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国定魔導士のフローター・デイズ  作者: やこの玖火
1/4

昼下がりのご依頼・薬品調合(銀貨一枚)・1/4

 王都ディネックス近郊の街、チェリバートン。

ヴォークネア王国からほど近くに聳えるゴーケル山地からの清らかな川が市中を巡る景観豊かな街の中に、その店はある。

 やや開けた土地に一軒佇む、彫刻・絵画両方を手掛ける芸術家のアトリエ程度の大きさの建物。


『何でも屋 ご依頼内容問わず 依頼料・最低金額銀貨一枚より ご自由』


穏やかなブラウンの色をした木扉には、そう書かれたプレートが提げられている。掃除や点検が行き届いているのか、扉に限らず建物にも汚れはほとんど見受けられない。

その扉の前まで歩いてきた人間が一人いた。

身なりの良い若い男はこほん、と咳払いをすると軽く扉をノックし、ごめん下さい、と明瞭な声を投げかけ、その扉を開いて店の中へと足を進める。


「すみません、依頼に参りました」


 丁寧な所作で扉を閉めると、男は店のカウンターに座って、紫の瞳を緩めがちに細めつつ頬杖をつく少女に声を掛けた。

男の方はこの店に来るのは初めてなのか、どこか緊張の色があるそわついた雰囲気が視線や態度や挙動に感じられる。

 少女は暫し男を見据えていたが、やがてどこか遠くに飛ばされていた心をふっと引き戻したかのように目をぱっちりさせ、立ち上がる。


「……いらっしゃいませ、お客様。店主は工房の方に居りますのですぐお呼び致します」

「……はい、お願いします」


その曇りや穢れの一切ない綺麗な銀白色の髪と、奥へと引き込まれそうな紫苑の瞳とが醸し出すこの世ならざるような美しいオーラは、見る者がごくごく自然に、何の疑いもなく彼女を人間ではないと思うに十分すぎるくらいである。


 彼女の名はアルトア。姓名を含めて言えばアルトア・フィルネイア。種族は魔族の中においても高位の存在である幻魔族。本来、人間などという種族の下には決して付かないはずの種。

 例えその人間が国定魔導師、国に認められる程の超級の実力者であったとしても、だ。


「店長、依頼のお客様がいらっしゃいました」

「ん、お客さん?」


 アルトアに呼ばれて工房の奥の方からひょこり顔を出す、ブロンドのやや長い髪が目を引くエプロン姿の人物。

恐らくはこの人物がこの妙ちくりんな店の主であろう。作業着の丈夫なエプロン姿と、人の良く明るそうな顔つきが見える。


「ええと、マスターさんですか?依頼をしに来たのですが……」

「はい、いかにも。申し訳ない、今少し作業をしてましたんで……ちょっと装いの方がお見苦しいですがひとつご堪忍くださいね」


やや緊張したような気色を含んだ声色で言う男性に対して、あくまでも柔らかな表情で応対する店主。ホームとアウェーをそのまま写し取ったような、綺麗な対照の反応を示す二人。

だが、そのようなお客の反応もそこそこに、店主が口を開く。


「ミシェル……ミシェル・ブルアスターと言います。ご依頼完了までの短い間柄ではありますが、よろしくお願いします」

「男性……でいらっしゃいますか?」

「あ、はい。一応こんな長い髪持ってますけど男です。それで、こっちはウチの手伝いのアルトアって言います」


そう言うとミシェルと名乗った店主と店員とが、恭しく一礼する。

……確かに、思わず聞いてしまう程度には、女性的というか中性的というか……()()()()()()()()()()()である。煌めくブロンドのロング・ポニーテールと相まって、男装の麗人とも思いそうな容姿。

