別れて
「ふぅん?へえ?それで?」
仙人と魔女を受け入れたところで、セキラを部屋の隅に追い詰めての尋問が行われていた。
何はともあれ情報共有だ。尋問形式なのは内容が内容だからだ。
「“最初の風神”様が協力を申し出てくれまして——」
「見返りで町もどきを破壊しろ、と。まぁ、見返りと言っても私たちが有利になる事を教えて下さっただけですが——」
「協力内容は天使の破壊の手伝いと、『クルエッタ』という少女の情報啓示でした。その中で彼女の魔法書が神都の消滅を防げると———」
聞き慣れない名前が聞こえた。
「くるえった?誰かしら」
「わたしも詳しくは」
「でも“少女”って断言したじゃない」
「あ、……」
(無意識なの?)
「口が、自然と…メイテイこそ知りませんか?」
セキラは何か確認のような形で聞いてきた。
知ってる人だっけ?
記憶上には無い。
「聞いたことないわ」
セキラはクルエッタの知っている限りの情報を話した。
私の中に取り憑いているそうだ。
「———心当たりがあったわ。それ」
メイテイの妙に良い直感。先生のようにした方がいい事を教える、気が付いた時からあった存在。
正体はクルエッタという人物で確実ではないかと思う。元々誰かがいるという感覚はあったのだから。
それでも、
おかしい。
700年前に死んだ?
魂が消える直前に私に取り憑いた?
間違ってる。
私はその時産まれていない。今は約620歳なので、クルエッタが死んだときはマイナス80歳だ。
(セキラは私の年齢を知っているはず…!)
「セキラ!」
バン、と古くなった壁を叩く。
「騒がないで下さい。何ですか?」
「私の年!言いなさい!」
「はぁ?」
「いいから!!」
訳が分からないという顔をして、眉間に皺を寄せながら答えた。
「…830歳ほどでは?」
「馬鹿!私はもっと若い!」
「痛あぁ!今叩く必要ありました!?」
セキラは記憶力が良い。そして嘘つくのが苦手だ。下手な訳じゃないが途中で必ず思い止まってやめてしまう。
「火神様〜、もしかして水神様の言っている年と実際の年齢が合わないのですか?」
スレンドは言った。師弟揃って賢いようだ。断片的な情報からその事を推測した。
「…“最初の風神”様だわ」
それしかない。
記憶の改竄だ。
何らかの方法で、セキラの記憶を改竄した。魔法かもしれないが、権能の可能性もある。【概念の物質化】という馬鹿げた権能が風神にあるのだから、その程度は出来てしまうだろう。
セキラは寝ていたようだし、その間に施された可能性がある。
(どれぐらい寝てたのかしら…)
セキラは10時間寝たことを伝えなかった。
(まぁ、多くて1時間ぐらいかしら。風神様がそれ以上待てると思えない)
メイテイは普段からあまり空の色を気にしないタチだ。日の傾きに気付いていない。
あくまで祖父から聞いた話では、あの方はひどく利己的だという。悪口なら事あるごとに聞かされた。何があっても関わるなとも言われていたので、今は少し申し訳ない気持ちだ。
…
いや待て、それも違う。
セキラは寝た後にクルエッタの情報を聞いたのだ。そのあとすぐに風神様が居なくなったと聞いたが…違くないのか?
寝ている時に嘘の情報を聞いたようにしたのか、聞いた後に嘘の情報に変えたか。……後者はやる意味が無いな。手間が掛かるだけ。
(そこら辺の情報全部疑わしいわ)
どこをどう考えるのが正しいか分からない。セキラの解決するアテは噂の魔法書と“最初の風神”様の武力による協力だろう。
(さあ!アテが信用出来なくなったわ!)
