黙って
「うっはーぁ!うへっへへへへぇ、キミ!あったま可笑しいねぇえへへへへっ、あーっは!」
(うわやば家出なんてするんじゃなかった)
ビフェリオ(偽)は大笑いしている。
この奇怪でうるさく尚且つ、きもい…生理的に受け付けられない笑い方を目の前の人はやっている。腹を抱えて、さっきの虚空を見つめていた目が嘘のように綺麗な三日月形になっていた。
「最っ高ーだよ!本当にっへへへっ」
もうずっと笑っていやがる。嫌がらせか?
そろそろ過去の言動が恥ずかしくなってきた。
「あぁー笑った笑った!…さて、少し真面目な話をしようか」
(切り替え早)
転げ回っていたところから即座に起き上がり、あぐらをかいた。
「青色の子、信じられないだろうけど、キミが彼のことを天使と言ったことは決して間違いではないよ」
「!」
彼は頬杖をついて話始めた。
「魂と肉体の話は知ってるかい?知らなくても構わないけどね。大まかに言えばそれら二つは個々に独立しているが、どちらかが死ねばもう片方も道連れになると言う話さ。
もし、どちらかがボロ雑巾のように草臥れていたらどうしようか。もし、それでも生きねばならないならどうすれば良いだろうか」
ビフェリオがまさにそうなっているという話だろうが、実感がわかない。セキラはとりあえず考えられることを答えることにした。
「…生きるだけで良いのであれば、どちらか、もしくは両方を新しいものに入れ替えれば…」
「そうだよ」
彼は柔らかく微笑んだ。
なるほど、と思った。だが、
(こいつは誰だ?)
ビフェリオではない。しかし彼の事情を知っていて、セキラが騙されるほどの高度な偽装ができる人物。
色素から風神ということは窺えるが、生憎とセキラはビフェリオ以外の風神を見たことがない。
親族か、メイテイの従者のようなものだろうか。
「ボクは“最初の風神”」
心を読んだかのように即座に答えは返ってきた。
…ん?何だって?
「は?」
「わぁ無礼」
「この町の所有者…?魔法を創った、最初に生まれた神?」
頭が混乱している。メイテイが居たらどうしただろうか。
「うん。どの肩書もボクに当てはまるね。ついでに天使も造っている。正真正銘、風神の祖さ」
(まじかよ)
初めて見た。何せずいぶん前に死んでしまっている。なぜここにいるのだろうか。これぞ神の力というやつだろうか。
セキラの理解できる領域に、彼はいなかった。急に彼との間に溝ができたみたいだ。
「天使とか、キミの友達の事とか、知りたくない?」
“最初の風神”はそう切り出した。
全くもって知りたくはない。
「その代わりと言っては何だけど、少し手伝って欲しいんだ。やってくれるかい?」
しかし格上が言う疑問符は役に立たない。だからこそ身分を開示したのかもしれないが。
「はい」
ただの水神はそう答えるしかないのだ。何せ未来を知らないから。
学校でも教わった。風神を信用してはならないと。だが同時に、意味のあることには最大限協力しなさい、とも言われている。
すでに死んだ“最初の風神”が、わざわざセキラに身分を提示してまで交換条件を出してきた。
なんて意味ありげなんだろう。
面倒でも役目上やらねばらないし、ビフェリオが関わる話に繋がるのであれば、もう断れもしない。
◾️
「…“最初の風神”様はわたしにこの町を潰して欲しいと?」
頼み事を聞いてみた(強制)ところ、
「この町を使って彼が天使を生産している可能性がある。キミ達が見た天使のナンバーにプラス100ほどは彼の戦力としてあると思って良い。もちろん、使われる前に彼を止めたいが———念には念をさ。神都に兵器を隠すだなんて怖いだろう。今後のためにも無い方がいい」
と言っていた。要するにとにかく跡形も無くせば良いとのこと。
早急に、出来れば今日中に。
(もし、今の話が本当なら…まぁ本人が言うなら本当だろうが…間違いなく戦力差で負けている。何としてでもやらなければいけないのは分かったが…わたしには無理。できない)
単純に“最初の風神”とセキラとでは生物としての質が違うのだ。彼が作ったものはセキラ程度の生命では傷1つつけることも叶わないだろう。
そんな神の創造物である天使を素手で破壊したメイテイは規格外だった。
セキラの冷や汗を無視し、彼は喋り続けた。
「キミは神都を守りたい、ビフェリオは神都を消したい。ついでに今のところ【天】は神都を存続させたい、そしてボクは【天】に抗いたい。方向性は単純さ。その過程で彼には色々と協力したけれど、個人としては神都が消えようが消えまいがどちらでも良いんだ」
「…」
「とまぁ、そんな感じでよろしく頼むよ。キミとて神だ。町の一つや二つ、ささっとやってくれ」
そう言うと立ち上がって服のシワを直す。
「いやっ、あの」
「なんだい?」
「できません」
時間が止まった気がした。
「キミ…もしかして病気でも患っているのかい?ボクの知る水神は殺生が禁じられているだけで、火山活動を停止させる程度の力は持っている筈だけど」
「祖母の代で終わっております」
「…遺伝子の劣化か、嘆かわしいね。キミの世代でそんな有様だなんて。…だからあれほどやめておけと言ったのに…」
“最初の風神”は右手で顔を覆い隠して、はぁー、と大きいため息をついた。
(できてたまるか)
「ついでに申しておきますが、わたしの魔法も地形破壊は出来ません。…貴方様ならそれこそ指一つ動かすだけで出来ると思いますが、何かやらない理由があるのですか?」
「ボクは魔法の同時使用が苦手でね、万が一、億が一にも出力を誤れば、無理にでも【天】はこの時代に介入してくるだろう」
(神都を消すのはビフェリオの意思か…秘密主義も大概にして欲しい)
自力で干渉を防いでいるのは理解できないので最初に話を聞いた時から考えないようにした。
“最初の風神”様のこれまでの話や考え、行動を見ると、ひとつの生命体として完成されている、と思う。軽口も叩きはするが、やはり根っからの支配者のようだ。
(はっきり言って憧れる)
「そんなわけであまり干渉はできないが天使を駆除するぐらいなら手伝えるだろう。元々の所有者はボクだしね」
正直なところビフェリオにはかなり腹が立っている。2、3回はぶん殴らないといけない。
この件に【天】が関わってないとはっきりと判明した以上、事が起こる前にビフェリオを止めるのが先決だ。
もちろん、実力行使で。
協力者とは良いものだ。
(頭が痛くなってきた…今は何時だろうか、そうだ、メイテイは…)
異様な睡魔に頭痛。
日が差すことのない町でこくり、こくりと船を漕ぎながら空の色を考えた。