だが、声色はほんの少しばかり高い男性のそれであるため、その辺りでどうにか性別が分かりそうだ。

……最も、顔を窺えない状態でその声を発した人物と彼とをイコールで結びつけることはなかなか難しそうだが。


「さあ、どうぞそちらへ……立ち話も疲れますから」

「は、はい。失礼します」


 ミシェルにカウンターの横にあるスペースのテーブルへと促され、男はそこの椅子に掛ける。次いでエプロンを取ったミシェルが男の正面に掛け、その右隣にアルトアも同じように掛けた。


「それで、本日はどのようなご用件でしょう?」


 ミシェルはメモ取りの紙と、煌びやかな色彩の柄のグリップをした羽ペンをエプロンのポケットから出すと、手に取って耳を傾ける。


「あの……ここって、なんでも受けてくれる店なんですよね?」


 相も変わらずにそわついた様子で、男はそう聞く。無理もないだろう、このような『なんでもやる』と看板の出ている店なんて、存外少し難しいことになると軽く突っぱねられて拒否されるやもしれないんだから。

 事実、王都だの街だのの何でも屋というのは、頼みに行くとほとんど内職に似たようなことしかしてくれないし、魔物の討伐だの護衛だのといった危険な任務なんて以ての外。

そもそもそういった仕事は何でも屋に頼むよりギルドを通して冒険者にやってもらうのがいい、と多くの人間は言うはずだ。


 男はそういう事情も察して、さしものこの穴場の店でも受けてはくれないのではないかと不安を覚えているのだろう。


「ええ、ご存知の通り。でも心配しないでください。無理なものは無理としっかり言いますから、一先ずおっしゃってみてください」


 だからこそ、ミシェルは先んじて予防線を張った。この客ありきの商売では、客との信頼がモノを言うし店の手綱を握る。


「頼み辛いことですが……毒薬を、作って欲しいんです」


 やっと言えたとばかりに男はふっと息をつくと、カップの茶を飲む。こくっこく、と少し気抜けするような音を立てて、喉の渇きを潤し癒していく。

 男が言った依頼を耳に入れたミシェルは、顎に手を添え、ふむと考えるような仕草をして口を開いた。


「そりゃあまた、変わったご依頼で」

「……もっと変わった依頼なら何度も……」

「しーーーーーっ」

「んんっ……そうですね」


受けてきたでしょう、と恐らく続けようとしたアルトアの言葉に、ミシェルは動作と言葉の圧でもって彼女を牽制した後に、再び男に向き直る。

男は二人のやり取りを見てかすかに浮かべた困惑の色を咳払いして払った。


「……妙な依頼だとお思いになるのは、重々承知しております。しかしこれにもしっかり訳がありまして……申し遅れました、私はチェリバートンの一角に土地を持たせていただいております。領主のティロアと申します」


言うと、ティロアは椅子に座ったままの体勢で深々と頭を下げた。領主という身分にありながらも礼節をわきまえている彼のその挙動は、初対面のミシェルでも誠実な人間とわかる程に心地の良いものだった。