「何のためにですかね〜。ベルラン、君の考えは?」
スレンドは窓の外を眺めながらそう尋ねた。
「…流石に最初の神様の行動原理は分からないぞ」
頭を掻いて、少し躊躇ってから話したように見えた。何かしらの推測があるらしい。
押せば話すな。
「話しなさい」
ここで頭を押さえつける。
「うっす」
怯えたネズミのようだった。
「ええと、俺が思うにこれ“最初の風神”様以外の思惑があると思うんです」
「理由としてはまず、わざわざ記憶をいじるという手間をしてまで得られるリターンが少ない事です。今みたいに、情報の照らし合わせは火神様と合流したら必ず行われる。確実にバレます。そのことを忘れていた訳でもないでしょうし。情報を教えて、消す、または変えるという流れに意味が無い」
「となれば、悪意の無い第三者が居ると思うんです」
「?」
意味が分からない。悪意がない?それがなければこんなこともしないだろうに。
彼は続けてこう言った。
「これは確実にバレることです。何かしらの時間稼ぎにしても数分にもなりません」
なんとなく、それで言いたいことが分かった。
「悪意にしては優しすぎて、計略にしては利益が少ない…ってことね」
こくりとベルランは頷いた。
(誰が、何故)
初めて天使を見たときと同じような疑問が出てきた。あれは風神の予知に関してのことだったか。とりあえず今回は、“どうやって”は考えなくても良さそうだ。
神の頭に本人に気付かれず干渉するなんてことは至難の業。しかもそのご本人様は魔法に関して、3種の神の中でも1番長けている水神、更にその中で次の長の候補であるセキラなのだ。
超優秀。故に魔法では手出しがおいそれと出来ない。
「明らかに格上ね」
余裕を持っている、という感じ。
「敵に回したくない雰囲気ですね〜。ところでご報告が」
「何かしら」
大方検討はついている。最初の揺れの原因。
「時間がありませんでした。思っていたよりも、ずっと」
癖であろう、ゆったりとした喋り方も今は直っていた。
窓の外には、空には、穴が開いていた。ぽっかりと、黒い何かがこちらを覗いているような———視られている。
うぞうぞと魔力が這っている。虫のように一点に集まる。それが何になるかは、少なくともここにいる4人(意識不明者を除き)にはまだ分からない。
「…どうします?ひとまずこっから出ます?」
「そうねぇ」
メイテイは悩むそぶりを見せた。
でも、答えは決まっている。
もう逃げない。
「セキラ!」
「…良いんですか?間違ってるかもしれないのに」
「良いわ。”顎“に行きなさい。そこでクルエッタの魔法書を手に入れるの。それが出来なかったら解決策を考えなさい。いいわね?」
申し訳ないがこの2人とその知り合いには巻き込まれて貰おう。
そう思い、声をかけようとした瞬間。
「ベルラン、連れて行って貰いな」
…有難い。
人間は嫌いだがこの子は仙人だし、助けられたし、完全ノーカンにしておこう。それがいい。悪い子ではないし。
「私たちはあの大穴の様子見と……」
下を見る。私たちがさっきまでいた場所。
天使が居る。
下からどんどん這い出ている、広がってゆく。白いインクをぶちまけたように。
「天使の対処。ついでに仙人探しね」
「分かりました。ですが、顎の場所がどこにあるか分かりません。保管庫のある場所をしらみ潰しに探すのでかなり時間がかかります」
神都と地上どちらにも保管庫があるので、と付け足した。
「できる限り時間を稼ぐわ。早く行きなさい」
「ベルラン、行きましょう」
「はい!じゃ先生、火神様の足引っ張んないようになー」
そう言って窓を開けて飛び降りた。セキラはそのまま空中を滑るように飛び、その後ろでベルランは懐から石材で出来た手のひらサイズの杖を取り出し、高速で呪文を唱え飛行した。
どちらも速い。
「今更だけれど、心配じゃないの?お弟子さんのこと。死ぬ危険は全然あるわよ」
「大丈夫ですよ〜。彼は絶対に生き延びます」
「私の優秀な魔女ですから!」




