怖くなって
「かっ、火神様〜?」
「何よ、話しかけないで頂戴」
目が覚めると目の前には眼鏡をかけた小柄な人物がこちらを覗いていた。気配からして数100年は生きている元人間の仙人だろう。
辺りは既に暗く、彼女の持っているランプと月明かりだけが辺りを照らしている。
(ここは…神都の中心、大樹の幹の上ね。ビフェリオは?)
温かい風が頬を撫でて、葉を揺らす。
「…そのぅ、お伝えしたいことがありますので発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか〜」
後ろでひょこひょこと様子を伺っている。
神の力を求めに仙人がやって来る。そういうことはままあるだろう。時間をかければ来れない距離ではない。
だが、今は違うだろう。いくら何でもこの時期に人間が神都に来るのは空気が読めなさ過ぎる。
「人間の罪を知っていて?」
非常にデリケートな、過去の火神に関わる事件の話になる。
「…えぇ、存じ上げております。我らの大罪、私が今来るべきではないことも」
「どうして来たのかしら」
「姉弟子の弟子が神都に来てしまったとのことで回収に参りました。こちらの教育がなっていない所為ですので、皆様がたのお手を煩わせる気はございません。ただ、捜索の道中、空から火神様が落ちてきたのを発見しまして…」
「落ちる?私が?」
信じられないことだ。ビフェリオにそんな能力があるとは思えない。
「その落ちてきたところを——」
(気に食わないけれど、私は助けられたみたいね)
体が丈夫な自信があるが気を失った状態からの自由落下で生き残れる気はしない。
地面と衝突する前にメイテイを掴んだのだろう。
「キャッチしようとしましたが間に合いませんでした」
「はい?」
「ので、私の魔法を使い、肉体を再生させていただきました」
つまり、私は一度死んでいる…?
「あっ、一応生きていらっしゃいましたよ。虫の息でしたが」
「ムシノイキ」
驚きの連続だ。矜持がズタボロである。
「火神の領空で落ちたのを治療のために大樹の上まで連れて来た次第です。ここは比較的大気に含まれている魔力の質と量が良いので」
メイテイはじっくり彼女の目を見た。あちらも物怖じせず、しっかりと目線を合わせる。狼狽える様子も、悪人特有の欲のある目もしていない。
(…嘘は言っていないようだし、本当に命の恩人ね。にしても、私の体を再生するだなんて相当な手練れ…もしくは頭のおかしい子なのね)
「体が大丈夫そうで良かったです〜。では私はここで。長居は決してしませんので!」
仙人は素早く立ち上がり、深く頭を下げた。
「待ちなさい」
「何か…?」
「貴方の弟子探し手伝ってあげるわ」
人間は嫌いだ。火神を裏切ったから。
だが、それを理由にして自分が助けられたのに相手を助けないのは人間にも劣る、畜生の所業だろう。
(ビフェリオのこともセキラも気掛かりだけれど…今は)
いや、これは逃げだ。知っている。
正当に見える理由を用意して現実に向き合わないようにしているだけだ。
恩は返すべきだが優先すべきではない。
が、会いたく、ないのだ。
ビフェリオに、殺意があったのが何より怖かった。
私の大好きな人に、大切な人に、殺されかけたのが怖かった。
(ごめんなさいセキラ、私は少しだけ逃げるわ)