 それほどまでに人徳と教養のありそうな人間が如何にして自分のような変わった人間を頼ってきたのだろうか、という疑問を、ミシェルは内心投げかけたくてならなかった。


「それでティロアさん、その訳というのは」

「実はここ最近、凶暴な獣の目撃や遭遇の報告が多く、私としてはとても見過ごせなくなったんです」


あの辺りなら確かに野生動物の数もありそうだ。

生息する動物が皆大人しいという訳も無い。領内の人々が傷つき、暮らしに影ができるのは、領主の身としてさぞ堪えることなのだろう。

ある種隠者のような生活を営んでいるミシェルには想像がとても及ばないものだが、立場ある人間には相応の気苦労が付き物と感じられる。


だから、毒薬を求めて自分の所へやって来た……一応だが、訳は筋が通っている。

通ってはいる、が。


「………………」

「…………どうしましたか店長、何か疑念でも?」


ミシェルが黙り込んだことを不思議に思ったアルトアが彼の顔を覗き込む。ミシェルは目線だけを彼女に向けると、それに返すように首を小さく横に振った。


「いえ……まあ、毒薬の依頼ですからね、疑いたくはなるものです。とはいえ、何より領民の不安を排したいというあなたの御心の表れなのでしょうね」

「えぇ……はい。正直なところ、私が領主などと名乗るのもおこがましいほどに、まだ若輩者でございますから」

「なるほど。それならばなおのこと、そのお気持ちを尊重しましょう。ところで毒薬と言っても、即効性のものですか?それとも効果が段階的に発生するもの?」

「それは是非、即効性の物を……あまり長く苦しませてしまうと、後味が悪いですからね。できれば早く、一刻も早いうちに殺めることのできるタイプのものが望ましいのです」


わずかに眉根を寄せてそう語るティロアの様子からは、やはりというべきか彼の慈しみ深い性格が滲み出ていて、ミシェルの心にも自然とそれが伝わってくるようだった。


「かしこまりました。材料の方を調達する時間を含めてて……完成は三日ほどでよろしいでしょうか。お値段の方は完成次第、応相談ということで」


ミシェルがティロアに確認を取ると、彼はもちろん結構ですよと快諾してくれた。


「では、こちらにサインをお願いします」


ミシェルが契約書と羽ペンを差し出すと、ティロアはペンを手に取り、さらりと名前を書いた。これで契約成立だ。ミシェルは文面と氏名をよくよく見なおして問題がないことを確認すると、インクが乾くのを待ってから書類を折り畳んでポケットにしまいこんだ。


「では、また三日後に。よろしくお願いいたします」

「はい、必ず良い品をお届けできるように尽力致しましょう」


席を立って深々と頭を下げ、店を後にしたティロアを見送った二人は、彼がいなくなった店内でしばらく沈黙を共有した後、同時に顔を見合わせた。


「……本当に受けるんですか」

「もちろん」

「毒薬ですよ」

「毒薬だね」

「毒薬の材料を集めに行くんですよ」

「そうだよ」

「……正気ですか」

「ご依頼だもの」


アルトアのにわかにそわついたような問いかけに、ミシェルはきっぱりと言い切った。アルトアは信じられないという風にかぶりを振ると、両手でテーブルをどんと叩いた。その衝撃に、カップの中の茶が僅かに波立つ。ティーポットの中に残っていた分が零れなくて良かったというようにスンっとした顔でミシェルはカップを一瞥して、アルトアに向き直る。


「……お客さんはああ言っていましたが、もし作った毒薬を……それこそ人殺しに使われたりして、あなたに何かあったらどうするつもりなんですか」

「……」

「……店長」


アルトアはもう一度、今度は先程よりも強い力で、拳を机に打ち付けた。カチャン、と音を立てて、ミシェルが置いていたペン先のキャップが床に転げ落ちる。


「……そんなことしたら駄目だよ」

「……っ、はぁ……」


アルトアが呆れたように大きくため息をつく。それから少しの間目を伏せていた彼女はやがて、諦めたかのようにゆっくりと瞼を開くと、じっとミシェルの目を見た。


「わかりました。私もついて行きます。それでいいですね?」


彼女のその言葉に、ミシェルはきょとんとした表情を浮かべたあと、ふわりと笑った。そしてありがとうと一言礼を言うと、椅子を引いて立ち上がった。


「そうと決まれば明日から早速、材料収集に付き合ってもらえるかな。明日の明朝には出るから準備をしておいてね」

「はい……え?」


ミシェルの言葉に勢い良く返事をしたアルトアだったが、直後、自分の聞き間違いかと思って思わず固まる。だがミシェルはそんな彼女に構わず、微笑みを浮かべて続けた。


「ゴーケル山地の一角、ニュハイム高原まで行くからね。あそこには珍しい薬草や香草が自生しているし……それに、毒薬作り以外に必要な材料もいくつかある。そういうものは採取できるときにしておくに限るから」


アルトアの瞳に映ったミシェルの顔は、すっかりと仕事のそれになっていた。

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