城に向かって(1)
ペクト国。
神都の影にすっぽりおさまる、中規模の国だ。そこは“最初の水神”が管理下に置いている土地であり、吹雪が止まない極寒の地。
そこに生息する動植物は限られており、独自の進化を遂げでいる。
弱ければ死ぬ。適応出来なければ死ぬ。そんな土地で国としての形を成すために、知性のある生物が住んでいる。
ドラゴン族だ。
彼らは幼年期を人の姿で過ごし、成長するにつれ鱗が生え、身体は巨大化し、角と翼を持ったドラゴンになる。
知性の証拠、つまりは言語。
そして彼らは生物だ。
“最初の風神”が示した、魔法が与えられる条件に基づき、
彼らには魔法が与えられている。
セキラ達がペクト国を訪れて、最初に案内されたの真っ白い宮殿だった。等間隔の柱に対象的なデザイン。とにかく神聖な空気が漂っていた。
もっとも、そう思ったのはベルランだけだが。神都にある水神の居住地はそんなデザインばかりのため、セキラは驚きもせず、ここの代表であるドラゴン族の元へ向かう。
「ほほう、我らの地にある“最初の水神”様の保管庫を求めに来たのですか。ええ。相手が水神様であり、神都が異常事態ともあれば場所をお教えしないわけにはいきますまい」
そこに座る、青白く輝く鱗を身に纏った『皇帝』と呼ばれる巨大なドラゴンはそう言った。
(天使の脅威を知っている方で良かった…)
でなければ、いくら水神の言うことでも立場的にこうもすんなりと聞き入れてもらえなかっただろう。
ペクトから神都を窺うことはできず、ドラゴン達は最初に天使が現れたあの事件の後に生み出されているので、今どんな事態が起こっているのか正確に判断しずらい。だが、彼は保管庫の重要性を信じてくれた。
「水神様…!天使と言っておられましたが、それはどういった存在なのでしょうか?本当に神都が消えるのですか!?それに…」
「水神様に無礼な口を聞くものではないよ」
焦った様子で尋ねたのは皇帝の側近である、まだ若い人型のドラゴン族だ。皇帝はまだ青い彼を嗜める。
そう慌てるのも無理はない。神様は殺されるなんて考えたこともないことだろう。
「事実として天使は神を殺せますし、神都が消える未来は確かにあります」
「…!なんと言うことだ…」
側近は今にも倒れそうなほど顔色が悪い。
「…あくまでも可能性に過ぎません」
まぁ、ほぼ確実。高確率で起こることだから、可能性に過ぎないと言ったのは気休めだ。
(“最初の風神”様が直接言及していたことは伏せておいた方が良いだろう)
信憑性が増しすぎる。
「にしても幸運でしたな。ここ、ペクトにあるのは丁度貴方様が求めている“顎”です。ですが…少々場所が厄介ですな」
皇帝は話を戻し、鋭い爪の先で何かを指す。
山の奥に何かあるようだ。
(これ、ベルランは———)
「?……??」
疑問符が浮かんでいるのがハッキリ分かる。
(見えてないですよね)
霞んで見えるほど遠くにあるのに加えて、ペクト特有の猛吹雪がその姿を隠している。セキラでもかろうじて隙間からシルエットを捉えられるぐらいだ。
神都を見た時と同じように手で丸を作り覗く。
そこには城のようなものが見えた。
「城の最上部、白銀の鐘の下に、大きなガラスの鉢がございます。干渉方法は神都にある、“脳”と同じです。危険物の保管庫になるので必要な魔力量は多いですが、お二人とも高い魔力を持っていらっしゃるので大丈夫でしょう」
「分かりました」
「私はもう死に際の老体でございます。立ち上がるのも一苦労ですので誰か別の者に近くまで運ばせましょ…」
「いいえ。自力で行きます。それよりも神都の方へ人を遣わせて下さい」
(ドラゴン族も魔女といい勝負するぐらい、魔法への造詣が深い。あの印を解除できるかもしれない)
セキラが神都にある印魔法のことを伝えると皇帝は頷いた。
「成程、それは確かに人手が足りなさそうですね。承知いたしました。急いで向かわせましょう」
