはなかった。


本人達は認めないが、火神は少し単純なところがある。ビフェリオはその習性にふふっと笑った。

(笑われた!)

ぎゅっと腕を握る。

「痛い、痛いよ」

「貧弱ね!もっと鍛えなさい!」

馬鹿にされたはずだが、妙に楽しかった。久し振りに話せたからだろうか、それとも家出をしてテンションが上がっているからだろうか。今ならあまり好きでないこともできそうだ。


例えば、セキラに話しかけるとか。


多分逃亡というよりも、それがしたくて町もどきに向かっているのだろう。

「…セキラって本当に良い子なの?」

所詮は友達の友達。話しかけてもつれない態度につまらなくなってきた頃だった。今日のドッキリは付き合ってくれたが、イマイチやる気を感じられない。もっとちゃんとやって欲しい。

「もちろん。とても優しい子さ。誰よりも———水神の長に向いている」

嬉しそうな、そういう子好きでしょ、と言わんばかりの表情だ。


何を考えているのかわからない相手は苦手だが、もう一度チャレンジしてみても良いかと思えた。

だってメイテイはセキラと友達になりたくないわけではないのだから。

できれば仲良くしたいのだ。


「ちなみにセキラは内気なだけだから、懐に入り込めるだけ、入り込んだ方が良い。ズルズルとそういう関係になってしまえばこっちのものさ。面倒くさがりでもあるから、なあなあで納得してくれるよ」


この助言を受け、セキラからこれ以上の拒絶を受けない限りは、距離をどんどん詰めていこうと決意した。自然とメイテイからは笑みが溢れる。


「良い助言ね!ほら早く行くわよ、町もどき!」

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