汗を流して
「あなたは…天使、ですか?」
静寂がこの町を包み込む。
「どうしてそう思うんだい」
彼はもう笑っていなかった。貌に温度は無く、セキラを見ることもない、ただ一点、虚構を見つめていた。まるでそれしか無いように。
「わたしの記憶には現実とズレがあります」
「可笑しな話だね」
「記憶上では大樹の下に集まるのはわたしを含めて3人でした」
「今と同じじゃないか」
「わたし、ビフェリオ、それから…」
「クルエッタ」
彼はぴくりとも動かない。
「誰か分からないね。メイテイじゃないのかい」
「違います。本来ならメイテイはわたし達と関わることはありませんでした。仮にも“最初の火神”様の血を引き継いでいますからね、分別がある程度ついている今ならまだしも昔は違う」
(あやふやだが、クルエッタという人は確かにいた。不気味だが、確信がある)
「メイテイとビフェリオが出会っていたのは500年前でした。当時、彼女はまだ120歳ほどです。少しの風邪で死んでしまうような、善悪の見分けがついていない子供を外に出すでしょうか?それも、長の継承権を持っている子をです」
(これは賭けだ)
実を言うとセキラはクルエッタがいたという記憶を信じ切れていない。実感がついてこないのだ。例えるなら昔の写真を見たような、前世のような感覚。
夢だったと言われればそれで終わりだが、彼はこの話を『可笑しい』と形容しても『気のせい』と否定することはなかった。
これはかなりの拡大解釈だが、もしかするとそこそこ良い線いっているのでは?
感性と直感で、さも真実が推測出来ているかのように話す。色々喋っているが何一つ分っちゃいない。
天使を自立型の魔法書だと推測したよ?
したけどね?
だから何だって話なんだよね。おっかないのはそうだし、普通に倫理的にも規則的にも大問題だが。
ある意味で一番重要な質問だったのだ。
(釣られて何か話してくれることに期待していた)
間違っていても調子乗って何か言ってくれるかと思った。具体的に言うならばビフェリオの目的とかその辺りのことを。
考えるのとか向いていないんだよ、わたしは。
「ふぅん、それでそれがどうボクが天使である事と結びつくんだい?」
結びつくわけないだろう。それも口から出まかせだ。どっかの本でそういうの読んだぞ。大体の黒幕はそれっぽいこと言われたら、色々白状し出すんだ。
理由とか訊かずに『はい』か『いいえ』で答えて欲しかった。どうしてしまおう。
「…」
「…」
「さぁ?」
開き直ってしまおう。
「教えてくれません?」
図々しく、当たり前のように。
セキラは別に清廉潔白ではない。至る所で適当に物事を熟す。
しかしその精神も、この得体の知れない人物の前で発揮できるのであれば、類稀の図々しさだ。
【同時刻 風神の地、練習場にて】
「あー!やっと見つけたわ!」
広い木製の空間、地下にこんな広さがあったのかと驚きが隠せない。円形の部屋の中央には三角形の舞台がある。
その上に彼は居た。
歌をやめて、舞をやめて、こちらを見た。
「ビフェリオ!」
緑の髪を結び、大量の汗を流していた。ずっと練習していたのだろう。手に持っていた豪勢な扇を桐箱にしまい、ゴクゴクと水を飲んだ。
「ボクに何か用かな?」