彼はすぐさま側近に伝え、側近はそれを伝達するためにセキラ達に一礼して、宮殿から出て行った。
「私たちも行きましょうか」
「はい」
ここに来た時と同じように空を飛ぶ。吹雪が強いので飛ばされないように気を付けなければいけない。
宮殿が見えなくなり、城が見えてきたところでベルランが声をかけてきた。
「あの、水神様」
「なんでしょう」
「なんであの事件のことが伝わっていないんですか?後世に伝えなければいけないことだと思うのですが」
若い側近が天使や神が死ぬことを知らないのが気になったようだ。
「あの方々は水神様達と関わりのあるドラゴン族ですし、再発防止するためとか位置的な近さから知っていると思ってたんですけど…」
「多分最低限の“そういう事件があった”しか伝えられてないでしょうね。被害の数も大まかにしか言ってないと思います。わたしでも教師から被害は多かったとしか聞いていませんでしたし」
そう。セキラの持つ過去の情報はほとんど神都にある“水の記録庫”から得ている。人から詳細を伝え聞いたことは無い。誰も口を開こうとしない。
「わたしたちは神です。どんな生物よりも長命ですから、過去を過去のもとのする基準がかなり短命種とは違います」
「わたしたちにとってあの事件はつい最近の出来事です。生傷を自ら抉ろうとする方は居ません。火神に至っては思い返すことすら辛いでしょう」
(この人の先生である人間がメイテイに見逃されているのは、仙人であり、命の恩人であり、緊急事態だからだろう)
命の恩人というのは、今更だがなかなかに疑わしい。最初に聞いたときは、ビフェリオがメイテイを殺そうとしたというショックでそこまで考えられなかったが、魔法で神の身体を治すことはできるのだろうか。
神都は他の場所よりも格段に魔力の質が良く、空気中にも溢れかえっている。それだけの条件が揃えば出来てしまうものなのだろうか。
(それともわたしの魔法のように条件が厳しいのだろうか)
セキラは魔法を発動さえできれば“必ず”、“対象者全員が生きる”ことができるが、発動するためには2人以上が命の危機に瀕していないといけない。
(そもそも治癒系の魔法が希少なんだ。わたしの周りに誰かいたっけな…)
親類や近所の人、教師を思い出す。
魔法はそんなにおおっぴらに公開するものではないが、人の口に戸は建てられない。いつの間にか噂として出回ってしまうものだ。
だが、セキラの知る限り、治癒系の人は居ない。
「あのーどうしましたか?」
セキラが急に熟考し始めたのに気になったのかベルランが声をかけてきた。
2人で向かっているというのに、立場が上の人が黙り込むとか、申し訳ないことをした。
(喋るのは慣れないな)
最近は喋る必要がある場面が多かったが、元々は無口な方だと自負している。こういう細かな配慮が足りないのは経験不足からだろう。今まではビフェリオやメイテイが喋っていたから受け身でいられたが、今はそうはいかない。
なんて面倒な。
(…黙ってて問題があるわけじゃないが、同行者にソワソワさせるのも居心地が悪い)
後ろでベルランは振り子のように揺れていた。
それを見てセキラはやっと口を開く。
「貴方の先生の魔法のことです。火神の身体を再生させるほどの魔法は一体どんなモノなのかと」
彼は目を見開いた。
「え?スレンドが、ですか?」
「もしかして、メイテイがわたしに事情を伝えたとき聞いていませんでしたか」
少しの間思い返すと、別に全員に向けて言っているわけではなかったと気付いた。
そのときのメイテイはいつもより小さい声だったし、先生と再会できたことに気を取られて、聞いていなかったという可能性を失念していた。
むしろ神同士の話だから意識的に聞かないようにしていたのかもしれない。
そうセキラは思っていたが、返ってきたのは衝撃的な言葉だった。
「スレンドは治癒系の魔法持ってないですよ?」




